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ビル・ミッチェル「準備預金の積み上げはインフレ促進的ではない」(2009年12月14日)

Bill Mitchell, “Building bank reserves is not inflationary“, Bill Mitchell – billy blog, December 14, 2009.

 

今日私は仕事でDubboにいる。Dubboはニューサウスウェールズ州の西部で、州の中でも外れた辺鄙なところにある。普通の人々はしばしば通り過ぎてしまうこのオーストラリアの田舎では、美しい景観が楽しめる。私のこの実地見学は、この地域の土着のコミュニティについて私が継続的に行っている研究と関係がある。この研究についてはいつか報告しよう。さて、今日の記事は、私が昨日に準備預金について展開したテーマの続きだ。昨日の記事―Building bank reserves will not expand credit邦訳)では、準備預金の動態について検討したが、時間が無かったので、いくつかの論点を残してしまっている。一つの論点は、準備預金拡張がインフレーションに与える影響の可能性についてだ。これは、危機に対する金融政策の効果に関する時代遅れな考えについての主流派たちの病的熱狂の核心的部分だ。結論については安心してほしい――金融政策についての唯一の問題は、それが無効であり、より大きい財政政策の努力が必要だというところだ。

この記事の目的は、昨日からスタートさせた準備預金についての2パートに渡る記事のシリーズの結論を下すことだ。この記事は――他の表現法によって――現代金融理論(MMT)の重要な原則の一部をよりいっそう明らかにするだろう。MMTの原則については、Deficit spending 101 Part 1 (邦訳|Deficit spending 101 Part 2邦訳)|Deficit spending 101 Part 3邦訳) および他の記事にて展開している。MMTの最重要原則を網羅した記事の総集編が見たければ、Debriefing 101をご覧いただきたい。

昨日の記事―Building bank reserves will not expand creditでは、BISの最近のワーキングペーパーであるUnconventional monetary policies: an appraisalを、金融システムのオペレーションの各側面を説明するために利用した。金融システムオペレーションは、MMTの核の部分であり、主流派マクロ経済学が首尾一貫した形で描写できていないものでもある。

具体的な論点は、ポール・クルーグマンが現在実行している「量的緩和が融資刺激に必要だ」という政策提案についてだった。私は量的緩和が融資刺激に関しておおよそ不能であるということと、融資は準備預金に制約されていないが故にそれが驚くべくもない当然のことであるということを示した。クルーグマンは、金融政策と準備預金を関連付ける銀行オペレーションについて明らかに理解していない、という結論が得られた。こうした理解を発展させていくのがMMTの際立った核心的特徴である。

このBIS研究ペーパーを用いるのにはわけがあって、というのは、このペーパーは、銀行の専門家たちもまた、(主流派の論説に出てくる言語慣習を利用してはいるものの)MMTの重要部分を理解していることを示しているからだ。このことをさらに示すために、準備預金が金利政策とインフレ実現可能性に与える影響について、このBISワーキングペーパーをさらに検討していくつもりだ。

通常(現在のような顕著な経済危機でない間)は、金融政策は”短期金利に関するものだけだと定義される”。その場合、中央銀行は”政策金利”を設定するというシグナルを出す―この政策金利は、中央銀行の政策目標を達成するよう計算された金利である。しかし、同時に中央銀行は流動性管理オペレーションに従事しなくてはならない:

…金利が有効なものになるのを手助けするために: 中央銀行は、市場の”参照金利”、典型的にはオーバーナイト金利が、望ましい金利水準の近傍を確実に至るようにする。そのために、流動性管理オペレーションは、純粋に技術的で支持的な役割を果たすことになる

MMTを理解するためには、金融政策領域における流動性管理オペレーションのアイデアと、財政政策分野における政府支出と税収発生の影響とを結び付けることが重要だ。主流派経済学のいかなる教科書を読んでも、これら二つの領域を首尾一貫した形で結び付けているものはないだろう。実際、主流派経済学のパラダイムはこの二つの領域に対して誤った説明を行っているため、間違った結論を導いている。(例えば、主流派経済学者は財政赤字が金利を引き上げると主張している)

