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ジョセフ・ヒース「アメリカのナクバ:社会が無惨にも分断を抱え堕落してしまった『理由』」(2017年3月14日)

American Nakba
Posted by Joseph Heath on March 14, 2017 | politics, United States

私は最近、『スティグマ現象』を扱った論文を書いている(ここで読む事が可能だ)。論文では、『貧困の文化』を巡って左派と右派の間で激しい応酬になっている論題の幾つかも扱うことになった。下層階級の人達は、自己破壊的な行動に従事する傾向にあるわけだが、そういった行動に対して「どこまで自己責任を追わねばならないのか」とか「どこまで自己責任を適用させるべきなのか」といった言説にまで関心を向けさせてもらっている。以上関心から、私は保守派による文化批判を読むことになり、デーヴィッド・フラムの本『我々は現状にどのように至ったのか:70年代』にたどり着くことになった。この本は、発売した時に漠然と関心を寄せていたが、当時は読書するまでには至らなかったのだ。しかし書架からこの本を取り出した時に、読むのを楽しみしてることを自覚したのである。理由を挙げるなら、フラムは(保守政権の役職から排除されて以来)過去5年ないしそれ以上にわたって、アメリカの社会状況において、一貫して興味深い言説の主だったことにある。ただ、読み終えて、あまりに悪書であることに、驚愕することになった。悪書である原因の一端は、この本が2000年(すなわち、けっこう過去)に出版されている事にある。そして、フラムは、この本の出版期に比べて非常に賢明になってはいるようだ。さしあたり、下記では、一つの驚くべき一節に焦点を絞りたい。そこでフラムは、アメリカの自動車メーカーが、自社の従業員に関して悩まされたいくつかの事例を取り上げている。アメリカにおける製造業の黄金期とされている時代である。

フォードの組み立てラインでは、1970年には労働者の1/4が職放棄したのです。フォードとGMでは、1961-1970年にかけて無断欠勤が倍増しています。特に、1969-1970年には、非常に急激に増加することになりました。1970年の春、GMでは、5%の労働者が常に無断欠勤状態だったのです。金曜日と月曜には、労働力の10%までもが欠勤となって現れています。GMの最もトラブルを抱えていた工場(ボルティモアのシボレー製造工場)においては、常習的欠勤者は、1966年の典型日では3%でしたが、1970年には7.5%に上昇することになっています。不満を抱えていた労働者達は、製造車(特に高級モデル)を故意に破壊するに至ったのです。当時のフォーチューン紙は「ネジはブレーキドラムに残されており、取り付け金具は泥除け区画に溶接されたままであり(これは、なぜか発見が困難で、運転時に常にガタガタを引き起こさせることになった)、塗装には剥がれ傷があり、室内装飾は破れていた」と報道しています。(p.21)

さらに「1977年の159社へののアンケート調査では、調査開始の1952年からのいかなる時期よりも、職への不満が発見されました」と続けている。フラムは言及していないが、70年代初期のアメリカの組み立てラインの労働者間では、薬物使用も非常に蔓延していたことも、製造品質の顕著な衰退にも寄与していたのである。
(因みに、私は、アメリカ車の熱狂的なマニアに、価値があるモデルとそうでないモデルを解説してもらった事がある。価値割合は労働者の薬物中毒割合に大雑把であるが基づいている、とのことである。因みに、だいたい60年代後半くらいで、価値があるモデルとそうでないモデルの分岐点になっているそうだ。)
ともかくとして、個人的にこの事案で蒸し返す価値があるとすれば、皆がメキシコと中国から返ってきて欲しい「素晴らしき製造業」は、アメリカにあった時点で、現実的には素晴らしいものと当時は考慮されていなかった事にあるだろう。

「フォードの組み立てラインでは、1年に労働者の1/4が職放棄している!」
フラムにとってこの労働者の職放棄事例は、書籍内では「70年代の堕落した世代批判」として広く関連付けられて提示されることになってる。ここにおいて重要なのは、(いかなる時であれ)人の記憶事実と、該当人物による実際の過去の経験事実は、まったく異なっている事にある。
(この点で、記載しておく必要があるのが、フラムは1960年生まれであることだ。彼によって回想された70年代においては、彼は基本的には当時10歳代だったことを意味しているのだ。)

