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マイルズ・キンボール「日本銀行はインフレ率を上昇させることに成功しているのか?」

Miles Kimball, “Is the Bank of Japan Succeeding in Its Gaol of Raising Inflation?“, Confessions of a Supply-Side Liberal, (September 7, 2015)

(訳者から) まずキンボール教授のマイナス金利の導入方法について説明されている清水誠さん翻訳のこちらのエントリ「紙の通貨と電子マネーの交換レート設定方法」を読むことをお勧めします。


 

2012年6月29日に「未来の人類の英雄であり、日本の英雄」という記事を書いた。日本銀行が始めたばかりの大規模な資産購入を支持する記事である。いまではゼロ金利下限を取り除いて大きなマイナス金利を課すことの方がはるかに良い方策であると思っていはいるものの、それでも大規模な量的緩和がとてもうまく功を奏したことを興味深く観察している。

日本のGDPは2015年の第2四半期に0.4%縮小した。これは2008年の第1四半期の水準をわずかに下回るものである。とはいえ、日本の人口は減少しているので一人あたりのGDPでみると2008年の第1四半期に比べて1%の増加となっている。トータルで見て日本は大不況の激震から這い上がってくることに成功したといえる。しかしこれからの日本は持続的でしっかりとした経済成長を達成できるのだろうか?

Japan’s Real GDP

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Source: Cabinet Office of Japan. Real GDP shown as the logarithmic percentage above the GDP peak in the first quarter of 2008. 

2012年12月の注目すべき選挙によって安倍政権が誕生し、黒田東彦日銀総裁による、毎年GDPの50%以上の規模の債券や証券の購入にコミットする異次元の量的緩和プログラム発動という金融政策の大きな変化をもたらした。

Prices of Key Components of Japan’s GDP

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Source: Cabinet Office of Japan. Deflators for components of Real GDP shown as the logarithmic percentage above the price peak in the third quarter of 2008. 

アベノミクスは効果があったように思われる。金融政策の重要な目的の一つがインフレ率をデフレから2%インフレへと上昇させることであった。安倍政権誕生前の四半期は物価の最下点であった。2012年の第3四半期以来、家計最終消費支出(青線)、民間住宅投資(赤線)、民間設備投資(緑線)は上昇基調にある。家計最終消費支出と民間住宅投資は2014年の第2四半期に大きくジャンプしているが、これは消費税の大きな増税に起因している。この消費税増税に因る大きなジャンプは金融政策が機能しているかどうかについては何も言っていないので、最終消費支出の増加傾向はそれほど印象的ではない。しかし、企業の支出には消費税はかからないため、民間設備投資は消費税の増税に影響を受けない。安倍政権誕生以来、民間設備投資は安定的に増加していることが分かる1

民間設備投資の安定的な増加と住宅投資の不安定な増加は重要である。なぜなら企業が工場を建て機械を購入し、また誰かが家を建てる時、彼らは支払う利子とそれらの投資や住宅の価値がどれくらいの速さで成長していくのかを比較しているからであり、インフレ率が重要な要素となってくるからである。そしてこれらの投資の意思決定に関係するのが民間住宅投資と民間設備投資の価格傾向なのである。(実は私はBob Barsky、Chris Boehm、Chris Housuらと共に、これらの理由により中央銀行はもっと投資財価格にこれまで以上の注意を払うべきだとする初期段階のワーキングペーパーを書いているところだ。)

日本がいかに首尾よく物価の傾向を反転させたかを見るにはインフレ率の日米比較が適している。下のグラフで線がフラットな場合、当該の指標の変化率がアメリカのものと等しいことを表している。消費税の影響を調整したとしても安倍政権誕生の2012年末以来、消費と設備投資の上昇率はアメリカとあまり変わらず、住宅投資が低迷して見えるのは日本の住宅投資が低迷したというよりもアメリカの住宅投資の上昇率が比較的高かったことを反映していている。

Japanese Price Trends Compared to US Price Trends

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Source: Cabinet Office of Japan. Deflators for components of Japan’s Real GDP shown as the logarithmic percentage above the price peak in the third quarter of 2008 minus the logarithmic percentage of the corresponding US prices above their level in the third quarter of 2008.

