ビンセント・アネシ & ジョバンニ・ファッキーニ 「貿易強制政策」 (2015年8月8日)

Vincent Anesi, Giovanni Facchini, “Coercive trade policy ”  8 August 2015 (VOX, 8 August, 2015)


 

国際貿易紛争においては、不公正な貿易慣行を敷くものと見做された政府に対して強制的措置 [訳注: coercion] が取られることも稀ではない。本稿では、一方的な [unilateral] 強制措置と比べると、多国関与的な [multilateral] それの方が効果的であることの根拠を新たに1つ提供する理論モデルを紹介し、以て国際機関に対するコミットメントを是とする新たな議論を提示する。

国際貿易紛争においては、不公正な貿易慣行を敷くものと見做された政府に対し強制措置が取られることも稀ではない。貿易強制が生じるのは、或る政府 (『発動側』) が、貿易相手 (『標的側』) に対し、これを容れなければ報復的制裁措置を取るぞとの威圧をちらつかせた要求を突き付ける時である。貿易強制は一方的に行うことも、様々な多数当事者関与機関を介して実行することも可能である。一方的強制の場合には、発動側政府は要求を立てた後、(必要があれば) 一方的に報復措置に出る。その際、国際的義務の束縛は解かれている。こういった一方的強制手段の典型例は1974年米国通商法第301条に見られるが、同条により合衆国は、自らの利益に対し不公正であると見做される貿易慣行を有する国家に対して、一方的制裁を課すことが許されている (PucketとReynolds 1996、Schoppa 1999)。他国関与的強制の場合では、発動側は代わりに、貿易紛争解消の為に置かれた国際制度機関の枠組みを利用することになる。この種の枠組みとしてはWTO紛争解決手続 (WTO Dispute Settlement Mechanism) が主要なものであり、その設立以来、何百ものケースを処理してきた。特恵貿易協定の幾つかも類似の制度機関を備えている。例を挙げればNAFTAの紛争解決手続 (NAFTA’s Dispute Settlement Process) やメルコスールの紛争解決手続 (MERCOSUR’s Dispute Settlement Mechanism) がこれである。

一方的および他国関与的強制措置の効果はいかに?

現存する検証結果は限られているが、合衆国の近年の経験に着目した興味深い発見が幾つかなされてきた。特記すべきは、合衆国による貿易威圧 [trade threats] の膨大な実例を精査したBusch (2000) やPelc (2010) による発見で、合衆国による貿易強制措置のターゲットが譲歩する確率が、強制が一方的である時には、それが他国関与的である時に比べ相当低いものとなるというものである。GATT、WTOのいずれも集権的執行力を有するものではないことに鑑みれば、こういった研究結果は実に興味深いパズルを表象するものだといえる。

一方的強制がターゲットの譲歩の確率をこれ程までに減少させてしまうのは何故なのだろうか?

この問いに答える為、我々は最近の論文で或る理論モデルの構築を試みた。これは3つの異なる制度機関的場面において、貿易強制措置の背景に潜む戦略的インセンティブの分析を行うものだ (AnesiとFacchini 2015)。本モデルは2つの国家の間で、すなわち『自国』 と 『外国』 で生じた紛争を描き出すのであるが、『外国』 政府は 『自国』 政府の敷く貿易政策に不満を抱いているという設定だ。貿易強制措置の重要な特徴の一つは、ターゲット側の政府が発動側政府の抱えている内政上の諸制約について典型的に不案内である点にある (例えばBagwellとStaiger 2005)。この観点を取り入れる為に我々は、『外国』 政府に対して輸入競合部門が行使する政治的圧力はプライベートな情報であり、『外国』 政府のみが知っているものと想定する。起こり得る貿易戦争において、こういった政治的圧力は意志決定の強固さ – すなわち、『自国』 側政府に対する貿易制裁の厳格さのことであるが – を決定する上で重要な役割をもつものだ。

