クルーグマン「ドルは大丈夫」

Paul Krugman, “The Dollar Will Be All Right,” Krugman & Co. November 1, 2013.


ドルは大丈夫

by ポール・クルーグマン

Federal Reserve/The New York Times Syndicate
Federal Reserve/The New York Times Syndicate

いやはや.恐怖ネタに変化が起きてるみたい.

「アメリカもいまにギリシャになるぞ,ギリシャだぞ」という叫び声はちょっと落ち目になりつつある.もしかすると,ぼくが対抗して書いてきたことが一因かもしれない.でも,これにとってかわって,「基軸通貨としてのドルの役割が危機に瀕している」という恐ろしげな警告が登場してきている.

やれやれだぜ.一般的に,こういう話をする人たちは自分がなにを言ってるんだかわかっちゃいない――つまり,ドルの役割がほんとのところどういうもので,その役割を脅かしうるのはどんなもので,どうしてそれが重要なのか(実際に重視されている程度に重要なのか),見当もついてない.それどころか,経済論争を続けていくと,たいていは,ドルの国際的な役割を擁護する必要を言い出しはじめる――これはようするに,自分たちがそれ以外の主張で負けていることをしぶしぶ認めているわけだ.

さて,その「ドルの国際的な役割」ってなんだろう? ある意味で,ドルと他の通貨の関係は,お金と他の資産の関係のようなもので,通貨の古典的な3つのはたらき,(1) 交換の媒体,(2) 計算の単位,(3) 価値の貯蔵のスキマをある程度まで埋めている.この3つの役割を語るときには,ドルが私的な意思決定で果たす役割と,公共の行動で果たす役割とを区別した方がいい.そうすると,このページの囲みに示しているようなマトリックスがえられる.

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(※もとの図はこちら

なによりも,ドルは交換媒体としての通貨だ(主に銀行間取引市場での交換媒体):ベネズエラのボリバルをポーランドのズロティに交換したいと思ったら,一般に銀行はボリバルをいったんドルに交換して,それからドルをズロティに交換する.たまたまズロティをボリバルに交換したがってる人が誰かどっかにいないかしら,なんて探しはしない.

全部ってことはないけれど,多くの場合に国際取引の支払いに使われる通貨も,ドルだ.それに,ある程度まで,多くの人はドルやドル立ての資産を保有してる.なぜなら,ドルは他の通貨よりも流動性が高いからだ.

他方で,自国通貨にテコ入れしようと試みてる政府や,引き下げようと試みてる政府は,ドル以外との為替比率を変えようと試みてる場合であっても,ドルとの交換で価値の上げ下げをはかる.国によっては,自国通貨をドルにペッグしているところもある.ただ,いまではそういう国はあんまり多くない.また,各国の政府はドル立ての準備金を保有している.

ある程度まで,ここでのドルの役割は,自立的に強化される反復を反映している:人々がドルを使うのは,ドルの市場が分厚くて(買い手も売り手もたくさんいる)流動性が高いからだ.そして,人々がドルを使うから,市場は分厚く流動性が高まる.この状態の循環的な性質により,おそらく,歴史的な偶発事が重要になる:イギリスが世界の主要経済でなくなってからも,長らくポンドは世界の主要通貨でありつづけた(ただ,イギリスは貿易をたくさんやってたんで,実のところ「主要経済でなくなった」というのもそんなに明快じゃあない).同じ要因から,一時的な期間にわたるインフレや不安定であっても,ドルを永久に基軸通貨の地位から追放しうることが示唆される.

でも,これって,アメリカ人が気に病むようなことなの? なにより,他のどんな通貨であれ,本当にドルに対する脅威になっているとは論じにくい.

それには,資本の自由な移動と深い金融市場が必要になる――資本の自由な移動の条件で,人民元は除外される.ユーロはかつて,有望な代替候補っぽく見えていたけれど,でも,いま欧州の債券市場は国境線で分断されている.だから,ユーロもいまいち見込みが薄い.

でも,ドルが支配をいくらか失ったとしても,だからってアメリカ人が動揺しなきゃならない理由がどこにある? ドルが基軸通貨の役割をもっているから合衆国は劇的に低い金利で借り入れられるってことを示す証拠はない(それに,どっちにせよ,さらに外国から借り入れるのは必ずしもいいことじゃない.)

こんな主張をよく耳にする.「アメリカが永続的な貿易赤字をやってこれたのも,ドルの特別な役割が理由だ」――間違いだよ.だって,イギリスやオーストラリアみたいな他の国も,同じことをやってこれているもの.

アメリカの通貨がアメリカの外でたくさん――自明な理由から,大半は100ドル紙幣の形で――保有されていることで,事実上,アメリカにおよそ5000億ドルの無利子融資がなされていることになるのは事実だ.いいことではあるね.でも,平時においても,これは年間で200億ドルの価値しかない.おおざっぱに言えば,国内総生産の 0.15 パーセントだ.それに,どっちにせよ,ユーロだって,この点ではうまくやってる.こう言ってみようか――南アメリカの麻薬王たちはドルをもってるし,ロシアの成金たちはユーロをもってるけれど,どっちの場合も豊かで巨大な経済にとってはものの数にもならない補助金だ.

要点としては,「ドルの国際的な役割」とか言うといかにも洗練されて重大そうに聞こえるけれど,この手の話について詳しく知れば知るほど,どうでもよくなる.単純に,この議論はたいした問題じゃないんだよ.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

アメリカの政治的な衝突から基軸通貨の問題へ

by ショーン・トレイナー

アメリカドルは,世界の基軸通貨として機能していて,外国で保有されている貨幣資産の60パーセント以上にのぼる.

ところが,このところアメリカで続いた政治的衝突により,ドルに対する他国の信任が揺らぎ,その地位が危うくなるのではないかという懸念が改めて起こっている.

この10月,下院の共和党議員たちがオバマ大統領の医療改革法を撤廃しようと試みた後,合衆国は債務不履行まであと数時間というところまで迫る事態になった.多くの国際的な評論家は,こうしてアメリカが自ら招いた危機に当惑した.この危機が起これば,さらに深刻な世界経済の悪化につながる火だねになりかねない恐れが広がった.中国国営の新華社通信による論説は,代替的な基軸通貨の採用を主張した.この主張は,他の通貨によってであれ,いろんな通貨をもとにした国際的な標準によってであれ,ドルが実際に他に取って代わられうるのかどうかをめぐって議論が起こった.だが,もっとも悲観的なアナリストでも,ドルからの移行には数十年かかると見ている.その主な理由は,大国はすぐさま自分たちのいまもっているドル供給を流動化できないからだ.というのも,大規模なドル売りをしそうな気配がでれば,残りのドル資産の価値がどんどん下がっていってしまうからだ.それでも,一部の国の当局者は,将来の準備金購入を多様化したいと望んでいる.

カリフォルニア大学バークレー校の経済学教授で元IMF職員のバリー・アイケングリーンは,基軸通貨としての地位が失われれば,国内総生産の2パーセントに達するコストが生じると考えている.また,アイケングリーン氏が10月にNBCに語った発言によれば,基軸通貨が取って代わられれば「アメリカは,他国でも自分たちの通貨で事業を行えるという利便を失うことになります.他のどこの国よりも安くお金を借り入れられる能力も失われます.また,安全な避難所としてのドルの地位からくる保険証券も失われます」

© The New York Times News Service

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