政府が支出を行うとき、銀行の準備預金口座への記帳が行われる(あるいは、銀行間決済システムに対する小切手を発行する)。そして、全ての取引が完了されたのちには、準備預金は拡張しているのである。逆に、政府が徴税を行うときは、銀行の準備預金口座が引き落とされ(あるいは現金or小切手を受け取って)、結果的に同額の準備預金が減少する。

こうした取引は政府と非政府部門との間の垂直取引であり、上記のように準備預金の創造と破壊を生ずるのである。必然的に、政府が財政赤字(徴税を越える支出)を計上したら、準備預金に与える影響は全体では正になる――全体では準備預金は拡張するのである。逆に、政府が財政黒字(徴税未満の支出)を計上したとき、準備預金に与える影響は全体では負になる――全体では準備預金は縮小するのである。

こうした財政的影響を理解することは重要だ。なぜなら、中央銀行による流動性管理オペレーションがどのような方法で行われているかを理解する手助けになるからだ。そうしたオペレーションは財政政策からは分離されているが、本質的に財政的影響とリンクしている。

そのリンクが形成される理由は、支出する際に”資金調達する必要がある”からではない。それは主流派経済学の教科書が作り上げているよくある誤解だ。自国通貨(own currency)を発行できる統治政府は、自身の支出に対する資金調達を必要としない。こうしたことは明白な事実なので、コメンテーターたちが逆の主張に固執しているという現実は私を絶えず驚かせている。

(政府債務発行や、租税といった)全ての財政的企図は、表面的には”資金調達オペレーション”だとみられているかもしれないが、実際にはそうした類のものではない。以下に続く議論で、政府債務発行が金融システムの中で果たす役割を明らかにするつもりだ。政府のレトリックに従えば(政府債務発行は資金調達オペレーションであるという)違う結論を出してしまうかもしれないが、日常的な流動性管理オペレーションの厳密な現実は(理解できれば)真実を明らかにする――政治的スタンスを現実から引き剥がすのである。

BISが言うには:

準備預金を通じて金利政策を実行する際の支点は市場だ。しかも特定の市場である。準備預金に対する支配力を通じて、中央銀行は準備預金の量とその(マージナルな)供給期間を設定できる。そうして、中央銀行は準備預金の機会費用(”価格”)であるオーバーナイト金利を自由な水準で設定できる。その唯一の理由は、中央銀行は自ら望めば、選択した価格で無制限に売買する用意があるからである。この事実は、中央銀行の出すシグナルの信頼性の源となっている。

重要なことだが、このシステムの中では金利は準備預金量から完全に独立して設定することができる。同じ準備預金量であっても、全く違う金利水準との共存があり得る。裏を返せば、同じ金利であっても、全く違う準備預金量との共存があり得るのである。重要なのは、政策金利に応じて準備預金に報酬を発生させる手法である。我々はこの手法を”分離主義”と呼称している。これは残りの分析において広範に渡る含意を持つものである。

彼らが参照している「シグナル」とは、アナウンスされた政策金利・ターゲット金利のことである。あなたがたもご存知の通り、中央銀行(財務省と合同で統合政府部門を構成する不可分要素)もまた収入制約を持たない――中央銀行は、準備預金を好きな価格で無制限に売買できる。

分離主義については昨日のブログ記事―Building bank reserves will not expand creditにて検討した。以下の議論では、”重要なのは、政策金利に応じて準備預金に報酬を発生させる手法である”という文言について明らかにしていく。

BISはこの議論を進めるために以下の図を用いている。この図は彼らのペーパーの4ページにあり、金融政策と商業銀行の利益追求目標との関係の中でどのような異なる準備預金付利スキームが運用されるかを理解するのに役に立つ。

図の中の様々なパラメータについては以下の通りに定義されている:

・rp=中央銀行の金融政策金利――中央銀行が自らの政策目標に近づくと信じている金利

・ro=インターバンク市場における準備預金の需給で決定されるオーバーナイト金利。インターバンク市場では、商業銀行がオーバーナイトで準備預金を貸し出したり獲得したりすることができる。システム全体で準備預金の超過がある場合は、インターバンク市場の取引は準備預金超過を解消することが出来ない。こうした場合は、中央銀行による吸収オペ(政府債務売却)のみが超過準備を解消する唯一の手段となるだろう。同様に、システム全体で準備預金の不足がある場合は、個別の商業銀行の保有量に関係なく、中央銀行による準備預金注入だけが不足を埋め合わせることが出来る。