個人的にフラムの本で一番驚いたのが、『反動保守思想』の異常なまでの典型的事例だったことにある。フラムは、どうでもよい不満を執拗に繰り返しているのだけだと言ってもよいだろう。因みに、私も70年代はダイッキライだったのだが、フラムの不満とはまったくの別途理由からである。この本は、70年代に起こったとされている、アメリカが道義を失ったり、高い理想を裏切ってしまったり、堕落に至ってしまった出来事の、長~い長い個別単言リストにすぎない。奇妙な点を挙げるなら、フラムは『反動保守思想の公式』に異常なまでに厳密に固執しつつも、自身はテンプレを表明してしまっていることに無自覚に見えることにある。つまりは全体的な読書感は、ハーレークインロマンスなのだ。しかも、既にハーレークイン様式の書籍が大量に存在することをまったく知らない作家によって書かれたハーレークインロマンスである。読者にとって「お決まり文句」や「手垢に塗れた安易な手法」にすぎないものが、著者的には「衝撃的な新しい洞察」や「新しい切り口の解説」として表現されているのである。

この本の特異性をいろいろ考えた事で、私はマーク・リラ1 の近著『難破する精神 世界はなぜ反動化するのか』を読むに至った。リラの本は、この反動保守のテンプレ反応の論題で、優れた洞察をいくつも含んでいる。『反動保守』の思想は表明される全ての場合において、どれも似たようなテンプレートに従うのを、リラは巧く説明することに成功している。リラは本書において、進歩的左派と反動的保守派の対称性に立脚して議論を進めている。進歩的左派と反動的保守派は、理想的(ないし少なくとも劇的に改善された)社会のビジョンにコミットしているという事で、似通ってはいる。しかしながら、進歩的左派は、将来にこの理想を位置づけ、その方向に物事を推し進めようと邁進することになる。対照的に、反動的保守派は、この理想を過去に位置づけることになる。反動的保守派によると現代社会が、理想にまったく似ていないという事実は、堕落が起こってしまった帰結として説明されることになっており、「堕落は(特定時期のとある時に)起こったに違いなく、この堕落の渦中に、社会は『道を失い』理想から逸れてしまったのだ」とされているのだ。したがって、反動的保守派は、しばしば、進歩的左派と同じようなユートピアを目指す政策プログラムを支持することになる。そして、反動的保守派は、自身のプログラムを[左派と同じであると]認識することに失敗することにもなる。なぜなら、反動的保守派は、それを、「革新」としてではなく、過去の状態の「復興」として想定しているからなのだ。「復興」を達成する為に、反動的保守派が採用する、中心戦略の一つが、「文化批判」や「衰退の神話」となる。そこでは、大衆は自身がいかに間違えていたかを悟り、真実の道に人は帰還する希望込みでの『堕落の物語』が語られることになる。

今現在、この反動保守派の[堕落の]物語の創話において、フランスは、おそらく世界の最先端にいる。リラは、エリック・ゼムール2 の”Le suicide francais”(『フランスの自殺』)と、イスラム原理主義者の基本的な神話を比較検討した上で、本質的に似たような構造を有しているとして、興味深い主張を展開している。今日の状況において、反動保守の思想構造を理解することは、現在のイスラム原理主義達の思想を理解するのにも絶対的に必要であると、リラは主張しており、以下のように語っている。

今日のムスリム世界では、失われた「黄金時代」への信仰が、最も有力で重要なものとなっています。ムスリム世界の人々は急進的イスラム主義の文献を非常に深く読み込むことで、神話の魅力を絶賛するようになっているのです。彼らが魅了されている神話とは以下のようなものとなっています。
預言者ムハンマドの到来前の世界は、無知の時代、すなわちジャヒリーヤに陥っていた。[当時中東にあった]偉大な帝国は、多神教の不道徳に沈んでおり、[そこに住まう]キリスト教徒は生を否定する修道的禁欲主義を発達させており、アラブ人は迷信を信じている酔っぱらいにしてバクチ打ちにすぎなった。このような状況で、ムハンマドは、神による最後の啓示を伝える器として選ばれ、ムハンマドの啓示を受け入れたあらゆる個人や大衆の道徳を高めることになったのである。預言者ムハンマドに従った者たちと、初期の数人のカリフは、神の意思の完全な伝承者達であり、神の法に基いて新しい社会の建設を始めることになる。しかしながら、驚くほどあっという間に、この創設世代による聖なる力は失われることになった。そしてそれは、二度と回復されることはなかったのだ…。(p.140)

