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ディリップ・ラタ「移民についてのポール・コリアーの視野狭窄な提言」

Dilip Latha “Collier’s Exodus: Reckless Recommendations” (blogs.worldbank.org, January 13, 2014)


世界の発展にとって移民は特徴的な問題だ。驚くことではないが、流入した移民をどう扱うかというのはこの時代においてもっとも難しい政策課題の一つであり続けている。ポール・コリア―の”Exodus: How Migration is Changing Our World(大移住:移民はどのように世界を変えているか;未邦訳)”は、この移民問題という複雑な現象を考えるにあたっての分析枠組みを構築することから始めている。すなわち、移民は移住元国家と移住先国家との間の所得格差によって引き起こされる。先行移民たちのネットワークは新たな移民を容易にし、そしてさらに先行移民たちは納税を行っている従来の住民の間の相互信頼を傷つける。移住によって移民は貧困と困難から抜け出すことが可能となるが、それとともに移住元国家、とくに小国からは技能が流出することとなる。世界の所得格差や、多数の大規模な先行移民による誘因によって、移住は加速し、しまいには一部の送り出し元国家は空になってしまうだろう。移住先国家はしたがって、自国が福祉国家であることと、移住元国家が存在し続けるということの双方を守るために、「ほどほどの(happy medium)」幅で移民を制限することをコリアーは推奨している。

この非常に読みやすい本は、証拠を拡大解釈した思いもよらない極端な結論がなければ素晴らしいものとなっていただろう。この本は最終的には観点を二分化するために事実をかき混ぜて、移住をどうあつかうかという複雑な課題を減じるどころか増やしてさえいる。

一部の移住元国家が「空になってしまう」まで移住が続くかもしれないというのは考えづらい。一部の移住先国家は移住が止まれば人口減少に脅かされる可能性があるというのは想像できるが、自国民の移住のせいで空になってしまう移住元国家があると想像するのは易しくない。どんな土地も生活に値するならば、移住はそれが止むあるいは新たな住民を引き寄せるのに十分なレベルまで賃金を上昇させるだろう。ある土地が生活に値しないのであれば、当然ながら哲学的な疑問が湧き上がってくる。すなわち、人々が自らの意志による移住で貧困から抜け出した結果で土地が空となったのであれば、それは悪いことなのだろうかというものだ。コリアーはそうだと考えているが、それを裏付ける証拠はなんら示していない。コリアーは「存在価値(existane value)」という概念を引いていて、これは人々が、たとえある生物(例えばパンダなど)に出会ったことがない場合でも、その生物が絶滅しなかった際に抱くプラスの感覚を示すのに環境家が使うものだ。コリアーによれば社会は存在価値を持っていて、「マリは発展すべきであって、空になってはいけない。人々がどこか別の場所で豊かになるというのはマリの貧困に対する十分な解決策ではない。」という。

移住元国家が空になってしまうという恐れから、コリアーは移住に対する人々の欲求を過剰評価するとともに家族や共同体から離れることの痛みや費用を過小評価する傾向にある。移住はつらいものなのだ。移住は人生の一大事で、多くの場合幸せなものではない。インドのビハール州やオディシャ州の人々が、デリーやゴアでは一人当たり所得が4~10倍もあるにも関わらず大量に移住することがないのはこうした理由からだ。世界中で依然として小さい汚く貧しい村が大きい豊かな都市と共に存在しているのもそうした理由からだ。(西側で時折あるゴーストタウンは、何世代にも渡ってそこに住み続けた「従来民」よりも、最近になって移住してきたリソース探究的な住民と関係した現象である。)カナダ北部やサハラのベドゥイン、そしてアマゾンの各部族が依然として残っているのもそうだ。実際、人々の避難活動に従事している人たちは、自然災害に際してさえ従来民を移動させることがどれほど難しいことかを知っている。

国が空になってしまうということをコリアーが恐れているのは、大部分が彼の狭い観点が原因のように思われる。すなわち、金融危機以前の期間における南の小さい国一国(例えばカリブ海の国)から北の小国(例えばイギリス)への移住という観点だ。こうした南北の小国間という観点は世界中で進みつつある移民の多極化、例えばバングラデシュからインドへ、ジンバブエから南アフリカへ、タジキスタンからロシアへ、グァテマラからメキシコへといったものを無視している。人口予測と経済予測の双方が、南南移住の増加を示している。アフリカとアジアにおける労働年齢人口は、2050年までに15億増えると予想されており、そうして増えた人口全てに仕事を与えるのは移住可能性なしには想像しがたい。経済成長は不可避的に産業部門の変化を伴い、それには労働者の移住が必要となる1 。発展途上国が先進国の技術へ追いついて高付加価値経済の高みへと昇ることを目指そうとするにつれ、そうした国は新たな技能と移民を必要とする。コリアーの狭い危機以前の考えは、産業部門の変化と産業間、地域間、国家間での移民を引き起こす経済成長と発展についての長期的見通しが欠けているのだ。

