サイモン・レン=ルイス「産出ギャップはもはやインフレ圧力の十分な統計ではない」

[Simon Wren-Lewis, “The Output Gap is no longer a sufficient statistic for inflationary pressure,” Mainly Macro, March 23, 2018]

予算責任局 (OBR) による最新の予想にはいくつか特徴があるが,そのひとつは,持続可能な水準より少し高いところで経済が回っている(プラスの産出ギャップ)と信じているところだ.ここでいう持続可能な水準とは,インフレを一定にする水準を言う.この仮説がどれほど異様か理解するには,下記のチャートを見てもらうといい.たぶんこのブログをはじめてから一番よく掲載したチャートの最新版だ:

これはイギリスの一人当たり GDP(出典)を示している.平均的な繁栄具合を知るのにかなりすぐれた指標だ.赤で示す傾向線は,年率 2.23% 成長となっている.つまり,1955年から2007年にかけて,平均でほぼ 2.24パーセント近くで繁栄は成長してきたわけだ.その後,一人当たり GDP は年率 0.35% で伸びている.もし予算責任局が正しいなら,べつに資源が利用されずにいたり需要が不足していたりするためにこうなっているのではないことになる.

労働者1人当たりの産出に着目しても,トレンドの変化はやはりはっきりしている.なかには,こんな風に言って合理化しようとする人たちもいる――「2007年は景気がよかった.だから,グローバル金融危機 (GFC) のずっとまえから経済成長のトレンドは低下しつづけていたんだ.」だが,グローバル金融危機以前から経済成長トレンドが少しでも下降していたのを支持する証拠はない:OBR の推計によれば,産出ギャップは 2006/7年に 0.7%,2007/8年に 1.8% だ.

グローバル金融危機後も大半の経済学者が以前と同じように産出ギャップについて――経済がどれほど素早く,あとどれほど拡大する余地があるかについて――語っている様は,私には異様に思える.私の考えでは,そういう語り方はかなり間違っている.私がいう「イノベーションギャップ」を見過ごしてしまうのだ:もしも企業が現時点で利用できる最善の技術を利用し始めたなら達成できるだろう産出水準と実際の産出との落差を,私はイノベーションギャップと呼んでいる.現在のところ,大きなイノベーションギャップがあるため,さらに需要が増えたときに,企業は価格を上げるのではなくもっと効率のよい技術に投資することで新たな需要に応えようとしやすい.

グローバル金融危機以前は,イノベーションギャップが比較的に小さかったためにこれを無視できた.だが,危機以後には,イギリスでも他の多くの国々でもギャップは開いてきたにちがいない.なぜなら,グローバル金融危機後に技術進歩が急停止したと仮定するのはいかにも無理があるからだ.グローバル金融危機前と同じ速度ではイノベーションがおきていなかったかもしれないけれども,ほぼ停止してしまったはずもない.ところが OBR の分析ではそう仮定している.よって,イギリスでは,そしておそらくは他の多くの国々でも,大きなイノベーションギャップがあって,超過需要があっても顕著なインフレ圧力につながらなくなっているのだろう.これを支持する証拠は,先進的な企業とそれ以外の企業の生産性の差が開いてきていることに見つかる.

どうして,グローバル金融危機後に大半の企業はもっとも生産的な設備・技術に投資してこなかったのだろうか? おそらく,単純な答えは固定費用と需要だろう.投資計画にはほぼいつでも大きな固定費用の要素が絡む(混乱,再訓練).それに,需要が現場のままであれば効率改善の利得よりもそうした固定費用の方が大きくなってしまうかもしれない.だが,景気後退からの通常の回復では,需要が急速に伸びて,企業はこの固定費用を嬉々として背負いこむ.伸びている需要にとにかく追いつくべく生産能力を拡大する必要があるからだ.一方,弱い景気回復では,多くの企業は生産能力を拡大する必要がないかもしれない.穏やかに需要が伸びても,それは先進的な企業に向かう.最新技術に投資する企業がそうした需要に応えることになる.こうして,前述の生産性落差が生じる.

まったく同じ論証が NAIRU にも当てはまる:NAIRU とは,インフレが一定になる失業水準〔それを上回るとインフレが加速する失業率〕のことだ.さまざまな理由から大半の中央銀行が想定している水準よりもほぼ確実に NAIRU は低いところにある.だが,NAIRU に失業率が近づいたときに起こるのは賃金インフレの上昇以上に投資とイノベーションの増加だろうと私は予想している.投資と生産性成長は手に手を取って進む.OBR の最新予測報告にでてくる良いチャート (p.43) に見て取れるとおりだ.

イギリスにおける大きなイノベーションギャップは,EU離脱によってさらに強化されつつある.将来需要が不確実になればなるほど,企業はいっそう生産性強化のための投資を後回しにしがちになる.関税同盟/EUと財の単一市場を新設するのを遅らせて保守党をとめようとするのは政治的に有用かもしれない(いつもこのブログを読んでいる人ならご存知のとおり,アイルランド国境ゆえにこれは不可避だと私は考えている).だが,その遅延によって生じる不確実性によって,イギリスの成長は押しとどめられてしまう.こうして,EU離脱と,もっと一般的に保守党政権がまたしても経済的に有害となるわけだ.

イギリスでも他の国々でも大きなイノベーションギャップが存在することで,2つのことが必要になる.第一に,金利引き上げに関して非常にゆるい金融政策が必要となる.第二に,イギリスでも,他のほぼあらゆる場所でも,公共部門投資の大幅増加が必要となる.第一点目では,あまりインフレを忌避せず,自分たちがやっていることから独立したこととして維持可能な産出水準を考える独立した中央銀行が必要となる.第二点では,政府が赤字にとりつかれるのをやめて,かわりに将来の国民みんなに投資しはじめることが必要となる.

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