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エウジェニオ・プロト, アルド・ラスティチーニ, アンディス・ソフィアノス「社会はなぜ協力するのか」(2018年1月19日)

Eugenio Proto, Aldo Rustichini, Andis Sofianos, “Why societies cooperate“, (VOX, 19 January 2018)


協力行動を生み出す性質としては次の3つがよく挙げられる – 優しい気性・優れた規範性・知能。本稿ではあるラボ実験の結果を報告する。この実験ではさまざまなプレイヤー集団が協力の学習から利益を得ている。本実験をとおし、知能こそが、社会的に結束した協力的な社会にとっての第一義的条件であるという考え方への、非常に強力な裏付けが得られた。他者にたいする温かな感受性や優れた規範性には、小さく一過性の効果しか存在しないのである。

社会交流において、協力行動を決定付けるもの、あるいは我々をして自分自身だけでなく、我々の隣人にも便益のある形で活動することを可能にするものは何か? こうした隣人は、同国人でもあれば、この同じ惑星で共に生きる人でもあろう。「気になりますよ」 との言葉ばかりでなく、自分自身とともに他の人の生活も良くするような我々の行動を誘い出すのは、一体何なのか?

換言すれば、我々を実際的な (effective) 社会的動物にするものは何か?

経済学者をはじめとする社会科学者は数多くの説明を提示してきた。協力は温かな感受性に由来するのかもしれない。そうであるなら他者へ思い遣りは我々に寛大かつ協力的な行動を動機づけるものとなり得る。この議論によると、結束力のある社会とは、優しく寛大な感受性が我々の活動を触発している社会なのである (Dawes and Thaler 1988, Isaac and Walker 1988, Fehr and Gaechter 2000, Fehr and Schmidt 1999, Falk et al. 2008, 等々)。

他方、優れた規範性と制度こそが社会的に有用な行動の大枠を提示するという説も存在する。この解釈によると、調和ある社会は、一貫して守られる優れた規範性と信頼 (Putman 1994, Coleman 1988, among others)、あるいは過去より受け継がれ現在うまく機能している制度に、その基礎をもつことになる (Acemoglu et al. 2001, 等々)。

最後に、洞察力に富む利己心が我々を導き、良き市民たらしめている可能性もある。この説によると、社会に協力が生まれるのは、人々が自らの活動の社会的帰結を予測しうるほどには賢い時、となる。ここでいう社会的帰結には他者にとっての帰結も含まれる。

最近の論文 (Proto et al., 近刊) で、我々はこれら3つの説を実験により検証した。結果、知能こそが社会的に結束した協力的な社会にとっての第一義的条件であるという考え方への、非常に強力な裏付けが得られた。温かな感受性や優れた規範性も一定の効果を持つが、それは一過性かつ小さなものである。

優しい気性・優れた規範性・知能

本実験は幾つかのゲームに依拠している。ゲームは一定のルール群からなるもので、これらルール群は2名の人物にたいし一定の利得を割り当てるものだが、その利得はプレイヤー双方の選択に掛かっている。このゲームは複数回繰り返されるので、これら2名のプレイヤーは互いに再び顔を合わせると知っていることになる。この繰り返しがあるので、各プレイヤーはそれまでの回に相手プレイヤーが取った行為に応じた対応をすることが可能となる。

本研究における繰り返しには無作為終了 (random termination) を採用しており、その頻度は実験者によってコントロールされている。続行確率が高いほど社会交流も長くなる。またこれら繰り返しゲームは非ゼロサムゲームである。換言すれば、協力的な – 相互に便益のある – 行動の余地が残されている。とはいえ自己中心的な、相互に損害を及ぼす行動についても同上だ。これは我々が実生活のなかで最も頻繁に経験する社会交流を反映したもので、大変重要な点である。

続いて2つの 「町 (cities)」、つまり被験者の集団を設定した。これら2つの集団は次の3つの特徴のうち1点で異なるものである: 優しい気性・優れた規範性・知能。我々が特に注目したのは、被験者が協力行動を選択した頻度であり、この頻度を協力率と呼ぶ。

我々は何種類かのゲームを調べた。はじめに取り上げたのは囚人のジレンマである。囚人のジレンマを一回限りのゲームとして行うならば、相手プレイヤーが何を選択するとしても、裏切り (相手プレイヤーと協力しない) のほうが利得は大きくなる。しかしゲームが無限回繰り替えされるならば、協力行為が各人にとって最適となる可能性がある。そのばあい両プレイヤーが全ての回に協力する均衡がうまれるかもしれないが、それは逸脱があるとその後に裏切りの均衡に逆行してしまう恐れがあるからだ。なお、この均衡において、現在の利得 (プレイヤー一名が裏切ったばあい、より大きくなる) と長期的利得 (こちらでは同プレイヤーが裏切ったばあい、より小さくなる) とのあいだのトレードオフがある点に注目されたい。

知能

知能の測定には、被験者のレーヴン漸進的マトリックステストにおける成績を利用した。一方の集団における被験者がもう一方の集団よりも高い知能をもっているように集団を設定すると、相対的に知能の高い側の集団は協力することを学習し、ほぼ完全な協力を達成することが確認された。相対的に知能の低い被験者からなる集団の側では、協力率が初期水準より低下している (図1)。

1 高/低-知能被験者集団が無作為終了型の繰り返し囚人のジレンマをプレイした時の協力率

: プレイヤーはレーヴン漸進的マトリックステストの結果を用いて集団に割り当てられている。

優しい気性

次に我々は、被験者の協調性 (agreeableness) 水準に従って2つの集団を設定した。この協調性というのは 「性格5因子 (Big 5)」 の1つであり、ポジティブな社会的傾向性 (信頼と寛大さ) の水準を計測したものである。図2にこれら2つの集団が無限回繰り返し囚人のジレンマをプレイした時の協力率を示した。これら2つの協調性集団には協力率にはっきりとした違いが存在しない。

