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ノア・スミス「新しい古典派の革命はなぜ起こったのか」

Noah Smith “Why did the New Classical Revolution happen?” (Noahpinion, June 29, 2014)

(訳者補足:この議論の経緯についてはhimaginary氏がまとめられてますので、未読の方はそちらからまずご覧頂くほうが良いと思います。)


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一方の側にサイモン・レンルイスマーク・ソーマ、反対側でそれに対するのがポール・クルーグマンという形で、興味深いちょっとした議論が交わされている。その議題とはすなわち、70年代末から80年代初頭にかけての新しい古典派のマクロ経済学における革命の隆盛を引き起こしたものは何なのかというものだ。

僕はこの点については基本的にはクルーグマン側にいるのだけれど、革命を実際に目撃したわけでもないし、もちろん本当のところは分からない。

「新しい古典派」という用語は、ふつう次の3つのことを指すのに使われる。

  1. ルーカスの島モデル
  2. DSGEを作り出した合理的期待やミクロ的基礎付け等による方法論上の革命
  3. RBCモデル

何でこの3つが一緒くたにされてるのか僕は知らないのだけど、ただルーカスはこの3つ全てを研究した。でもまあそれはさておこう。

レンルイスが言うには、いくつかの妥当な修正を加えれば古いスタイルの「ケインジアン」モデルでスタグフレーションは説明できたのだから、70年代のスタグフレーションが新しい古典派の革命の原因ではないとのことだ。ただ単に、新しい古典派の理論のほうが方法論的により魅力的だとみんなが思ったから革命が起きたんだと彼は言っている。

でも僕としてはそれはあまり納得できない。確かに、古いパラダイムは70年代のことを説明できたけれども、それを予測はしなかった。一番最近に起こった大事件について、それに当てはまるように事後的に何らかの別解釈を加えることは常に可能だ。「ケインジアン」経済学者(僕はこれをルーカス以前の総量(aggregate)オンリーなモデル屋を指すのに使ってる)が周転円1 のようなものを付け足すのを目撃した際、みんなはおそらく賢明な判断をして、目をしかめつつ「ちょっと待てよ、あんたら自分の間違いを覆い隠すためにがらくたを付け加えてるだけだろ!」と言ったんだろう。70年代によって、おそらく総量オンリーのマクロ経済学は堕落した研究プログラムのように見られるようになってしまったんだ。

その一方で新しい古典派は、70年代をまさにその最初から正しく捉えていた。これはたまたまの幸運によるものだったのかもしれない。エド・プレスコットは金融政策が成長に影響を与える力をそこまで信じてはおらず、また彼はただ単に自分の先入観を反映させるためにモデルを構築した可能性もある。さらに、新しい古典派がモデルの作り込みを行った時には既にスタグネーションが十分に進行していて、したがってケインジアンが被らざるをえなかった歴史の重荷を背負わされることがなかったのもおそらく一因となったんだろう。でも理由はどうあれ、新しい古典派はスタグフレーションをすぐさま正しく予測し始めたし、そうした事実が相当程度彼らの主張に力を持たせたというのは疑いようがないと思う(みんなが方法論上のイノベーションを好んだということも確かにあるけどね)。

そして今やこのことは、2008年の金融危機と大不況がこの分野にどのように影響しつつあるのかという疑問をもたらす。一般的にはこれらの出来事は、マクロ経済学者を金融摩擦DGSEモデルへと動かしたように見える。問題は、みんながこうしたものをこれより前のDSGEと一緒に扱い、(ケインジアンが70年代にやったように見えることと同じように)マクロ屋は事後的に周転円を付け加えただけだと言いつつ、DSGEそれ自体が堕落した研究プログラムじゃないかと疑いを抱くのだろうかということだ。それともみんなは金融摩擦マクロモデルは新しいものと思い、(新しい古典派がスタグフレーションを正しく捉えたことで信用を得たように)金融危機を正しくとらえたということで信用し、金融摩擦DSGEを新たなパラダイムだと考えるのだろうか。

時間が教えてくれることなんだろうね。

  1. 訳注;ある天体が小さな円を描きながら、さらに大きな円軌道を周回しているというもの。都合の良いように仮定を変えるだけで天体の見かけ上の動きをいくらでも説明することができた。ここではそれから転じて、ケインジアンモデルがスタグフレーションを説明するために、都合が良いように事後的に仮定をいじったということを指している。 []

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