ハンス・フェリクス・ミュラー「紛争介入の経済学」

Hannes Felix Mueller”Foreign intervention and the economic costs of conflict: A micro perspective” (VOX, February 16, 2014)

ミクロ研究を通じて暴力的紛争の経済的効果の把握を試みているあらたな研究分野がある。本稿では、紛争の経済的費用のより優れた評価を行いひいては軍事的あるいは外交的介入の便益を政策決定者へ知らせるためには、国家間比較研究とミクロ研究の協力が必要であるということを主張する。


世界銀行によれば、15億人以上の人が暴力的紛争にさらされている国家に住んでいる。紛争にさらされている国家は、貧困の他、経済的厚生が停滞ないし悪化さえしているという特徴を持つ (World Bank 2011)。こうした関係を考慮すれば、国家の脆弱性や内戦が開発議論において中心的な話題となったことには何ら不思議はない。紛争と貧困とのつながりは、発展途上国に対する外交的及び軍事的介入への追加的な論拠ともなっている。

しかしながら、相関は因果関係ではない。貧困が紛争を招くという可能性はあるし、実際それは紛争が経済的衰退を招くというのと同じくらいかなりありえそうなことだ。したがって、紛争が経済に影響をあたえる具体的な経路を特定することが重要となる。

比較的新たな研究分野において、ミクロ研究を通じて暴力的紛争の経済的効果の把握を試みている。その文献は暴力的紛争の社会への効果を詳細に特定することを可能にしており、これは今まで不可能だったことだ。しかしながらミクロ研究は、地域や紛争の規模がそれぞれ非常に具体的かつ大きく異なったものからなっている。例えばAcemoglu, Hassan and Robinson (2011)では、ロシアの都市におけるホロコーストによる発展への効果について研究を行っており、Akresh, Bhalotra, Leone and Osili (2012) は1960年代のナイジェリア内戦、Besley and Mueller (2012) は現代の北アイルランドをそれぞれ研究している。

この分野の明らかな欠点はしたがって、その発見を他の状況へと適用することが困難であるということだ。ここにおいて標準的な国家間比較研究とミクロ研究の協力が必要となる。前者はミクロ研究を別の状況へと適用するための枠組みを提供し、ミクロ研究による発見を新たな事例へと当てはめることを可能にする。(軍事的あるいは外交的な)介入が暴力的紛争の勃発ないし激化を防ぐという仮想的な「もしも」のシナリオを作り上げるに際し、ミクロ研究が政策決定者へと情報提供を行うにあたってはこうした研究間の協力が必要となる。そうした場合にのみ、紛争の経済的費用と介入の費用の比較は可能となるのだ。

紛争の経済的費用

紛争の経済的費用の計測にあたっては、持続性の役割を第一に理解することが決定的に重要である。1年間の内戦でさえ、その効果が持続的である場合には一国の経済を麻痺させる力を秘めている。暴力の効果が持続的ならば、それによる割引経済損失 [1]訳注;よく将来の利益を現在価値に直すように、将来における損失の大きさを割引率(通常は金利)を使って現時点での大きさに換算したもの。 は大まかに言って紛争の間の損失の約10~20倍になる。 [2]原注1;この計算では、約5%の割引率と30年間という期間を仮定している。

過去の研究は、持続性の度合いが比較的低いことを示唆している(Mueller 2012を参照)。 Blattman and Miguel (2010)では、爆撃行動による資本ストックの喪失を被る地域は経済的な回復が可能であり、事実回復するということを示唆するいくつかの研究を引用している。これは近年の学術研究が明らかにしてきているところの、暴力による子供への破壊的かつ持続的な保健衛生効果とは対照的だ。この研究の解釈によると、子供のころに暴力にさらされた人は、そうした年1年あたり1.2%~3.4%の恒常的な所得の喪失を被る。教育への影響を直接的に計測した他の研究は、内戦にさらされた子供が内戦1年あたり0.2年~0.24年の教育を恒常的に失うということを示唆している。これは2.6%~6.1%の恒常的な所得喪失を意味する [3]原注2;これらの数字はAkresh, Bhalotra, Leone and Osili (2012); Akresh, Lucchetti and Thirumurthy (2012); Bundervoet, Verwimp and Akresh (2009); Case and Paxson (2008); Ichino and … Continue reading 。したがって比較的短い暴力の事例であっても、労働生産性に対し長期的な影響を与えうる。またこれが資本蓄積にも同様に影響するということも注意すべきだ。この経路を通じ、紛争時における人道的災害は将来における経済的負債となる。