図 2 高/低-協調性被験者集団が無作為終了型の繰り返し囚人のジレンマをプレイした時の協力率

: プレイヤーは性格5因子の1つに関する質問紙の結果を用いて集団に割り当てられている。

優れた規範性

最後に我々は、社会規範の遵奉水準の点で区別される集団を設定した。その特定にあたっては誠実性 (conscientiousness) を用いた。この誠実性は、秩序だっている・あてになるに・自己規律および良心性 (dutifulness) を示す といった傾向により定義されるもので、これも性格5因子の1つである。図3にこれら2つの被験者集団における協力率を示した。見られるように、高-誠実性集団は協力を増加させるというよりむしろ、低-誠実性集団とくらべ協力することを学習するのが遅くなっている。この結果が示唆するのは、社会規範の順守水準の相対的な高さは協力水準の相対的な高さの保証にならないことである。本分析が示唆するところ、こうした事態が生じた理由は、高度に誠実な被験者は自らの選択につきあまりに警戒的であるためだ。このことが完全な協力への収斂を遅らせたのである。

図 3 高/低-誠実性被験者集団が無作為終了型の繰り返し囚人のジレンマをプレイした時の協力率

: プレイヤーは性格5因子の1つに関する質問紙の結果を用いて集団に割り当てられている。

より単純なゲームにおける知能の影響

協力ないし協力することの学習にたいする知能の作用形態につき更なる知見を得るため、我々は2つの知能集団に、もっと単純な、現在の利得と長期的利得とのあいだに一切トレードオフが存在しないゲームを幾つかプレイしてもらった。1つ例を挙げれば、鹿狩りゲーム (stag hunt game) である。このゲームではプレイヤーは鹿と兎のいずれを狩るか決定しなくてはならない。鹿を狩るばあい、相手プレイヤーも鹿を狩るならば利得が高くなるが、相手プレイヤーが兎を狩るばあいの利得は低い。兎を狩るばあいは、相手プレイヤーの決断いかんに関わらず、中ほどだが確実な利得が得られる。

プレイヤーが一度きりしか顔を合わせないのならば、鹿を狩るのが最適となるのは、相手プレイヤーも鹿狩りを選ぶだろうと予想しているばあいのみである。しかしこのゲームが繰り替えされるばあい、ひとたび鹿狩りでの協調に至れば、両プレイヤーにとってもはや敢えて兎狩りを決定することの利益は長期的にも短期的にも存在しなくなる。図4に鹿狩りにおける協調率を示す – 見られるように、高/低-知能集団のあいだに然したる違いは無い。両集団は鹿狩りに協調することを素早く学習しており、その後自らの行動を変化させていない。男女の争い (Battle of the sexes) も短期と長期の利得のあいだにトレードオフが無いゲームだが、こちらでも同じ結果が得られている。

図 4 高/低-IQ被験者集団が不定回繰り返し鹿狩りゲームを別のラボセッションで行った時の、鹿狩りでの協調率

: プレイヤーはレーヴン漸進的マトリックステストの結果を用いて集団に割り当てられている。

目標無視

1つの仮説は、短期と長期の利得のあいだにトレードオフが存在しないゲームでは、知能が協力状況に及ぼす影響が小さくなる、というものだ。これはDuncan et al. (2008) によって明らかになった、相対的に低-知能の個人が非戦略的選択において見せる目標無視 (goal neglect) と似通った影響である。同研究において著者らは、知的な人ほどすでに選択された戦略をより一貫して適用する傾向があることを実験的に示した。我々の実験でも、短期的な目標が長期的目標と齟齬を来すようなゲームをプレイした時、自らの長期的目標を蔑ろにし、利得を減らす失敗をしてしまう個人が時折現れた。図6は被験者の犯した失敗を示すもので、知能を分位点ごとに分けて表示している。

図 5 繰り返し囚人のジレンマゲームにおける戦略の適用に際し被験者が犯した失敗(IQ分布分位点ごと)

: 「失敗 (errors)」 は、それまでの回に被験者が協力しているばあいの裏切りと定義した。

参考文献

Acemoglu, D, S Johnson and J A Robinson (2001), “The colonial origins of comparative development: An empirical investigation”, American Economic Review 91(5): 1369-1401.

Coleman, J S (1988), “Social Capital in the Creation of Human Capital”, American Journal of Sociology 94: S95-S120.

Dawes, R M and R Thaler (1988), ‘‘Cooperation’’, Journal of Economic Perspectives II: 187–197.

Duncan, J, A Parr, A Woolgar, R Thompson, P Bright, S Cox, S Bishop, and I Nimmo-Smith (2008), “Goal neglect and Spearman’s g: competing parts of a complex task”, Journal of Experimental Psychology: General 137(1): 131-148.

Falk, A, E Fehr, U Fischbacher (2008), “Testing theories of fairness—Intentions matter”, Games and Economic Behaviour 62(1): 287-303.

Fehr, E and K Schmidt (1999), “A theory of fairness, competition, and cooperation”, Quarterly Journal of Economics 114: 817–868.

Fehr, E and S Gaechter (2000), “Cooperation and Punishment in Public Goods Experiments”, American Economic Review 90(4): 980–994.

Isaac, M R and J M Walker (1988), ‘‘Group Size Effects in Public Goods Provision: The Voluntary Contribution Mechanism’’, Quarterly Journal of Economics 103(1): 179–199.

Proto, E, A Rustichini, A Sofianos (forthcoming), “Intelligence, Personality and Gains from Cooperation in Repeated Interactions“, Journal of Political Economy.

Putnam, R D (1994), Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy, Princeton University Press.

 


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