・rE=オーバーナイトでシステムに残存する超過準備に対して、中央銀行から商業銀行へと支払われる金利(訳注:超過準備付利のこと)

・Rmin=決済目的に必要な準備預金の最小量。準備預金の移動を必要とする全ての日常的取引の決済を整然と実行するために、銀行はその量を保持する。

・R*=準備預金の均衡量。この均衡量は、銀行が決済目的に必要な最小量の準備預金と、競争的金利で所得を得られる超過準備を保有するときに達成される。均衡は、インターバンク市場でそれ以上の取引が無いという事を含意する。

この図をどう理解したらよいだろう?

ここでは2つのスキーム(Scheme1とScheme2)が示されている。Scheme1では、中央銀行が、政策金利を下回るサポート金利(rE)をオーバーナイト準備預金に支払うという通常の状況が示されている。オーストラリアでは、サポート金利は基本的に目標金利を25ベーシスポイント下回る。ニュージーランドでは、ニュージーランド準備銀行がrE=rEと設定してきた。(訳注:おそらく誤記? 政策金利=サポート金利ということが言いたいのではないかと) 最近まで、日本銀行とFRBはrE0として設定していた。

Figure1で記述されている金融システムでは、平均残高でみた必要準備が課されていない。(訳注:法定準備は普遍的な制度ではなく、カナダ、イギリス、オーストラリアなど、法定準備の存在しない国は多い。参照)したがって、BISの著者によれば:

…銀行がオーバーナイトで保有する必要のある準備預金量、すなわちRminは、完全に銀行の決済ニーズで決まる。決済ニーズには、予備的なものも含む。こうした決済需要は実施された全ての決済取り決めに依存し、事実上金利からは独立である

ペーパーによれば、銀行の超過準備需要(DD)は垂直(短期金利(オーバーナイト金利)とは無関係)である。なぜなら、銀行は確実の決済需要を確実に満たすだけの最小の準備預金(Rmin)だけを保持しようと望むからである。その水準は金利によって決定するものではない。中央銀行は、超過準備に適用される付利アプローチとは関係なく、上記の必要最小量の準備預金が常に利用可能な状態を確保しなくてはならない。もし中央銀行がその水準の準備預金の供給に失敗したなら、”オーバーナイト金利の著しい変動”が結果的に生じてしまうだろう。

BISは以下のように詳説している:

あらゆる超過準備は、オーバーナイト金利を、超過準備付利(ゼロ、あるいはスタンディング・ファシリティの金利)(訳注:スタンディング・ファシリティについて)が設定する底辺にまで導くだろう。というのは、銀行は不必要な準備預金をオーバーナイト・インターバンク市場に貸し出して処分しようとするからである。あらゆる準備預金不足は潜在的な決済困難につながり、オーバーナイト金利は許容不能なレベルまで上昇するか、一日貸出ファシリティが設定する天井にまで到達するだろう。ひとたび準備預金需要が満たされれば、中央銀行は、望む金利水準を示すことによってあらゆる水準のオーバーナイト金利を設定することができる。

さて、付利スキームはどのように重要なのだろうか? Scheme1では、利潤追求型の銀行は、決済用の最小量を超える超過準備を縮減しようとするだろう。なぜなら、”サポート金利”がオーバーナイト金利より低いからである。

もし(Rminを越える)準備預金がある場合:

準備預金保持による機会費用(ro– rE)の存在は、Rminを越える超過準備が存在するとき、銀行がこの超過分を貸し出そうとするだろうという事を含意する。そうすると、銀行はオーバーナイト金利をrEまで押し下げてしまうだろう。そうして機会費用は除去される。

したがって、決済用に必要な最小量を超える準備預金が存在するときはいつでも、銀行はrE(中央銀行から付与されるサポート金利)を越えるリターンを求めてインターバンク市場に準備預金を貸し出そうとするのである。もしrE=0なら、中央銀行が野放しにする限りは、オーバーナイト金利はインターバンク市場の融資競争によってゼロまで下がるだろう。

