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ポール・クルーグマン「証拠は無視してインフレを待ちながら」

Paul Krugman, “Ignoring the Evidence, And Waiting for Inflation,” Krugman & Co., March 28, 2014. [“Charge of the Right Brigade,” The Conscience of a Liberal, March 16, 2014]


証拠は無視してインフレを待ちながら

by ポール・クルーグマン

Samuel Aranda/The New York Times Syndicate

Samuel Aranda/The New York Times Syndicate

我が右翼に砲弾[カノン]炸裂,我が左翼に砲弾炸裂――やっぱなしなし.「砲弾[カノン]はみんな右翼に炸裂」っと.

ストーニーブルック大学のファイナンス教授ノア・スミスが,先日,ブログで「金融筋のマクロ正典[カノン]」について書いてる (LINK).これは,お金を刷って赤字財政をやってると歯止めのかからないインフレにいたること必定っていう見解のことだ.さらに,お金を緩和するのが――たとえ不況下の経済であっても――おぞましいワケについてあれこれと言われる主張がこれに加わる.

で,スミス氏は正しい――この見解はいまだにウォール街の多くで主流を占めている.最近も,金融業界の人たちと――トレーダーも含めて――何回か会話したんだけど,インフレの昂進とドルの急落が起こるはずなのに起きていないといって戸惑っていた.なんでも,「専門家たちは全員そろって」そんなことが起こると言っていたんだそうだ.2012年にジョー・カーナンと CNBC の番組「がなりっぱなしボックス」に出演したとき,ジョーはぼくのことを「ユニコーン」だと言った――ジョーには,赤字と量的緩和が急速な過熱にいたると信じていない人間がいるなんて信じられなかったんだ.

さて,ここで1つ面白いことがある.ウォール街でお金を動かしてるほんとにお利口な連中は,こんな正典[カノン]を真に受けてはいないんだ.ゴールドマンサックスの主任エコノミスト Jan Hatzius をはじめとする経済学グループが依拠してるマクロ経済学の枠組みは,ぼくの枠組みとあんまりちがわない.彼らは,金融緩和と赤字のリスクを一貫して論破してる.でも,すてきなアルマーニスーツのお馬鹿さんたちは,それをご存じない.彼らは,自分が思い描いてる「ワイマールの春」〔インフレの昂進〕の見通しを「みんなが」共有してると思ってる.

いっそう奇妙なことに,考え得るかぎり最高に劇的なかたちで現実による検証に失敗したにも関わらず,この正典[カノン]がいまだに主流を占めているってことだ.

アメリカでは,財政赤字のGDP比と,マネタリーベース(流通してる現金プラス銀行準備金)の成長率は,どちらも前例のない水準にまでここ数年で爆発的に伸びている――それでも,インフレ率はどうもなっていないし,どれどころか FRB の目標を下回ってる.

じゃあ,これほど無残に正典の予測が間違ったのに主流の位置から微動だにしてないのは,いったいどういうわけだろう?――とくに,ぼくらユニコーン連中がこの結果をぴったり予測していたってことを考えると不思議じゃないか.

実は,予測の失敗には続きがあるの:「失敗はあっちでもこっちでも起きてる」ってことになってるんだ.一部の人たちは,どうやらこんな風に考えてるらしい.「スペインが今年ちょっぴり回復してる――いまの最良の推計では 1.5 パーセントで成長してるかもしれない――といった出来事は,緊縮批判派にとって大きな失敗で,これは歯止めなきインフレが起きてないことが金融筋の正典にとって失敗なのと同程度のしくじりだった.」 でも,いろんな要因によって,予測を1~2パーセントポイント上回る経済成長が起こるのはときどきあることなんだよ.他方で,マネタリーベースに比例して物価が動くはずだと信じてる人にとっては,マネタリーベースが数倍に増えていながらインフレは2パーセントそこらの伸びにとどまっているってことはどうにも合理化しようがない〔参考〕.

ともあれ,こうして正典[カノン]が主流に居座ってる背景にはなにがあるんだろう?

おそらく,この政策要求は階級利害が説明になるだろう:金融引き締めは,金利生活者がつねに望んでいることだ.でも,このダメ分析の消費者の大半は,お金を稼ごうとしてるのであって,政策に影響を及ぼそうとしてるわけじゃない.じゃあ,彼らにとって,これにはどんな事情があるんだろう?

スミス氏は,知ってるつもり幻想が必要とされてるからじゃないかと言ってる.でも,それじたいは,金本位大好きバカがこれほど完全に主流を占めている理由の説明にならない.どうして,ピーター・「2010年にはハイパーインフレ」・シュリフみたいな評論家どもに耳を傾ける種類の人たちは,経済学者ウォレン・モスラーみたいな人に相手を切り換えてないんだろう?

その理由は,なんらかの意味で政治的なものにちがいない.金融筋の正典は,ある種の偏見に訴えかける.とりわけ,投資すべきお金をもってる怒れる白人男性の偏見に訴えかける.でも,それにしたって,想像できるかぎり最高に決定的な現実世界の検証に失敗しながら,そうした偏見がこれほどまでに揺るぎないなんて,なんともビックリだ.

© The New York Times News Service


Comments

  1. 読みやすい訳をありがとう。気になった点を書きますね。

    「ほんとにお利口なウォール街の連中は,こんな正典[カノン]を真に受けてはいないんだ.」の原文は
    the really smart Wall Street money doesn’t buy into this canon
    直訳すると
    「現実のウォール街の賢明なお金は、このカノンを受け入れてはいない」

    moneyは実際にトレードをしている人のことなので、「ウォール街の連中」となりますが、
    「ウォール街の連中」と「金融業界の人たち」とを区別する工夫をするともっと分かりやすくなると思います。

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