アレックス・タバロック「チャック・ノリス vs. 共産主義」

[Alex Tabarrok, “Chuck Norris Versus Communism,” Marginal Revolution, January 5, 2017]

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チャック・ノリス vs. 共産主義』はルーマニアに取材した芸術とヒーローの力と共産主義の終焉をめぐる傑作ドキュメンタリーだ.共産主義体制が1948年に樹立されると,旅行は制限され,メディアは検閲され,秘密警察がみんなを監視するようになった.ルーマニアは外の世界から隔絶された.ところが,1980年代中盤に,密かに持ち込まれたアメリカ映画の VHS テープが出回りだした.地下グループはひそかに集まっては,『ロッキー』や『テキサスSWAT』といったご禁制映画を上映した.

ドキュメンタリーで取材を受けた幼い少年たち(いまはいい大人)の多くにとって,西側のアクションヒーローは忍耐と独立精神と不屈の精神のお手本になった.かくいうぼくも,『ロッキー』を見たあと,熱狂して家まで走って帰ったおぼえがある.でも,ルーマニアではメッセージははるかに強烈だった.ハリウッド映画の力強いイメージに匹敵するものなんてほとんどなかったし,映画を見ることじたいが,体制を鼻で笑うような英雄めいた行為だったからだ.

アクションもわくわくものだったけれど,おそらくそれよりもっと目を見開かせるしろものだったのが,ごくありきたりの風景だった.食べ物でいっぱいのスーパー.当時のルーマニアはきびしい食糧配給に苦しんでいた.街明かり.美しい車.なにげなく描き出される思想信条や信仰の自由.映画に映し出されるなにもかもが,ルーマニアの観客たちにじぶんのおかれた状況のきびしさを鮮烈に思い起こさせた.

映画はほぼすべてルーマニア語吹き替え版だった(厳密に言えば,元の音声そのままで翻訳音声をかぶせてあった).翻訳したのはただひとりの女性で,彼女がすべての役に声をあてていた.その名を知る人はほとんどいなかったけれど,彼女の声は,翻訳されたヒーローたちの声と絡み合い,全国的な自由の象徴になった.ドキュメンタリーで,その声の主がIrina Nistorだと明らかになる.我が身におよぶ危険は大きかったにもかかわらず,彼女は数百本の映画を翻訳し続けた.訳しているとき,最高に自由を感じられたからだ.

ドキュメンタリーが論じている謎がひとつあるが,答えは解明しきれずに終わっている.ハリウッド映画密輸の首謀者であるTeodor Zamfirは,いったいどうやってまんまと追求を逃れきったのだろう? 少なくとも,当局には彼がやっていることをつかんでいる人たちがいた.だが,賄賂のおかげなのか,共産主義を心から信じる人なんてもういなかったおかげか,ルーマニアの苦しい生活の憤懣をのがすバルブに映画がなってくれると当局が考えたからなのか,地下映画活動はお目こぼしをうけて続行された.彼は,ものすごい個人的カリスマの持ち主でもあったらしい.その威力なのか,覆面捜査も味方につけてしまう.ドキュメンタリーは目を見張る展開を見せる.

チャック・ノリス vs. 共産主義』はネットフリックスで見られる.

多謝:Dan Klein,それに,Emily Skarbek の見事なポストにも.

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