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ノア・スミス「グローバル化をめぐるデロング vs. クルーグマンの論争」

[Noah Smith, “DeLong vs. Krugman on globalization,” Noahpinion, April 1, 2018]

今回はよせばいいことをやるつもりだ.ブラッド・デロングと論争してみよう.ただ,今回はそれも吉と出てくれそうでもある.デロング当人も,ポール・クルーグマンと論争するというよせばいいことをやっていて(そしてデロングじしんが言っていた例のルール〔ルール1:「クルーグマンは正しい」;ルール2:「クルーグマンは間違っていると思ったらルール1を参照せよ」〕の少なくとも2つに抵触してしまっていて),今回のポストはそれに対する反応だからだ.

論争の主題はグローバル化だ.クルーグマンによる新しい論考では,グローバル化の近年の歴史について急速に固まりつつある通説と思われるものを概説している.いくらか抜粋してみよう:

1990年代に,ぼくも含めて多くの経済学者たちが(…)格差増大にストルパ=サミュエルソン型の効果が果たす役割を評価しようと試みていた(…)[そうした分析は]総じてこう提案していた.「[グローバル化に由来する要素価格平準化の]効果は相対的に穏当で,所得格差の拡大で中心的な要因となってはいない(…)」

1990年代中盤の基本的事実はこういうものだった――途上国からの製造品輸入は GDP のおよそ2パーセント[でしかなかった](…).これでは,相対的賃金をほんの数パーセント変える程度にしかならない(…).

だが,振り返ってみると,1990年代序盤の貿易流量は,もっと大きな出来事のはじまりにすぎなかった(…).

雇用全体に占める割合は一貫して減少していたものの,1990年代後半まで,製造業の雇用は絶対値で見るとおおむね一定していた.ところが1997年をすぎると,製造業の雇用は崖を転げるように減少する.この減少は,石油以外の[貿易]赤字の急増に対応していた.GDP のおよそ 2.5 パーセントという急増だ.

この貿易赤字急増が雇用減少の説明になるだろうか? イエスだ.かなりの程度を説明する.(…)妥当な推定はこういう具合だ――1997年から2005年にかけて製造業における雇用はだいたい20パーセント減少した.そのうち,半分以上が[貿易]赤字急増によって(…)説明される.(…)急増する輸入はたしかに一部のアメリカ人労働者たちに顕著なショックをもたらしたわけだ.

だが,この90年代の共通見解では,広く労働階級の所得に貿易の成長がどう影響したかにばかり関心を集中させがちで,特定の産業や特定の地域共同体の労働者にはめったに注目しなかった.ぼくの考えでは,これは大きな失敗だった――かくいうぼくも失敗した一人だ(…)

まさにここで,いまや有名になった Autor, Dorn, & Hanson (2013) による「中国ショック」分析の出番となる.(…)急速な輸入増加が地域の労働市場におよぼした影響は(…)大きく,しかも永続的だった(…).

さて,これはつまり,(…)貿易戦争はグローバル化によって痛手を被った労働者たちの得になるということだろうか? 答えは,きっと読者のお察しのとおり,「ノー」だ.(…)急速な変化は,どうやら大半が過去のものになっているらしい:多くの指標から,超グローバル化は一度きりの出来事で貿易は世界 GDP に対しておおよそ安定しているらしいのがうかがえる.

というわけで,グローバル化の影響に関する90年代の共通見解は時の検証にあまり耐えなかったものの,その一方で,それを認めたとしてもいま保護主義をとるべしという主張を受け入れるにはおよばない.当時,これから起ころうとしていたことを知っていれば物事のやりようがちがっていたかもしれないけれど,いま時計を巻き戻そうとするまともな理由にはならない.

つまり,貿易とグローバル化に関するこの新しい通説はこう要約できる:

1. 90年代後半か00年代まで,貿易はかなりよいものだった.

2. 中国ショックは前例のないものだったし,アメリカその他の豊かな国々の多くの労働者に痛手を与えた.

3. いまや中国ショックはおわり,貿易戦争をやってもろくなことにならない.

この話は『ブルームバーグ』の一連の記事でぼくじしんも語ったことがある.

デロングはこの話を買っていない.長い論考を書いて,2000年代にグローバル化がもたらしたとされる悪影響はむしろ全面的にダメなマクロ経済政策の影響だったと主張している.

デロングの論には賛同する部分もたくさんあるけれど,異論のある部分もある.ぼくから見て疑わしいところやあまり明快でないと思うところを論点別に挙げていこう.

デロング:

ー1970年代前半から1990年代中盤にかけて,国際貿易は――少なくともヘクシャー=オリーン経路を通じて――アメリカの「非熟練」労働者や準熟練労働者の賃金にゼロ以下の下方圧力を加えたと私は考えている.(…)1970年代前半から1990年代中盤まで,製造業輸入の新たな供給源が加わるペースを上回って,アメリカの製造業輸入の当時の既存供給源の相対的な賃金水準は上昇していった.アメリカの典型的な製造業労働者が直面した輸入による低賃金競争は,1970年代前半より90年代中盤の方が弱かったのだ.

