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ジョシュ・アングリスト他「計量経済学の教え方」

Josh Angrist, Jörn-Steffen Pischke “Mastering metrics: Teaching econometrics“(VOX, 21 May 2015)

(訳者前書き:以下の記事は、原文著者による自著の宣伝が多分に含まれますが、同書を勧める意図から投稿している訳ではありません。)

経済学という学問は、過去半世紀の間に遥かに実証的となり、抽象的・理論的色合いがかなり薄れたことで劇的に変わった。変化の風は応用ミクロ経済学において最も強く吹いたが、計量経済学はそれに大きく後れをとっている。本稿では、計量経済学の授業には総点検が必要であり、そうした変化は教科書の改良から始めるべきであるということを論じる。


ほとんどの経済学者は大学で経済学を学んだが、その経済学に対し世界金融危機は「経済学って何の役に立つの?」という疑問を突き付けた。私たちはそこに「計量経済学って何の役に立つんだろうか…少なくとも今現在教えられているやつは?」というのを付け加えたい。経済学を専攻する学部生のほとんどは計量経済学の授業をとる。この授業は学生が得ることのできる最も有用な経験の一つであるべきだ。何十年にもわたり、経済学部生は計量スキルを重用する分野で仕事を見つけてきた。データセットがより大きく複雑になるにつれ、データ分析スキルを持つ新卒に対する需要は急速に増加してきた。計量経済学の授業は、データの中に隠された経済的な関係を見つけ出すために経済学者が用いる強力なツールを生徒に身に付けさせることを請け負う。したがって、計量経済学のクラスが経済政策分析やビジネス問題はおろか、学者が行っている計量経済学研究の多くにすら大部分関係のない知識の抽象的な集合を伝達し続けていることは、特筆すべきことであると同時に悲しむべきことだ。

曲線の当てはめに関する簡単な議論の後、Pindyck and Rubinfeld’s (1976)の第一版は「ザ・モデル」、「推定量の統計的性質」、「最良線形不偏推定量」と題された小項目で始まる。Johnston (1972)の第二版も同じように、モデル、仮定、推定量で始まる。Johnstonは重回帰モデルを、「回帰を滑らかに当てはめるという、直線を当てはめる単回帰モデルの技術的な拡張であると述べている。学部用計量経済学の経典はそれ以降の数十年ほとんど進化していない。ミレニアムの曲がり角に至ってBecker and Greene (2001) は計量経済学の教科書及び授業を調査し、計量経済学と統計は、ビジネススクールで教えられる場合ですら数学の一分野として教えられることが多く(中略)教科書と授業用素材の焦点は理論と技術的な細部を紹介し説明することに焦点が置かれており、応用に関する注意は二次的なものでしばしば手元にある手順に当てはまるように作られている(中略)応用が金融新聞やビジネス雑誌、経済学ジャーナルに載っているような出来事に基づくことは稀である。

計量経済学の授業と実践の間の断絶

現在の売れ筋教科書は過去のそれの目次を順守し、実証的な応用を犠牲にしつつ、モデルと仮定を主眼としている。重要な経済問題はせいぜいサラッと触れられているだけであり、実証的な例題は未だにほとんどがわざとらしく作られたものだ。例えばStudenmund (2011)は、身長と体重の関係に関する架空の分析をもって実証的な回帰を紹介している。Hill, Griffiths, and Lim (2011: 49)の最初の実証的応用は、食料品への支出と所得の間の相関を調べている。この潜在的には興味深い関係は、何故何のためにというヒントなしで提示されている。その代わり、その箇所における議論は「私たちはデータが(中略)SR1-SR51 の条件を満たすものと仮定する」ということを強調している。輝かしい例外の一つであるStock and Watson (2011)は、「経済問題とデータ」という章で始まり、生徒の成績に対する教室の大きさの因果効果に関する議論を用いて回帰を紹介している。残念ながら、Stock and Watsonも、より伝統的なモデルに基づく抽象概念に幾度も立ち戻る。

計量経済学の授業と計量経済学の実践の間の断絶は、話し方見せ方の問題の枠には留まらない。最も憂慮すべき隔絶は概念に係るものだ。実験、マッチングと回帰手法、操作変数、差分の差分法、回帰分断デザイン、これら5つの計量経済学の中核的なツールの台頭は実証経済学におけるパラダイムシフトとなっている。経済理論を確かめるために提示する、あるいは単にモデル化こそが計量経済学というものだと思われていたため、過去において実証研究はモデルの推定に焦点が置かれていた。現代の応用研究は経済の力と経済政策に関して焦点を絞り込んでいる。