コリアーは、移民によるその本国へのプラスの発展効果に関する山のような新しい証拠を退けている。彼は移民による本国への送金がもたらす貧困減少に対するプラスの影響を過小評価しているが、そうした送金は貿易、投資、慈善事業や技術移転を通じた政府開発援助の3倍以上となる、年4000億円超にも上っている2 。貧困国から富裕国へと移動した人間はほぼ瞬間的に所得を8~10倍に上昇させることができ、そうした移民(ガンジーはその輝かしい一例)がしばしば本国の社会的価値についてプラスの影響を及ぼすということも彼は無視している。

移民先国家に関して、コリアーの分析枠組みは世界中の活気ある都市に見られるような、人的資本のクラスタ化によってもたらされうる規模による収穫逓増という証拠を無視している。

彼の分析枠組みは、多様性と国家同一性のトレードオフに直面する小規模な移民先国家に焦点を当てている。コリアーが使っている人種多様性と社会的価値についてのパットナムの発見は、様々な国から来る移民の事例においては説得的ではない。彼は国家同一性は良い方向へと向かう強い力だと考えている。これは常に正しいわけではないかもしれず、暴力と戦争をもたらしうるものでもあるのだ。国家同一性に対する彼のアプローチは孤立主義的であって、一人一人がたくさんの事項に基づいて共感し合う一方で選択の自由とともにそうした一人一人のアイデンティティーを優先させる責任を持つようなものではない。アマルティア・セン曰く、「一人の同じ人間が何ら矛盾なく、アメリカ市民であり、カリブ出身であり、アフリカ系であり、女性であり、環境活動家であり、ジャズミュージシャンであり、この宇宙にはきわめて緊急に可能であれば英語で話し合うべき知的生命体がいると深く信じる人間でありうるのである。3

コリアーの比喩はところどころ不快に感じられる。彼は「気候変動について、分析家は炭素排出の安全な割合は大気中の二酸化炭素の安全な量から計算されることに気付いた。移民について、それに当たる概念とは自国に同化しない移民者の安全な量である」と述べている。

望まない移民を止める唯一の光は各国における所得の均一化であるが、そのためのより適切な政策は人口移動の障壁を減らすことだ。出入国管理は発展の格差を生じ、居住地に由来するプレミアムを上昇させる。出入国管理の廃止はより穏当な自由意思に基づく移民や循環的な移民を促進する。

コリアーは移民に関する難問について勇気ある正面からの議論を行っていれば称賛されただろう。しかし実際の彼は、怠惰で選択的な自分に都合のいい文献の引用と、視野の狭い政策提言を行ったと記されることになるのだ。

注記:私は2013年12月に行われたOECDのノマド・セミナーでの討論に参加しており、そこでポール・コリアーは自著である”Exodus: How Migration is Changing Our World.“の発表を行った。

(本エントリは世界銀行のウェブサイト使用条件に従って掲載しています。The World Bank: The World Bank authorizes the use of this material subject to the terms and conditions on its website, http://www.worldbank.org/terms.)

  1. 訳注;各国ないし国内の各地域、あるいは各部門がバラバラに経済成長を行う結果、労働需給が変化するという意。 []
  2. 訳注;近年のOECD諸国のネットでの援助実績(援助総額から返済額を差し引いたもの)が年1300億ドル程度なので、それを元にしていると思われる。この数字にはいわゆる新興ドナーの援助額は含んでいないが、そうした国による援助は120~140億ドルなので大勢に変化はない。 []
  3. 訳注:出典は”Identity and Violence: The Illusion of Destiny(邦訳「アイデンティティと暴力: 運命は幻想である」勁草書房)”だが、実際には原文はもう少し長く、クリスチャン、リベラル、ベジタリアン、長距離ランナー、歴史家、学校教師、小説家、フェミニスト、異性愛者、同性愛者の権利の信奉者、小説家が付く。 []

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