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ビル・ミッチェル「赤字財政支出 101 – Part 1」(2009年2月21日)

Bill Mitchell, “Deficit spending 101 – Part 1, Bill Mitchell – billy blog, February 21, 2009.

Part2の邦訳Part3の邦訳


財政赤字を心配するべきではない、とか、赤字は債務でファイナンスされているとは限らない(政府が実際に債務を増やし財政赤字になっているとしても)というのはどういうことか説明してほしいというメールがたくさん来る。そこでこれから数週間にわたってこのトリッキーな問題についていくつかのエントリを書こうと思う。まず、赤字がどのように発生するか、そしてそれが経済にどのような影響を与えるかを説明しよう。まずは、特に次のような考えから自由になろう。「政府が赤字支出をすると、自動的に借入れをする必要が生じ、金融市場(そこには限られた貸出枠しかない)に圧力がかかり、金利が上がって、本来生産に向かうべき民間投資支出が絞られる。」この考えの連鎖は意味を為していないし、容易に却下することができる。だからこれは財政赤字101なのだ。次回は中央銀行が債券(政府債務)を発行する理由の詳細を書こう。

一連の議論では下の図を使う。クリックすると新しいウインドウに表示されるので、議論を読むときに印刷したものを横に置いておくことを勧める。もしこの問題についてのもっと詳しく学術的な議論に興味を持たれたら、私の一番新しい本を読むことを勧める。

Full employment abandoned: shifting sands and policy failures(with Joan Muysken) 2008.

  • 変動相場制。中央銀行は自国通貨を守るための外貨準備をする必要がない。
  • 物やサービスの交換単位に貨幣を用いる。貨幣は不換通貨、つまり交換できるのは通貨のみであり、金本位制のように政府が法的に金(gold)と交換するようなものではない。
  • 主権政府がその通貨の排他的発行権を持ち、同時に納税のために通貨を需要する。この意味で政府はその不換貨幣を独占している。
  • 不換貨幣が使用されるのは、納税その他の政府の需要への支払いとして受け入れられる唯一の単位だからだ。

この図は、政府と非政府部門の間の本質的な構造的関係を示している。まず、中央銀行の政府からの独立という論があるが、財務省と中央銀行のオペレーションを分離する実質的な意義はない。この統合された政府部門が、その経済における金融純資産のポジション(勘定単位での)を決定する。例えば、財務省のオペレーションがもたらす黒字(金融純資産の破壊)を、中央銀行のオペレーションがの赤字(同じ大きさ)打ち消すという具合だ。この両者の組み合わせが金融純資産の水準を決めている。上が正しい限り、中央銀行のオペレーションは非政府部門の金融資産を準備預金から債券に、あるいは逆に債券から準備預金へとシフトさせるのみに過ぎないので、中央銀行は実質的に金融純資産にはかかわっていない。例外として、中央銀行による外貨の売買と、自身の運営費用の支払いがある。政府内での取引に限れば、それらは統合政府部門(財務省と中央銀行)と非政府部門の垂直取引の理解にあたって重要ではない。その件は将来のエントリでもっと詳しく検討しよう。

第二に、海外部門を区別するようにモデルを拡張しても基本的な分析には何ら違いをもたらさないので、国内民間部門と海外部門を非政府部門として統合させても分析する上での損失はない。海外取引は基本的に分配の問題と言える。

この部門間取引を会計的に見ると、政府財政赤字は民間の金融純資産を(非政府部門の貯蓄を増やすことにより)増加させる、黒字は逆に働く。この点についてはさらなる説明が必要だろう。現代貨幣マクロ経済学の基本を理解するにあたって決定的に重要なことだからだ。

標準的な教科書では曖昧にしか扱われないのだが、国民所得勘定の肝はこの恒等式に尽きる – 政府の赤字(黒字)は非政府部門の黒字(赤字)に等しい。有効需要は常に国民所得と等しいので、事後的に(国民所得からの漏出の総計は他部門への投入分に等しいので)、次の部門間等式が成り立つ。