これはクルーグマンの説と矛盾するとデロングは考えているけれど,ぼくの考えはちがう.クルーグマンは後半部分だけを考察している――新たな低賃金の貿易相手の追加だけを考えているわけだ(そして,それ単体で考えたとしてもこの追加の影響は小さかった).1970年代,80年代,90年代にグローバル貿易システムに新たな低賃金国の貿易相手が参入するのを妨害する貿易障壁を設けていたなら,ストルパー=サミュエルソン型のいかなる好影響をもはるかに上回る正味の悪影響がもたらされただろうという点については,クルーグマンはデロングに賛同するだろうとぼくは思う.

デロング:

経営・技術面の失敗から生じた帰結からデトロイトやピッツバーグを保護することもできただろう――だが,そうすれば経済の他の部分に甚大なコストを押しつけることになっただろう.非常に好ましからざる費用便益トレードオフになっていたはずだ.

実のところ,アメリカはデトロイトやピッツバーグを保護すべく多くの試みをやった.日本に円高輸出自主規制を受け入れさせ,ヨーロッパの鉄鋼に対してはありとあらゆる種類の保護主義的な措置を実施した.そうした保護主義的な措置はおそらくアメリカの鉄鋼業や自動車企業やその労働者たちを助けるのには長期的に失敗している.けれど,日本が自動車工場をアメリカ国内に建設し始めるよう促したのはこうした措置だったという可能性はある.アメリカで販売された日本車の大半は,アメリカ国内で製造された製品だ.これにより,かなりの数にのぼる製造業雇用が維持されている.

一方で,保護主義的な産業政策手段を意図したアメリカの研究支出がアメリカのテクノロジー産業を今日のような成功に導く一助になったという正の外部性があった可能性を,デロングは見過ごしている.製造業の重要性について考えるとき,1950年代の準-熟練ブルーカラーの良好な雇用の観点がとられがちだが,この観点はひどく狭すぎるとぼくは思う.工場での雇用にはなんの関わりもない高付加価値の製造業がアメリカ国内にとどまってくれる方がのぞましいかもしれない理由はたくさんある――そうした製造業は地域の乗数をうみだすし,輸出しやすい製品をつくりだすし,経済の生産性全体の成長に有益な効果をもたらすかもしれない.

デロング:

「超グローバル化」の到来によって,正規教育を受けていないアメリカ人労働者がじぶんの技能・経験・暗黙知をきわめて生産的なかたちで用いてもらえる雇用を見つける機会が強化された.

製造業の労働者にとって,これは Autor et al. の「中国ショック」論文と真っ向から矛盾しているように思える.Autor et al. 論文では,中国からの輸入に直面した労働者たちは生涯所得が大幅に減る憂き目を見やすいことが示されている.(また,Autor et al. 論文では,中国ショックは総雇用にマイナスの効果をもたらしたと主張しているけれど,この主張はモデルに依存している部分が大きく,しかもそのモデルは「かりにこうだとしたら」という条件が多い.) ともあれ,2000年代のグローバル化によってアメリカ人労働者全体の生産性が向上したというデロングの主張にはなんらかの実証的な裏付けが必要だ.中国からの輸入競争によってアメリカでのイノベーションに弾みがついたと言っている論文はたしかに複数あるけれど,そのことは必ずしも労働者の有益な再配置〔もっと高い生産性を発揮できる雇用への移動〕という筋書きを裏付けるものではない.

デロング:

「超グローバル化」が現にやったのは,トップ 1% と 0.1% にさらなる手段を与えることだった.つまり,〔ジョン・〕ダンロップのいう労使関係秩序を破り,デトロイト協定〔に代表される自動車企業と労組の協定〕を破り,価値あるエンジニアリングの営みをもつ地域社会に支えられた非常に生産性の高い大量生産がもたらす共同産物を所得分布の上方に再分配する手段をトップ 1% と 0.1% に与えること,それが「超グローバル化」のやったことだ.

この主張にも根拠が必要だ.たしかに,グローバル化または超グローバル化が本格的にはじまる以前から労組の組織率は下降をはじめていた.けれども,アメリカで労組優遇法制度や法の執行が弱まった理由は,ますます強まる輸入競争を前にして組合賃金がアメリカの競争力を殺してしまう恐怖にあった可能性もある.

もっと重要な点として,格差拡大はグローバル化のせいではないと免責しつつ,デロングは国をまたいだ証拠を無視している.豊かな国々の可処分所得のジニ係数を示すグラフを見てみよう.

グラフ 1:

グラフ 2:

市場原理主義や富裕層優遇主義が,アメリカばかりかスウェーデン・デンマーク・フランス・ドイツ・日本で同時に猛威を振るうほどに強力な精神ウイルス〔ミーム〕なり政治運動なりだったとは,非常にありそうにないことに思える.

政策レジームが大きく異なる国々で〔同時に〕格差が大きくなっている事態のグローバルな性質を見るに,これをもたらしているのはなんらかのグローバルな要因だろう――貿易とテクノロジーのなんらかの組み合わせだろう.方程式から貿易の項目を取り去ってすべてあるいは大半の責めをテクノロジーに負わせるのは,疑わしい議論に思える.少なくとも,堅固な実証的証拠もなしにやるのには疑念がわく.この話題に関する論文をたくさん読んだ上で言わせてもらえば,〔研究者のあいだに〕共通見解はほとんどない.

