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「平和と正義のトレードオフ」By Shaun Larcom, Mare Sarr, Tim Willems

What shall we do with the bad dictator?“(17 October, 2013 VOX)

国際刑事裁判所の設立は、悪意ある独裁者を訴追するという国際社会のコミットメントを強化した。本稿では、そうしたコミットメントが、自らに好ましい形での和平を各国の指導者たちに受けいれさせるための「脅迫状(blackmail)」として独裁者たちが暴力を激化させるという、目的と相反したインセンティブを作り出すことを論じる。


今も続くシリアでの市民に対する残虐行為により、バシャール・アル・アサド大統領を国際刑事裁判所(ICC)へ告発すべきという圧力が国際社会で強まってきている。1 しかしICCは諸刃の剣だ。 Scharf (1999)にあるように、ICCは「平和を犠牲にした正義」をもたらす可能性があるのだ。

アサド大統領の現時点でのICCへの訴追は、シリア市民に対する暴力を激化させる恐れが高い。そうした展開は過去に前例があるのだ。ジョゼフ・コニーのLRA2 の軍隊は、2005年にコニーがICCへ起訴された後にその残虐性を強めた。これ以前には和平交渉が進行中であり、LRAの活動は比較的沈静化していた。起訴の後、LRAは人員を再度増強させるとともに、コニーは自らに対する告訴が取り下げられない限り2008年の和平合意には調印しないと断言した。その後同年中にLRAは大規模な攻勢を開始し、クリスマスの虐殺を引き起こした。それ以降の三週間で800人以上がLRAによって殺害され、数百人が誘拐されたのである。そしてこうした不安定な状況は現在に至るまで続いている(http://www.bbc.co.uk/news/world-africa-17299084などを参照)。同じような反応はボスコ・ンタガンダの起訴直後にコンゴでも起こった。彼の組織する反政府軍3 はゴマ市を襲撃し、20万人以上が住処を追われることとなったのである。

最近の研究

先般の論文(Larcom他 2013)において、私たちはこうした出来事の経路を説明するモデルを作り上げた。独善的な独裁者の行動をモデル化するために、私たちは経済学の原則を用いたが、これはAcemoglu 及び Robinson (2006)、Besley 及び Kudamatsu(2007)、Sonin (2008)と類似のものだ。

具体的には、2002年にジェノサイド、戦争犯罪、人道に対する罪を行った個人を裁くことを目的4 として常設の国際裁判所が設立されたことにより悪意ある独裁者や軍事指導者が直面することとなった、新たなインセンティブの集合の影響を分析するためにゲーム理論的なアプローチを使用した。私たちの分析によると、ICCの存在は悪意ある支配者を減少させる一方で、権力の座に残った支配者はより多くの残虐行為を犯すことを選択する。つまり結果の集中が引き起こされるのだ。

ICCの設置は国家指導者たちにとって、前述の犯罪のいずれかを犯すことを選択すれば訴追されるというシグナルであるとされる。20世紀には多くの悪質な独裁者に対して恩赦や他国による庇護が与えられたが、5 それによって虐殺を止め、より優れた指導者を掲げる機会がスムーズに得られたことを鑑みると、ICCはそれ以前の慣行に対する大きな制度的変化である。ICCが設立されることにより、国際社会は悪意ある独裁者を事後的に訴追するというコミットメントを強めることとなった。それに続いてこの機構を使用して特定の個人を起訴することは、こうしたコミットメントをさらに強めるものでしかない。

こうしたコミットメントの強化は悪意ある独裁者を(参入抑止効果により)長期的に減少させる一方で、より悪質な独裁者が逆選択を通じて権力の座に這い上がる可能性があることを私たちの分析は示唆している。さらに、既に権力の座にある独裁者(バシャール・アル・アサドなど)はその振る舞いを悪化させる反応をする可能性がある。というのも独裁者たちは、自国の状況を悪化させることによって、自分たちを訴追するという国際社会の決断を「断つ(break)」ことが出来るという事実を知っていると思われるからだ。状況の悪化は、市民に対する被害を可能な限り速く収束させるよう国際社会に対して圧力をかけるが、それはしばしば非道を行う独裁者へ退位と引き換えに恩赦や庇護を与える形をとる。イディ・アミン(彼はウガンダ国民に対して多数の残虐行為を行ったが、その責任から逃れるための庇護の申し出を「勝ち取った(earned)」)などの事例を受け、ヒューマン・ライツ・ウォッチの顧問(counsel)であるリード・ブロディはかつて次のように述べた。「一人殺せば牢屋行き、20人殺せば黄色い救急車、2万殺せば政治的庇護だ。」