(G-T) = (S-I) – NX

ここで左辺は政府収支で、政府支出Gと税収Tの差だ。右辺は民間部門と海外部門を合わせた非政府部門の収支で、Sは貯蓄、Iは投資、NXは純輸出。統合民間部門は海外部門を含むので、トータルの民間貯蓄は必ず民間投資と財政赤字の和になる。

総体で、非政府部門の金融純資産貯蓄は政府の赤字支出の累積なしには成立しない。閉鎖経済であれば NX=0 であり、政府の赤字は一円たがわず国内民間部門の黒字となる。開放経済の場合は、非政府部門は民間部門が海外部門に分かれ、総民間貯蓄は、民間投資と財政赤字と純輸出の和になる(純輸出は非居住者の金融純資産であるので)。

ここで、非政府部門に金融純資産(純貯蓄)を供給し、民間の貯蓄(金融資産)志向に同時対応し、それによって失業を消すことができるのは、通貨を独占する政府のみだ。政府は純支出(G>T)によってこれができる。さらに、主流派のレトリックとは対照的に、むしろ逆説的に、システマティックに財政黒字(G<T)を目指すと、必然的にその黒字額ぴったりだけ非政府部門の貯蓄が減少する。国内民間セクターの貯蓄を増やすことを目指すならば、純輸出が赤字とすれば、全税収は総政府支出よりも少なくしなければならない。つまり、財政赤字(G>T)にする必要がある。

さて、財政赤字はどのように増えるのだろう? 連邦政府はどのように支出するのだろう。

政府はキャッシュを操作する口座を持っている。日々の支出(G)と、収入(T)をスムースに操作できるように。オーストラリア政府はオーストラリア中央銀行(RBA)に、”多数の銀行口座を管理するための公的口座グループを持っていて、これは the Official Public Account (OPA) Group として知られている。これらの合計が毎日の政府のキャッシュポジションを表す。” (詳細はこちら)。

政府が支出を実行するとき、それは上記口座の借方に、民間銀行システムの中のさまざまな銀行口座の貸方にそれぞれ記帳される。こうして支出の結果として民間銀行の口座に預金が現れる。政府は小切手を切って民間部門の誰かに送り、受け取った人はその小切手を銀行に預けるだろう。このプロセスが電子的に行われても効果は同じだ。

連邦の支出はすべてこのように行われる。まとめると

  • 政府は「紙幣を刷る」ことで支出をするのではない。民間銀行システムの中に預金を作ることで支出している。間違いなく、いくらかの通貨は流通の中で「印刷」されてはいるだろうが、それは日々の支出や徴税の流れとは別のプロセスだ。
  • ここまで最初の債権と債務がどこから来るのかについて言及がない。簡単に答えれば、どこからでもないところから来るのだが、これを完全に理解するためには間もなく書かれるエントリを待つ必要がある。 ここでは連邦政府は唯一の通貨発行主体なので収入に制約されないとだけ言えば十分だ。つまり家計と異なり政府は支出の原資を調達する必要がないということだ。不換貨幣を使うのだ。そして
  • 政府が同時に債務(債権)を発行しているとしても、政府支出の「調達」とは何の関係もない。 – このことについても別エントリで説明されるだろう。

これらの商業銀行は、スムースな運営のためRBAの口座に準備預金を維持している。これら為替決済勘定とか準備預金と呼ばれるものは、一日の終わりの時点ではプラスの残高を維持していなければならない。日中は資金の流れによってある銀行の残高がマイナスになっていることもある。
個々の銀行がいつも一定の残高になるように運営していると考える必要はまったくないのだ。