紛争解決にあたって国際機関が実際にどれだけ有効性をもっているのかを評価する為には、当の制度機関が存在しなかったら、すなわち、貿易強制措置を管轄する規則枠組みが一切存在しなかったら、どういうことになるのかを知っておく必要がある。この理由から我々がまず最初に調査するのは、一方的強制措置が取り得る唯一のオプションである場面ということになる。『外国』 政府が要求を立てるところからこのゲームは始まる。『自国』 政府は譲歩 (し、要求された関税率を施行、以てゲームを終了) するかも知れないし、あるいは断固拒絶 (し、報復としての貿易戦争を招来) するかもしれない。換言すれば、『自国』 政府はどの程度の譲歩なら認容できるのか、すなわち、『外国』 政府による貿易制裁に直面するよりはまだましだと 『自国』 が考える関税率変更はどの程度のものなのかについて、意思決定する必要があるのだ。またこういった貿易制裁の性質は正確に知り得るものでは無いし、さらに内々に観測されたところの 『外国』 政府の決意の固さに相当程度依存しているのだから、『外国』 政府には、報復措置を回避する為に、『自国』 政府から求められている譲歩に関して過大な要求を突き付け、自らの決意が断固たるものであることを示唆すべきインセンティブが存在する。均衡状態の諸結果 [equilibrium outcomes] に関する我々の性格付けが明らかにしているのは、この様なインセンティブが 『外国』 政府をして、『自国』 政府が同意などしないだろう要求を突き付けるに導き、したがって報復としての貿易戦争を招来するに至るものだということ – それも、双方に有利な政治的譲歩案が現に存在する場合であっても、尚そうであるということだ。本発見は、ターゲット側政府から譲歩を引き出そうとする場面で経験的に観測されてきたところの一方的強制措置の比較的低い有効性に対して、有り得る1つの説明を提供するものである。

本論文で示すように、他国関与的強制措置が譲歩を引き出すか否かを決定する重要なファクターの1つは、発動側政府が、強制の伝達を仲介する国際機関の提供する紛争解決プロセスにどれだけコミットし、これを忌避せずにいられるかという点にある。国際機関に発動側がどれだけコミットすることが出来るか、この点の差異から生じ得る多様な戦略的シチュエーションをモデル化する為、我々は先ほどのモデルの派生形で、明確な個性をもつさらに2つの場合を調べた。1つ目の派生形は、『外国』 政府に国際機関の紛争解決プロセスの忌避が許されていない場合である。結果として、他国関与的強制措置が同国の取り得る唯一のオプションとなる。この派生形における紛争解決のモデルは、『外国』 政府が 『自国』 政府に対し、国際機関が裁定を下すに先立って要求を突き付けさせることによって構築される。こういった想定はWTOでの紛争の協議段階を取り込むことを意図したものだ。『自国』 政府が 『外国』 政府の要求に譲歩しない場合は、当該国際機関が裁定を下すことになるが、他の場合にはなんらの働き掛けを行わないままとなる。我々のねらいは、力の無い国際貿易制度機関 – 要するに、強制力を持たず、報復措置の施行については全く発動側政府に依存している機関のことであるが – の有効性の調査にあるから、『自国』 政府には裁定に従わない選択も許されており、その場合は結果として貿易戦争を招来させることになる。さて、我々の分析結果であるが、国際機関の下す裁定へのコミットメントが譲歩の可能性を高めるものであることが示された。直感的にいって、潜在的な国際機関の裁定は 『外国』 政府が高度の要求を突き付けることによって自らの断固たる決意を示唆すべきインセンティブに上限を画するものだと考えられる。結果として後者の要求はより穏健なものとなるから、『自国』 によって容認される可能性も出て来るのだ。

本モデルの2つ目の派生形では、国際機関の提供する紛争解決プロセスに対する『外国』 政府のコミットメントは、部分的なものに留まる。つまり、同政府はゲーム開始の時点で、さらにここから一方的強制措置かそれとも他国関与的強制措置かのいずれかを選択した上で、それにコミット出来るという訳である。この場面設定は1974年の合衆国貿易法第301条が作り出している状況を把捉するものである。我々が明らかにしたのは、一方的強制のオプションが利用可能であるという事実自体が、『外国政府』 による均衡状態での譲歩獲得を妨げているということだ。実際のところ、一方的強制措置が利用出来る時に他国関与的強制措置を用いるならば、これは『外国』 政府の意志薄弱の印と受取られてしまう。したがって、『自国』 政府に対し断固たる決意を示唆すべきインセンティブが、『外国』 政府をして、先の議論にあった通り、均衡状態での容認が決して望めない様な一方的要求を立てさせることになるのである。

議論と政策的示唆

我々の分析は、強制の結果に対し国際貿易機関もつ影響に関して幾つかの知見を提供する。

  • 第一に、他国関与的強制措置が、一方的強制措置よりも有効性であることを説明する根拠を、新たに一つ提供した。

通説 (Pelc 2010) の示唆するところによれば、一方的強制に対し人びとが覚える不正の感覚、そして世評の重要性こそが、ターゲット側の譲歩を引き出す可能性を低下させるものであるという。

