ジェームズ・ハミルトン 「『大恐慌の経済学』 ~大恐慌研究のスペシャリストである経済学者12人は何を語るか~」(2007年5月30日)

●James Hamilton, “Economics of the Great Depression”(Econbrowser, May 30, 2007)


イースト・キャロライナ大学の教授である、ランドール・パーカー(Randall Parker)の『The Economics of the Great Depression』(「大恐慌の経済学」)が(2007年5月中に)出版されたばかりだ。光栄なことに、この本には私へのインタビューも収録されている。

本作は(パーカーが2003年に上梓した)『Reflections on the Great Depression』(邦訳『大恐慌を見た経済学者11人はどう生きたか』)の続編である。前作では、1929年から1939年まで続いた大恐慌(Great Depression)を直に体験した、著名な経済学者たちへのインタビューが収められているが、本作では、大恐慌から半世紀経た地点からあの当時の出来事を理解しようと注力している、経済学者たちへのインタビューが収められている。一例を挙げると、ベン・バーナンキ(Ben Bernanke)やロバート・ルーカス(Robert E. Lucas)、アラン・メルツァー(Allan Meltzer)といった大物たちがインタビューに応じている [1]訳注;他には、ピーター・テミン(Peter Temin)、リー・オハニアン(Lee Ohanian)、クリスティーナ・ローマー(Christina … Continue reading

私へのインタビューを、ほんの一部だが、以下に引用しておこう。

パーカー: 金本位制が支障なく機能するために必要な条件を、マイケル・キットソン(Michael Kitson)がまとめていますが、彼のまとめは正しいと思いますか? 彼は4つの条件を挙げています。まず一つ目の条件は、一物一価の法則が成り立つこと。二つ目の条件は、貨幣需要(貨幣に対する需要)が安定していること。三つ目の条件は、通貨当局(中央銀行)が金の流入を不胎化しない(金準備の増加に伴うマネーサプライの拡大を相殺しない)こと。そして四つ目の条件は、経常収支の不均衡が、(生産量や雇用量といった)数量の変化を通じてではなく、価格の変化を通じて調整(是正)されること。この最後の条件の背後には、「経済は、放っておいても、自然と完全雇用に向かう傾向を備えている」という、ケインズ以前の時代に広く受け入れられていた想定が控えていますが、戦間期にはどう考えてもそうはなっていなかったと言えます。今挙げた4つの条件は、金本位制が支障なく機能するかどうかを左右する条件だと思われますか?

ハミルトン: え~と、どう答えましょうかね。キットソンは、当時の金本位制に関わる重要なポイントの一つを見過ごしているように思えます。金本位制の下では、ドルで測った金の価格(平価)が固定される、という事実がそれです。ドルで測った金の価格が固定されている場合、例えば、ポテトで測った金の価格(金とポテトの交換比率、金の相対価格)が上昇すると、それに伴って、ドルで測ったポテトの価格は下落することになります [2] … Continue reading。つまり、金の相対価格(金と財・サービスの交換比率)の上昇は、一般物価水準の下落(デフレーション)を意味することになるのです。この関係は、金本位制にとどまっている限りは、いかなる場合であっても必ず成り立つ会計恒等式のようなものです。金の相対価格の上昇を説明できたら、一般物価水準の下落(デフレ)を説明できたも同然なのです。大恐慌期におけるデフレの話題をよく耳にする昨今ですが、「デフレというのは、一般物価水準が下落することだ」ということで、一般物価水準の動きだけに目が向けられがちなようです。金に対する需給(需要と供給)に生じた変化なんて瑣末な出来事に過ぎない、と暗黙のうちに考えられているようです。「金に対する需給? 金の相対価格? そんなのは、過去の遺物に過ぎない」とでも言いたげです。しかしながら、そのような見方は、経済学的な観点からすると正しいものとは思えない、というのが私の考えです。金に対する需給にも目を向ける必要があります。当時は、複数の国が金本位制を採用しており、金が国家間の決済手段として通用していたわけですが、金に対する需要の一部は、金本位制という通貨制度に由来するものであったと言えます。それも、その多くは、中央銀行が金準備を手元に蓄えておきたいと考えた結果として生じたものでした。これまで語ってきた話がどうして重要だと思うかと言うと、金に対する需要が増加するのに伴って金の相対価格が上昇すると、デフレが生じることになるわけですが、実際にもそういう事態が起きたからです。金融不安の高まりに伴って、金に対する需要が急増し、それを受けて、金の相対価格が上昇することになったのです。当時の出来事を理解する上では、この点こそが本質的なポイントだと思います。

パーカー: 金の退蔵に向けた動きの高まりについては、1988年にContemporary Economic Policy誌に掲載された貴殿の論文 [3]訳注;この論文の概要(ならびに、それに関連する議論)については、本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 … Continue readingでも話題にされていますね。

ハミルトン: その通りです。そういうわけで、キットソンが挙げている(金本位制が支障なく機能する上で必要な)条件に、さらにもう一つ追加したいところですね。金の相対価格が大幅に変動することはない、という条件がそれです。金の相対価格が乱高下するようだと、金本位制は厄介極まりないシステム(通貨制度)に一変します。というのも、金の相対価格が乱高下するのにあわせて、一般物価水準も乱高下するわけですからね。そんな事態は誰も望まないことでしょう。というわけで、キットソンは見過ごしてしまっていますが、「金の相対価格が比較的安定していること」というのは、金本位制が支障なく機能する上で重要な条件だと思います。キットソンは他にも、国ごとに金の保有量に偏りがあったり、国家間の政策協調が欠けていたりといった問題も指摘していますが、いずれの問題にしても、金の相対価格を高めるのに一役買った要因として括ってしまいたいところですね。金本位制にしがみついていた国で深刻なデフレが生じたのは、金の相対価格が上昇したため。私ならそう語ります。

