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ニック・ロウ「家としての国」

Nick Rowe “Countries as homes” (Worthwhile Canadian Initiative, May 26, 2014)


EU議会選挙の結果のために昨夜は遅くまで起きていた。イギリスでは、イギリス独立党が27.5%の投票を得て一位となった(労働党は25.5%で二位、保守党は24%で三位)。フランスでは国民戦線が25%で一位となった1

独立党と国民戦線の両方ともEUからの脱退と移民の減少を求めている(他の面においては彼らは異考えを異にしている)。イギリスはユーロには加盟しておらず、近い将来にユーロを採用する見通しもないため、欧州中央銀行の金融政策にイギリスの結果が大きな影響をもたらすことはないように思える。どちらの党も組織としては全く「まとも(respectable)」ではないけれども、独立党のほうが国民戦線よりはまともだ。

僕が国際貿易理論を教えるときは、まずこんなことをする。

なぜ個人が互いに貿易をするかの説明として僕は比較優位を教える。そして丸をひとつ描いて、これが皆さんの住んでる世界ですと言う。次にこの丸の中に、個人を表すたくさんの小さな点を描く。そしていくつかの点の間に小さな矢をランダムで書き、二人の個人の間の貿易による利得を示す。続いて丸を横切る水平線を描いて、カナダとアメリカの国境線とする。いくつかの矢はこの水平線を横切り、他のいくつかは横切らない。僕らは前者の矢を「国際貿易」と呼んでいる。ここで僕が言うのは、矢が水平線を横切ろうが横切るまいが何の違いも生まれないということだ。矢が水平線を横切る場合には二つの異なる通貨が絡んでくるということを除けばね。そして線を横切る矢に対しては政府が追加の税やその他の制限を課すこともある。

僕は移民の経済学については教えていないが、もし教えていたとしたら同じような図を使っていたかもしれない。両者の違いは、小さな矢はここではある場所から他へ移ることによる個人の利得を示すということだ。いくつかの小さな矢は水平線を横切るし、それ以外のいくつかは横切らない。矢が水平線を横切るか否かということは果たして重要だろうか。

クリス・ディローベン・コブレーの良記事を送ってきてくれたのだけれど、これは移民議論に欠けているものを指摘している

自分が家族と一緒にとある家屋に住んでいたと考えてみよう。この家屋は自分の家だ。ここで見知らぬ人がそこに引っ越してきて、その家屋を自分と分け合うことになったとしよう。この見知らぬ人があらゆる家計支出のうちの公正な割合を支払ったとしても、見知らぬ人が越してくることについて、常にどちらでもよいと言えるだろうか。そして自分が反対したとして、自分以外の家族が自分の反対はよろしくないと言ってきたとしたらどう感じるだろうか。

国は家なんだろうか。

国を家としてモデル化する場合、どのように移民の経済学を考えればいいだろうか。

  1. 訳注;経済と極右の台頭の関係に関する研究については、本サイトのこのあたりも参照。完全に余談であるが、今回のフランスの投票結果では極右政党に投票した割合は若年層がとりわけて高く、それも教育水準の低い(大卒未満)層ではより一層顕著であり、彼らはまた失業率が著しく高い層でもある。 []

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