タイラー・コーエン 「大統領選挙と鮫」(2012年10月29日、2016年10月29日)/「大統領選挙と雨」(2016年11月4日)

●Tyler Cowen, ““Blind Retrospection Electoral Responses To Drought, Flu, and Shark Attacks””(Marginal Revolution, October 29, 2012)


「『干ばつ、インフルエンザ、鮫の襲撃』に対する有権者の盲目的な回顧投票」。クリストファー・アチェン(Christopher Achen)&ラリー・バーテルズ(Larry Bartels)の二人が2004年に執筆した共著論文(pdf)のタイトルだ。今週か来週あたりに、その真実味が明らかになる可能性があるかもしれない。

民主政治の研究にいそしむ学徒たちの間で長らく信じ込まれている説がある。有権者は、苦難が起こるとその責任を取らせるために、現職の政治家を罰するというのがそれだ。現代の政府は、景気の良し悪しに責任を負っているが、無能な(国家経済の)管理者を引き摺り下ろして有能そうな代わりを(選挙で)選ぶことは、思慮深くて合理的な行為のように思える。しかしながら、現実の有権者がそのように洗練された振る舞い(回顧投票) [1]訳注;「回顧投票」(retrospective … Continue readingをしているかというと、厳密な検証にはとても耐えられない。現実の有権者は、干ばつ/洪水/鮫の襲撃といった神の御業(不可抗力、天災)の責任を取らせるために、現職の政治家を罰することがよくあるのだ。不可抗力であったとしても、「その出来事を引き起こした責任は、現政府(与党)にある」という筋書きが説得力ある話として世間(世俗文化)で流布すれば、有権者はその出来事のせいで鬱積した不満を現職の政治家(あるいは、与党の政治家)にぶちまけ、選挙で野党の政治家に票を投じる可能性がある。天災で痛みを被ると、有権者は、非合理的に振る舞うわけでは必ずしもないものの、科学や政治に対する無知をさらけ出し、天災に乗じて名を上げようと企む野心溢れるデマゴーグ(煽動家)に騙されやすくなってしまう。民主主義の感応性(democratic responsiveness)に対する従来の理解も、回顧投票を合理的な行為として解釈しようとする従来の試みも、現実の有権者の投票行動と相容(あいい)れないのだ。

私もケヴィン・グリアー(Kevin Grier)と連名で、関連する内容の記事をスレート誌に寄稿したばかり[2]訳注;この記事の一部を引用したエントリーは、本サイトでも訳出されている。次がそれ。 ●タイラー・コーエン … Continue reading。ちなみに、今回取り上げたアチェン&バーテルズ論文は、グリアーに教えてもらった。グリアーに感謝。

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●Tyler Cowen, “Do shark attacks really influence presidential elections?”(Marginal Revolution, October 29, 2016)


有権者は、これまで思われていたほどには非合理的ではないようだ。あるいは、これまで思われていたようなかたちでは非合理的ではないようだ。

本稿では、アチェン&バーテルズ(2002, 2016)による目を見張る主張――鮫の襲撃は、大統領選挙の結果に影響を及ぼす――の妥当性を再検証した。その結果はというと、何とも言えないというのがせいぜいのところである。まずはじめに、アメリカでこれまでに発生した鮫の襲撃事件(鮫が人を襲った事件)のデータを洗いざらい集め、1872年から2012年までの間に行われた米大統領選挙のすべてのケースで鮫の襲撃事件がどのような影響を及ぼしたかを郡ごとに調べ尽くしたが、鮫の襲撃事件が現職の大統領(ないしは、現職の大統領が所属する政党)に不利に働いたとの系統的な証拠はほとんど見出すことができなかった。次に検証の対象に選んだのは、1916年の大統領選で再選を目指していたウッドロウ・ウィルソン大統領がニュージャージー州沿岸で起きた鮫の襲撃事件――その事件では、人命も失われている――のせいでその沿岸近くの(ニュージャージー州内の)郡で大きく票を失ったとのアチェン&バーテルズの発見だが、計量モデルの特定化を変えると、鮫の襲撃事件が得票率(ニュージャージー州沿岸の郡におけるウィルソン大統領の得票率)に及ぼしたと考えられる効果の大きさもかなり弱まり、両者(鮫の襲撃事件と、ニュージャージー州沿岸の郡におけるウィルソン大統領の得票率)の間の関係も統計的に有意ではなくなることが見出された。三番目に検証の対象に選んだのは、(ニュージャージー州)オーシャン郡の沿岸にある町の投票結果(同じく1916年の大統領選の投票結果)に関するアチェン&バーテルズの発見だが、町の境界線変更に伴って生じる誤差を修正すると、鮫の襲撃事件が得票率に及ぼしたと考えられる効果の大きさが大幅に小さくなるだけでなく、ニュージャージー州沿岸の他の郡では鮫の襲撃事件がウィルソン大統領の得票率を減らしたという関係は見出されなかった。最後に、鮫の襲撃事件が起きなかった州のデータを使ってプラセボ対照試験を行ったところ、鮫の襲撃事件が得票率に何の影響も及ぼさないようであっても、アチェン&バーテルズが得たのと同様の結果が得られる可能性があることが見出された。鮫の襲撃事件が大統領選挙の結果に影響を及ぼすことを示す説得的な証拠はほとんど見出されず、鮫の襲撃事件が大統領選挙の結果に何らかの効果を及ぼすことが仮にあるとしても、その効果の大きさはかなり些細なようである。

