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タイラー・コーエン「”自由処分”仮定を子供に適用」

Tyler Cowen ”The assumption of “free disposal,” as applied to children“(Marginal Revolution, September 11, 2013)


こういうかなり恐ろしいリンクがツィッター上で回っている。要点はこうだ。

リベリア人の少女が彼女の養父母の手に余った時、養父母はオンライン上に彼女の広告を出し、彼らが会ったこともない夫婦に彼女を手渡した。その後、彼女は行方不明となった。


こうした行いは「民間リホーミング1 」と呼ばれていて、幅広く行われているようだが、政府による監視はされていない(多くの場合、簡単な公正証書が受け渡しに伴ったりする)。

ウォルター・ブラック(Kindle版で300円だ)2 を読み過ぎたせいかもしれないが、それでもいや、うーん、なあ?最初に縁組を行った両親が少女を留めおくというのは、とるべき解決策なのだろうか3 。それは疑わしい。新たな家庭に譲られるよりは、児童養護施設に送ったほうが子供たちのためになるのだろうか。その可能性はあるが、確かではない。法的な観点から見れば確かだが、しかし功利主義的、ベンサム的観点からはどうだろうか。児童養護施設へ送り返すのは、少なくともインタ―ネットを通じて子供をどこかへやってしまうことと比べれば、わずらわしい手続きで費用も掛かる上に、ばつの悪いことでもあるため、多くの不良里親は彼らが新たに縁組した子供(とその子供に対する加害)を維持し続けるかもしれない。

里親の審査をもっと厳しくすべきだろうか。それによって不良里親がそもそも縁組を行うのを防ぐために。まあそうかもしれないし、リンク先の記事を読めば、もっときちんとした事前審査が明らかに望ましかったという事例が見つかるだろう。しかし、審査の厳格化というのは一般的なルールだろうか。私には何とも言えない。養子縁組はただでさえ費用がかかってわずらわしい手続きであるし、基本的には厚生を高めるものであり、おそらくはほとんどの不良里親を審査で弾くのはどうやっても難しいだろう等々。

問題を別の側面から見てみると、自由処分を制限することが正の淘汰(free disposal)4 を通じて、里親の平均的な質を高める可能性は高い。この効果が優勢を占める可能性はかなり高いが、政策決定に用いるのと同様の証拠基準が必要だろう。

この問題についての適切な政策対応はまだ分かっていないというのが私の意見だが、単純に「雰囲気に流された」反応が示すところに従うのではなく、もっと厳密に考える必要はあるだろう。

  1. 訳注;リンク先記事にもあるように、リホーミングという言葉は、通例ペットの新たな引き取り手を探す際に使われている []
  2. 訳注;リンクされているとおり、Defending the undefendable(邦訳「不道徳教育[講談社]」)のこと。一般には不道徳とされるものも、リバタリアン的に考えてみると社会的に有益であったりするという内容。なお、原文はMISESで無料公開されている。 []
  3. 訳注;リンク先記事の少女は、最終的に最初に縁組を行った両親(=ネットで子供を他人に譲った両親)の下に戻った。 []
  4. 訳注;子供の譲渡しが難しくなることで、そのようなことをしないような良い里親だけが養子縁組をおこなうようになる []

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