このイスラム原理主義者達の神話を現在にまで進めれば、大雑把であるが以下のように語られているとのことである

[西欧による]近代の植民地政策の狙いは、イスラム教徒を完全に宗教的戒律から離れさせた上で転向に追い込み、さらに不道徳な世俗的秩序を課すことにあった。新たなる十字軍は、戦場でムスリムの聖戦士と相対することよりも、近代科学やテクノロジーの小道具を単純に提供することで、ムスリムを魅了することを目的にしていたのだ。イスラム教徒が神を捨て、神の正統なる支配から逃れれば、西欧の新たなる十字軍は満足し、小道具をイスラム教徒に与える。世俗的近代の邪なる力は、ムスリム世界のエリート達に、「発展」への魅了として作用し、即座に効果を発揮する。この邪なる力は、女児を含むエリートの子供たちを、世俗の学校や大学に通わせることとしても、容易に作用するのである。ムスリム世界の世俗の暴君的権力者もまた、西欧と手を組みその支配下に入ることで、イスラム教の信仰を抑圧し、エリート層の世俗化を促進することになる。これら(世俗主義、個人主義、物質主義、道徳的無関心、専制政治)の影響力は全て重なり合い、新たなジャヒリーヤを到来させた。全ての信仰深いイスラム教徒が苦闘せねばならないジャヒリーヤなのだ。預言者ムハンマドもまた、7世紀の夜明け時には、苦闘している。預言者ムハンマドは、[世俗化等に]妥協せず、寛大にならず、民主化を行わず、発展を追い求めなかった。ムハンマドは、神の声を話し、神の法を制定した。なので、我々は彼の神聖なる規範に習うべきなのだ。(p.142)

リラによると、「こういった原理主義者の神話には、イスラム教徒の独自性がほぼ存在しない」とのことである。これは、反動保守のテンプレートが現れている端的な一事例だろう。リラは「この原理主義者の神話には、今日のイスラム思想の歴史・神学的理論をもってしても、『抗体』としてほぼ機能しえない」と主張している。

『抗体』は、この事象を扱うには最適な用語だと私も考えている。『反動保守派による文献』を読んでいると、同じテンプレートが何度も何度も登場するのに出くわすことになる。しかしながら、それらは皆、異なる時代、異なる社会のものなのだ。故にそれらを、精神を侵食するウィルスのようなものであると見做さないのは難しい。崇拝者が異常に感動する「奇跡的なヒーリングの物語」である。少なくともこれらは、大規模な誤謬の一種ではあろう。しかして追記しておくと、我々が保持する伝統や習慣は、過去回帰の魅了への抗体が一応備わっているのである。なので、フラムは、自身の本の最後から2番目のパラグラフで、70年代以前の時代も偉大な時代なかったことを、若干ではあるがしぶしぶ認めて表明してはいる。

一般的な物事において半世紀前の方が良いというのは、事実ではないでしょう。多くの面において物事はより悪かったのです。つまり、より軍国主義的であり、技術進歩は低く、国家はより抑圧的で、寛容さは低く、組合活動は活発であり、人道性は低く、偏向的な思想は蔓延していたのです。過去を懐かしむノスタルジアは、間違えています。そして仮に間違いでなくとも、ノスタルジアは、最も脆弱で無益な感情であり、敗北者にとっての麻薬であり、無力な言説にすぎないのです。しかしながら、概して物事が良くなかったとしても、個別にはいくつかの物事は良かったのです。[70年代以前は]人が家庭や国家により忠誠を表明する時代であり、人がより読書をし互いに話し合う時代であり、人が自身のセクシャリティを抑制している時代であり、大学教授や学芸員が知性や芸術的基準を高めることを恐れていない時代であり、移民達が急速にアメリカ化されると期待されている時代であり、人が皆マイナスの感情でもって訴訟を起こさない時代であり、これらは良きことだったのです。(p.356)

上記のパラグラフは、興味深いの矛盾の混合体である。少なくとも、フラムによって言及されている物事と、その物事がどのように言及されているかの関係においては緊張を孕んでいるのだ。引用箇所の2つめの文の中で、仰々しくそれでいて適当に羅列されている過去の「悪かった」とされている物事と、最後の文中にあるやけに詳細で感情的に「良かった」されている物事の一覧を比較してみてほしい。ノスタルジアに関しては(脆弱で、無用で、敗北主義で、無力だ)と独特の強い糾弾が行われる一方、過去への極端なまでに都合の良い懐古主義的な見解のリストとも、突き合わせてみてほしい。フラムが、[良き事として]列挙されている2つ目のリストの項目のいくつかをマイナス評価してみれば、1つ目のリストで列挙されてる[悪い事の]いくつかを取り除く対価となるかもしれない、といった可能性をまったく考慮していないことにも着目していただきたい。(例えば、移民が「急速にアメリカ化」される期待が低下している様な状況では、アメリカは「寛容な」世相になっている可能性等である)。いずれにせよ、最後の文の論調が明示しているのは、フラムを実質的に魅了しているのが、何世紀にもわたって反動保守の思想家達を魅了してきた信仰でしかないということであろう。それでいて、フラムは、反動保守の信仰告白として受け取られる可能性を少なくとも自認してもいるので、そう解釈されてしまうことから逃れようとする生半可な試みで、このパラグラフは全体的に構成されてもいる。ここでフラムは、喚き立てる反動保守主義者では知的に尊敬されないと考え、少なからず何か別のこと提示せねばならないとの認識を示しているわけである。

