経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

アレックス・タバロック 「角谷静夫 ~経済学徒の間で一番有名な日本人数学者~」

●Alex Tabarrok, “Kakutani is at rest”(Marginal Revolution, August 19, 2004)1


「角谷の不動点定理」と言えば経済学を学ぶ多くの大学院生にとって悩みの種となっているが、その定理を証明した日本人数学者である角谷静夫氏が先日2 92歳で亡くなった。「角谷の不動点定理」は「ブラウワーの不動点定理」を一般化したものであり、説明するのは厄介だがいくつかの例を用いてそのエッセンスを語ることは可能である。例えば、以下の問題(pdf)を考えてみてほしい。

とある仏僧(仏教の僧侶)が日の出と同時に登山を開始した。横幅が1~2フィートあるかないかの細い山道はらせんを描くように山頂まで続いており、山頂には仏僧が目指すきらめく寺院が建立されている。ある時は早足でまたある時はゆっくりなペースで(歩く速度を変えながら)山頂を目指して歩みを進める仏僧。休憩や食事(メニューは携帯してきたドライフルーツ)のために道中何度も足を止めながらも、日の入り直前についに寺院に到着。断食や瞑想の修業のために山頂の寺院で数日を過ごした後、仏僧は日の出と同時に寺院を後にした。登山時と同じ道を登山時と同じように(つまりは、歩く速度を変えながら、道中何度も足を止めながら)下山する仏僧。登山時と同じようにとは言っても、下山時のほうが登山時よりも平均的な歩行速度は速いことは言うまでもない。

さて、ここで問題である。登山時と下山時とで仏僧が同じ時刻に通過する(そこに位置する)山道上の地点が存在することを証明せよ。

証明を求められている命題は真(true)なのだが、かなり驚かされるものである。というのも、仏僧は歩く速度を変えながら山を上り下りしているわけだが、それにもかかわらず、「ブラウワーの不動点定理」によると下山している仏僧が登山時と同じ時刻に山道上の同じ地点にいるということが起こるというのだから。この問題には簡単な証明が存在するのだが、それは最後に残しておくことにしてその前に2次元・3次元の世界における不動点定理の含意(インプリケーション)についてその他の例を見ておくことにしよう。

横8インチ×縦11インチの紙を2枚用意し、その2枚をピッタリと重ね合わせることにしよう。この時、上にある紙のいずれの点も下にある紙の点とピッタリ対応することになる。ここで上の紙を好きなようにくしゃくしゃに丸めて、再びもう一枚の紙の上に(はみ出さないように)置いてみよう。「ブラウワーの不動点定理」によると、この時先の場合(2枚の紙をピッタリと重ね合わせた場合)と変わらず動かないままの点-先の場合(2枚の紙をピッタリと重ね合わせた場合)と同じ位置で重なる点-が存在することになるのだ。

最後の例としてカップに注がれたコーヒーについて考えてみよう。コーヒー内の点は3次元空間上の点ということになる。ここでコーヒーをかき混ぜることにしよう。「ブラウワーの不動点定理」によると、コーヒーをかき混ぜる前と後とでその位置を変えない点が少なくとも一つは存在することになるのだ。

こういった興味深い例は別にして、「ブラウワーの不動点定理」とその拡張である「角谷の不動点定理」はナッシュ均衡の存在証明をはじめとして経済学の分野で幅広く利用されている。

角谷氏に関する興味深いトリビアにいくつか触れて締め括ることにしよう。角谷氏ははじめから数学の道に進んだわけではなく、父親の意向もあって高校では文系を選択したという。また、彼の娘はニューヨーク・タイムズ紙で書評を担当しているあのミチコ・カクタニ(角谷美智子)女史である。

—————————————————
最初に取り上げた仏僧の例に関する直観的な証明はこうである。2名の仏僧がおり、そのうちの一人はこれから登山を開始し、もう一人はこれから(山頂から)下山を開始しようとしているとしよう。2人が同じ日の日の出と同時に出発した場合、その日のいずれかの時間帯で2人は山道のどこかの地点で遭遇することになるはずである! Q.E.D.(証明終了)

  1. 訳注;邦題は次のブログエントリーを参考にした。●night_in_tunisia, 「経済学徒に一番有名な日本人数学者といえば」(徒然なる数学な日々 at FC2, 2004年8月15日) []
  2. 訳注;角谷氏が亡くなられたのは2004年8月17日。このエントリーはその直後の2004年8月19日に執筆されたもの。  []

Comments

  1. 文系だけど僧侶の問題の証明はすぐわかったわ。
    それよりもコーヒーかき混ぜの例題がわからん。
    仮にコーヒーの粒が順番に空間に
     [a][b][c][d][e][f]
    という具合で並んでいたとして、aをスプーンですくい取って一番最後に押し込んだら
     [a] ← [b][c][d][e][f]
     [b][c][d][e][f] ← [a]
     [b][c][d][e][f][a]
    となって、一つも座標が重なってない気がするんだが。

    もしかしてコーヒーは水飴状のネバネバした液体で、ごくごく細くつながっており、かき混ぜる程度では決して切り分けることはできないっていう前提なのかな。でもそれってコーヒーじゃないよね…

コメントを残す