紛争は大量の人々を国内で移動させ、輸送を阻害させる。平均すると、戦闘に付随する暴力によって殺された人ひとり当たり22人以上の人が難民となる。暴力への恐怖と労働者の不在は、93%の労働費用上昇がもたらす。影響を受けた企業は、生産や輸送における問題によって輸出を行うことが出来なくなる。そうした企業の輸出は約50%下落する [4]原注3;数値はKsoll, Macchiavello and Morjaria (2010) and Martin, Mayer and Thoenig (2008)に基づく。 。対外貿易全体としては恒常的に30%下落することとなり、それはすなわち暴力が収まった後においても阻害された貿易は完全には回復しないということだ。難民の移動と貿易の落ち込みはともに、紛争の費用が他の国にも広がることを意味する。

紛争にある国の経済は投資不足に陥る。 [5]原注4;数値はBesley and Mueller (2012), Fielding (2003) and Singh (2013)に基づく。 住宅のような固定資産の価値は、内戦が始まると20~40%下落する。暴力自体の勃発によって非住宅建設は10.8%下落し、機械設備への投資は26%落ちる。農業投資の落ち込みは12%~56%である。これらの効果は、紛争後の平和が将来への期待を大きく変更する場合にのみ可逆的なものとなる。平和がもろいものであるなら、投資が戻ることはない。この事実は再建と平和構築への取り組みを設計するにあたってとりわけ重要となる。安定とはみなされない平和は経済回復を妨げるのだ。

紛争はまた、政治的態度や選好に対する効果によっても長期的な影響をもたらす。 [6]原注5;Bellows and Miguel (2006); Blattman (2009); Rohner, Thoenig and Zilibotti (2012) and Voors et al (2012)を参照。 最近の調査や実証研究は、影響を受けた人々の政治的関与やリスク負担行動が増加し、またそうした人々の貯蓄意欲は減退することを見出している。こうした変化の一部は好ましいものである可能性はあるが、選好の変化全体としては資本蓄積にとって好ましからざるものだ。とりわけても憂慮されるのは、共同体内における帰属意識や政治活動の増大が、その他一般に対する信頼の低下や民族的な分断の強化を伴う可能性があるということだ。紛争は民族グループ同士の経済的相互活動を低下させ、そうしたことによる新たな紛争の可能性を高める。

国家間比較のデータは、「ベンチマーク」の内戦が毎年一人当たりGDP成長を3.3~8.1パーセンテージ・ポイント減少させることを示している。ミクロ研究が発見した数値の大きさを考慮すると、こうした数値は比較的妥当である。しかしながら、数値の大きさは上述した経路に応じて上下する。例えば、紛争によって引き起こされた人道的危機の程度は、長期の人的資本蓄積の良い予測材料となるはずだ。

いつ介入すべきか

政治面での論議で重要となるものの一つは、介入の時期だ。例えば、キャパシティ・ビルディングを通じてある国家が内戦を予防するのを助けたり、紛争が勃発した後に介入するというのでは、どちらがより費用効率が良いだろうか。

このトレードオフへ取り組む一つの方法は、予防と待機の選択に関する単純なモデルを構築することだ。次の4つの要素のみ考慮するモデルを想像してみてほしい。すなわち、紛争の費用、紛争の予防費用、紛争が発生した場合の介入費用、予防しなかった場合に紛争が勃発する確率だ。図1aはメインのトレードオフをグラフで示している。ここではX軸に事後的な介入の期待費用(紛争が発生した場合のみ)をとり、予防費用をY軸にとっている。破線は所与の費用と紛争の確率のもとで、介入と待機の無差別線 [7]訳注;どちらの費用もイコールでどちらを選んでも同じとなるところを示す線。 を示している。予防費用がこの線の下にある場合には即座、すなわち紛争が勃発する前に介入することが最適となる。全ての費用の組み合わせが破線の上にあるのであれば、最適な政策は状況が進展するのを待つということになる。

