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ジョン・コクラン: Mankiw on the 1%

Top1%を巡る論争からのスピンオフ。アメリカのトップ1%は成長の果実を(不当にも)独り占めも合わせてどうぞ。


John Cochrane, “Mankiw on the 1%“, The Grumpy Economist (6/18/2013)


John Cochraneはシカゴ大学ブースビジネススクール ファイナンス教授。株式市場、債券市場、外国為替市場など金融市場における価格形成、ボラティリティ、VCの利回り、流動性プレミアムの研究や株価と景気循環の関係など金融論および貨幣経済学を主な専門とする。カリフォルニア大学バークレー校よりPh. D. (経済学)取得。


グレッグ・マンキューが「トップ1%を擁護する」というタイトルの興味深い原稿を書いている1。しかし、実にタイトルが悪い。私が読んだ限り、もっと興味を引いた主なポイントは(トップ1%にフォーカスすることではなく)「所得移転は下層50%を本当に助けるのか?」だ。

(読者の予想通り)この論文は非常によく書けている。この論文は所得移転を賄うための所得上位層への課税の大幅な拡大という考えを取り巻く経済論争についてのサーベイである。読者には直接論文を読んでもらいたい。私はここで評価を下すつもりはない。

マンキューが書いている通り、トップ1%の人々の多くはレントシーキングや相続によって富を得たものではなく、イノベーションを起こし、自らの人生で成功を勝ち取った企業家たちである。

スティーブ・ジョブズがいかにして莫大な富を築いたか、ということがどう他の人を傷つけるのか明白ではない(マンキューは金融資産からの利益についていくつかジャブを打っているが、このブログの読者ならそれはもっと微妙な問題だということ理解しているだろう)。ジョブズの資産の大きさは不平等性を測るのに大きな違いをもたらすにもかかわらず、そもそも彼が亡くなった時の資産がいくらだったのかも我々は知らない。1億ドルだったのか、10億ドルだったのか、それとももっとだったのだろうか。所得移転の道徳哲学に国境を引くことに大した意味は無い、というマンキューの意見に私は賛成だ。腎臓のストーリーも参考になる。

マンキューは非常に厄介な計測問題については議論しない方向を選んだ。その代わりにPikkety and Saezのデータを引用するに留めた。これも良いテーマだが、また今度にしよう。他の計測ではもっと違う結果がでている、とだけ指摘しておく。

マンキューが指摘するメインポイントの一つは、不平等は才能と経験に恵まれた人たちの供給と需要との相互作用の結果である、というものである。

私は[スティグリッツの本よりも]、教育とテクノロジー間の競争を扱った本の中のClaudia Goldin and Lawrence Katz (2008) の主張に賛同する。Goldin and Katzは熟練度に依存した技術変化は継続的に熟練労働者への需要を増加させると論じる。この圧力それ自身が熟練労働者と非熟練労働者との間の所得格差を広げ、不平等を増加させる。1950年代と60年代にあったように、社会はこの労働需要のシフトの効果は熟練労働者の供給をもっと速いスピードで増やすことで相殺することが可能である。この場合、所得格差は広がらず、むしろ縮まるのであり、実際に起きたことでもある。しかし1970年代のように教育の優位性が低下すると、熟練労働者への需要の増加は不平等の増加をごく自然にもたらす。よって、不平等の増加のストーリーは政治やレントシーキングにではなく、供給と需要にその一義性があるのである。

せっかくここまで述べているにもかかわらず、マンキューが供給についてこれ以上考察を深めなかったことを残念に思う。アメリカは今回(80年代以降)なぜ熟練労働者の供給を増やすことで対応してこなかったのだろうか。容疑者は明らかであり、それは略奪的な課税と移転の制度化が「問題」への答えだとする左派の提案にとっては悪いお告げである。

マンキューは税と移転による再分配から生じる標準的なインセンティブの問題をうまく描きだしているが、古臭い静的な形でしか表現していない。移転を増やすことは、労働への意欲を減らすことを意味する。現実の世界では、一日の中で調整できる余地が多くあり、所得効果と代替効果が相殺してしまうため、労働時間はそれほど大きく反応しない。この点を明確にするためには追加的な労働と余暇とについてもっとよく考える必要が有る。

次に投資である。ここで2つのポイントがひとつになる。マンキューの論文やその他の論文がこれらのポイントを統一的にに扱うものはないようだ。動学的な視点を持つことが必要なのである。不平等が熟練労働者への供給と需要との間のミスマッチにあるのなら、スキルを得ることのインセンティブの維持は本質的に重要になる。所得ベースの張力な移転システムが採用されるならば、長時間働くインセンティブは減るであろう。全く働かないというインセンティブも、少なくとも法的には増すであろう。しかしなにより重要なのは、学校へ行くインセンティブが減ることであり、難しい科目を選択するインセンティブが減ることであり(芸術史はPythonやJavaの入門コースよりずっと楽しいだろう?)、学費の高い大学院へ進むインセンティブが減ることであり、イノベーションを追求するインセンティブが減ることなのである。不平等拡大のスパイラル、あるいは不平等拡大版ラッファーカーブを思い浮かべることができるだろう。熟練労働への需要の増加ペースが供給のそれを上回る。不平等が拡大する。所得ベースの移転システムを採用する。スキル獲得を目指す人が減る。不平等が拡大する。。。

マンキューは「左派の意見に耳を傾ける」という素晴らしい節を設けているが、私もそれに従おう。トップ1%のことは忘れよう。富は木々になるものとしよう。下層の50%の富について考えよう。実際に彼らを助けることができるのだろうか?スキルを身につけ、(次のスティーブ・ジョブズを目指そうというのは高望みにしても)ミドルクラスになろうとするインセンティブを破壊することなしに資力調査に基づいた大規模な所得移転を若年層やワーキングクラスに行い成功を収めた社会の前例が一つでもあるのだろうか?

ここでは社会保障は関係ない。問題は若く、元気だがスキルのない労働世代の人々に小切手を送る、ということだ。短期的なことも関係ない。私が知りたいのは、複数の世代にわたって非熟練労働者を機能不全な下層に留めること以上のことを成し遂げ、そのような移転を支持する政治家に彼らが投票すること以上のことをした例が一つでもあるのかということだ(「民主党支持者にカネを送る」モデルは確かにこの提案のような政策をうまく説明する)。人生の達人と称されるスウェーデンや他の福祉国家も無関係だ。彼らの便益は共通しているし、資力調査されてもいない。

インセンティブシステムを破壊するホラーストーリーにはアメリカの生活保護、ヨーロッパの失業手当など枚挙の暇がない。難民と多くのヨーロッパ移民が直面する、教育機会の制限を条件とし大きな労働市場の楔を生んでいる少額の所得移転は、典型的に破壊的に見える。トム・ソーウェルはこのような例についての本をいくつも書いている。天使の声を聞くのは安易すぎるのではないだろうか?巨額の所得移転を支持する人たちに言うが、一体いつこのような仕組みが機能したのだろうか?あなた達がアメリカが採用すべきと支持する政策の明白な歴史的証拠を聞けるのか、私は疑問だ。

  1. 訳注:最終的な論文はこちら。 []

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