この準備預金の金利だが、RBAはサポート金利を定め民間銀行の準備預金に対してこれを支払っている。多くの国々(オーストラリア、カナダ、ユーロ圏等)は準備預金のプラス残高に対して、オーバーナイト金利より2.5ベーシスポイント下と低くなると定めた金利を支払っている。準備預金に金利を支払わない国々もある。永続的な過剰流動性を持たせることで短期金利をゼロに近づけようというものだ(2006年半ばまでの日本)。ただし国債の発行や増税がない場合だ。このサポートレートが経済における金利の下限となる。この点は別のエントリで説明しよう。

結局のところ財務省による国の支出は、以下のようなことだ。つまり、財務省が持つ口座のどれか一つに借方記帳することであり(百万ドルとか)、これはすなわちRBAにある政府の準備預金がその額減少するということだ。このことによって、小切手の受領者が民間銀行に持っている預金に100万ドルが生じ、民間銀行の準備預金もその額だけ増えている。

これと文字通り逆なのが徴税だ。民間の口座の借方に記帳され(民間の準備預金が減少)、政府の口座の貸方に記帳されて政府の準備預金は増加する。以上のことはすべて会計処理だけで終わる話だ。徴税はどこかへ行ってしまったりはしない!知らないどこかに保管されるわけではなく、ましてや消費を”ファイナンスする”ためのものではない。政府があらかじめ支出しておいてくれないと民間部門は納税することができないのだ! こんな風に税を考えてみると良い練習になるだろう。それは単に、民間から支払い能力を奪いたいという政府の意向を反映して、非政府部門から流動性を枯渇させるだけのものなのだ、と。

単純な例示で論点を明確にできるだろう。二人だけで構成される経済で、一人が政府部門でもう一人が民間(非政府)部門だ。この政府が収支を均衡させていたら(100ドル支出し100ドル徴税する)、民間側に累積する通貨(貯蓄)はゼロで、その期の民間の収支は政府と同様に均衡している。

では政府が120支出し、税は100のままとした場合であれば、民間は収支を均衡させたまま20ドルの金融資産をためることができる。政府は追加費用の支払いのために20ドルの紙幣を印刷していたとしよう。政府は貯蓄を奨励するために、金利付きの債券を発行するという状況も考えられる。政府の赤字20は民間の黒字20とちょうど等しい。

では、もし政府がこれを続けるとすると、民間の貯蓄は政府の累積赤字は等しいということなる。しかしここで、政府が黒字にしなければならないと決心したとする。たとえば支出は80、徴税を100としよう。すると民間部門は20の支払いをするために何かを政府に売り戻さなければならない。つまり、政府は過去に自分が売った債券をいくらか買い戻すということだ。非政府部門全体の資金調達需要は、金利を通じた政府の適切な反応を自動的に引き出すことになる。

どちらにしても、政府が黒字の時、民間貯蓄はその額だけ減少することになる。政府部門の黒字は民間部門に次の二つの悪影響をもたらす。

  • – 民間部門が保持していた金融資産(貨幣と債券)の蓄えを下落させる。金融資産はすなわち富であるにも関わらず。
  • – 民間の可処分所得も税の黒字分と同じだけ下落する。こういう反論はあるかも知れない。政府の債券購入が民間にキャッシュをもたらすのではないかと。それはそうなのだが、債券の処分は、税の需要が収入をオーバーすることによる資金不足によって余儀なくされたものなのだ。債券を売って得たキャッシュで政府に税を支払う。民間での所得創出や銀行部門を入れて考えたとしても以上の結果は完全に同じになる。

上記の例から、少し考えれば「紙幣+準備預金(マネタリーベース)+民間が持つ国債」が非政府部門の金融純資産となるとわかる。非政府部門は、自身の純貯蓄形成のための資金と政府に対する納税のための資金の双方の供給を政府に依存している、というのが会計的な事実である。

次回は、財政赤字が銀行準備に与える影響を調べ、借入および金利についての神話(借入が金利を上昇させる)を解消しよう。


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