現在では具体的な因果効果に力点が置かれていることに合わせ、私たちの著書「計量を極める(Mastering Metrics)」(Angrist and Pischke 2015) では、私立大学の1年間の授業料に50,000ドル以上払う、という多くのアメリカ人学生がやっていることにそれだけの価値があるのかどうかという疑問に答えるための戦略として回帰を紹介している。もちろん、それなりに選ばれた私立大学に通う学生は多くの理由によってより多くの稼ぎを得る可能性が高い。これがほとんどの単純な比較を困難にする選択バイアスというものだ。回帰はこのバイアスを減らすコントロール戦略だ。その価値は、コントロールされた比較はコントロールされていないそれに比べて因果解釈を導き出す可能性が高いというところにある。現代の計量経済学の実践においては、最も広く使われている計量経済学ツールは私立大学による稼ぎ効果のような具体的な因果関係を捉えるために設計されている。こうした問いは理解されやすいし、それに対する答えは私たちの生徒をはじめとする現実の人々に対する現実の重要性を持っている。
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プラグマティズム

現代の応用計量経済学の象徴たる因果関係に対する堂々とした焦点の当て方は、1980年代から段々と現れ始め、それ以降加速してきている。2 現在の計量経済学の応用は、準実験研究設計や、以前は医薬品研究にしか使われていなかったランダム化実験を多く使っている。実際、ランダム化実験という観念は、ほとんどの計量経済学研究にとって基本的で人気のある概念となっている。ランダムな割り振りが実行不可能である場合でさえ、私たちがやりたいと望むこの実験の観念は、実証的な問いの選択を導き、非実証的なツールとデータの使用を規律してくれる。

計量経済学ツールを理解するための道のりは、経済的な理由付けによって動機づけられた因果問題によって始まる。次にこれらの問いは、データと絞り込まれ丁寧に実行された実証分析によって答えを与えられる。健康保険の健康に対する効果は何か。DV加害者の逮捕はDVを減らすのか。ピア効果3 は生徒の成績にとって重要なのか。中央銀行による流動性は銀行危機の最中に銀行を救うのか。私たちの教科書の方法論に関する各章は、このような問いによって始まるが、それらは一般的な形で提示されるものの、答えは具体的だ。これらの問いが何故難しく、これらに答えるための単純な実証的戦略がなぜミスリーディングなものになりうるかということを私たちは説明している。私たちの計量経済学的手法とツールは、現代の応報経済学研究において最も重用されているものだ。

5つの中核的な計量経済学ツールは、古典的線形回帰モデル、 一般化最小二乗法の難解な統計上の仮定、あるいはずらずらと行を埋める複雑な連立方程式といった形式に負うところのほとんどない現代の計量経済学の実践による自然な結果だ。私たちの教科書は、ランダム化実験によって研究の信頼性の基準を設定するところから始まり、実務家が一番使うことの多いツールである回帰に関する詳細ではあるがモデルを使わない議論へと移る。私たちの回帰の応用、すなわち私立大学への通学による後の稼ぎへの効果の推定は、因果的な結論に関する場合の回帰の目から鱗ものの力を示している。

操作変数回帰は供給曲線と需要曲線の推定するにあたっての問題に対する解決法として編み出されたものであるが、私たちの操作変数の使い方は、操作変数回帰が最もよく用いられるやり方に対応している。すなわち、選択バイアス問題に対する解決法としてだ。それとは対照的に、Hill, Griffiths, and Lim (2011)では、操作変数回帰は「ランダム回帰子とモーメントに基づく推定」というおどろおどろしい響きの章の中で紹介されている。因果効果を捉えるための操作変数回帰の3つのおもしろい用法を軸とした操作変数回帰の章に続き、私たちの教科書は回帰分断デザインと差分の差分法に取り掛かる。Econlitで検索すると、この二つの手法の両方を使用している1990年以降発表の論文が何百も出てくる。にもかかわらず、Studenmund (2011)やGujarati and Porter (2010)はこの二つに触れられておらず、Hill, Griffiths, and Lim (2011)やWooldridge (2012)では差分の差分法について簡単に述べているだけだ。