日本のパフォーマンスは未だ低水準である。ここまではバラ色のストーリーに聞こえるがそうではない。経済が停滞しているのは悪である。日本の現在の物価上昇の傾向が続いたとしても、設備投資や住宅投資の上昇は日本経済をジャンプスタートさせるに必要な設備投資のブームを誘発するようなゼロ金利が充分に低い金利となるような環境を作ってはいないのである。結局のところ、ここで参照点としたアメリカのインフレの指標も現行の政策変数を操作する余地をFRBに与えてはいない状況なのだ。

どうしたら日本はこの呪縛から逃れられるのか。日本に必要なのは金融政策のさらに劇的なシフト、マイナス金利の導入である。

最近のQuartzコラムで私は金利のいわゆる「ゼロ下限」あるいは「事実上の下限」は取り除くことができるという考えの受容の広まりについて論じている。具体的には各銀行が中央銀行に持つ当座預金(準備預金)の純預入額に対して期限別の現金預入手数料を徴収することで、人々が紙幣を貯めこむ心配なく利子率をいくらでも下げられるようになるのだ。秘訣は中央銀行が銀行にある貨幣を一対一以上の交換比率で将来徐々に紙幣に切り替えていくと約束することにある。そうすることで人々は貨幣を紙幣で貯めこむよりも、現在のマイナス金利を受け入れつつ将来の好ましい交換レートによって現金に転換される銀行預金を選ぶことになるのだ2 。後に利子率がプラスになったときにはこのプロセスを逆転させるか、必要ならば永遠に続けても良い。私は個人的に世界中の中央銀行を訪ねてこのアプローチを説明し、中央銀行のスタッフや責任者にいかにこのアプローチがスムーズに機能するかを説明してきた

私が2013年に日本銀行を訪れて日本経済を復活させるためにゼロ金利下限の除去する方法とマイナス金利の導入方法について説明した時には日本銀行は準備ができていなかった。大規模な量的緩和による部分的な成功と、そこへ至る劇的な選挙結果を踏まえると、日本銀行は深いマイナス金利の導入には至らないように私は思う。しかしこれは日本が活力ある経済へ戻る最初のステップなのだ。


© [September 7 2015]: Miles Kimball. Used by permission according to a temporary nonexclusive license expiring June 30, 2020. All rights reserved.

  1. 訳注: 原文では「家計消費支出」「民間住宅投資」「民間設備投資」はそれぞれconsumption prices、house construction prices、business investment pricesとなっているが、グラフのデータ元である内閣府のサイトによればこれらは訳語の変数に対応しているので、このように訳出した。原文では内閣府のデータをトレンドを見るために対数化の処理を行っているようである。 []
  2. 訳注: ゼロ金利を課す具体的な過程をよく理解できていないため訳出に自信がない。 []

About Takayuki Takinami

Comments

  1. 清水です。早速、リンクを貼らせて頂きました。
    http://supplysideliberaljp.tumblr.com/post/128635412031/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C%E3%81%AF%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AC%E7%8E%87%E3%82%92%E4%B8%8A%E6%98%87%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%AB%E6%88%90%E5%8A%9F%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%8B

    注2についてですが、銀行預金(中央銀行当座預金)にマイナス金利が付くと、常に利子率ゼロの現金が選好されるかもしれませんが、退蔵された現金が預金される時には、中央銀行は手数料を徴収することで現金退蔵の利益を相殺するようにします。キンボール教授の提案では、この中央銀行の現金窓口での課金が時間とともに徐々に変化するものです。

    • Takayuki Takinami says:

      リンク&コメントありがとうございます。

      デフレからインフレに転換するまで紙幣で退蔵させておいた場合にはどうなるんですかね。その場合、そもそもインフレに転換しない、ということは言えるかもしれませんが、紙幣を退蔵させないためには到達しないようなノード(状態)においても預金(電子マネーへの両替)が有利になるようにしておかないといけないと思うのですが。その辺のところを含めよくわからないことが多いので、もっと体系的な説明が欲しいところです。

      訳した部分に関して言うと、原文では

      so storing cash is a worse deal than taking a negative interest rate in the bank but then being able to convert those funds into cash at a favorable exchange rate in the future.

      となっていて、後段のbeing able to convert those funds into cash at a favorable exchange rate in the futureの意味がよくわからなかったです。将来の時点で有利な交換レートで紙幣に戻せるなら、負の金利の間は退蔵し、プラスになったところで預金する方が良くなってしまうように思うのです。それとも預金の履歴に依存してトータルの金利が決まる、ということなんでしょうか。

  2. 瀧波さん以外の読者の方のために、まず基本的なことを復習してみますと、
    ・デフレ不況は総需要の不足であって物価下落はその結果
    ・総需要が不足する時、金融政策で金利低下を誘導し、投資を中心とした需要項目が前倒しされ増えることを狙う
    ・投資が増えて資本蓄積が早まることで成長軌道に載せる
    でしょう。しかし、名目金利にゼロ下限があれば金融政策は効かなくなり、長期の経済停滞になりえます。更には物価下落によって実質金利も上がってしまいます。そこで「リフレーション政策」はインフレ期待を呼び起こしゼロ下限の下で実質金利を下げようとするものですが、問題はどうやってインフレ期待を起こすかでした。この2年間の日本の実験は量的緩和とインフレ目標でも失敗と結論できそうです。

    そこで名目金利のゼロ下限を除いてマイナス金利に誘導したいのですが、そのままでは金利ゼロの現金に資金が流れて投資には向かいません。本文でキンボール教授が投資について特に言及していることに注意して下さい。金融政策によって金融資産の収益をより低めて実物投資に資金を向けたいわけですが、マイナス金利にとって現金だけは厄介です。それには中央銀行の現金窓口で、金融機関の現金引き出しが有利にならないようにすれば良いでしょう。

    ・デフレからインフレに転換するまで紙幣で退蔵させておく場合に対して。
    現金に対する課金方法としては、中央銀行から現金が引き出される時に引出手数料を設定しても良いのですが、キンボール教授の提案ではその代わり現金が預けられる場合の預入手数料を考えています。この預入手数料は、負の利子率に連動して現金の退蔵による利益を相殺するように変化します。ポイントは、政策金利が正に転換した後も暫くは手数料が徴収され続け、現金退蔵の利益が消えるまでフェードアウトさせます。「預金の履歴に依存してトータルの金利が決まる」というのは、「現金を保有している間のマイナス金利の履歴に依存して現金預入手数料が決まる」と考えれば良いでしょう。

    ご指摘のように負の利子率政策は、リフレーションとは違い、わざわざインフレにする必要はありません。ただ、需給ギャップが埋まればそれで良いからです。

    紙幣を退蔵させない状態するためには、マイナス金利で借りて現金で持つことを有利にしなければ良いので、少なくともマイナス金利の銀行預金と同じマイナスの収益であれば良いと思われます。

    翻訳箇所ですが、訳自体に問題は無いと思います。原文に忠実なら、現金の退蔵が悪い選択ということ(訳は銀行預金を選ぶですから同じ)ですが、その理由は銀行預金には負の利子率が付きますが、(キンボール教授の提案では)引き出しには課金されない代わり退蔵された現金を(送金その他のために)銀行預金にするには預入手数料が徴収されるため、「将来の好ましい交換レートによって現金に転換される」ことになります。

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