こうして得られる明白な含意は、中央銀行はそのとき目標短期金利のコントロールを失うという事である(rp>ro)。こうしたケースでは、中央銀行はインターバンク市場の動きを締め付けるために介入しなければならないし、そのために中央銀行は、商業銀行に対してrpに見合うリターンの代替的類似資産を準備預金の代わりに提示する。それは政府債券である。故に、政府債務発行は、正しくは、中央銀行が政策目標金利をコントロールするための手段であると理解されるのである。

Scheme2では、中央銀行は商業銀行の超過準備(決済用に必要な最小量を超える分)に対して政策金利に等しい付利を支払っている。この場合では:

…超過準備保持による機会費用は存在せず、決済用の最小量が満たされている限り、銀行は準備預金量を気にしなくなるだろう

したがってこの場合は商業銀行に対して公的債務を売りつける必要はない。サポート金利を政策金利に等しい値に設定することによって、中央銀行は政府債務に等しいものを商業銀行に提示しているのである。そうした支払い(訳注:中央銀行による超過準備付利)は、商業銀行が超過準備保有を削減する必要性を完全に解消し、銀行は代替有利子資産(例えば公的債務)を求めることなく巨大な準備預金を喜んで放置するだろう。

関連付けられるその他の重要ポイントは、準備預金における財政政策の影響についてである。我々が知っているように、財政赤字は超過準備を創造する。このケースでは、財政赤字は流動性システム(あるいは現金システム)にダイナミクスをもたらし、それによって金利は(上述のように)インターバンク市場の競争を通じて大いに低下してしまう。これにより中央銀行は、もしその特定の金融政策スタンスを維持するのであれば(訳注:政策金利を維持するならば)、(準備預金を吸収するために)債務を発行して商業銀行に売るか、政策金利に見合うサポート金利を支払うかのどちらかを行わなくてはならなくなる。

こうした状況では、政府債務発行は財政赤字によって生じる金利の(サポート金利への)下落を防ぐ。財政赤字それ自体は金利に対する上昇圧力を齎さない。流動性管理オペレーションに関する金融オペレーションが金利の下落を防ぐのであって、それは全く別物なのである。

全てを理解すれば、主流派経済学の教科書の関連チャプターや金融財政政策について精通しているとされている解説のほとんどが何故甚だ間違っているのかについても把握できるだろう。

準備預金とインフレーション

BISペーパーの後半で、著者たちは次の疑問を検討している: ”準備預金によるファイナンスは特別にインフレ促進的なのか?” 昨日の記事――Building bank reserves will not expand creditを思い出してほしい。ポール・クルーグマンは、現時点において再び量的緩和が望ましい政策であると提唱した。量的緩和が民間部門に将来的なインフレーションを予想させるからだという。彼はQEを準備預金の拡張と定義づけた。

次に、インフレ予想は、(ゼロ金利、あるいは非常に低い名目金利になっている状況下において)実質金利がマイナスになると”貯蓄者と投資者”に判断させるだろう。クルーグマンによれば、このことは銀行融資需要を刺激して経済を始動させるのだという。

したがって、この議論の重要な部分は、「準備預金の積み上げがインフレ促進的である」というところなのである。

BISの著者たちが言うには:

準備預金を通じたファイナンスによるインフレ促進を強調する主張は、最初の疑問に極めて密接に関係している。もし準備預金が融資追加に貢献せず、短期政府債務の近似代替物であるなら、インフレ加速効果の発端を見ることは困難だ。総需要、およびそれによるインフレに対する効果は、中央銀行がどのようなバランスシート政策を選択するかに関わらず、極めて似通っている。例えば、銀行システムにおいて、銀行が一週間満期の中央銀行債あるいは財務省証券を保有する場合に比して、オーバーナイト準備預金という形で中央銀行に流動性資産を保持することがどのようにしてより一層インフレ圧力を高めるかは明らかではないのである。

同じ議論が政府債務の”マネタイゼーション”に関しても適用できる。マネタイゼーションというのは、中央銀行が政府債券をプライマリーマーケットあるいはセカンダリーマーケットで購入することだ。ここでの問題は、準備預金創造を通じた政府支出のファイナンスが、(財政拡張による総需要のブーストはさておいて)インフレーションを齎すか否か、というところである。

