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ティム・ハーフォード 「クリスマスにまつわるエトセトラ ~陰鬱な科学が送るアドバイス(その2)~」

●Tim Harford, “Seasonal advice from the dismal science, Part 2 of 3”(Marginal Revolution, December 21, 2005;(その1)の拙訳はこちら、(その3)の拙訳はこちら


今日のアドバイスはギフト(プレゼント)に関するものである。

*姪や甥、孫のためにプレゼントを買うなかれ

どうしてもプレゼントを送らねばならないとしたらお金をそのまま渡すべきである。お金以外のプレゼントはかなり残念な結果をもたらすことになるだろう。ギフトに関する送り手と受け手の行き違いについてはジョエル・ウォルドフォーゲル(Joel Waldfogel)の研究(”The Deadweight Loss of Christmas“(「クリスマスの死重的損失」)と題された論文)が有名である1 。彼が実施したアンケート調査によると、50ドルで購入されたプレゼントはギフトの受け手(何とも恩知らずな受け手)には35ドル~43ドル程度にしか評価されない傾向にあるという。さらに、ギフトの送り手が祖父母や叔父、叔母の場合は受け手の(受け取ったプレゼントに対する)評価はもっと低くなるというのだ。遠い親戚に35ドル分の喜びを与えるために50ドル費やしたって構わないという人がいれば、どうかこの私を仲介者として雇ってもらいたいところだ。
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*大切なのは気持ちだ

ウォルドフォーゲルの研究結果に批判的な論者らは滅多に認めようとはしないのだが、ウォルドフォーゲルはアンケート対象者に対してギフトのやり取りに伴って生じる感情を価値評価に加えないようにはっきりと念を押している2 。プレゼントのネクタイが(ギフトの)受け手の好みに合わなくとも、ギフトのやり取りに伴う感情も考慮すると割に合う可能性がある。しかし、(プレゼントとして贈られる)ネクタイの価格が安いほどその可能性は高くなるだろう。例えば、50ドルのネクタイが受け手にとっては40ドルの価値しかないとしても、ギフトのやり取りに伴って思わず頬が緩むような(warm fuzzy)感情が生じ、その感情が15ドル分の価値があると評価される場合には、そのネクタイは優れ物のギフトだということになるだろう。しかし、5ドルのネクタイをプレゼントに買ってそれが受け手から4ドルと評価され、やはりギフトのやり取りに伴って15ドル分のほっこりとした感情が生み出されるとすれば、こちらの方がずっと好ましいと言えるだろう。言い換えると、安価なネクタイをプレゼントに贈る方が笑顔を生み出す一層効率的な方法なわけである。
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*いや、実のところは何もプレゼントしない方がいいのかもしれない

クリスマスの時期における最も偉大な慈善家と言えるのはスクルージ3 だ。スティーヴン・ランズバーグ(Steven Landsburg)がそう思い出させてくれている。スクルージがそのどケチぶりを発揮して毎年のように七面鳥を口にすることを拒むおかげで別の誰かが七面鳥にありつけるようになったわけだし、彼が銀行口座にたんまりとお金を貯め込んでいるおかげで企業家へ貸出可能な資金の余裕が生まれ、金利が低く抑えられることになったのだ。お金を使うことそれ自体は何も悪いことではない。特に、楽しみを得る目的でお金を使うとなればそうである。しかし、よく考えもせずにチンツ(インド更紗)を買おうと考えているつもりだとすれば、理想とすべきモデルはスクルージを措いて他にないだろう。
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明日は次の疑問に答えるかたちでアドバイスを送る予定である。新年の抱負をより確実に達成する方法とは? 歳末セールの誘惑に負けるべきではない理由とは? 優しくて愚かなあの老人の代わりにアラン・グリーンスパンが新たなサンタクロースを務めるべき理由とは?

  1. 訳注;その後、この研究成果をもとにした本(『Scroogenomics: Why You Shouldn’t Buy Presents for the Holidays』)が出版されることになった。邦訳(『プレゼントの経済学-なぜ、あげた額よりもらう額は少なく感じるのか?』)も出版済み。 []
  2. 訳注;ギフトを受け取ったことに伴う感謝の気持ち等は抜きにして、受け取ったプレゼントそれ自体にどれだけの価値があると感じるかを答えてもらったということ []
  3. 訳注:チャールズ・ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』に登場する守銭奴で町一番の嫌われ者 []

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