ポール・クルーグマン「技能不足説というゾンビ」

Paul Krugman, “The Skills Zombie,” The Conscience of a Liberal, March 29, 2014.


技能不足説というゾンビ

by ポール・クルーグマン

2008年以来の経済論争でなにがいちばん苛立たしいって,影響力ある人たちがほんとに深刻な問題をそっちのけでいかにも深刻そうに聞こえる問題について語りたがるところだ.現実はずっと変わってない――ぼくらの経済が低迷してるのは十分に支出がなされていないからだし,総支出を増やすことならほぼどんなことでもやる必要がある.ところが,政策担当者や評論家たちは「つらい意志決定」だの「困難な選択」だのについて聞きたがって,「ひどい問題だけど,かんたんな答えがあるみたいですよ」という意見は遠ざけてしまう.

もちろん,そういう事例のなかでもいちばん破壊的なやつは,財政赤字への妄執だ.この妄執は,2009年終盤からごく最近まで,権威筋の思考をすっかり支配してくれたし,いまだに枯れ果てることなくダメな分析の源泉となっている.そりゃまあ,赤字をガミガミいう連中の多くは,たんに債務パニックを利用して社会保険プログラムをつぶす口実にしてるだけだった.でも,財政赤字削減を支持する人たちの多くは,「財政危機がせまっている」と心から信じているのでないとしたら,あたかもそう信じてるかのような言動をするのが重要だと感じてる連中だった.なにしろ,つらい意志決定やら困難な選択やらを下す人間ってのは,そういうことを言うもんだと期待されていたからね.

余談だけど,これと同種のマッチョ政策好みはああも多くの人たちがあれほどまでに知っておくべきこともまともに知らないままイラク戦争を支持した重大な理由だったとぼくは見てる.

財政赤字妄執は,ちょっぴり薄らいできてる.ただ,これ以外の妄執はまだ健在だ.新しく出たEPIレポートをみてもらうと,これと別のいかにも深刻そうに聞こえる教説がいまだにどれほど論議を支配してるか思い出すいいきっかけになる――その教説とは,「大問題があれこれとあるのは,いま不可欠な技能が労働力に欠けているせいだ」というもの.

こいつは,ずいぶんなゾンビ教説だ――何度も繰り返し証拠で反駁されていて,もうとっくにくたばっててしかるべき教説のくせに,まだヨロヨロ徘徊し続けてる.EPIレポートは,製造業の調査からすごく興味深い証拠を提示している.でも,技能不足仮説をデータが支持しないってことを示したのは,べつにこれが最初ってわけじゃない.証拠にもとづいて技能不足って話を却下してるのは,労働関係のシンクタンクや進歩派だけじゃない.ボストン・コンサルティング・グループも,独自に調査している.その調査で技能不足がありそうな兆しが見つかったのは,華々しくも何ともない熟練ブルーカラー職種だけだった:

BCG の定義にてらして,アメリカの製造業中心地50のうち,顕著または深刻な技能ギャップが見受けられるのは,5つのみだった(ルイジアナ州バトンルージュ,ノースカロライナ州シャーロット,テキサス州サンアントニオ,カンザス州ウィチタ).もっとも供給が不足している職種は,溶接工,ミシン工,産業機械工である.

読者のなかには,例の話を思い出す人もいるだろうね――大いに需要があって賃金が急騰してる技能のほんとに明快な例は……ミシン工だった

まぎれもない共和党員の Eddie Lazear は,証拠を検討してこれと同じ結論にたどり着いている (PDF).

それなのに,技能不足説はいまだに,見識あるとされる議論に登場しつづけている.これもやっぱり,真剣な人間が言うべきことみたいに聞こえるからだろうね.

かなしいけど事実はどうかっていうと,需要不足で生じた災難にはかんたんな経済学的答え(「とにかくもっと支出を!」)がある一方で,政策エリートの心理として,総じてこの答えをあくまで信じようとせず,そのかわりに厳しい選択を探し求めてしまう.その結果,そんな心構えから揺すぶり起こされるようなことが――たとえば戦争なんかが――起きなりかぎり,不況はえんえんと長引いてしまうわけだ.

© The New York Times News Service


※関連する内容の NYT コラム: “Jobs and Skills and Zombies,” New York Times, March 30, 2014.

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