アンソニー・ファウラー(Anthony Fowler)&アンドリュー・ホール(Andrew B. Hall)の共著論文(pdf)のアブストラクトより。この件については、アンドリュー・ゲルマン(Andrew Gelman)もこちらの記事でコメントを加えている。ファウラーは、モンターニュ(B. Pablo Montagnes)との共著論文で、大学のアメフトの勝敗が選挙結果にどういう影響を及ぼすか(pdf)についても検討している(こちらの記事もあわせて参照あれ)。

有権者は極めて合理的だとの結論には飛びつくなかれ。私の考えによると、有権者の耳目を集めて票の行方を左右する力を備えている非合理性というのは、異なるグループ同士の間での社会的な地位の高低をめぐる対立と結び付いているのが通例なのだ。


●Tyler Cowen, “How does bad weather influence elections?”(Marginal Revolution, November 4, 2016)


悪天候は、選挙結果に影響を及ぼすようだ。影響と言っても、具体的にどんな影響を及ぼすんだろうか? エリク・デュハイム(Erik P. Duhaime)&テイラー・モールトン(Taylor A. Moulton)の二人が新理論を提唱しているので、詳しくはそちらをご覧いただくとしよう。以下に引用するのは、彼らの論文のアブストラクト(要約)だ。

「悪天候は、投票率を下げる」という説が政治学者の間で長らく流布しているが、天候の良し悪しが米国内で行われる選挙の結果に及ぼす影響については未だはっきりしない面が残っている。これまでに試みられた最も綿密な研究の結果によると、雨は共和党側に有利に働き、フロリダで降った雨が2000年の大統領選挙の結果を左右した [3] … Continue reading可能性が示唆されている。しかしながら、つい最近になってその結果に疑問を投げかける声が出てきている。雨が降った場合に投票率が下がるのは、非激戦州 [4] 訳注;どの候補者が勝利するかが投票前からあらかじめわかっているような州だけだというのである。本稿では、泡沫候補(泡沫政党から大統領選に出馬している候補者)――往々にして見逃されがちな存在――を支持している有権者の投票行動に着目して、1972年~2000年までの間に行われた米大統領選挙に改めて分析を加えた。悪天候は、投票率への効果を介してではなく――悪天候によって投票率が下がるからというわけではなく――、浮動票を握っている有権者への心理的な効果を介して、最終的な選挙結果に影響を及ぼすというのが我々が得た結論である。悪天候は、激戦州に住んでいて泡沫候補を支持している有権者の一部の心理に影響を及ぼすことを示す証拠が得られているのだ。具体的に言うと、悪天候には、泡沫候補に投票して後悔する(自分の無力さを実感する)のを避けるために、二大政党(共和党&民主党)の候補者のうちどちらか一方に票を投じるように促す効果があるのだ。

来る火曜日(11月8日)に雨が降れば、(リバタリアン党から大統領選に出馬している)ゲーリー・ジョンソンに投じられるはずだった票の一部が(共和党の大統領候補である)トランプに流れる可能性がある。言い換えると、そういうことだ。

デュハイムのホームページはこちら、モールトンのホームページはこちら。二人ともMIT(マサチューセッツ工科大学)のスローン経営大学院で学んでいる最中だ。デュハイムは、来年ジョブマーケットに参戦する(研究者としてのポスト探しを始める)予定のようだ(モールトンはどうなのかわからない)。

References

References
1 訳注;「回顧投票」(retrospective voting)というのは、政権党(与党)の過去の実績に応じてどの政党(の政治家)に選挙で票を投じるかを決めることを指している。例えば、選挙に先立つ数年(あるいは数ヶ月)の間の景気がよければ与党に票を投じ、その反対に、選挙に先立つ数年(あるいは数ヶ月)の間の景気が悪ければ野党に票を投じる、といった投票行動がそれにあたる。
2 訳注;この記事の一部を引用したエントリーは、本サイトでも訳出されている。次がそれ。 ●タイラー・コーエン 「オハイオ州立大学のフットボールチームの勝敗がホワイトハウスへの切符を賭けたレースの行方を決定づける?」(2014年1月9日)
3 訳注;投票日当日にフロリダで降った雨の量がもっと少なかったら、(共和党のジョージ・W・ブッシュではなく)民主党のアル・ゴアが大統領になっていたかもしれない、という意味。
4 訳注;どの候補者が勝利するかが投票前からあらかじめわかっているような州
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