第一に、BISの著者たちは銀行システムにおけるオペレーションは理解しているが、MMTのパラダイムには則していないことがわかるだろう。”資金調達手段”(financing medium)といった用語法からそれがわかる。こうした用語法は、このペーパーに見るように銀行家たちにとっては通例ではあるものの、極めてミスリーディングだ。中央銀行は、準備預金の創造によって政府支出の”資金調達”を行ったりはしない。準備預金は政府支出によって創造されるのであり、既に論じたように、中央銀行の金融政策スタンスに応じていくつかの選択肢を中央銀行に与える。中央銀行によって遂行される金融オペレーションは、”資金調達”オペレーションではなく、正しくは流動性管理オペレーションであると理解される。

その上、中央銀行が公共支出をマネタイズしつつプラスの目標金利を維持する(そして政策金利を下回るサポート金利を支払う)という考えは不可能である。もし中央銀行はそれを実行しようとしたら、銀行は超過準備を削減しようとし、そうして生じるインターバンク市場の競争によって中央銀行は政策金利のコントロールを失うだろう。中央銀行は、超過準備を吸収するために公的債務を売却するか、超過準備に支払うサポート金利を政策金利と同じ水準まで引き上げなければならなくなる。主流派経済学の教科書や研究記事ではこのような論理への理解を得ることはできないだろう。

第二に、Building bank reserves will not expand creditにおいて、我々は準備預金の拡張が銀行融資を増加させないことを示した。準備預金の拡張が銀行融資を増加させるというアイデアは、銀行が融資の前に準備預金を必要とするという誤った理解に基づいている。そんなことは疑いなく絶対にないのだ。この点において、主流派マクロ経済学の教科書は完全に間違っている。

この論点について、インフレーションの分析は生産キャパシティに対する総需要の状態と関係しているということを理解するのが肝心だ。信用拡張は支出増加を示すが、それ自体はインフレ促進的ではない。名目支出成長は、もし企業が利用可能な生産キャパシティを保持しているなら、企業からの実物的反応――生産と雇用の拡大――を刺激するだろう。企業は、彼らの製品やサービスの需要増大に対して、値上げで反応することには消極的だろう。なぜなら、そうした反応は企業にとって高コストである(カタログを改訂しなくてはならないetc)し、企業は市場シェアを保持したいし、競争相手が値上げに追随しないことを恐れるからである。

したがって、(特定の資産区分に生じる価格バブルではなく)普通のインフレーションは、利用可能な生産キャパシティがある間は問題にはなりにくい。高い需要があるときでさえ、企業は通常、需要急騰に対応可能にするために予備の生産キャパシティを持っている。経済がかなりの期間の高い需要圧力を受けたときにのみ、インフレ圧力は明確になり、需要を引き下げるような政策が必要になる。(例えば、支出カットや増税など)

その上、支出成長は、名目需要成長の前に生産キャパシティ拡張を後押しする。生産キャパシティに対する企業の投資はその例であり、政府による生産的インフラ(人的資本育成も含む)への支出も同様である。したがって、全ての支出が名目支出成長と利用可能な生産キャパシティの間のギャップを縮めるわけではない。

さて、BISの著者たちは、インフレーションの問題を、中央銀行が商業銀行に提示している付利の点から考察している。

超過準備付利が政策金利を下回っているケースでは、準備預金注入は預金ファシリティ付利によって出来た底辺にまでオーバーナイト金利を引き下げるだろう。ゼロにもなり得る(Scheme1)。これは金利政策の緩和と同等だ。結果として、発生するあらゆるインフレ圧力は、金利変動に伴う通常の総需要拡張におおよそ起因するだろう。

したがって、金融政策設定ではなく生産キャパシティを越える最終的な支出がインフレーションを起こすのである。しかし、こうした議論はどれだけ総需要が金利の動きによく反応するかに依存している。主流派経済学では、支出が金利に対して比較的敏感に変化すると想定されており、彼らがインフレーション・プロセスを実現するためにインフレ目標を提唱する理由はそれである。

