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アレックス・タバロック 「ジンバブエのハイパーインフレ」/タイラー・コーエン 「ファインマンの言葉」

●Alex Tabarrok, “Zimbabwe Inflation: The End of the Story”(Marginal Revolution, October 30, 2009)


コーエンと協力して(マクロ経済学の入門テキストである)Modern Principles: Macroの出版を準備していた最中もジンバブエではインフレが一向に衰えを見せないでいた。そのため、ジンバブエで記録されたインフレ率の最高記録を何度も書き直さねばならず(末尾にゼロを何度も付け足さねばならず)、ハイパーインフレの歴代ランキングに占めるジンバブエの位置を何度も書き換える必要に迫られた。最終原稿をまとめた段階では、ジンバブエの月間のインフレ率は最大で79,600,000,000%1に達しており、これは歴代では第2位の記録だ。第2版が出版される頃には21945年~1946年のハンガリーで記録されたあの前代未聞の数字――月間のインフレ率41,900,000,000,000,000%3――を抜いてしまうのではないかとも思われたが、どうやらそうはならなかったようだ。というのも、我々の最終原稿が出版社の手に渡るのとほぼ時を同じくしてジンバブエのハイパーインフレは終息に向かい始め、ジンバブエ・ドル(ジンバブエの法定通貨)は交換手段としての地位を退くことになったからである。ジンバブエにおけるハイパーインフレの結末についてはスティーブ・ハンケ(Steve Hanke)が手際よくまとめている

ジンバブエ・ドルの後に残ったのは灰だけであった。すなわち、わずかな紙幣だけを後に残してジンバブエ・ドルは交換手段としての地位を退いたのである。ハイパーインフレが続く中、ジンバブエ・ドルは(米ドルをはじめとした)外貨に取って代わられた。それも急速かつ自生的な4かたちで。そして2009年の1月後半に入ると、政府もこの「ドル化」の過程を正式に追認するところとなったのである。外貨が交換手段としての地位を引き継いだ後もなお若干のジンバブエ・ドル紙幣は依然として流通を続けているが、その購買力はちっぽけなものであり、実際に使用される機会も限られている。また、米ドルとの交換レートも2日ごとに半減する有様である。

ジンバブエは1946年にハンガリーで達成された記録――ハイパーインフレの世界記録――を破ることはできなかったものの、2008年10月にはユーゴスラビアの記録を抜き、最終的にはハイパーインフレの歴代ランキング第2位の記録を残す結果となったわけである。

(追記)ジンバブエ準備銀行(ジンバブエの中央銀行)の総裁であるギデオン・ゴノ(Gideon Gono)にこの度(2009年度の)イグノーベル賞が授与される運びとなった。どの部門での受賞かというと、もちろん経済学賞・・・ではなくて数学賞だ。受賞理由は次の通り。「最低1セント(0.01ドル)、最高100兆ドル(100,000,000,000,000ドル)の額面の紙幣を発行することで、国民が日常的に極めて広範囲にわたる――非常に小さな数から非常に大きな数にまで及ぶ――数字と触れ合わざるを得ないシンプルな方法を見出した功績を称えてギデオン・ゴノ氏に同賞を授与する。」

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●Tyler Cowen, “The wisdom of Richard Feynman”(Marginal Revolution, August 6, 2006)5


銀河には10の11乗(10^11)個の星がある。その数はかつてはかなり巨大なものと思われていたが、わずか1000億(のオーダー)でしかないとも言える。なんたって政府が抱える財政赤字の規模よりも小さな数なのだ! これまでは(10の11乗のオーダーの数を指して)「天文学的な」(astronomical)数字と表現してきたわけだが、今後は「経済学的な」(economical)数字と呼び変えるべきだろう。

リチャード・ファインマン(1918-1988)、物理学者、ノーベル物理学賞受賞者

出典はこちらこちらのサイトではファインマンの動画をいくつか視聴することができる。

  1. 訳注;7.96×10^10(10の10乗)%、796億% []
  2. 訳注;ちなみに第2版では次のような記述になっている(pp.255の拙訳)。「2002年から2007年にかけて年率平均のインフレ率が世界で最も高い数値を記録したのはジンバブエであり、その数値は735%(年率平均)となっている。年率735%で物価が上昇するということは、言い換えると大体5週間ごとに物価が倍になるということだ。しかしこれはまだ始まりに過ぎない。ジンバブエでは2008年に入って物価上昇のペースがグングンと加速することになったのである。2008年の後半までに月間のインフレ率は何と79,600,000,000%にまで達することになったのだ。・・・(中略)・・・2008年にジンバブエで観察されたインフレ率はハイパーインフレのこれまでの世界記録に迫らんとする勢いだったが、その記録を破る目前の2009年にジンバブエ政府は取引の際に外貨を使用することを法的に認める一方で、ジンバブエ・ドルの発行が実質的に停止されたのであった。・・・(中略)・・・ハイパーインフレの歴代ランキング第1位は戦後すぐのハンガリーで記録された。その数値はあまりにも大きいため、当時のハンガリーが置かれていた状況をうまく伝えることは困難だ。1945年に1ペンゲー払えば買えたものが1946年の終わりともなると1.3×10^24(10の24乗)ペンゲー(1秭3000垓ペンゲー)払わないと買えない状況だったのだ。別の文脈においてだが、物理学者のリチャード・ファインマンは次のように語っている。「この種の巨大な数字は「天文学的な」数字と表現するのではなく「経済学的な」数字と表現すべきだ。」 」 []
  3. 訳注;4.19×10^16(10の16乗)%、4京1900兆% []
  4. 訳注;国民の間で外貨が交換手段(支払い手段)として利用されるようになったのは政府の命令によってそうなったわけでなく、自然とそうなったということ []
  5. 訳注:上の訳注2で紹介されているファインマンの言葉の正確な引用。 []

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