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アレックス・タバロック 「ハーシュマンを偲ぶ」

●Alex Tabarrok, “Albert O. Hirschman: Life and Work”(Marginal Revolution, December 11, 2012)


アルバート・ハーシュマン(Albert O. Hirschman)が亡くなった1 。ハーシュマンは奥の深い思想家であり、彼の影響は幅広い分野に及んでいる。彼が執筆した本の中でも最も有名であり必読の書でもあるのは『Exit, Voice and Loyalty』(邦訳『離脱・発言・忠誠-企業・組織・国家における衰退への反応』)である。私は個人的に彼の『The Passions and the Interests』(邦訳『情念の政治経済学』)のファンでもある。この本では17世紀から18世紀におけるイデオロギーの転換がテーマとなっている。情念(passions)の働きを抑えつけるための手段として物質的な利益(material interests)の追求を是認する動きが17世紀から18世紀頃に思想の分野で台頭し、この思想面での転換が資本主義への道を開くことになったとハーシュマンは説いている(マクロスキー(Deirdre N. McCloskey)の『Bourgeois Virtues』と併せて読むと益するところが大きいだろう)。研究者の道を歩み始めたばかりの頃のハーシュマンの研究テーマは経済発展の問題-後方連関(backwards linkages)と前方連関(forwards linkages)-に置かれていたが2 、この分野でのハーシュマンの貢献はつい最近になって再発見されており(pdf)、彼のアイデアをモデル化する試みが目下進行中である。なお、経済発展の分野におけるハーシュマンの貢献についてはコーエンがMRUniversityでも取り上げている。ハーシュマンの研究業績全般についてはコーエンも2006年のブログエントリーで話題にしているのでそれを以下に引用しておこう。

アルバート・ハーシュマンはノーベル経済学賞を受賞するにふさわしい人物である。不均衡発展に関する彼の研究は経済発展の分野における先駆的な業績であり、 『The Rhetoric of Reaction』(邦訳『反動のレトリック』)は知的世界における自己欺瞞(self-deception)に関する優れた研究である。彼はまた思想史の研究者としても優れた業績を残している-例えば、商業活動がいかにして道徳の形成(あるいは道徳の向上)につながるかを扱った彼の研究を見よ-。

しかし、もし仮にノーベル経済学賞がハーシュマンに授与されるようなことがあるとすれば、その受賞理由は経済学者や政治学者の注目をボイスという現象に振り向けさせたことに求められることだろう-ボイス(抗議)というのは消費者や有権者が不満の声をあげることで企業や政府が提供する財やサービスの質の改善を促す能力のことを指している-。ハーシュマンはボイスのメカニズム3 についてシステマティックに考え抜いた現代における最初の社会科学者なのである。

イグジット(退出)の行使に制約が課されているような状況ではボイスが積極的に利用され、その結果その(ボイスの)効果も高まることになるだろう。当初のうちハーシュマンはそう示唆していた4 。嫌ならその場から立ち去ることができる5 とすれば、わざわざその場にとどまって不満を述べることもない6 、というわけだ。おそらくカストロ(Fidel Castro)もこのことを理解していたのだろう。不満を抱くキューバ人が大量に国外に逃げ出すことを許容したのである-国外脱出後のキューバ人はフロリダの地で不満の声をあげる格好になったわけだが-。また、教育バウチャー制度が導入されると、学校に子供を通わせている親が教育委員会に参加して意見を表明することも少なくなるだろうとはしばしば語られるところである。キャンキャンと騒ぎ立てるくらいなら、自分の子供を他の学校に連れ去ってしまえばよい、というわけだ。

しかし、実際のところは、ボイスがその効果を最も発揮するのは競争圧力が強い7 状況においてであることがしばしばである。東ドイツよりもHBO(エイチビーオー;アメリカのケーブルテレビ放送局)の方が不満の声に敏感であり、ウェグマンズ(アメリカにあるスーパーマーケットチェーン)やこのブログのコメント欄で不満を述べようものならすぐにでも聞き入れられることだろう8 。つまり、競争(イグジット)とボイスは代替的であるよりも補完的である可能性が高いのだ。後になってハーシュマンもこのことを認めるようになり、書物等でもこのことを強調するようになった(邦訳『方法としての自己破壊』)のであった。

