サイモン・レン=ルイス「放送メディアはいかにしてメディアマクロをつくりだしたか」(2018年5月14日)

[Simon Wren-Lewis, “How the broadcast media created mediamacro,” Mainly Macro, May 14, 2018]

アメリカメディアについて〔Voxニュースの〕カーロス・メイザがやっている論評シリーズを見ていないなら,ぜひ見てみてほしい.この最新動画では,ニクソンとトランプそれぞれの調査の比較がうまくいかない理由を論じている.かんたんに言ってしまえば,理由はフォックスニュースにある.ニクソンの場合,共和党支持の有権者たちの大半は主流テレビネットワークのどれかからそのまま情報を得ていた.その結果,〔ウォーターゲート事件の〕もみ消しがどれほどのものだったか明らかになると,共和党の政治家たちはニクソンを弾劾するよう共和党支持者からの圧力にさらされた.今日,共和党支持の有権者たちはトランプとその関係者たちへの捜査をはげしく攻撃するニュースを受け取っている.現実から完全に乖離したニュースを,だ.そして共和党の政治家たちは,支持層の見方を反映して,フォックスニュースが繰り出している攻撃路線を踏襲している.

イギリスにもフォックスニュースに相当するメディアはある.だが,イギリスで党派性の強烈なメディアは新聞なので,放送メディアがその影響を緩和する余地がある.だが,離脱キャンペーンのさまざまな嘘を放送メディアが批判できなかったために,EU離脱をめぐって新聞の影響を放送メディアが緩和することはなかった.だからこそ,国民投票はああいう結果になったのだ.だが,EU離脱ではじめてそういう事態が起きたわけでもない.ある新著におさめられたいくつかの論考が示しているように,緊縮でも,放送メディアは右派系新聞の嘘に対抗するどころか逆にこれを強化する役回りを演じた.

〔その新著『メディアと緊縮』で〕ローラ・バスとマイク・ベリーは,イギリスの財政赤字に関する仮想のヒステリーがいかに右派系新聞ではげしかったかを示している.だが,マイク・ベリーが述べるように:

「新聞のように事実より意見を声高に押し立てる姿勢こそ BBC による報道には見られなかったものの,金融市場をなだめるべく予防的に緊縮を行う必要を強調する枠組みで放送を行っていたことには変わりない.」

将来の歴史家は,これを異様な事態だと思うことだろう.標準のマクロ経済学教科書では,景気循環のなかで〔景気後退がやってきて〕産出の成長が下降して税収が落ち込み支出が増加するときに増加する赤字を減らそうと試みてはいけないと教えている:それこそ自動安定装置と呼ばれるゆえんだ.とりわけ,金利が実効的な下限にあるときにそんな赤字を減らそうとするなというのがケインズの教えだったし,現代の理論はこれを確証している.なにしろ記録的な景気後退だったし伝統的な金融政策が無力だったのだから,記録的な赤字になるのは自然と予想がつくことだった.

だったら,どうして BBC その他の放送メディアの大半はこの視点を無視して,逆に私のいうメディアマクロを推奨したのだろう? これが,私じしんが寄稿した文章の主題だ.ここでは,ごく短く一部だけを要約しよう.

  1. 典型的に,ジャーナリストたちは大学にいるマクロ経済学者たちと直接の面識はなかった.例外はほんの1~2例だけだ.放送メディアでみんながよく目にする経済学者たちは金融業界のエコノミストたち (City macroeconomists) で,彼らはさまざまな理由から赤字問題をやたらと誇張した.
  2. たしかに,財政研究所のエコノミストも頻繁に放送メディアに出演した.だが,財政研究所ではマクロ経済学はやっていないし,マクロ経済学に相当するものも持ち合わせていない.当初,IMF は財政刺激を支持していたが,やがてユーロ圏危機の亡霊に取り憑かれてしまった
  3. マクロ経済に関する大学の専門知がジャーナリストたちに伝えられる主な経路はイングランド銀行だった.金利が下限にあるときに緊縮を行う危険性を警告するのは彼らであってしかるべきだった.ところが,当時の非常に上下の階層が強い環境で,マーヴィン・キング総裁が緊縮の強力な支持者となっていたのだ.
  4. おそらくは大学にいる経済学者の多数派が発していたメッセージは――短期的に赤字について心配するのはやめて経済の回復に傾注すべきというメッセージは――ジャーナリストたちの直感に反していたのだろう.とくに,金融パニックが経済を落ち込ませた金融危機のあとではなおさらそうだっただろう.

もっと伝統的な急進的政治経済学の視点もある.イーロン・デイヴィスによるまた別の論考がこれを提示している.それによると,放送メディアも含むメディアは,本質的にネオリベラルの金融部門が重きを占める体制を支持するのをデフォルトの立場にしている.この立場は金融危機によって苦境に陥ったものの,ひとたび危機が収まるとメディアはその機会に乗じていつもの心地よい立場に復帰したのだという.

この政治経済学的な視点を一種のネオリベラル陰謀論だと考えないかぎりは,この2つの説明は両立不可能ではないと思う.デイヴィスがそんな風に考えていないのは間違いない.たとえば,ジャーナリストたちがよく金融業界の専門知識に依拠する理由をデイヴィスは述べている:べつに,そうすべきだとジャーナリストたちに誰かが言ったからではなく,当人たちは持ち合わせていないことの多い専門知識をすぐかんたんに利用しやすくしてもらう必要があるからそうしているのだ.なんのメモ書きもなしに最新の小売りデータを説明してくれないかと大学の経済学者に頼んでみたら,たいていはどうなるだろう.市場でおきたいろんな動きの理由は一般的に知りようがないのにジャーナリストたちが受け取る〔=テレビで金融関係者などが語る〕専門知識は事実であるかのように提示される.その点は,マクロ経済の予想に対するメディアの態度でも同様だ.

中央銀行の役割についても同じ論点が言える.あちこちの中央銀行が緊縮を支持したのは,そうするほかなかったからではない.アメリカでベン・バーナンキのもとで起きたことを見ればわかる.党派対立がきわめて二極化していた議会で,バーナンキの見解はほぼなんのちがいももたらさなかった.それでも,イングランド銀行がもしも緊縮の危険性を警告していたらイギリスにおける緊縮のメディア報道がなにか変わっていたかどうか,私はよく考える.

こうしたことを思いかえしたきっかけは,先日の労働組合会議 (TUC) の行進だ.緊縮後の2015年に行われた選挙の際に,私はメディアマクロが保守派に勝利をもたらしたと論じた.保守派は,経済が「堅調」だという考えを批判するどころかこれをそのとおりだと断定することで勝利した.実際には,データをみれば経済が非常に弱いことはかなり明らかだったにもかかわらずだ.ここでも,労働者と大学の経済学者が言っていたことと金融系エコノミストたちからジャーナリストが受け取っていたメッセージとのあいだには,途方もない隔たりがあった.BBC Trust は,統計に関する調査と同じように,じぶんたちが経済学をどのように扱っているのか調査する必要がある.とはいえ,いまの政権のもとではそれもなされそうにないが.

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