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アレックス・タバロック 「われはエンピツ」(2018年1月14日)

●Alex Tabarrok, “I, Pencil Revisited”(Marginal Revolution, January 14, 2018)


レオナルド・リード(Leonard Read)が物した “I, Pencil”(「われはエンピツ」)と言えば、鉛筆のようなごくシンプルな代物でさえも出来上がるまでには世界中の大勢の人々――お互いに顔を知りもしなければ、一体自分が何の生産に関わっているのかさえもはっきりとは気付いていない大勢の人々――の協力と連携が欠かせないことを鉛筆目線(鉛筆が主人公の物語仕立て)で物語ったエッセイだ。リードの鉛筆の喩え話を一躍有名にしたのはミルトン・フリードマン。テレビで放映された「選択の自由」シリーズの中で紹介されたのがそのきっかけだが、「この鉛筆を独力で一から作れる人は世界中どこを探してもいないのです」とはフリードマンの言だ。リードの「われはエンピツ」にロマンチックな捻りを加えたのがコーエンと私が出演している(動画の)“I, Rose”(「われはバラなり」)だ。

こういった経緯を踏まえた上でというわけではなさそうだが、あたかも「見えざる手」に導かれるかのようにしてと言うべきか、ニューヨーク・タイムズ紙で鉛筆工場の内部の様子が報じられている。鉛筆の製造工程が一連の写真に生き生きと収められているが、鉛筆が出来上がるまでの工程が驚くほど複雑である様が伝わってくる。


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