MMTにおいては、通常の範囲での政策金利変化が劇的に支出を変動させるという確信はあまりない。理解しておかなくてはならないことは、そこに二つの考慮すべき側面があるということである。資金調達のコストの側面――この側面においては、金利の上昇は(所与の投資収益期待において)おそらく資金調達需要を引き下げるだろう。そして所得の側面――この側面においては、金利の上昇は債券保有者の所得を上昇させ、次に支出を上昇させるだろう。この影響は投資にも帰ってくるだろう。なぜなら、投資家は、借入コストの上昇に直面しているだけでなく、将来の所得への信頼の強化も感じ取るからである。

したがって、そうした分配上の複雑性は、金利の変化が総需要を操作する効果的な方法であるかどうかを明確に結論付けるのを難しくしている。金利変化はまた、とにかくもっとゆっくりと間接的に働くのであり、需要における他の影響の中から金利変化の影響を抽出してくるのは極めて難しい。

Scheme1において、公的債務の売却が超過準備を吸収しオーバーナイト金利が政策金利以下に下がるのを防ぐというのは重要なポイントだ。この意味では、(どれだけ総需要が金利変化に敏感であっても)何のインフレ促進効果もないだろう。

Scheme2(サポート金利=政策金利)について、BISは以下のように述べている:

超過準備が政策金利分の付利を受けているか、あるいは金利が既にゼロ制約に嵌っている場合は、超過準備の機会費用がゼロなので、超過準備の拡張はオーバーナイト金利に何の影響も与えない(scheme2)。インフレに対する何かしらの追加的な影響が存在した場合は、それは主に、擬制債務管理オペレーションが誘発するであろうイールドカーブ平坦化による総需要への影響に起因するだろう。例えば、もし仮に中央銀行が長期国債購入によって準備預金を注入したとすると、イールドとインフレに与える全体の影響は政府の資金調達を長期から超短期にリバランスしたのと全く同じになるだろう。実際、そうした”オペレーション・ツイスト”は財政当局それ自体で達成可能である。

これは複雑に聞こえるかもしれないが、要するに長期金利の変化が投資を刺激し、実物キャパシティの吸収力を越えて迅速な名目支出成長を導くだろう、ということだ。

言い換えると、起こりうるインフレ効果は支出サイドから生じるのであり、中央銀行が行う流動性管理オペレーションに起因するものではないということである。

BISはいわゆるマネタイゼーションについても考察している:

より一般的に言って、マネタイゼーションによるインフレの可能性は、大部分は、金融当局によって対応される財政政策(=利上げの手控えを伴う財政政策)を通じた総需要的影響に起因する。中央銀行の対応というのは、インフレ促進的な政府支出の資金調達(準備預金という形であれ、短期政府証券という形であれ)それ自体ではなく、長期にわたる不適切に低い金利設定である。批判的に言えば、これらの二つの側面は政策論議において一般的に区別されていない。なぜなら、一般のパラダイムは金利とバランスシート政策の区別に失敗しているからだ。通常の準備預金需要に関して普及している想定では、一方が見られたらその片割れも見られる:より多い準備預金はより低い金利を含意する。しかし、我々がずっと強調してきたように、これは事実とは異なる。そして今回の危機における金利とバランスシート政策の分離は、そのことを再び分かりやすく裏付けた。

マネタイゼーションに関する既述の私のコメントを見てほしい。このことは、政策金利が既にゼロであるか、サポート金利が政策金利と一致しているときにのみ起こり得るだろう。その場合、準備預金の積み上げは全体での純粋な財政的注入に伴うだろうが、既に論じた通り――経済の実物キャパシティに対する支出成長が起こす事象とは本質的に無関係だ。

もし総需要が金利設定に対して比較的非感応的であるなら、このポイントはいずれにせよ無関係になる。しかし、仮に金利の変化が、「低金利が高い金利より拡張的である」という風に支出に対する影響を持つなら、そのときゼロ金利政策を伴う財政拡張は経済刺激的なものになるだろう。重要なのは、マネタイゼーションが(主流派が主張するような)本質的にインフレ促進的な代物であるというわけではないということだ。