図1a:介入 VS 待機

mueller fig1 14 feb

持続的効果の重要性をこのモデルで示すことは簡単だ。持続的効果が高ければ、それは紛争の経済的費用が高いということを意味する。図1bはそれを無差別線の上方シフトによって示している。ここではより多くの状況において紛争へ即座に介入するほうが良いことになる。

図1b:紛争費用の上昇

mueller fig2 14 feb

さらに、予防なしに紛争が勃発する(予測の)可能性の非常に重要な役割をモデルは明らかにする。この可能性の上昇は図1cで示されている。ここで無差別線は上方シフトするとともに、反時計方向に回転している。予防措置はここで、無差別線上昇によって増大した紛争の費用と事後的な介入の費用双方を防ぐのだ。

図1c:紛争確率の上昇

mueller fig3 14 feb

このモデルは紛争の勃発直前、すなわち紛争の確率が高いものの被害規模が見えていないという時期において、予防措置はもっとも費用効率が良くなるということを示している。しかしながらこうした考えの実際上における問題は、紛争の確率と紛争の予防費用には密接な関係がある可能性があるということだ。ひとたび事態が制御不能に陥れば、平和を構築するのはより難しくなる。紛争のリスクや様々な介入の費用についての理解が、意思決定においては不可欠だ。

注意

外部からキャパシティ・ビルディングを行うということは、政治的権力を握っている者たちの手により多くの抑圧のリソース [8] … Continue reading をもたらすということを意味する。したがってキャパシティ・ビルディングのための海外援助は、抑圧を支援するということと引き換えに武力紛争を予防するという危険がある [9]原注6;Besley and Persson (2011)では、行政の制約をPolity projectのデータを用いて計測している。Polity … Continue reading 。行政権力の高度な制度的制約は、援助によって構築された能力を権力の座にあるグループが濫用するインセンティブが薄いということを意味する。

二つ目の大きな注意点は、したがって私たちは様々な種類の介入の効力について確固たる証拠をほとんど持っていないということだ。対暴動措置が最近ある程度の注目を集めてきてはいるが(例えばBerman, Felter and Shapiro 2011を参照)、キャパシティ・ビルディングのような予防措置は評価するのがずっと難しいのである。

予防措置の分析は、紛争リスクの信頼性ある計測によって大きく進む可能性がある。紛争リスクの優れた計測は、学術研究にとって有用であるだけでなく、上述されたように政治過程を支援するものでもあるのだ。紛争及び仲介事例研究(CAMEO;Conflict and Mediation Event Observation)や事例、言語、段階の世界データベース(GDELT;Global Database of Events, Language, and Tone)などのオープンソースの試みが助けとなる可能性はあるが、紛争を予知するためには理論とデータの双方が必要となる。

