ノア・スミス 「アベノミクスの教訓」(2014年2月2日)

●Noah Smith, “What can Abenomics teach us about macro (so far)?(Noahpinion, February 02, 2014)


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ごく限られた数の生のデータを眺めるだけでは、マクロ経済にまつわる問題について決定的な結論を下すことは非常に難しい。そのことに留意した上で、日本で進められているアベノミクスがマクロ経済学に対して投げ掛けている教訓について少し考えてみることにしよう。アベノミクスというのは、金融政策における正真正銘のレジーム転換を意味していて――その一方で、財政政策や成長戦略の面ではレジーム転換は生じていないと想定するとしよう――、この間の日本経済には(金融政策のレジーム転換以外に)他に大きな「ショック」は生じていないと想定するとすると、これまでのアベノミクスの経験からどのような結論を導くことができるだろうか?

まずはこれまでの成果を振り返る必要があるが、デイヴィッド・アンドルファット(David Andolfatto)がこちらのエントリーで、安倍政権が誕生して以降の日本のマクロ経済データの変遷を見事に要約している。この間の日本では、主に次のような結果が生じている。

* ヘッドライン・インフレ率もコア・インフレ率も上昇していて、どちらもともにプラスの値に足を踏み入れている。コア・インフレ率は、過去10年間で最も高い数値を記録している。

* 実質GDP成長率も高まっているが、2000年以降で過去最高の数値というわけではない。

* 輸入も輸出もどちらも増えているが、輸入の伸びが輸出の伸びを上回っている。その結果として、日本の貿易赤字は拡大している。

さて、こういった事実からどのような教訓が導かれるだろうか?

1. 量的緩和は、デフレを引き起こしはしない

数カ月前に遡るが、スティーブン・ウィリアムソン(Stephen Williamson)が「量的緩和はデフレ圧力として働いている」と主張して、ブロゴスフィアに激震を与えた――フランシス・コッポラ(Frances Coppola)もかつて同様の主張をしたことがある――。何とも突飛なアイデアのように思えるが、アメリカで目下進行中の量的緩和も2000年代中頃の日本で試みられた量的緩和もインフレ率を高めるには至っていない(あるいは、至らなかった)こともあり、ウィリアムソンの主張にもいくらか妥当性があるかのように感じられたものだった。しかしながら、アベノミクス以降に日本でインフレが突如として上昇した事実は、(エントリーの冒頭で触れたように、この間の日本では、金融政策のレジーム転換の他に大きなショックは生じていないと想定する限りでは)「デフレ圧力としての量的緩和(量的緩和はデフレを招く)」仮説にとどめを刺しているように思える。日本における量的緩和については、アンドルファットのこちらの分析もあわせて参照してもらいたいと思う。

(アベノミクスによってインフレが突如として上昇したと言っても、悪性インフレと呼べるほどの勢いで物価が急速に上昇しているわけじゃない。日本のインフレ率は、日本銀行が目標とする2%に向けてじわじわとゆっくり上昇を続けているように見える。)

2. 量的緩和は、輸出ブームを後押しする絶対確実な方法ではない

今回(のアベノミクス)だけではなく、2000年代中頃においても、量的緩和の実施後に輸出も輸入も歩調を合わせるように増加したが、純輸出(=輸出-輸入)は増えなかった。量的緩和に伴って、円安が引き起こされはしたものの、これまでのところは純輸出は増えていない。「量的緩和は、純輸出の増加を狙った重商主義的な政策だ」という主張は、疑ってかかるべきだと言えるだろう。

この間の日本の経験から導くことができる決定的な結論と言えそうなのは以上の2点だが、暫定的な結論として次のようなことも言えるだろう。聞くところによると、アベノミクス以降の日本では、家計による消費は増えているものの、企業による設備投資はそれほど増えていないという(残念ながら、日本の消費や投資の最新の時系列データを見つけられずにいる。誰かが代わりに見つけてくれたら、ありがたいところだ)。事実その通りなのだとすれば、輸出と輸入が歩調を合わせて増えているというのも合点がいく。というのも、円安によって輸出が刺激される一方で、家計による消費が増えるおかげで輸入が増えるからだ。この間の日本の経験に照らし合わせると、量的緩和が景気を刺激することになるとすれば、(資本ストックの存在が明示的に考慮に入れられている洗練されたニューケインジアンモデルで描かれているように)設備投資の増加を通じてではなく、(旧来のニューケインジアンモデルで描かれているように)消費の増加を通じて主にその効果を発揮すると言えそうだ。量的緩和に備わる一次的な(最大の)効果は、資産価格の上昇を通じて表れ――資産価格の上昇→(資産効果による)消費の増加――、それに続く二次的な効果は、通貨の減価(円安)を通じて表れる――円安→輸出の増加――、と言えるのかもしれない。

さて、アベノミクスは、日本経済に好ましい影響を及ぼしていると言えるだろうか? これまでのところは、「イエス」と言えそうだ。緩やかな(小幅の)インフレは、緩やかな(小幅の)デフレよりも好ましいだろうから、この間のインフレの上昇は健全な変化と言えそうだ。その一方で、アベノミクスの悪影響は、今のところはまだ表れていない。「アベノミクスは成功」と言い切るには時期尚早だが、アベノミクスに批判的な陣営が予測していたよりもずっと好調なパフォーマンスが続いているように見えるのは間違いない。金融政策の効果に懐疑的な面々によってアベノミクスを叩く口実が今後も次から次へと探し出されてくるだろうが、これまでのところは彼らが警告するような事態は生じていないのだ。

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