そうしたマネタイゼーションは生産キャパシティのフル活用を達成するために必要な財政注入の程度が小さくなることを意味するに過ぎない。(訳注:つまり、マネタイゼーションを行えば、基本的にその分だけ低金利になるので、需給ギャップを埋めるために必要な追加的財政政策の量が少なくて済む、という意味) 政府はいかなるときでも、総支出を経済キャパシティにマッチさせる能力を持つのである。

 

私がこの記事と昨日の記事を書いたのは、MMTのメインの考えのいくつかについてより深い議論を提供するためだ。BISのワーキングペーパーを用いることで、”彼らの言語”を利用しつつMMTの重要な支柱を表現することが出来た。違う言語を用いることは、時には、思い込みを克服して複雑な事例に対する理解を広めるのに役に立つ。

しかし、誰にとっても明らかであるだろうが、主流派経済学の教科書の金融システムの描写、及び財政政策による金融システムの利用法と金融システムにおける影響の描写は完全に間違っている。これらの教科書およびこれらの教科書を使った授業だけで勉強している学生は、自身の学識の中に金融システム機能の間違った印象を残すことになってしまうだろう。

彼らのうちの一部は政府の政策決定部門に職を得て、そこで金融システムに関する間違った見方を採用することになるだろう。乏しい政策成果に甘んじ、政治的リーダー用にばかげたスピーチが書かれたとしても、何の不思議もない。

主流派経済学を修めた他の人々はジャーナリストになり、それによって生じる問題をあなたがたは目の当たりにしている。

 

追伸

一夜明けて、我が友人のMarshall Auerbackからメールを受け取った。彼は最近ニューカッスル大学にて訪問講義を行っており、執筆しているNew Deal blogがRoosevelt Instituteから出版された。彼はこのBIS研究ペーパーが重要な寄稿だと考えている。なぜなら、それがMMTでない経済学者たちによって書かれたものであり、彼らは(金融用語の利用法から見て)明らかに主流派経済学のパラダイムの中で議論を行っているにもかかわらず、現実世界の金融システムを統治する金融オペレーションを理解しているからである。

Marshallは私がBISレポートから行った以下の引用部分に言及していた:

資金(銀行が保有する準備預金)がインフレ促進的になるためには、それが借り入れられ、支出されなくてはならない。

以下に示す彼の反応は、全て引用するに足る価値があると私は思う。私がほんとうに興味深いメールを受けたことがこれを見れば分かるだろう。(-:

Marshallは以下のように書いている:

これは、私がオーストリア学派、財政ハト派、それ以外の人々に対して明らかにしようとしてきたポイントである。財やサービスがマネーストックの変動によって価格改定される、という風ないかなる魔術的メカニズムも存在しない。貨幣(money)は財に追随するものではない。それはごまかしだ――貨幣はそれ自体で機能する代物ではない。そこには(訳注:貨幣の)”市場”は存在しない――そこにいるのは市場メカニズムの制約の中でふるまい、活動する人々だ。貨幣を借り入れ支出する人々は、財やサービス(及び金融資産や有形資産)に代価を支払う。もし(準備預金としての)貨幣が借入・支出されるのではなく、創造されるのであれば、そこにはすべての価格を自動的かつ神秘的に変化させる市場メカニズムなど明らかに存在しない。貨幣の相対供給量変化はあるかもしれないが、それが生産市場自体と無関係に自動的に相対価格の変動を起こすような市場は存在しない。市場では、売り手が財やサービスの価格を提示し、買い手が入札するのである。

BISは、金融バランスおよび金融安定性について明確に思索し、著述し、提案を行おうとしている数少ない公式組織の一つであり続けている。このことは、私の同僚であるカナダ人William Whiteの遺産であり、Claudio Bolioその他によって運営されていることと大いに関係がある。この文書を見ての通り、BISは現在主流派マクロの幻想を公然と粉砕している。とても大きな一歩だ…しかし、クルーグマンの「不発」を止めることは出来ないだろうし、BISがMMTに既に賛同しているというわけでもない…しかしBISは真実にかなり近づいてきている。

ここで終わらせて、Dubboへ向かう飛行機を捕まえに行くとしよう。Dubboはニューカッスルからいくには辛い場所だ。シドニー空港に向かう片道三時間の電車にのってから、西へ飛ぶ飛行機に乗らなくてはいけない。


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