ジェームズ・ハミルトン 「シリア情勢が世界の原油市場の今後に及ぼす影響を探る」(2013年9月8日)

●James Hamilton, “Syria and the world oil market”(Econbrowser, September 8, 2013)


ジェームズ・ハミルトンはカリフォルニア大学サンディエゴ校経済学教授。大恐慌研究、金融政策、計量経済学、石油の価格変動がマクロ経済に与える影響などについての研究を専門としている。Time Series Analysis (邦訳『時系列解析』)の著者。カリフォルニア大学バークレー校にてPh. D. (経済学)取得。


アメリカがシリアに軍事介入する可能性が高まっている(この点については、こちらこちらこちらを参照)が、それも一因となって原油価格が急騰しているのではないかと思われる節がある。

wti_sep8_13 データの出所:WTRG

とは言っても、シリアが原油の重要な生産国だからというわけではない。EIAによると、2010年度におけるシリアの原油生産量は37万バレル/日に満たず、世界全体の生産量の0.5%を占めるに過ぎなかった。民衆の蜂起や禁輸措置もあって、シリアでの原油生産量は今年5月の段階で7万1000バレル/日にまで縮小することになり、世界全体の生産量に占める割合は0.1%にも満たないところまで落ち込んだ。シリアでの原油の生産がさらに減ったとしても、シリア人以外には誰もそのことを悔やみはしないだろう。

n_africa_map

問題は、暴動をシリアの国内だけに抑え込めるかどうかにある。例えば、エジプトの政情も不安定であり、ちょっとしたきっかけで内戦が勃発する可能性がある。原油の国内生産量でいうと、エジプトも世界全体から見ると比較的マイナーな存在でしかないが、エジプトを経由してスエズ運河やスメド(Sumed)パイプラインで運ばれる原油だったり石油製品だったりの量は1日当たりで350万バレルに上る。350万バレルというと、世界全体の油田で生産される原油の4.6%に相当する量だ。

suez_sumed_sep_13 データの出所:EIA

リビアも危うい状況にある。リビアの原油生産量は、今年5月の段階で世界全体の生産量の1.9%を占めていたが、労働者のストライキが勃発したり、軍隊によってエネルギー関連のインフラ設備が占拠されたりした関係で、一日あたりの原油生産量は25万バレル程度にまで落ち込んでいる可能性がある。

table 1

各国の油田における原油の生産量と輸送量(2013年5月段階;「割合」は、世界全体の生産量に占める割合;単位は千バーレル/日):データの出所はEIA

現在のイラクでは、世界全体の生産量の4%に相当する量の原油が生産されている。今後に関しても、イラクは世界全体の原油生産量の伸びを左右する重要なプレイヤーの一角を担うだろうと目されている(イラクで増産が予定されていた原油のうちのいくらかは、シリアを経由するパイプラインで運ばれるはずだった)。しかしながら、イラクでは暴動で多くの人々が命を落とす日々が続いている。さらに、先週金曜日のウォール・ストリート・ジャーナルでは、次のように報じられている。

米軍がシリアを攻撃した場合、バクダッドにある米大使館をはじめ米国の関係機関を攻撃せよ。米政府高官が語るところによると、イラク国内の各地で米軍への報復を仕掛けようとする不穏な動きが見られる中で、イランからイラクのシーア派過激組織に向けてそのような指示が出されたとの情報をキャッチしたという。

サウジアラビアは、(シリアの)アサド政権に対する米国等の強硬姿勢を支持しているが、そういう事情もあって、仮に各地で暴動が広がるのに伴って原油の生産が落ち込むことになれば、国内での原油の生産を増やしてその埋め合わせを図ろうとする可能性がある。しかしながら、サウジアラビアにその気があったとしても、落ち込みを完全に埋め合わせられそうかというと、はっきりしない。もっと大事なこともある。シリアが抱える問題の背後には、サウジアラビアとイランとの緊張関係が控えているのだ。サウジアラビアかイランのどちらかの国内で政情が不安定化するようなことにでもなれば、世界の原油市場に極めて甚大な影響が及ぶことだろう。

これまでに論じてきたリスクを過去の例と比較してみるとしよう。以下の表は、過去40年間に原油生産国で発生した主要な地政学的な混乱とその影響をまとめたものである。例えば、2年前に発生したリビア内戦では、世界全体の2%に相当する量の原油の生産が途絶することになり、それに伴って、原油の価格は20%以上高まることになった。また、2002年~2003年に発生したベネズエラでの暴動と第二次湾岸戦争(イラク戦争)とを合わせると、世界全体の4%に相当する量の原油の生産が途絶することになり、それに伴って、原油の価格が最大で35%も高まることになった。ただし、今挙げたいずれのケースでも、世界経済全体の深刻な景気後退を伴うことはなかった。

table 2

原油の生産が途絶した過去の例:出所はHamilton(2011)

この表のうち、上から4番目までの出来事では、世界全体の6~9%に相当する量の原油の生産が途絶した。その結果、原油の価格は50%ないしはそれ以上も高まり、世界的な景気後退を伴うことになったのであった。

米軍がダマスカス(シリアの首都)に数発のミサイルを打ち込み、そのおかげで世界の安全と安定が取り戻される。そうなる可能性も一方ではあるだろう。

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