さて、以下はこの件で、フラムに本についての最後の私的見解となる。「この本は基本的に、70年代に起こったあらゆる悪い出来事の個別単言リストにすぎない」と私が上で言ったのは、けっして冗談などではない。リストの品質に関しては、私が過去に読んだこの手の著作物で中でも、特筆して非論理的である事実であることで推察されたい。フラムが話題にしている悪い物事だが、全てにおいて彼はその物事の説明を試みないままに、単に話題から話題へと飛び回ることになっている。「説明」とは、その物事が起こった理由とか、物事の関係者の思惑が何であったとか、社会変化の幅広い流れの何が悪い物事の一部に位置づけられているのか、などである。以下がそのリストになる。
「裏切り者達はベトナム戦争を敗北させ」「人々は教会に行かなくなり」「女性は娼婦となり」「エゴイスト達は離婚し」「犯罪はコントロール不可となり」「アメリカ人達は訴訟にあけくれ」「裁判官たちは狂った判決を出すようになった」まだまだ続く…。
この本の最後の数ページで、読者は、フラムがなんらかの説明をすることや、これらの物事がなぜ起こったのかの熟考を拒否している理由を発見することになる。理由は、保守派が犯しがちな誤謬の別の一般的なテンプレとして現れている。保守派が犯しがちな他の誤謬とは、「人の行動や態度の理由に、広範な説明のようなものを提示してしまう事は、『行動や態度』を甘やかす事を包括してしまう」といった考え方である。言い換えるなら「物事に対しては、個別個人に自己責任を付与させるために、説明めいた言辞を避けなければならない」とされている考え方である。
(これは私の『スティグマ現象』論文で扱っている論題でもある)。フラムは以下のように語っている。

1970年代のアメリカに起こった様々な出来事がなんらかの巨大な世界的要因の産物であったとしましょう――たとえば避妊薬の発明による不可避な結果だったとか、第一次世界大戦の後遺症だったとか、『近代性』と呼ばれる何かだったとか――もしそうであるなら、我々は許されますかね? 我らの現なる実行以外に、何かを行いうる事は可能でしたかね? 我らの継続してきた出来事以外に、何か行いうる事は可能ですかね? なんらかの形の別の完全なるベストに至る結果を行うことはできましたかね? 男女のコントロールを超えた偉大なる歴史の力が、1970年代を具現化させたのはたしかに真実かもしれないですよ。それでも1970年代の発現は、個人の選択だったのです。それはあくまでの一個人が引き起こしたのであって、人が関与できない社会の力などではなかったのです。あくまで一個人が、ヘロインを買う為に街角で老母から強盗を行ったのです。そして、法の執行の緩和させることで、路上強盗という政策の代償に変じさせたのも、とある特定の人々や集団だったのです。特定の人々は、南ベトナムに弾薬と燃料の供給を拒否することで、おそらく戦争の流れを変じさせたのです。他の特定の人々は、アメリカに来た移民達が英語ではなくスペイン語で教育されるべきだと決定しました。さらにまた別の特定の人々は、アラブ諸国が価格統制の拡張によって石油の禁輸措置行おうとした時、価格統制を撤廃させずに、それを許容する選択を行ったのです。これらは全て「選択」であり、「選択」が全ての結果をもたらしたのです。他の「選択」が取られた可能性もあり、それは別の結果をもたらしていたでしょう。(p.351-352)

私は哲学者なので、以上の言説は、驚嘆すべき不合理の連なりにしか思えない。人気あるポストモダニズムの核心的信念の一つが、悪しき政治状況は、悪しき形而上学概念群の帰結であるとされている――なので、人が保持している悪しき形而上学的信念を矯正することでもってすれば、人はなんらかの形で進歩的左派にすっかり変じる、といったものとなっている。このポストモダニズムの見解は、不誠実さとご都合主義の両輪となり、私を常々驚かさせてきた(「ハンマーを持てば全てが打つべき釘に見えてしまう」というやつである)3 。他方で、上記の文章内におけるフラムをまさに、悪しき形而上学的見解の犠牲者として見做すことが可能だ。犠牲者として完全なる知的衰弱に陥っている。基本的に、フラムは世界について何も理解しようとはしないのである。異常に薄っぺらい表層理解を超えることは一切ない。なぜなら、人の行動を理解してしまうと、行動の説明が必須になってしまう。そして一度でも、人の行動が説明されてしまったら、関与した個々人が、その行動に際して自由選択を行ったことを否定していることになってしまう。そして、人の自由選択が否定された時には、人の道徳的責任の否定に直結してしまうからなのである。

ウギョエー!

