ポール・クルーグマン「ヨーロッパではダメな意志決定でぞっとする結果が生じてる」

Paul Krugman, “Bad Decisions Yield Grim Results in Europe,” Krugman & Co., August 22, 2014.
[“What’s the Matter With Europe?,” The Conscience of a Liberal, August 13, 2014.]


ヨーロッパではダメな意志決定でぞっとする結果が生じてる

by ポール・クルーグマン

KAL/The New York Times Syndicate
KAL/The New York Times Syndicate

ほんの数ヶ月前,ヨーロッパの緊縮派はせっせと自画自賛にはげんでいた.南欧でほどほどに経済が上向いたのを見て,これこそ自分たちの対応の正しさを裏打ちするものだと宣言していた.ところが,いまやニュースで伝えられる状況はゾッとするほど雲行きがわるい.鉱工業生産は急落を見せ,またしても景気後退にずり落ちるのを心配すべきまっとうな理由ができてしまっている.

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ヨーロッパではこうなってる一方で,アメリカでは,すべてってわけじゃないけど多くのデータ点から,いっそう強い成長が示唆されている.どうしてヨーロッパはこんなひどいことに?

この件では,実はぼくはなにか1つの筋書きに執心してはいない.おそらく,ここにはいくつかの要因がある.

まず,財政緊縮がある.これはすごく景気の足を引っ張ってる.ただ,ここで1つ認識しておかなきゃいけないことがある.アメリカだって,予算上限による自動的削減その他による事実上の財政緊縮が連邦政府のレベルでなされたし,州・地域レベルでも削減がなされた.国際通貨基金(IMF) の構造的財政収支 (structural balance) を使うと,たしかにヨーロッパはアメリカに比べてもっと引き締めているのがわかる.でも,それだって,想像されそうなほど大きなちがいじゃない――たぶん,潜在GDPの 2.5 ポイントだ.

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また,ヨーロッパのファンダメンタルズの方が,大幅にわるい.長期停滞により自然実質利子率を(完全雇用と両立する利子率を)押し下げているかもしれないと懸念していて,また,人口動態は大きな要因だと考えているなら,ヨーロッパはほんとにひどい様相に見える.

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[▲ユーロ圏労働人口の推移]

ヨーロッパはほんとにマジでインフレ予想の下落を阻止する必要がある――というか,ほぼ間違いなく,2パーセント以上の予想インフレ率が必要だ.ところが,欧州中央銀行はアメリカの連銀ほど上手にインフレ予想下落阻止に成功していない.

ここには,過去の政策選択と制度的バイアスについて彼らが語っていることが反映されている.アメリカでは,連銀議長ジャネット・イェレンと彼女の補佐役たちが,「金利を引き上げて結局またしても経済が弱まるハメになる《悪夢のシナリオ》を避けるために,自分たちはインフレが多少上がりすぎるリスクをとる用意があるぞ」という姿勢をかなり鮮明にしている.ところがヨーロッパでは,その悪夢のシナリオが架空の話にとどまっていない:実際に2008年に起きてしまったし,信じられないけど2011年にもまた繰り返している.しかも,国際決済銀行その他にいるサドマネタリスト連中は,相変わらず,アメリカよりもヨーロッパで強い影響をふるっている.

いまなすべき政策の理解について,欧州中央銀行の現執行部が連銀の指導者たちとそれほど大違いだとは思わない.ただ,欧州中央銀行の方は,〔アメリカよりも〕ファンダメンタルズが弱く,わるい前歴があって,しかもずっと強力な金融タカ派分遣隊のいる経済に対して,苦闘しなくちゃいけなくなってる.

これはほんとに背筋が凍る話だよ.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

景気停滞の恐れ

by ショーン・トレイナー

18ヶ国あるユーロ加盟国で最大の経済大国ドイツが急に縮小を見せるなか,ユーロ圏は,第2四半期でも低迷を続けている.ドイツに次いで大きな経済を擁すフランスとイタリアも,今期は伸び悩んでいる.フランスはまったく経済成長しておらず,また,イタリア経済は縮小している.

ユーロ圏のインフレ率は,ほんの 0.4 パーセントでしかない.アナリストのなかには,日本経済を過去20年間苦しめてきたものと同様のデフレのワナにヨーロッパ大陸諸国がまもなく入り込んでしまうかどうかを思案し始めている向きもある.

この状況で,物価下落予想により,消費者たちはお金を使ったり借りたりする意欲を減らしている.これにより,経済の需要は押し下げられ,物価はいっそう下がることになる.その結果として生じるのは脱しがたい悪性の循環で,何年,あるいは何十年とつづく失われた成長につながりかねない.

「こんな風に考えてみるといい」――『ワシントン・ポスト』の記者マット・オブライエンが8月14日にこう書いている.「〔2008年危機から〕6年と半年が過ぎた.それでもユーロ圏[の国内総生産]はこの大不況開始以前と比べて 1.9 パーセントも低い.アメリカ経済が大不況以前の水準にもどるまでには,7年「しか」かからなかった.

欧州中央銀行当局は,対策を求める最近の声に応えて,銀行貸し出しを支援するべく1月にとった対策を引き合いに出して,こうした対応が機能するまでには時間が与えられねばならないと主張した.だが,『ブルームバーグ・ビュー』の論説(8月14日)は,「辛抱は中央銀行では美徳となることは多いが,この場合はそうではない」と述べている.

© The New York Times News Service

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  1. 緊縮財政で景気が後退してしまうなら、とことん後退させた方がいい。
    借金を膨らませ続けないと維持出来ない経済がそもそも壊れてる。

    1. 2012年に組んだ予算が90兆円、そのうち国債費が21.9兆円。

      2015年の予算が100兆円、そのうち国債費が25.8兆円。

      このペースで予算の増大は続くだろう。そして、年金や医療に使う予算31兆円。年金と医療の分野が深刻化するのは、これからが本番。どう見ても日本は詰んでいる。ことの深刻さが明らかになった瞬間、財政破綻と大インフレになるだろう・・・

  2. 基本的に通貨はインフレが正常な状態だと思う。
    通貨はもともと、ただの紙切れで、すぐに手放したいババ抜きのババだから、
    価値の流通手段となるわけで、
    デフレは、本来、価値のない紙切れの買占め、売り抜け合戦というチキンゲームだ。

    問題は、インフレを起こす手段だ。
    インフレ政策によって、人為的な巨大な格差が起きれば弊害は大きい。
    中央銀行から銀行、担保不動産のある企業、という経路で資金を注入して
    インフレを起こそうとすれば、中央銀行から最も離れた存在である庶民は
    保有貨幣価値の目減りという形で、
    最も損害を受けて、インフレ目標政策が貧富の格差を拡大させてしまう。
    中央銀行から、政府に資金を注入して、公共事業を膨らませるという方法では、
    政府が、どれほど公平かが、重要になる。
    まかり間違えば、中央銀行からの資金の注入先を決定できる政治家や官僚が
    巨大な権限を独占し、トップダウンに社会を支配する実質独裁経済になりかねない。
    単純に、一律に中央銀行から国民に資金を分配してしまうのが良さそうだと思う。

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