デロング:

さらに,国全体の観点でも,影響をうけた多くの地域社会の観点でも,中国ショックは地域の労働市場にとって大したものではなかった.なるほど中国からの輸入品が押し寄せるなかで人々は昔ほどアメリカの工場でつくられた製品を買わなくなっている.だが,その輸入品を販売する人々は,そうやって得たお金を回してアメリカに投資している:政府購入・インフラ・企業投資・住宅の資金となっている.こうしてお金が循環する:アメリカ国外ではドルに使い途はないのだから,ドルの流れは国外ではなく他に向かうしかない.そして,連邦準備制度がその職務を果たしてセイの法則をおおよそ実現しているかぎり,ドルの行方は労働需要の再分配であって,労働需要の減少ではない.

これはどういう考えかというと,「貿易赤字にはそれに対応する経常赤字があるので,貿易赤字があるときには外国からアメリカ国内への金融投資が増えている〔経常収支の赤字分は外国からお金を借り入れる=外国から融資されることになる〕」という話だ.けれども,外国のポートフォリオ投資が増加したからといって,企業や政府の投資(インフラ・住宅その他もろもろの投資)が増加することになるとはかぎらない.それどころか,貿易赤字に対応して国内貯蓄が減少するとすれば――「超グローバル化」がおきていた2000年代はまさにそうだった――アメリカの企業/政府投資は増えるどころか減少する.もっと一般的に言えば,現実の投資は資本コストに感応するという考えはかなりあやしい.資本コストは大いにものをいう主張する人たちもいるけれど,その論拠はとても不確かだ.

デロング:

そして,私見ではここがミソだ:中国ショックの輸入でまかなわれるタイプの人たちと雇用は,貿易可能な製造業部門から失われたタイプの人たちと雇用ととてもよく似ているように見える.たしかに,一部の地域労働市場では製造業に大きくて永続的なマイナスのショックに見舞われたものの,そのショックは建設の急増で大幅に和らげられた.他の地域労働市場では,建設業に大きくて永続的なプラスのショックが生じた.そして,国全体の水準では,(真に)準-熟練ブルーカラー労働力にあたる生産要素が悪影響を受けたようには私には見えない.

ここでも,職場から追い出された製造業労働者たちは他の部門(たとえば建設業)で同程度にいい仕事にありついたのだという考えは,Autor 論文と真っ向から矛盾している.事実,いかなる種類の仕事でも,職場から追いやられると生涯所得が打撃を受ける

準熟練ブルーカラー労働力が悪影響を受けたかどうかについて言えば,〔所得〕分布の変位値で下の方にいる人たちの賃金と所得(所得移転を計算に入れる前の数字)は2000年代に停滞していた.Autor et al. 論文では,この停滞をもたらした主犯が中国だったと証明してはいないけれど,その一方で,他の研究も「中国が主犯ではなかった」と証明しているわけではない.クルーグマン本人は,中国は小さくない要因だったとしか主張していないようだ.もっとよい証拠が登場しないうちにこれを却下してしまうのは理屈に合わない.

デロング:

これが,ポール・クルーグマンに対する5つ目の係争点につながる.私見では,グローバル化で我々が見落としていた最重要ポイントは,安定した継続的な完全雇用をどれくらい必要としていたかという点だ.

もしもグローバル化によって財政緊縮・金融引き締めのコストが上昇するのであれば,かりに緊縮と金融引き締めに全面的に反対だとしても,それは〔グローバル化への?〕反対理由の1つになるように思える.政策は確率で動く.ダメな指導者が選出されたり,愚かな高官が就任したりといったことは起こるし,人間は間違いをおかすものだ. いつでもよい政策を引き当てられるのを当てにできないのだから,ランダムに生じるダメ政策に対して経済をいっそう脆弱にすることはどんなことであれ,経済にコストを押しつけるようなものに思える.

だから,この部分でデロングに同意する論点はたくさんある.景気循環に対処する財政・金融政策をもつのは重要だ.炎上の油を規制緩和が注いだ金融危機もそうした危機に対するダメな政策対応も,ともにグローバル化よりおそろしい.見えやすいグローバル化のマイナスの影響に加えて,計測しにくいグローバル化のプラスの影響についても考えるべきだ.

ただ,トランプ支持者〔が唱える反グローバル化や関税強化〕からグローバル化を擁護しようと熱を上げるなかで,ブラッドはクルーグマン論考で述べられた新しい通説への反論を言い過ぎてしまっているし,「中国ショック」タイプの事例を心配するなと言い過ぎてしまっているように思う.また,「自由貿易に代わる選択肢は,低級で粗雑なトランプ式の保護主義だ」と考えて,層の厚い研究をふまえた高付加価値輸出の増加をねらう政策を考えないでいるのは――もちろんブラッド一人だけに限られる思考法ではなくて経済評論家たち全体に広まっている虚偽の二分法だ――ぼくらの集合的なビジョンの失敗なように思える.


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