誰かマジで、フラムにコンパティビリティズム4 の概念を解説してやるべきだ…(ヒュームでカントでもお好きにどうぞ)。

いずれにせよ、上記文章に、今日の保守の反知性主義の源泉の一つを見ることが可能だろう。例示して考えてみよう。[今日の保守によると]犯罪の「原因」は、犯罪者が法破りする意思決定に起因する、とされている。なるほど。しかしながらこう考えると、70年代に始まり、今世紀になって消え去ったアメリカ合衆国を襲った巨大にして尋常な恐ろしい犯罪の大波は、説明可能なのだろうか?
(ニューヨークの殺人率は1963年には10万人あたり7人だったが、1973年には22人に跳ね上がることになっている。1983年には、10万人あたり23人に、1993人には27人に上昇することになった。2003年になって、7人まで急低下することになっている。)
[保守派の見解に従うなら]この犯罪の大波現象は、何千人もの人々が突如自発的に人殺しを開始するようになり、続く2世代にわたって突如自発的に人殺しを継続し、そしてある日、人々は、突如自発的に人殺しを止めたということになるのだろうか? 説明としては、まったくもって非合理的で無益な言説だ。明白に、ここで保守派の分析は「規範的社会学」の行使となって現れている。――(人に自己責任を付与したい願望といった)道徳的関心が、分析に先入観をもたらし、強引な説明を課すことを許容してしまっているのである。この場合も、まったく説得力がない(自己勝手で、非説得的な選択)産物でしかない。いずれにせよ、こういった反動保守派の見解の全てが、自由意志と道徳に関する多くの度し難い混乱に明白に動機づけられている。

ちなみに、私がフラムの本にあまりに手厳しいとお感じの場合は、単なる一人の大学教授として、高い知的水準の維持を高めることに努めている、と見做すことで甘受していただきたい…。

※訳注:訳者による補足、註釈の文面は基本的に[]で囲っている。
※訳注:タイトルを直訳すると『アメリカのナクバ』となるが、「ナクバ」は日本人には一般的でない単語と思われるので、副題を追加している。
『ナクバ(NAKBA)』とは、アラビア語で『大惨事』の意味する言葉。転じて、1948年のイスラエルの建国で大量にパレスチナ難民が発生した歴史的事件に対して、パレスチナ人達は屈辱を伴ってこの言葉を使うようになった。
本エントリで、ヒースは、アメリカの保守派が「70年代の様々な社会現象によって、アメリカ社会は堕落・分裂してしまった」と頻繁に言及することを、『アメリカにおけるナクバ(言説)』と見做して、このようにタイトル付けし、エントリで分析を行っている。

 

  1. 訳注:1956年生まれのアメリカの政治学者。コロンビア大学教授。政教分離の研究等で有名。邦訳書籍に『シュラクサイの神話』『神と国家の政治哲学』等がある []
  2. 訳注:フランスの右派の作家・ジャーナリスト。ジャン=マリー・ルペンが「信頼できるジャーナリスト」と名を挙げたことで有名。 []
  3. 訳注:「ハンマーを持った人にはあらゆる事象が打つべき釘に見えてしまう」つまり「なんでも説明できるが故に何も説明できていない」といった考えを表す欧米でよく使われる比喩表現 []
  4. 訳注:コンパティビリティズム:『柔らかい決定論』と訳されることもある、自由意志と決定論が両立する哲学上の立場。 []

Comments

  1. diehardwilcofun says:

    > the cutoff is sometime in the late ‘60s
    > 因みに、[メーカーによる労働者の]解雇が頻繁に行われたのは60年後半だそうだ。

    この部分ですが、
    「価値があるモデルとそうでないモデル」は、60年台後半あたりで分けられる、
    くらいの意味ではないでしょうか。
    文脈的にも自動車業界の組合の強さを悪い意味で述べている部分だと思いますし、
    実際統計でも雇用水準は高かったと思うので。(URL中のFigure2参考)
    http://digitalcommons.iwu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1153&context=parkplace

    • WARE_bluefield says:

      diehardwilcofun様
      ご指摘ありがとうございます。さっそく反映させました。
      またお気づき点とうあればご指摘いただけると幸いです。

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