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スコット・サムナー「弱者に同情しすぎる保守派」

[Scott Sumner, “Bleeding heart conservatives,” TheMoneyIllusion, December 30, 2016]

長年,やたら弱者に同情するリベラルに悩んできた.彼らは,社会の底辺で苦しむ人たちを美化する傾向がある.もちろん,右派はこれと真逆の間違いをおかして,底辺の人たちを邪悪な人間だと考えた.適正な態度は,冷静な功利的現実主義だ――彼らは犠牲者でもないし悪漢でもない.さて,道徳心の見せびらかしにやっかいな新しい傾向がでてきているようだ――弱者に同情しすぎる保守派という新しい傾向がある.

この新たな保守主義は,白人労働階級を美化する.「少数派(マイノリティ)は『不公正な社会の犠牲者』だ」と主張して弱者に同情しすぎるリベラルを,こうした保守派たちはあざわらっていたものだ.貧しい人たちは貧しい人生につながる選択をしてしまったのだと彼らはよく指摘した.新しい保守派たちはこう主張する:「白人労働階級を構成しているのは,貧しい人生につながる選択をした人たちではなくって――つまり,学校でしっかり勉強しなかった連中やオピオイドを使うのを選択した連中とはちがって――彼らは『ネオリベ経済政策の犠牲者』だ.」 (ネオリベラル政策をとらなかった国はいっそうひどいという事実を彼らはどういうわけか見過ごす――彼らにとって論理はとくに重要なことではないのだ.) この新たな弱者への同情心あふれる保守派は,かつて自分たちがけなしていた進歩派たちの犠牲者美化と同じことをやっている.

同情心あふれるリベラルより,同情心あふれる保守派の方を,ぼくはいっそう低く評価している.少なくとも,リベラルは自分とちがう民族集団に同情心をもっている.保守派は安易このうえない同情をかける.彼らの見せる同情には,ほんの最低限の道徳的想像力しかいらないし,自分と同じ民族集団にしか共感しない.

功利主義者として,ぼくはあらゆる集団がうまくやっていたらいいのにと願ってる.ただ,ぼくは会ったこともない人たちに共感する程度の能力しかもちあわせていない.そこで,手持ちの共感力のほとんどは,底辺にいる人たちに振り向ける.底辺とは,東コンゴやアレッポといった場所のことだ.アメリカの貧困層は,地球規模で見ればかなりめぐまれている.それに,アメリカの労働階級は,地球全体ではエリート層に含まれる(しかも,〔消費している〕原材料の観点でみればぼくが幼かった頃の労働階級よりはるかにめぐまれている.) アメリカの労働階級を助けるだろう公共政策は支持するけれど,ぼくにとって優先順位は高くない.それより,TPP がベトナムの農家にどう影響するかに関心を強く寄せている.

なにより軽蔑するのは,あの「政治家」とかいう政策売春屋どもだ.マイク・ペンス のような面々は,ヘロイン中毒の犠牲者にはなんにも共感していなかったくせに,南インディアナの白人労働階級が犠牲者になってようやく共感を口にし始めた.いまや,ペンスは自由市場の支持を放棄している

(…)自由市場は〔勝者と敗者を〕分けつつある.そして,アメリカが敗者になろうとしている(…)

どうやら,自由市場の反対者は,いまや共和党支持の有権者らしい.そして,共和党の「リーダー」たちはじぶんたちの原理原則を放り投げて追随している.

ここのコメント欄に登場する人たちは,保護ルームが必要なスノーフレーク世代学生にぼくを好んでなぞらえる.実際には,ああいう学生たちがまだオムツをはいてたころから,ぼくは大学の PC 文化をばかにしていた.彼らのなかには,まぎれもない軟弱者もよくみかける.彼らこそ,新たな同情しすぎ派だ.ぼくはこれからも世の中を冷静な現実的見方で見ていく.長期的に,右派や左派の民衆扇動より人間味のある社会を理性がつくりだすことを願っている.

PS. 「売春屋」という中傷はあやまる.連中は,正直なサービスを提供しているビジネス人だ.政治家にたとえたのはとても不公正だった.


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