制度機関的制約の下でなされた要求への不服従は、違反者の烙印を捺されるかもしれないという世評上のコストを伴っているが、一方的威圧 – 世界各国から不正と見做されるものだ – に対する不服従は、むしろ有利な世評を生み出すものである。こうして同不服従は、将来再び一方的強制のターゲットとされる可能性を低下させることになる。

我々のモデル分析 [formal analysis] が新たに提示する根拠は、発動側政府のインセンティブが果たす役割に焦点を合わせたものだ。一方的強制が発動側政府をして容認不可能な要求を立てさせるインセンティブを生み出す一方、他方の他国関与的機関へのコミットメントはこういった要求に上限を画すものとなる為、発動側政府が譲歩を引き出すことが可能となるのである。

  • 第二に、GATT / WTOに持ち込まれた紛争の大多数において紛争処理の為の小委員会が一切設立されてこなかったこと、また、小委員会が設立された紛争については、かなりの割合で公式の報告が出される前に終結を見ていること、これに対する説明を新たに1つ提示する。

既存の文献 (BuschとReinhardt 2002) の主張するところによると、早期的譲歩は、GATT/WTO裁定の規範力、および当該規範の違反がもたらす世評上のコストに由来するものだという。詰まるところ、ターゲット側政府がどの様な制定が下されるのかについて不確かであるならば、先手を打って譲歩を選択することもあるだろうというのだ。しかし、我々の場面設定において働いているメカニズムは異なっていた。国際的裁定は、規範的・世評的コストを知らしめるものではなかった。『外国』 政府が自らに対し不利な裁定を予期した場合、同政府は 『自国』 政府が当該裁定に従うだろうと考える。その為 『外国』 政府は、攻撃的戦略を捨て、『自国』 政府が譲歩を厭わない様、より融通の利く態度で要求を立てるようになるのである。

  • 第三に、国際貿易協定を是とする根拠として、新たな案を1つ提示する。

この論題に関する既存の文献の殆どが示唆しているのは、この種の制度機構のメンバーに諸国が加わろうとするのは、関税率から来る交易条件の外部性 [the terms of trade externality from tariffs]、これによって生じる協調問題 [coordination problem] の解決を図ってのことだという (例えばBagwellとStaiger 1999)。

しかし我々の分析によって、こういった選択を促すもう1つ別の力の流れが、貿易強制における情報の非対称性から生じているかも知れないことが明らかとなった。他国関与的システムに中継された要求が一方的要求よりも成果を上げる傾向があるとしたらそれは何故なのか、その説明の裏付けを試みる過程で、我々のモデルは他国関与的制度機構への諸国のコミットメントを是とする根拠を新たに1つ提示している。

  • 第四に我々は、国際的組織へのコミットメントを是とする新たな議論を1つ提示する。

我々の分析によって、発動側政府が一方向主義 / 多国関与主義 [between unilateralism and multilateralism] の選択を可能にする制度機構は、強制の有効性を低減させ得るものであることが示された。こういった考えは夙にPelc (2010) の提唱するところであるが、同人物の示唆によれば、これは一方的強制について人びとが覚える不正の感覚を原因とするものであるとのことだった。我々の研究結果は、こういった感覚ではなく、一方的強制のオプションの存在自体が生み出す『外国』 政府の戦略的インセンティブに由来するものである。

参考文献

Anesi, V and G Facchini (2015) “Coercive trade policy”, CEPR Discussion Paper 10687

Bagwell, K and R W Staiger (2005) “Enforcement, private political pressure, and the GATT/WTO escape clause”, Journal of Legal Studies 34. 471-525.

Bagwell, K and R W Staiger (1999) “An economic theory of GATT”, American Economic Review 89. 215-248.

Busch, M L (2000). “Accommodating unilateralism? U.S. section 301 and GATT/WTO dispute settlement”, mimeo Queen’s University

Busch, M L and E Reinhardt (2000) “Bargaining in the shadow of the law. Early settlement in GATT/WTO disputes”, Fordham International Law Journal 24. 158-172.

Pelc, K J (2010) “Constraining coercion? Legitimacy and its role in U.S. trade policy 1975-2000” International Organization 64. 65-96.

Puckett, A L and W L Reynolds (1996) “Rules, sanctions and enforcement under section 301. At odds with the WTO?”, The American Journal of International Law 90. 675-689

Schoppa, L J (1999) “The social context in coercive international bargaining”, International Organization 53. 307-342.

 

 

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