Fed議長(2007年5月当時)であるバーナンキは、一体何を語っているだろうと興味を持たれるかもしれない。そこで、バーナンキへのインタビューも、ごく一部だが引用しておこう。

パーカー: 大恐慌について、貴殿のご意見を伺いたいのですが、大雑把に問うのではなく、いくつかの細かい質問に切り分けさせていただきます。大恐慌を引き起こした原因は何か? 大恐慌があそこまで深刻な不況となったのはなぜか? 大恐慌があんなにも長引いたのはなぜか? 大恐慌が(世界中を巻き込むかたちで)あんなにも広い範囲に及ぶことになったのはなぜか? 大恐慌から抜け出せたのはなぜか(景気回復が始まった理由は何か)? たった今列挙した質問の中で、今でもミステリー(謎)のままという(答えの見当が付いていない)問いはあるでしょうか? 貴殿の考えをお聞かせ願いたいと思います。

バーナンキ: まったくの謎(complete mystery)と言えるようなものは、一つもないと思います。いずれの質問に対しても、それなりの答えを返すことは可能だと思います。ただし、いくつかの質問に関しては、(政策の量的な効果の大きさをはじめとして)定量的な側面をめぐって、完璧な説明と呼べるようなものはまだ手にしていないとは言えるかもしれません。例えば、一つ目の質問(大恐慌を引き起こした原因は何か?)と二つ目の質問(大恐慌があそこまで深刻な不況となったのはなぜか?)に関しては、貨幣的な要因(貨幣量の収縮)に着目した筋の通った説明が可能ですが、具体的にどこをどう詳しく突っ込んで分析する必要があるかとなると、ようやく見当が付き出した段階です。また、当時の経済システムは、現在よりも伸縮性に富んでいた [4] 訳注;名目価格や名目賃金の伸縮性が高かった、という意味だと思われる。と思われますが、それにもかかわらず、貨幣量の収縮が量的に見てあれほど大きな効果を持った理由についても、やはり少しずつわかりかけてきている段階です。(最後の質問である)景気回復が始まった理由に関しては、金本位制が大いに関係すると思います。アイケングリーンとサックスの共著論文(Eichengreen and Sachs 1985(pdf))で明らかにされているように、金本位制からの離脱と、景気回復の始動との間には、非常に密接なつながりが見られます。しかしながら、景気回復のペースに関しては、金本位制から離脱した国の間でも、かなり大きなばらつきがあります。貨幣量の収縮を余儀なくさせる要因が取り除かれたにもかかわらず、景気回復の勢いが予想されるよりも思わしくなかった国があったわけですが、その理由については、もっと掘り下げて研究する必要があるでしょう。この点について、アメリカのケースになりますが、コールとオハニアンの共著論文(Cole and Ohanian 2004(pdf))をはじめとしたいくつかの研究では、全国産業復興法(NIRA)が果たした役割に目が向けられています。全国産業復興法は、名目賃金や名目価格の伸縮性にたがをはめる(名目賃金や名目価格の硬直化をもたらす)ことを通じて、景気回復のペースを鈍らせる大きな障害の役割を果たした、というわけです。

Fed議長は、即興であるにもかかわらず、私よりも歯切れよくきっぱりとした調子でインタビューに応じているようだ。ビックリだね。ところで、バーナンキが上のインタビューの中で言及している研究についてもっと詳しく知りたいとお思いかもしれないが、アイケングリーン(Barry Eichengreen)にしても、オハニアン(Lee Ohanian)にしても、本書でインタビュー相手に選ばれている。主要な面々を集結させる労をとってくれたパーカーに、大いに感謝せねばなるまい。

(追記)アーノルド・クリング(Arnold Kling)も、パーカーの新作についてコメントを加えている

References

References
1 訳注;他には、ピーター・テミン(Peter Temin)、リー・オハニアン(Lee Ohanian)、クリスティーナ・ローマー(Christina Romer)、バリー・アイケングリーン(Barry Eichengreen)、スティーブン・チェケッティ(Stephen Cecchetti)、ジェームズ・バッキーウィッチ(James Butkiewicz)、マイケル・ボルドー(Michael Bordo)、チャールズ・カロミリス(Charles Calomiris)へのインタビューが収められている。
2 訳注;仮の例として、平価(円で測った金の価格)が「金1オンス=1万円」であり、金1オンスを手に入れるためにはポテト100個を手放す必要がある(金1オンスはポテト100個分の価値がある)としよう。この時、ポテト1個の値段(円で測ったポテトの価格)は100円(=1万円÷100個)ということになる。金に対する需要が増えるか、金の供給が減るかして、金の稀少性が高まり、その結果として、金1オンスを手に入れるには前よりも多くのポテトを手放さなくてはならなくなったとしよう。例えば、金1オンスを手に入れるためにはポテトを200個手放す必要がある(金1オンスはポテト200個分の価値がある)としよう。この時、ポテト1個の値段(円で測ったポテトの価格)は50円(=1万円÷200個)ということになる。つまりは、円で測った金の価格が固定されている場合(現在の例だと、「金1オンス=1万円」)、ポテトで測った金の相対価格が上昇すると、それに応じて、円で測ったポテトの価格は下落することになる。
3 訳注;この論文の概要(ならびに、それに関連する議論)については、本サイトで訳出されている次の記事も参照されたい。 ●ジェームズ・ハミルトン 「金本位制と大恐慌」(2014年4月13日)/「1931年のヨーロッパで何が起こったのか?」(2014年4月17日)
4 訳注;名目価格や名目賃金の伸縮性が高かった、という意味だと思われる。
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