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スコット・サムナー「デイヴィッド・ベックワースのクルーグマンインタビュー」

[Scott Sumner, “David Beckworth interviews Paul Krugman,” TheMoneyIllusion, May 16, 2017]

好きな人だろうと嫌いな人だろうと,クルーグマンがすぐれた経済学者だというのは否定しようがない.デイヴィッド・ベックワースによるクルーグマンのインタビューはこのシリーズでいまのところお気に入りの回だ.もっとも,以前に登場したバラードのようなインタビュー対象の方が政策問題については同意するところが多いけれど.(おもしろいことに,この2人は政治のスペクトラムでは遠くかけ離れているけれど,いくつもの点で同じ見解をとっている.)

インタビューの書き起こしはないので,記憶を頼りにして各論点ごとに少しだけ所見を書いてみよう:

1) 有名な 1998 年論文の話になったとき,クルーグマンは「予想の罠」が政策担当者にもたらす含意を見極めるのが難しかったと語っている.

これはとてもいい論点だし,たいていの人はこの問題を過小評価している.クルーグマンじしんは後年になってこの論文の含意について見解を変えている.

2) 流動性の罠から脱出しようとするとき,中央銀行家に信じさせるだけでなく国民にも信じさせる必要があるとクルーグマンは述べている.

ぼくは,「つくればみんながやってくる」式の考え方をとっている[fn.1].もし中央銀行が実効的な政策対応を採用すれば,国民はそれを信じるだろう.本当の問題は,中央銀行が「必要とあればなんでもやる」政策を採用する意思をはっきりさせられずにいる点だ.

3) クルーグマンに言わせると,物価水準目標は十分でないかもしれないらしい――均衡実質金利が非常に低水準でそこにとどまっている場合にはより高いインフレ目標が必要となるかもしれないと彼は言う.

この点について,ぼくの見解は異なる.流動性の罠はゼロの名目金利だと考えるべきではない.そうではなくて,中央銀行がまだ購入していない適切な資産 [eligible assets] のゼロ下限だと考えるべきだ.こんな場合を想像してみよう.消費者物価指数先物で物価水準目標を目指す政策をとっているとする.この政策は,均衡金利がどれほど低く下がろうと関係なく機能する.ベースマネー需要に合わせてバランスシートを調整することが中央銀行にできるかぎり,どれほど低くなっても機能する.同じことは為替目標(i.e.シンガポール)にも言える.流動性の罠とは,財政政策が必要とされる状況ではなくて,中央銀行のバランスシートが拡大される必要のある状況のことだ.

クルーグマンは日本の人口減少を引き合いに出している.一方では,人口減少によって日本の均衡実質金利は下がるかもしれない.でも,他方では,人口減少によって総供給が減少することにもなる.こちらはインフレを高める方に作用する.

4) クルーグマンは,エリートの政策担当者たちが 2% を超えるインフレ目標を無責任だと考えていると言っている.

ぼくとしてはすぐさまこう言いたくなる――「ふーん,そんな考えをどこで仕入れたのやら.」 さすがにクルーグマンはあとで冗談として「無責任になるという信頼できる約束をするって言い回しで政策を数十年ほど停滞させたかもしれないね」と言っている.

5) アメリカとヨーロッパでとられた第一弾の量的緩和は,民間部門の金融問題で不安定になった経済に信頼を復活させる助けになった.

ぼくとしては,その金融問題の少なくとも一部はダメな金融政策によって引き起こされたのであって,それが名目 GDP 成長予想の急落を引き起こしていたんだと言いたい.

6) クルーグマンは,インフレ目標を引き上げようとしても議会が反対しただろうと指摘している.

そうだろうと思う.ただ,物価水準目標や名目 GDP 目標のような他の選択肢だって少なくとも検討の余地はあった.もっと大事な点として,連銀はインフレ目標を 2% にしたままで「具体的な手順」の領域ではるかに多くのことをやれただろう.

7) 2009年にやるべきだった理想の政策としてクルーグマンが言っているのは,インフレ率を 4% にまで高めるのに十分な財政刺激策を打って,〔目標到達の〕あとで経済を安定化するのに標準的な金融政策をとる,というものだ(この標準的な政策は,おそらく〔1980年代中盤から2009年危機前夜までの〕大平穏期にとられたのと似た政策になるだろう.ただし,ゼロ下限に陥るのを防ぐために十分に高いインフレ目標が設定される点が異なる)

それでうまくいくかもしれない.だが,インフレ目標を 4% に引き上げると財政刺激の必要はなくなるんじゃないかと思う.

8) 2% が目標なのか上限なのかについて,クルーグマンは実のところデイヴィッドよりもシニカルなように思える(2人の人となりを考えると意外に思う人もいるかもしれない).

この点についてはおおむねクルーグマンに同意するけれど,デイヴィッドの方がよい論証を持ち合わせているとぼくはみている.そして,ここでクルーグマンは反論に少しばかり困っている.クルーグマンは,「中央銀行家たちはヴォルカーの昔に戻りたがっているんだ」と語っている.ヴォルカー時代とは,中央銀行がインフレ退治に英雄的な戦いを繰り広げた時代だ.また,組織としての連銀にはインフレ抑制に動くバイアスがあるとクルーグマンは語っている.もちろん,こうした所見はデイヴィッドが主張する「上限としての2%インフレ」を支持するし,クルーグマンもこれに感づいているようにぼくには思えた.

9) クルーグマンは,名目 GDP 目標について賛否入り交じった感情を抱いていると示唆して,名目 GDP 目標はあまりにインフレの変動幅を広く許しすぎるかもしれないと懸念している.

ここでも,クルーグマンは返答に少し困っている.ある箇所で,クルーグマンはおそるべき仮想の状況として 1%実質 GDP 成長と 4% インフレの話を出して,すぐさま,ほんの数分前に 4% インフレを提唱していたことに気づいている.ぼくの見解では,クルーグマンはここで要点を見失っている.1% 実質 GDP トレンド成長の期間とは,まぎれもなく,低い均衡実質金利が起こりそうな状況に他ならない.そして,クルーグマン当人がその状況では 4% インフレ目標が必要だと主張している.もちろん,ここでぼくは,実質 GDP トレンド成長と均衡実質金利が併存する「神がかった偶然の一致」のようなものに少しばかり依拠している.だが,労働市場を考えれば名目 GDP 目標の方を好むべき強い理由があるとぼくは考える.クルーグマンはインフレのメニューコストについてなにか言っているけれど,もちろん,彼はメニューコストよりも失業率の方を重視している.そして,労働市場の安定性はほぼ確実にインフレよりも名目 GDP と密接に相関している.実際,この事実を意識しているということが,中央銀行が「柔軟な」インフレ目標を採用している理由を(ぼくの見解では)おおむね説明する.

他の主流経済学者の大半と同じく,クルーグマンも市場マネタリストによる(もっとさかのぼればジョージ・セルギンによる)名目 GDP 目標支持の論証すべてを把握しているわけではなさそうだ.ぼくらにはまだやるべき仕事がある.

全体として,すばらしいインタビューだ.『ニューヨークタイムズ』コラムを読んでいると意外に思えるかもしれないくらい,クルーグマンはよく「ぼくにはよくわからない」と言っている.彼のよいところだ.

かつては,彼の共和党批判は誇張だとぼくは思っていたけれど,いまは的を射ているように思える.クルーグマンはようやく正しく理解している.もっとも,トランプによって自分が最初から正しかったことが証明されたと彼なら言いそうだけど.

訳注1: “build it and they will come”: 映画『フィールド・オブ・ドリームズ』の台詞から広がった言葉.


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