アレックス・タバロック「大停滞に関する憂鬱な論文:アイディアは見つけにくくなっている」

[Alex Tabarrok, “A Very Depressing Paper on the Great Stagnation,” Marginal Revolution, December 17, 2016]

アイディアは見つけにくくなってるんだろうか? 「なってる」と言っているのがこの論文 [PDF] の著者たち,ブルーム,ジョーンズ,ヴァン・リーネン,ウェッブだ.アメリカの経済成長については,よく知られている事実がある.この100年あまりにわたって,アメリカの成長率は比較的に一定していた.一方,研究者の数は同じ期間にずっと大幅増加を続けている.研究者が増える一方で成長率が一定だということから,アイディアの生産性が下がっているらしいとわかる.ジョーンズがこの論点を主張したのは,ずっと昔の論文でのことだ [PDF].それ以来,この問題がずっと頭に引っかかってる.ただ,アメリカ一国をのぞいて世界の成長率は上昇しているのだから,もしかして,アメリカにはなにか相殺する要因があるのではないだろうか? だが,ブルーム,ジョーンズ,ヴァン・リーネン,ウェッブは,この問題をあらためて考察して,具体的な産業をもっと詳細に調査している.その結果得られた見取り図は,うるわしいものじゃあない.

ムーアの法則(CPUあたりのトランジスタの増加)は,生産性がめざましく伸びていることを示す定番の事例としてよく持ち出される.ムーアの法則が述べているのは,産出側の話だ.だが,ムーアの法則を入力側から眺めてみると,そこに見て取れるのは,アイディア生産性のすさまじい下落ぶりだ.

グラフ4 に示される事実には目を見張る.1970年から25ポイントも研究労力は増加している.この大幅増加が起きている一方で,チップ密度の成長率はだいたい一定しているのだ:ムーアの法則どおりなら一定して指数関数的に伸びることになるが,それを達成したのは,未開拓の前線を切り開くために投入されるリソースの圧倒的なまでの増加だったのだ.

▼グラフ4: ムーアの法則に関するデータ
unmoored
〔註記:研究者の実効数は,主要半導体企業の R&D 名目支出額を高技能労働者の平均賃金で割ってはかっている.ここで使用した R&D 支出額は,インテル,AMD,フェアチャイルド,ナショナルセミコンダクター,テキサスインスツルメンツ,モトローラほか5社による研究費の総額である.詳細は脚注9を参照.〕

見方によっては,ムーアの法則は憂鬱と言ってもいちばん軽度な傾向と言える.というのも,研究者が猛烈に増加したことで,成長率が少なくとも一定に保たれてはいるからだ.他の分野では,研究者が増加しているにもかかわらず成長率が下がっている.

たとえば,農業の産出は伸びているものの,研究者が増加する一方で成長率は一定か下落している.

▼グラフ6: 作物別でみた農業収穫量と研究労力
agyield
〔註記:青線は,グラフ5で示した年間収穫量を5年きざみで平滑化したもの.2本の緑線は「実効的な研究者」を示す:実線は種の効率のみを対象にした R&D にもとづく;破線は,種苗保護に関する研究をそれに加えたもの.どちらも1969年を基準に名目化してある.データソースについては脚註10を参照.〕

1950年から,誕生時に予想される余命(平均寿命)は,10年ごとに 1.8年増えるというおどろくほど安定した比率で伸びてきた.だが,この寿命の伸びをもたらしたのは,ひたすら増加し続ける研究者数だった.たとえば,論文発表数や臨床試験数の関数として見たガンによる死亡件数は下記の通りだ.かつては,臨床試験1件に対して 10万人に約 8人の命が救われていた.ところが,今日では,臨床試験1件に対して10万人に約1人が救われているにすぎない.

lifeexpectancy

しめくくりに,こんな憂鬱な一文をごらんいただこう:

(…)経済成長の全体的な率を維持するためだけでも,経済は13年ごとに研究労力を2倍にしなくてはならない.

ぼくの TEDトークや『イノベーション・ルネサンス』では,発展途上国における市場規模の拡大と富の増加という2つの要因により,研究者数は増え,したがってアイディアの流入も全体として伸びると指摘しておいた.この点は変わらない.それどころか,ブルームらによる研究が正しければ,ますます頭脳を無駄にするわけにいかなくなる.成長を最大化するためには,世界中の頭脳の力を頼りにする必要がある.そのためには,平和な世界と貿易とアイディアの自由な流通が必要になる.

だが,ブルームらの研究は楽観主義を許さない.たとえば,シンギュラリティのアイディアは,成長率が将来まで一定して続くか伸びてゆくことを想定することで登場した.だが,そのためには成長率を下げないためにますます大勢の研究者が必要になる.研究者が払底すれば,成長も減速する.中国やインドが豊かになったことで,研究者数は増えるだろう.だが,研究所がますます充実していっても,成長率の鈍化を一時的に先延ばしできるだけだ.なによりゾッとするのは,成長率が下がるなかで平和な世界と貿易と自由なアイディアの流通を維持できるのか,という点だ.

とはいえ,アイディア生産が難しくなった時期があったからといって,それが永続するとはかぎらない.ただスランプにはまっているだけかもしれない.アイディア生産を改善するアイディアで飛躍的進歩がなされて,成長率が伸びることもありうる.遺伝子操作で IQ を高める技術がうまれて,成長率が劇的に高まるかもしれない.人工知能や脳エミュレーションにより,アイディアと成長率を大幅に高められるかもしれない.とくに,自然の知性を増やすよりもずっとはやく AI や EM をつくれるとなればなおさらだ.この手の話は,すばらしいことに聞こえる.ただ,コンピュータやインターネットでそういう効果がすでに現れているわけでもないとしたら,このスランプを突破するまで,いったいどれほど時間がかかるだろう.

言っておいたでしょ,憂鬱だって.

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