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クルーグマン「格差はいまでもアメリカで決定的に重大な問題だ」

Paul Krugman, “Inequality Remains a Critical Issue in the U.S.,” Krugman & Co., December 19, 2013.


格差はいまでもアメリカで決定的に重大な問題だ

by ポール・クルーグマン

VAN DAM/The New York Times Syndicate

VAN DAM/The New York Times Syndicate

おどろくほど長い時間がかかったけど,格差がようやくアメリカの進歩派たちにとって際だった共通の問題として浮上しつつある――その進歩派のなかには,大統領も含まれる.こうなると,どうしても反動が起こるのは避けがたい.しかも,その反動は2本立てだ.

1つは,「サードウェイ」みたいな団体からでてきてる.「トーキング・ポインツ・メモ」の編集者ジョッシュ・マーシャルは,最近の記事でその立場をいちばんうまく特徴づけている:「ここには,『サードウェイ』の本質がよく現れている:つまり,20世紀後半の一時期への化石みたいな先祖返りをやろうというわけだ.かつてその頃には,民主党を『イデオロギー的な極左から中道に』引き戻そうと試みるグループへの市場があったけれど,いまの民主党は実に非イデオロギー的な政党で,大半の人が投票する選挙で勝利をおさめてきたかなり優秀な実績がある」

それに,知的な面での反動も起きてる.『ワシントンポスト』のコラムニストをやってるエズラ・クラインみたいな人たちは,こんなことを主張してる――たしかに格差は問題ではあるけれど,「我らの時代の決定的な問題」と言えるほどではない,なんてね.すると今度はこの主張を聞いた他の評論家たちが怒り狂いだす.

まあ,ぼくは怒り狂いはしないけど,でも,クライン氏はこれについて考え違いをしてると言いたい.

「格差は大問題だし,それどころか決定的な大問題だ――そして,進歩派にとって中心的な問題実行となってしかるべきでもある」という主張には,複数の論拠がある.格差に焦点を置くあれこれの理由を総合すると,圧倒的な説得力がある.個別の論拠には懐疑的になったとしても,十分に説得されるだけの力がある.

4つの論点を取り上げよう.

第一に,純粋に計量的な観点で見て,拡大する格差は,ジョー・バイデン副大統領なら「フ○○キンすげえこと」とでもうっかり呼びそうなしろものになっている.所得シェアのデータを見ると,キャピタルゲインをのぞく所得における下位90パーセントのシェアは,2000年に 54.7 パーセントだったのが,2012年には 50.4 パーセントに下がっている.これはつまり,下位90パーセントの所得は,格差が一定したままだった場合と比べて約8パーセント低くなっているってことだ.その一方で,産出ギャップの推計は――経済がその稼働能力を下回って動いてる度合いは――総じて6パーセントに届いていない.ということは,純粋に数字の観点で見て,拡大する格差は,不況以上に中流階層の所得を押し下げてきたわけだ.

失業による損害は,単純な所得の喪失よりも大きいと主張する人もいるかもしれない.そこはぼくも同意する.それでもなお,この種の計算を目の当たりにしておきながら二次的な問題といって格差を無視するのはむずかしい.

第二に,経済危機の責めを少なくとも部分的には拡大する格差に帰するのにはまっとうな理由がある.最良の筋書きはこんな具合だ:「トップ1パーセントが高い貯蓄をしている一方で,需要を支えていたのは,所得水準のずっと下の方で急速に債務が増加したことだった――そして,この借金はそれ自体が格差によって駆り立てられていた.格差は,支出カスケードその他につながるんだ.この主張はきれいにスラムダンクを決めているだろうか? そんなことはない――でも,深刻なことだし,他の論証を強化するものでもある.〔※「支出カスケード」は,所得水準の高い方が支出を増やすと,そのすぐ下の水準の人たちも同じように支出を増やし,その連鎖が下まで波及していくことをいう.支出カスケード仮説では,参照集団内の格差が大きいほど,その集団での平均的な貯蓄率は下がると予測される (R. H. Frank and A. S. Levine, “Expenditure Cascades,” American Economic Association Annual Meeting Paper, 2007; R. H. Frank, A. S. Levine, and O. Dijk, “Expenditure Cascades,” Social Science Research Network Working Paper, October 2010).〕

第三に,政治経済の側面もある.危機の前でも,そしておそらくもっと重大なことに危機以後にも,拡大する格差とそれに伴うトップ1パーセントの政治的権力の増大によって政策の失敗が歪曲されてしまった,という側面だ.危機以前には,証拠によって正当化されたためしなんてなかったにも関わらず規制緩和と金融化を支持する合意がエリート達の間でできあがっていた.証拠はなくても,ごくかぎられたすごいお金持ちの少数派の利害に密接につながった合意だった.危機以後には,雇用創出から赤字削減への妄執へといきなり議論の風向きが変わった.世論調査からは,そんなことを平均的な有権者はのぞんじゃいなかったのがうかがえる.でも,お金持ちの考える優先順位はしっかり反映してた.社会保障などの受給資格を削減することの重要性を言い立てる主張は,あからさまに1パーセント層のものだ.

最後に,この点と大いにつながりのあることとして,進歩派のシンクタンクが調査すべき問いがある.クライン氏が最近になって提案してるところだと,「いかにして失業と戦うか」は「いかにして格差を小さくするか」よりもっと中心的な話題になってしかるべきだそうだ.でも,そこで大事なことがある:失業と戦う方法ならぼくらも知ってる――完璧に知ってるワケじゃあないけれど,古き良き基本的マクロ経済学は2008年以来,とてもうまく機能してきた.こんな風に回復が緩慢な経済学的な理由には,なんにも不可解なことなんてない――金融政策がゼロ下限に制約を受けているときに民間のレバレッジ解消がなされているっていうのに財政政策を引き締めればこうなるのは当たり前なんだ.問題は,マクロ経済学がこれまでに学んできたことを政治体制がなにもかも無視したのはどうしてなのかってことだ.そして,その問いへの答えは,すでに示唆しておいたように,格差と大いに関わりがあるわけだよ.

© The New York Times News Service


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