ノア・スミス 「サージェントが語る『経済学の12の教訓』をチェックする ~経済学の内容を要約したものでは「ない」~」(2014年4月19日)

●Noah Smith, “Not a summary of economics”(Noahpinion, April 19, 2014)


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アレックス・タバロック(Alex Tabarrok)〔拙訳はこちら〕とエズラ・クライン(Ezra Klein)の二人が、トーマス・サージェント(Thomas Sargent)――「存命している経済学者の中で一番頭が切れる存在」の有力候補の1人――のとあるスピーチ(pdf)を話題にしている。このスピーチは、サージェントが2007年にカリフォルニア大学バークレー校の卒業式に呼ばれた際に行ったもので、経済学の「教訓」がいくつかリストアップされている。クラインの表現では、「経済学について知っておくべきすべてのこと」が網羅されており、タバロックの表現では、「経済学の内容が要約されている」とのこと。しかし、ちょっと誇張し過ぎじゃないだろうか? サージェント本人は次のように語っている。「この美しい学問が伝える貴重な教訓のショートリストを紹介させていただきます」。サージェントは、経済学の発見を要約しているわけじゃない。「バークレー校の卒業生たち」を念頭に置いた上で、「彼ら(=バークレー校の卒業生たち)が経済学について知っておくべきことは何だろうか?」と彼なりに考えた結果を言葉にしているだけなのだ。

それでは、一体それ [1] 訳注;「バークレー校の卒業生たちが経済学について知っておくべきこと」は何だとサージェントは考えたのだろうか? リストを最初から一つずつ順番に点検していくことにしよう。

1. 仮に実現されたとしたら望ましいのだが、(残念ながら)実現可能ではないという例は数多い。

これは、経済学の基本とも言えるアイデアを語ったものだ。しかし、サージェントがあえてこのことに言及したのには特別な理由があるように思える。

2. 個人も社会もともに、トレードオフに直面している。

これは、先の1に暗に含まれている主張だと言えるが、これだけ短いスピーチであれば、この程度のくどさには目をつむってもいいだろう。

3. 誰もが自らの能力や努力、好みについて、他人よりも多くの情報を持ち合わせている。

経済学において「情報の非対称性」が非常に重要な意味合いを持っていることは間違いないが、サージェントがあえてこのことに言及しているのには特別な理由があるように思える。

4. 誰もがインセンティブに反応する。あなたが助けの手を差し伸べたいと考えている人たちもその例外ではない。セーフティネットが必ずしも意図した通りの結果をもたらさないのはそのためだ。

セーフティネットに対する警告が語られているわけだが、ここにきてようやく、政策に関わる教訓が話題とされるに至っている。

5. 平等(公平)と効率の間にはトレードオフが存在する。

これは、一般的に妥当する主張では「ない」。厚生経済学の第二基本定理によると、特定の条件が成り立つようなら、両者の間にはトレードオフは存在しないのだ。それにもかかわらず、どうしてサージェントは「平等(公平)と効率の間にはトレードオフが存在する」と語っているのだろうか? おそらくその理由は――サージェント本人が明言しているわけではないが、私なりに彼の考えを推測すると――、バークレー校の卒業生たちが積極的に支持するだろう類の政策にはこの種のトレードオフがついて回りがちだと彼なりに考えたからだろう。そのような類の政策 [2] … Continue readingとは、どのようなものだろうか? そのヒントは、上の4で与えられている。そう、セーフティネットだ。

6. ゲームの均衡においては(あるいは、経済が均衡に落ち着いている状況においては)、誰もが皆自らの選択に満足している。善意ある第三者がやって来て状況を変えようと試みても――いい方向/悪い方向のどちらであれ――なかなか事態に変化が表れないのはそのためだ。

先の4と同様に、ここでも政府による市場への介入に対して警告が発せられている。このリストで一体何がテーマとなっているのかが次第にはっきりとしてきたようだ。

7. 誰もがインセンティブに反応するのは、今(現時点)だけに限られるわけではない。将来においてもまたそうである。約束したいという思いはあっても、そうはいかない(約束できない)ケースがあるのはそのためだ。例えば、時間が経って約束を果たさないといけなくなった時に、約束通りに行動することがその人の得にはならないとしよう。そのことが周囲に広く知れ渡っているとしたら、一体誰がその人の約束を信じるだろうか? このことから、次のような教訓が導かれる。約束をする前に一旦立ち止まって、次のように自問してみよう。(約束する時に想定していたのとは)状況が変わっても、自分はその約束を守り抜く気はあるだろうか?、と。このことを実践していれば、名声(reputation)を手にすることができるはずだ。

これは、若者に向けた「良き人生を送るためのアドバイス」のような響きを持っているが、このリストの他の「教訓」を束ねているテーマからはちょっと外れているように思える。というわけで、さっさと次の8番目に移ろう。

8. 政府や投票者もインセンティブに反応する。時に政府がデフォルト(債務不履行)を宣言したり約束を反故にすることがあるのはそのためだ。

個人的な意見だが、現状の経済学では、投票者のインセンティブをそれほど深く理解できているようには思えない(こんなにも多くの人が投票に行くのはどうしてなんだろうか? 自分の一票が選挙結果を左右するなんてあり得ないってわかりきっているというのに?!)。それはともあれ、ここでもまた、社会が抱える問題を解決するために政府に頼ることに警告が発せられているわけだ。上の6, 5, 4, 3, 2, 1と軌を一にしていると言えるだろう。

