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モーガン・ケリー, コーマック・Ó・グラーダ 「産業革命初期の帆走速力」(2018年1月27日)

Morgan Kelly, Cormac Ó Gráda, “Speed under sail during the early Industrial Revolution“, (VOX, 27 January 2018)


経済史家のあいだでは (海事史家について事情は異なる) 海事テクノロジーは19世紀中期になって鉄製蒸気船が登場するまでの300年間概して停滞的であったという見方がコンセンサスとなっている。しかしこのコンセンサスがもっぱら依拠するのは、貨物運送コストや航海の長さの変化といった間接的な尺度なのである。これにたいし本稿では、様々な風模様での船舶の速力が時間の経過とともに向上してきた過程に直接目を向ける。英国船舶の速力は1750年から1830年にかけて (もともとの水準が低かったとはいえ) 当初速力の半分にほぼ相当する分の上昇をみた。これは船体の銅板被覆加工、および木製のジョイント・ボルトから鉄製のそれへの移行に負うものである。

産業化突入以前の世界において、数百平方ヤードに広がる軟帆 (canvas sails) をもつそれは、無生物エネルギーを利用する最も効率的な手段であった。すなわち帆船は、19世紀中頃に至るまで西欧世界において欠くべからざる運送テクノロジーであった。こうした船舶の性能向上には軍事的にも商業的にも強いインセンティブがあったことに鑑みれば、Douglass North (1968) の労作以後、経済史家 (海事史家について事情は異なる) のあいだで、19世紀中頃に鉄製蒸気船が登場するまでの300年間海事テクノロジーは概して停滞的だったとの見方がコンセンサスとなっていることは意外かもしれない。

海洋テクノロジーの進歩を測定しようとするこれまでの試みは、貨物運送コストや航海の長さの変化といった要素に着目した、間接的なものにとどまっていた (Solar 2013)。我々の新たな論文ではこれと異なるアプローチを採用し、様々な風模様における船舶の速力が時とともに向上してきた過程に直接目を向けた (Kelly and Ó Gráda 2018)。

今回こうした試みが可能になったのは、野心的ながら不完全な形で終わったCLIWOCと呼ばれる気候学プロジェクトのおかげである (Wheeler et al. 2006)。同プロジェクトは、1750年から1850年にかけての海洋気候状況を、英国・オランダ・スペイン 船舶の航海日誌から28万エントリ分もの記録を収集することで再構成しようという試みだった。これら記録のおかげで該当船舶の所在地・風速・進行方向 に関する日毎の情報が得られるので、一隻の船舶が特定の日にどのくらいの速さで帆走していたかを推定することが可能となる。

図1は、ナポレオン戦争に数十年さきだつ時期の英国海軍 (British Royal Navy) および東インド会社の船舶について日毎の所在地を点示したものである。ここに見られる幾つかの大きな円は、卓越風および卓越海流に乗ったこれら船舶が取った航路だ。赤道上での速力の低さは、その辺りに点が集中している様子から見て取れる。またアフリカ大陸の南端でも、船舶が喜望峰の周りを東向きに進む難しいところで同様の状況が覗われる。

図 1 英国船舶の日毎の所在地

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図2 (非線形的な可能性もある 年度・所在地・風況 のあいだの交互作用を考慮するため、一般化したランダムフォレスト法により推定) は、東インド会社船舶の速力が、戦時中は船団を組んで帆走するため落ち込みが見られるものの、1750年から1830年にかけて向上してきた過程を示している。とはいえ、これら船舶の帆走がそもそも遅かったことも確認できる。1820年代になってさえ和風や疾風時で – 夏の北大西洋における通常の海況 – 5ノットから7ノット程度しか出せていなかったのである。

図2 様々な風速における東インド会社船舶の帆走速力

[訳注: gentle breeze=軟風; moderate breeze=和風; fresh breeze=疾風; strong breeze=雄風]

同様の改善は英国海軍の船舶にも見られたが、対応するオランダとスペインの船舶では事情が異なる。事実、オランダ船舶は1790年になっても1600年の頃と同様に東インド会社船舶の後塵を拝すばかりであり、搭乗者や船員は典型的な航海においてさえすし詰めの環境と熱帯病のためにその5%強が命を落としていた。

英国船舶に見られる以上の相当な改善はどうすれば説明が尽くのか? 1780年代の飛躍は船体の銅板被覆加工に負うもので、これが海藻やフジツボ類による汚損を防止した。また期間全体にわたり帆と索具のたゆまぬ改善も見られた。1790年以降の大きな貢献は、木製に代わる鉄製のジョイント・ボルトの利用増加 (および船楼の段差をもつ従来型の甲板に代わる、防水ハッチ付き平甲板の採用) に由来する。これにより構造的により強固であって、比較的強い風の中でも安全な帆走が可能な船舶が実現した。

また我々はニューヨーク行きおよびニューヨーク発の [英国の] 国営郵便船 (Post Office packets) が必要とした帆走時間に関する記録も入手できた。役人や船員によって密輸 (また時には海賊行為) の隠れ蓑にされることもしばしばあったとはいえ、これら船舶の性能にも時とともに緩やかな向上が見られた。ところが1820年代にアメリカの民間郵便船が登場すると状況は一変する。1840年までに郵便船は1750年とくらべておよそ50%早い速力での帆走を達成するのである ([快走帆船ともよばれる] クリッパー船はこれの50%分早い速力で帆走していた – [クリッパー船]「チャンピオン・オブ・ザ・シーズ (the Champion of the Seas)」 が丸一日のあいだ平均19ノットで帆走したのが1854年。この記録はその後130年間破られることはなかった)。

最も若い世代についていえば、18世紀後期の産業革命はそれが何であれ革命的なものではなかったのであり、イノベーションにせよコットン・製鉄・蒸気といった初期段階で小規模だった部門に限られ、その他の部門は停滞状態から抜け出せずにいたのだ、というのがこれまで経済史家のあいだで支配的な見解となってきた。しかしいま、英国経済全体をとおして広範な進歩が生じた経緯を取り上げた文献がいよいよ増えている。そうした進歩が見られた部門は実に多岐にわたり、陶器・製鋼・印刷および製紙・水力・ガス灯・懐中時計・工作機械などがあるが、本稿で取り上げた海運もその1つなのである。

参考文献

Kelly, M, and C Ó Gráda (2018), “Speed under Sail during the Early Industrial Revolution”, CEPR Discussion Paper 12576.

North, D C (1968), “Sources of Productivity Change in Ocean Shipping, 1600-1850”, Journal of Political Economy 76, 953–970.

Solar, P M (2013), “Opening to the East: Shipping between Europe and Asia, 1780-1830”, Journal of Economic History 73, 625–661.

Wheeler, D, R Garcia-Herrera, F B Koek, C Wilkinson, G P Können, M R Prieto, P D Jones, and R Casale (2006), “CLIWOC, Climatological database for the world’s oceans: 1750 to 1850”, Brussels: European Commission.


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