参考文献

●Acemoglu D, T Hassan and J Robinson (2011), “Social Structure and Development: A Legacy of the Holocaust in Russia”, Quarterly Journal of Economics, 126(2): 895-946.
●Akresh R, S Bhalotra, M Leone, and U Okonkwo Osili (2012), “War and Stature: Growing Up during the Nigerian Civil War”, The American Economic Review, 102(3): 273-77.
●Akresh R, L Lucchetti, H Thirumurthy (2012), “Wars and Child Health: Evidence from the Eritrean-Ethiopian Conflict”, Journal of Development Economics, 99(2): 330-340.
●Bellows, J and E Miguel (2006), “War and institutions: New Evidence from Sierra Leone”, The American Economic Review, 96: 394-399.
●Besley; Timothy and Hannes Mueller (2012), “Estimating the Peace Dividend: The Impact of Violence on House Prices in Northern Ireland”, The American Economic Review, 102(2): 810-833.
●Besley; Tim and Torsten Persson (2011), “The Logic of Political Violence”, Quarterly Journal of Economics, 126(3): 1411-1445.
●Berman; Eli, Joseph Felter and Jacob Shapiro (2001), “Can Hearts and Minds Be Bought? The Economics of Counterinsurgency in Iraq”, Journal of Political Economy, 119: 766-819.
●Blattman; Christopher (2009), “From Violence to Voting: War and Political Participation in Uganda”, American Political Science Review, 103(02): 231-247.
●Blattman; Christopher and Edward Miguel (2010), “Civil War”, Journal of Economic Literature, 48(1): 3-57.
●Bundervoet, Tom; Philip Verwimp, and Richard Akresh (2009), “Health and Civil War in Rural Burundi”, Journal of Human Resources, 44 (2): 536-563.
●Case; Anne, and Christina Paxson (2008), “Stature and Status: Height, Ability, and Labor Market Outcomes”, Journal of Political Economy, 116 (3): 499-532.
●Fielding; David (2003), “Modelling Political Instability and Economic Performance: Israeli Investment During the Intifada”, Economica, 117: 159-186.
●Ichino, Andrea and Rudolf Winter-Ebmer (2004), “The Long-Run Educational Cost of World War II”, Journal of Labor Economics, 22(1): 57-86.
●Ksoll; Christopher, Rocco Macchiavello and Ameet Morjaria (2010), “The Effect of Ethnic Violence on an Export- Oriented Industry“, CEPR Discussion Paper 8074.
●León; Gianmarco (2012), “Civil Conflict and Human Capital Accumulation The Long-term Effects of Political Violence in Peru”, Journal of Human Resources, 47, 4.
●Martin; Philippe; Thierry Mayer and Mathias Thoenig (2008), “Civil Wars and International Trade”, Journal of the European Economic Association, 6(2-3): 541-550.
●Mueller; Hannes (2012) “Growth Dynamics: The Myth of Economic Recovery: Comment”, The American Economic Review, 102(7): 3774-77.
●Mueller; Hannes (2013), “The Economic Costs of Conflict”, IGC Working Paper April 2013.
●Singh; Prakarsh (2013) “Impact of Terrorism on Investment Decisions of Farmers Evidence from the Punjab Insurgency”, Journal of Conflict Resolution, forthcoming.
●Rohner D, M Thoenig, and F Zilibotti (2012), “Seeds of Distrust: Conflict in Uganda“, CEPR Discussion Paper 8741.
●Voors; Maarten, Eleonora E. M. Nillesen, Philip Verwimp, Erwin H. Bulte, Robert Lensink, and Daan P. Van Soest (2012), “Violent Conflict and Behavior: A Field Experiment in Burundi”, The American Economic Review, 102(2): 941-964.
●World Bank (2011) World Bank Report: Conflict, Security, and Development.

References

References
1 訳注;よく将来の利益を現在価値に直すように、将来における損失の大きさを割引率(通常は金利)を使って現時点での大きさに換算したもの。
2 原注1;この計算では、約5%の割引率と30年間という期間を仮定している。
3 原注2;これらの数字はAkresh, Bhalotra, Leone and Osili (2012); Akresh, Lucchetti and Thirumurthy (2012); Bundervoet, Verwimp and Akresh (2009); Case and Paxson (2008); Ichino and Winter-Ebmer (2004) and Léon (2012)を元にしている。計算はMueller (2013)が行った。
4 原注3;数値はKsoll, Macchiavello and Morjaria (2010) and Martin, Mayer and Thoenig (2008)に基づく。
5 原注4;数値はBesley and Mueller (2012), Fielding (2003) and Singh (2013)に基づく。
6 原注5;Bellows and Miguel (2006); Blattman (2009); Rohner, Thoenig and Zilibotti (2012) and Voors et al (2012)を参照。
7 訳注;どちらの費用もイコールでどちらを選んでも同じとなるところを示す線。
8 訳注;援助によって開発された能力を抑圧的な政府が濫用するという趣旨と思われるが、単純に援助資金が政府に流れるという解釈もできたため、原語のResourcesをそのまま使った。
9 原注6;Besley and Persson (2011)では、行政の制約をPolity projectのデータを用いて計測している。Polity projectでは、多数の国の政治制度を1~7段階にランク付けしている。
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