ここまでくると、サージェントがどうして123をリストに加えたのか――経済学の重要な基本原理だからという理由もあるだろうが、それだけにとどまらない別の理由――が何となく見えてくることだろう。トレードオフの存在に触れることで、サージェントは次のようなメッセージを伝えようとしているわけだ。「苦しんでいる人を助けるために、政府に何とかしてもらいたいとお考えかもしれない。しかし、それにはコストが伴うことをお忘れなく」。さらには、情報の非対称性の問題に触れることで、サージェントは次のようなメッセージを伝えようとしているわけだ。「何が自分にとってベストなのかは、他の誰よりも自分自身がよく知っている。それは、あなたが助けようと思っている相手についても同様だ。そういうわけだから、誰かを助けようと思って政府に行動を願い出る場合には、その人(助けたいと思う相手)のためになるどころか、反対にその人を苦しめる(害する)結果になってしまう可能性があることも頭の片隅に入れておいてもらいたい」。

つまりは、格差の是正や貧困者の救済を目指して善意で行動するリベラル派の人間が、政府による市場への介入を後押しすることに対して大きな警告が発せられているわけであり、そのことがこのリストのテーマとなっているのだ。

9. 次の世代(将来世代)に費用の負担を押し付けることは可能だ。国債(の発行を通じた財政赤字の埋め合わせ)やアメリカの社会保障制度――シンガポールの社会保障制度は別――などは、そのための典型的な方法だと言える。

これは、ある程度までは正しい。というのは、政府がどれだけ大量の国債を発行したとしても、ある世代(現代世代)が次の世代(将来世代)に押し付けることができる実質的なコストの大きさには上限があるからだ。ともあれ、政府による市場への介入には、政府の行動を支持する人たちが想定している以上のコストが伴う可能性がここでも指摘されているわけだ。

10. 政府による支出は、いずれは国民がその費用を負担することになる。費用を負担するのは、今日かもしれないし、明日かもしれない。税金の支払いといったはっきりと目につくかたちでの負担となるかもしれないし、インフレーションを通じた目につきにくいかたちでの負担となるかもしれない。どういうかたちであれ、政府が行う支出は、いずれは国民がその費用を負担することになるのだ。

デフォルト(債務不履行)を選ぶという方法もあるので、完全に正しい主張だとまで言い切れるかは微妙だが、ほぼ正しい主張だと考えていいだろう。それはともあれ、これもまた、(7を除く)これまでのすべての「教訓」を束ねるテーマに完全に沿ったものだ。

11. 大半の人は、公共財の供給や移転支出(特に、自分が受け取る移転支出)に要する費用を他人に負担させたがる傾向にある。

これもまた、リスト全体のテーマに沿っていることは一目瞭然だろう。

12. 市場で成り立っている価格には、多くの取引参加者の持つ情報が集約されている。株価や金利、為替レートの行方を予測するのが難しいのはそのためだ。

これは、良き人生を送るためのアドバイスの一種と見なすことができるが、このリスト全体のテーマからは外れていると言えるだろう(「政府は、資産市場でのバブル潰しに動くべきか否か」という問いが関わってくるようであれば別だが)。

というわけで、全部で12個ある「教訓」のうちの10個は、政府が格差の是正や弱者の救済に向けて市場に介入することへの警告というかたちをとっているわけだ。サージェントが――彼自身は、クリントナイト(クリントン支持)寄りの民主党支持者であるにもかかわらず――バークレー校の卒業生たちを前にして、そのような警告を寄せた理由を探るのはそんなに難しくない。バークレー校はリベラルな気風の大学として有名であり、サージェントがスピーチを行った2007年当時はなおさらそうだった。そのような大学の卒業生が、福祉の改善を実現するための手段として、他の人たちよりも熱心に政府に頼るとしても不思議ではないだろう。

そのことを勘案すると、サージェントのスピーチには何の問題もないと言えよう。仮に私が東京大学の卒業式に招かれてスピーチすることになれば、サージェントとまったく同様の話をすることだろう(ところで、東京大学を運営なさっている責任者にお知らせだ。私のスケジュールには、今のところかなりの余裕があるようですよ)。

しかしながら、この種のリストを「経済学の内容を要約したもの」として喧伝するのは、経済学という学問にマイナスに働くのではないかと思われてならない。というのも、そのように喧伝していると、経済学は、特定の政治的な立場を代弁するものであり、共産主義への対抗イデオロギーを提供することがその役割だとの評価が下されかねないからだ。1960年代においてはある程度そういう役割を担っていたのかもしれないが、今日の経済学者(あるいは、優れた経済学者)が手掛けている研究の大部分は、資本主義イデオロギーのチアリーダーを務めることには捧げられてはいないのだ。共産主義が政治的な脅威としての存在感を失う間に、経済学は独自の発展を続け、今ではテクノクラート的な色彩のかなり強い分野として変貌を遂げるに至っている。そして、その過程において見出された新理論や新発見は、「政府vs.市場」という図式(問い)がそれほど単純なものではないことを明らかにしている。サージェントも当然このことはよくわかっているはずだ。サージェントは、特定の聴衆――夢見がちで、うぶで、善意に燃えるバークレーのヒッピー(と見立てた若者たち)――を相手に、自分のなすべき役割を果たしただけに過ぎないのだ。ブロガー諸氏に告ぐ。サージェントのリストを指して、「経済学について知っておくべきすべてのことが網羅されている」だの、「経済学の内容が要約されている」だのと喧伝するのは、おやめいただきたい。

References

References
1 訳注;「バークレー校の卒業生たちが経済学について知っておくべきこと」
2 訳注;「平等」と「効率」という2つの目標を同時に追い求めることができない(言い換えると、「平等」という目標を達成する(格差を是正する)ためには、「効率」を一部犠牲にせざるを得ない)ような性質を持つ政策
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