線形モデルのためだけでなく

より最新の内容を盛り込んでいるのに加え、私たちの教科書は計量経済学の教え方に対する過去のアプローチの子供じみた直解主義を捨て去ることにより、計量経済学の経典の刷新を行っている。この精神に基づき、私たちの教科書は回帰が文字通りの線形モデルに紐ついているという観念を避けている。回帰は、平均が線形方程式に当てはまるかに関わらず、その平均における差を説明する。これは普遍的な性質で、間違いなく真実であり、私たちは古典的仮定を満たさないこと対して罰を与える記述によって読者を脅したりはしない。私たちの教科書における回帰の議論は、まず目標の因果効果とは何か、次に自分の求める回帰とは何かということを自問自答するよう読者に挑戦するところから始まる。言い換えれば、平均的な因果効果を回帰から導こうとするにあたって、何を固定しておきたいのかということだ。欠落変数バイアスとは、そうした理想の回帰と今手元にある回帰との差だ。同じ精神から、私たちの教科書では操作変数をランダム化自然実験におけるコンプライアンス問題を解決するための手法として紹介する。これによって、多種多様な情報元に由来する数値のバラつきを抑える強力な手法としての二段階最小二乗法の議論へとすんなりと繋がる。最後は、教育の経済的リターンという、問いが先にありきの研究命題を用いつつ、根本にある単一の因果関係の重要な側面が様々な手法によってどのように明らかにされるのかということを示して終わる。

私たちの経験では、多くの計量経済学の教師はデータをいじるのを楽しんでいて、彼らは自分たちの学生もそうなるよう望んでいる。しかし、受け継がれてきた計量経済学の経典は、無味乾燥であるという悲劇的結末になっている。これは非常に残念なことだ。現代の応用計量経済学は、興味深く、現実的意味を帯びていて、そして何よりも楽しいものなのだ!自分が研究で計量経済学を使うときと同じくらい、計量経済学を教えるのを楽しく思っている教師は、自分たちの興奮を生徒たちにも伝えたいと願ってもよいのだ。楽しい時間を過ごすだけでなく、私たちは次世代の研究者、政策決定者、経済学的に啓蒙された人々に有益なデータ分析の種をまいている。教え方に対する私たちのアプローチに対する明るい希望は、ヤバい経済学シリーズの人気や、Acemoglu, Laibson, and List (2015)による華々しい新たな経済原理入門書を見れば明らかだ。彼らの経済学は、問いと証拠を抽象的なモデルよりも先に置いている。こうした錆がかった経済学の入門経典を磨き、刷新しようとするこうした仲間たちに私たちも喜んで加わりたい。
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参考文献
●Acemoglu, D, DI Laibson, and JA List (2015), Economics, Pearson.
●Angrist, JD, and J-S Pischke (2015), Mastering Metrics: The Path from Cause to Effect, Princeton University Press.
●Becker, WE, and WH Greene (2001), “Teaching Statistics and Econometrics to Undergraduates”, Journal of Economic Perspectives, 169-182.
●Gujarati, DN, and DC Porter (2010), Essentials of Econometrics, McGraw-Hill.
●Hamermesh, DS (2013), “Six Decades of Top Economics Publishing: Who and How?”, Journal of Economic Literature, 162-172.
●Hill, RC, WE Griffiths and GC Lim (2011), Principles of Econometrics, Wiley.
●Johnston, J (1972), Econometric Methods, McGraw-Hill.
●Pindyck, RS, and DL Rubinfeld (1976), Econometric Models and Economic Forecasts, McGraw-Hill.
●Stock, JH, and MW Watson (2011), Introduction to Econometrics, Addison-Wesley.
●Studenmund, A H (2011), Using Econometrics: A Practical Guide, Addison-Wesley.
●Wooldridge, JM (2012), Introductory Econometrics: A Modern Approach, South-Western Cengage Learning.

  1. 訳注:回帰分析を行う際の5つの仮定、説明変数が非確率的、攪乱項の期待値がゼロ、攪乱項の均一分散性、独立性、正規性を指す []
  2. 原注:例えばHamermesh (2013)の表4では、その多くが実験及び純実験研究設計から得られたユーザー生成のデータ解析の増加を強調している。 []
  3. 訳注:このwikipedia記事を参照 []

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