経済発展の分野におけるハーシュマンの貢献についてはポール・クルーグマン(Paul Krugman)のこちらの論説を参照されたい。ボイスに関わる話題についてはタバロックのこちらのブログエントリー(拙訳はこちら)を参照のこと。

ハーシュマンの人生それ自体も大変興味深いものだ。スペイン内戦に国際義勇兵として参加し、第二次世界大戦ではフランス陸軍に志願、そしてマルセイユでナチスから逃れる亡命者を支援する活動に従事したのである。そのような事情もあって彼が教授職を手にしたのはかなり年齢がいってからのことであった。経済発展の分野における彼の研究はフィールドワークに基づいているが、そのフィールドワークというのはフィールドワークが実際に現場で働く(活動する)ことを意味していた時代になされたものなのだ。

かつてハーシュマンは自らの研究とそしておそらくは自らの人生について次のように語っている。

自らを特定の分野に押し込めようとすると何だか不満を感じてしまうんです。

フォーリン・ポリシー誌では毎年Albieと呼ばれる賞の授与が発表されているが、この賞はアルバート・ハーシュマンに敬意を表してダニエル・ドレズナー(Daniel Drezner)が命名したものである。この賞は・・・

その年に公にされた本、専門ジャーナルに掲載された論文、雑誌記事、Op-ed、ブログエントリーの中で、そこで展開されている議論を無視することがもはやできないようなかたちで世界の働きに関する我々の従来の考え方に変更を迫る作品

・・・に授与される決まりになっている。アルバート・ハーシュマンの名にピッタリの賞であると言えよう。ハーシュマンのアイデアはシンプルだが実に強力なものであり、世界の働きに関する従来の見方に変更を迫るものである。彼の議論を知った後ではそれまでと同じようにこの世界を眺めることはもう二度とできなくなるのだ。

  1. 訳注;2012年12月10日に97歳で逝去。このエントリーはその直後に書かれたもの。 []
  2. 訳注;『経済発展の戦略』を参照 []
  3. 訳注;ボイスを通じた規律付け効果 []
  4. 訳注;言い換えれば、ハーシュマンは当初イグジットとボイスは代替的な関係にあると見なしていた、ということ []
  5. 訳注;イグジットに訴えることができる []
  6. 訳注;ボイスが行使されることもない []
  7. 訳注;イグジットに容易に訴えることができる []
  8. 訳注;HBOにしてもウェグマンズにしてもブログにしても、代わりとなる選択肢(競合するケーブルテレビ局、スーパーマーケット、ブログ)がかなりの数に上るために(競争が活発であるために)顧客や読者の声に敏感にならざるを得ないということ。言い換えると、顧客や読者の不満の声に鈍感だとすぐにでもイグジットされてしまうかもしれない(他のライバルにお客をとられてしまうかもしれない)という恐れがボイスの効果を高める結果につながっているということ。 []

Comments

  1. 一箇所だけひっかかったんですが、「不満を長々と述べて時間を浪費する必要もないことだろう」だと、むしろ不満を言ったりせずに退出するというニュアンスにならないでしょうか? 「不満をいくら述べても時間の浪費にはならない」ぐらいの方がいい気がするんですが。

    • ご指摘ありがとうございます。そうですね。「不満を長々と述べて時間を浪費する必要もないことだろう」だと、不満を述べずに退出するというニュアンスが出てしまいますね。文脈的には、(退出という脅しがあるおかげで)不満がすぐにでも聞き入れられる(ちょっとでも不満を述べるとすぐに反応してもらえる)という意味合いでしょうから、言わんとしている内容がダイレクトに伝わるように、「不満を述べようものならすぐにでも聞き入れられる」くらいに訳しておきます。

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