ICCによる起訴はそうした逃げ道をアサドから遠ざけるため(逃げ道がふさがることはない。というのもICCローマ規程にはいくつか「抜け穴規程(escape clauses)」がある)、アサドがその行動を悪質化させるという対応を取るリスクがある。さらなる暴力は、いまや亡命というアサドにとって唯一の逃げ道を得るために必要となっているのだ。こうした状況では、振る舞いを悪化させることによって、悪意ある独裁者は実質上将来の見通しを改善させることが出来る(これは先に引用したリード・ブロディの言葉の核心部分だ)。6 (独裁者による)さらなる暴力は、国際社会にとっては時間整合的な行動に固執するコスト、すなわち対象となっている独裁者を訴追するという事前の脅しにしがみつくコストを増大させることとなる。その結果、犯罪を事後的に処罰するという国際社会のコミットメント強化は、逆説的により多くの犯罪が行われることを招いてしまうのだ。

先に紹介したジョゼフ・コニーやボスコ・ンタガンダの事例では、ICCによる起訴の後に行動の悪質化が起こったが、これはこうしたモデルによる予想と整合的であるように思える。事実、ンタガンダによるゴマ市襲撃の後に彼の広報担当者がその戦略的な動機をほのめかしたが、それによればンタガンダは同市の支配に興味を抱いているのではなく、彼が求めているのは「コンゴ政府が交渉の席に着くこと」だけということであった。

こうしたことかなり近いことを、Thomas Schelling (1966)が早くも次のように述べている。「傷つける力というのは、一種の交渉力である。」残念ながら独裁者たちはこれを熟知しているようで、バシャール・アル・アサドのような「追い詰められた独裁者(cornered dictator)」を訴追するというコミットメントの強化は、暴力的行為の悪化という彼らの対応を誘発する可能性が高い。


参考文献

●Acemoglu, Daron and James Robinson (2006), Economic Origins of Dictatorship and Democracy, Cambridge: Cambridge University Press.
●Besley, Timothy and Masa Kudamatsu (2007), “What can we learn from successful autocracies?”, VoxEU.org, 5 July.
●Larcom, Shaun, Mare Sarr and Tim Willems (2013), “What shall we do with the bad dictator?”, Oxford Department of Economics Discussion Paper Series No. 671.
●Scharf, Michael P (1999), “The amnesty exception to the jurisdiction of the International Criminal Court”, Cornell International Law Journal, 32, pp. 507-527.
●Schelling, Thomas (1966), Arms and Influence, New Haven: Yale University Press.
●Sonin, Konstantin (2008), “The dictator’s approach to electoral patterns”, VoxEU.org, 9 August 2008.

  1. 原注1;http://www.theguardian.com/commentisfree/2013/aug/31/syria-assad-war-criminal等を参照。付け加えると、国連安全保障理事会に対してシリアの危機をICCへ付託するよう求める申立書に2013年1月時点で既に58カ国が署名している(シリアはいまだICCローマ規程を批准していないため、安保理による付託が必要)。 []
  2. 訳注;神の抵抗軍。現在も活動を続けるウガンダの反政府武装勢力で、数々の戦争犯罪で非難されている。特に子供を誘拐して兵士や性的奴隷とし、そうした子供たちが同じような戦争犯罪を犯すという負の連鎖で有名。 []
  3. 訳注;M23のこと。一時はコンゴ東部の都市を制圧するなどしたが、2013年12月12日に和平調印が行われ、今後合法政党に移行するものとされている。 []
  4. 訳注;より正確には先の3つの犯罪に加えて侵略の罪も対象となっているが、裁判所設立時にはコンセンサスが得られず、侵略の罪についてはその後に新たな規定が採択された後に管轄権を行使するものとされた。侵略の罪を定める新規定は2010年に採択されたが、現時点では発効要件である30カ国以上の批准を満たしておらず、またもう一つの発効要件として2017年以降に行われる管轄権行使開始についての締約国団による別途の決定が必要とされているため、最短でも実施は2017年以降。 []
  5. 原注2;この点に関する最も顕著な例はおそらくイディ・アミンの例だろう。彼は独裁者を退いた後の年月をサウジ・アラビアのホテルで穏やかに過ごし、彼の体制が招いたウガンダにおける推定30万人の死について訴追されることはなかった。さらなる事例についてはScharf (1999)を参照。 []
  6. 原注3;2012年のドキュメンタリーPeace vs. Justiceにおいて、ICC検察官のマシュー・ブルベイカーは独裁者によるこの種の振る舞いを「脅迫行為(blackmailing)」になぞらえている。彼によれば「これは本質的に脅迫行為だ。国際社会が基本的にお手上げ状態になって「分かったよ、平和にさえなればいい。お金をあげよう。食べ物もあげよう。欲しいものはなんでもあげよう。とにかく人々を殺すのをやめてくれ。」と言い出すまで、彼らは可能な限りの大量、集中的、残虐な殺害を行うんだ。」と述べている。Larcom, Sarr 及び Willems (2013)において、私たちはこうした行為をテロリストや誘拐者の行動とも関連づけている。彼らは当局を「立ち止まらせ(break)」て交渉を始めるために、非常に残忍な形で最初の行動を起こすことで自らの行動が真剣であることを示す傾向がある。 []

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