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アレックス・タバロック 「知的財産権の政治経済学」

●Alex Tabarrok, “Noah Webster Defines Rent Seeking”(Marginal Revolution, November 22, 2013)


エリ・ドゥラード(Eli Dourado)と共著で新たに論文(”Public Choice and Bloomington School Perspectives on Intellectual Property(pdf)”)を執筆したばかりだが、この論文ではまずはじめに公共選択論の分野におけるヴァージニア学派1 の貢献ならびに制度分析の分野における(オストローム夫妻2 を中心とする)ブルーミントン学派の貢献を簡潔に要約し、その後にこの両学派の発想を応用するかたちで政治経済学的な観点から知的財産権の問題に切り込んでいる。我々の論文の中から著作権法の成立当初のエピソードを以下に若干引用するが、このエピソードは著作権の保護期間の延長を求めて法律の改正に奔走したディズニーの試み3 は何ら目新しいものではなく、著作権の強化に向けたレントシーカーの働きかけ4 は合衆国憲法が制定された直後から早くも始まっていたことを示している。

合衆国憲法の制定に伴って初の議会が開催されてから間もなくして、著作者の連合は議会に対して著作物の保護強化を訴える嘆願活動を開始した。1790年著作権法は憲法上の著作権条項5 を具現化したものだが、どうやらこの法律の最初の草案を執筆したのは議会のメンバーではなく、何とあのノア・ウェブスター(Noah Webster)であったようである(Patry 1994)。ノア・ウェブスター-いとこには上院議員のダニエル・ウェブスターがいた-は数多くのテキストを著わしており、現在でも彼の名前を冠している有名な辞典の編纂者でもあった。彼が執筆した草案-最終的にできあがった法律は彼の草案通りではなかったが-では著作者本人だけではなく本の販売業者や印刷業者もまた著作権の所有者であるとされていた。そして最終的に成立した1790年著作権法では本だけではなく地図や図表(charts)も著作権の対象となったのであった(これは憲法で著作権の対象とされている「著作物」(writings)のかなり広い解釈であると言える)。1831年に著作権法は改正されることになったが、ここでもウェブスターは重要な役割を果たした。1831年の法改正によって著作権の保護期間がそれまでの2倍の長さに(14年から28年へと)延長されたわけだが、この点に関連してウェブスターがエリザ・ジョーンズ(Eliza W. Jones)に宛てた手紙の一部を以下に引用しておこう。

私の仕事は(著作者に認められる)著作権の強化に向けて法的な保護を勝ち取るために私なりに影響力を行使することにありました。・・・今回の草案では著作権の保護期間が28年へと延長され、さらに14年の更新期間が認められることになっています。このまま法律として制定されることになれば、結果的に私は多大なる恩恵を被ることになるでしょう。 

ウェブスターがエリザ・ジョーンズに宛てた1831年1月10日付の手紙

  1. 訳注;ジェームズ・ブキャナン(James M. Buchanan)やゴードン・タロック(Gordon Tullock)らを中心とした政治経済学の分野(経済学のツールを用いて政治の問題を分析する分野)における学派の一つ。主要な学者が当時ヴァージニア工科大学に集まっていたことからヴァージニア学派と呼ばれている。 []
  2. 訳注;ヴィンセント・オストローム(Vincent Ostrom)とエリノア・オストローム(Elinor Ostrom) []
  3. 訳注;ミッキーマウスの著作権切れを回避するためにディズニー社が著作権法の改正に向けて行ったロビー活動のことを指している。ディズニー社によるロビー活動の成果もあってか1998年に著作権延長法が制定されることになった。 []
  4. 訳注;法律上の特権(ここでは著作権をはじめとした知的財産権)ならびにそれに伴う超過利潤(レント)の獲得を目指して政府へ働きかける(ロビー活動を行う)ことをレントシーキングと呼ぶ。 []
  5. 訳注;合衆国憲法の第1条第8節第8項では、連邦議会が著作者ならび発明者に一定期間だけそれぞれの著作および発明に対する独占権を付与することが認められている。 []

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