ポール・クルーグマン「早すぎる利上げは破滅的になりかねない」

Paul Krugman, “Raising Rates Too Early Could Be Disastrous,” Krugman & Co., December 19, 2014
[“Jean-Claude Yellen,” The Conscience of a Liberal, December 10, 2014.]


早すぎる利上げは破滅的になりかねない

by ポール・クルーグマン

Kirsten Luce/The New York Times Syndicate
Kirsten Luce/The New York Times Syndicate

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[▲ 食品・エネルギーを除く個人消費支出(1年前の同じ四半期と比べたパーセント変化]

連銀はまちがいなく金融引き締めに向けて動き出しつつあるようだ.でも,インフレ率はいまだに目標値を下回っている.『エコノミスト』誌でライアン・アベントが言ってることに,ぼくも賛成する:もし利上げをやれば大失敗になる――ちょうど,欧州中央銀行総裁ジャン=クロード・トリシェが2011年にヨーロッパで利上げに踏み切ったのと同じ大失敗,スウェーデン中央銀行の早期利上げと同じ失敗,そして2000年に日本がやった利上げと同じ失敗になるだろう.

連銀当局もそう考えてるとみんなは見てるだろうね.実際,ぼくもそうにらんでる.連銀の人たちもわかっていながら,まちがった方向にみすみす追いやられるに任せてるんじゃないかな.この点はすぐあとに.

まず,政策の中身について:要点は,「アメリカ経済はいまだに完全雇用からはるか遠いところにある」っていう衆知のことじゃあない.肝心なのは,リスクをはかりにかけることだ.あまりに早くに利上げをやった場合の損害は,利上げがあまりに遅くなった場合の損害を圧倒的に上回る.

連銀の利上げが後手に回ったとしよう.すると,まあインフレ率は上がるだろうけど,おそらくそう大幅には上がらない.やっかいで困ったことながら,ドルを毀損しやがってとお叱りの議会公聴会が開かれるだろう.でも,それは大した問題じゃない.

他方で,連銀が利上げしてみたら,実はまだまだ早かったとわかったとしよう.この場合,あまりにあっさりと破滅的な事態が現れかねない.

このとき,経済は低インフレの罠に陥りかねない.この罠にはまると,ゼロ金利だろうと物事が回るのに不十分になる――これこそ,いま日本に起きてることだ.それに,ユーロ圏でもかなりはっきりと起きている.また,不況が長引けば未来のアメリカ経済の生産能力に多大な損失を強いることになりかねないと危惧すべき強力な理由もある.

「そういうリスクはそこまで大きくないよ」って話を聞かされたら,こんなことを考えてみるといい:かつては,「2パーセントのインフレ率ならゼロ下限の底を打ってしまうリスクを最小限に抑えるのに十分足りる」と言われていた――どの年にも,そのリスクは5パーセントを下回るだろうって話だった.ところが,実際には,インフレ率が2パーセントくらいに下がってからだいたい20年になるけど,その間に,流動性の罠にはまって経過した期間は6年におよぶ――つまり,30パーセントだよ! つまり,金融政策を時期尚早に正常化しようって要請に押されて,この罠から脱出する好機を逃すことは大いに恐れるべきなんだ.

ここで大事なことは,連銀議長のジャネット・イェレンも副議長のスタン・フィッシャーも他のスタッフたちも,このことを承知してるのはぼくもわかってるってこと.イェレンたちは,近年の歴史やそれに関連する経済分析もよく知ってる.じゃあ,イェレンたちがああやって修辞の上で早期利上げの地盤固めをやってるように見えるのは,どういうわけだろう?

ぼくの推測を言うと――推測にすぎないよ――緩和への攻撃をたえまなく受け続けることで,おそらくは知らず知らずのうちに,イェレンたちは服従に追い込まれているんだ.「連銀の低金利政策は市場をゆがめて,インフレ圧力を高め,金融の安定を危険にさらしているのだ」って警告する人たちを重用して,金融報道をはじめ多くのブログやケーブルテレビの金融ニュースが毎日のようにそういう意見を流している.金本位制をよしとする主張は,どれほど馬鹿げたものだろうと,敬意を込めた注目を集めてる.連銀に対する非難はやむことがない.

もしぼくが連銀当局の人間だったら,いつしか「このタコ殴り状態が終わってくれないかな,いっときでもいいから」って願うようになるだろう.そうするうちに,もしかすると,「ぼくはインフレ推進の貨幣発行野郎じゃないですよ」って証明する機会を探りだすようになるかもしれない.

というわけで,ぼくの推測では,アメリカの雇用市場が改善してるのを受けて,連銀はほんのちょっと利上げすることで批判者どもをたった数ヶ月でも静まらせて,いくばくかの安寧を買いたいって誘惑に強くかられているんじゃないかと思う.

でも,利上げを支持する客観的な材料はありゃしない.時期尚早な引き締めのリスクは巨大だ.ほんとに堅固な景気回復をモノにするまでやるべきじゃない.その「堅固な景気回復」には,力強い賃上げと,目標を上回るインフレ率が明らかに軌道に乗ることが含まれる.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

利上げへの道程

by ショーン・トレイナー

この数ヶ月で,アメリカの景気回復をはかる指標は上昇している.そうした指標のなかでも,11月に発表された雇用レポートはとくに力強かった.こうして好調を伝えるニュースがでたのを受けて,アナリストたちのなかには,「連邦準備委員会は予想より早くに利上げに踏み切るかもしれない」と予想する人たちも現れている.だが,インフレ率はまだまだ低い.

今週,連銀議長ジャネット・イェレンは連銀は従来からの2015年中頃あたりの利上げ予定の軌道にあるとシグナルを送ったが,その一方でいわゆる「インフレタカ派」たちはこの予定を早めるべきだと長らく主張し続けている.だが,経済学者のなかには,こう論じる人たちがいる――「時期尚早な利上げをやれば経済の勢いを殺してしまったり,あるいは,永続的な低インフレにアメリカを追いやってしまうことになりかねない」

金利が低くなるとお金を借り入れるコストは下がる.これにより,投資と雇用創出にはずみがつく.だが,金利が低すぎる状態があまりに長引くと,「てがるなお金」の過剰供給で経済バブルとインフレにつながりうる.

経済に過熱の気配を看取したら,連銀は利上げできる――そうすれば,新しい投資は減少することになるだろうし,わずかに失業も増やすことになるだろうが,経済が過熱しはじめるなかでの利上げは,いっそう深い経済問題を避けるための方策だ.

2008年の金融危機に対応して,連銀は可能な限り金利を引き下げた.だが,緩和の刺激効果は,アメリカの経済的苦痛の大きさに釣り合うことができなかった.主要な政策プールを使い果たした連銀は,非伝統的な手段の実施を余儀なくされた.そうした手段には,数回におよぶ量的緩和が含まれる.

批判する人々は,この政策の組み合わせによってアメリカは凶悪なインフレに見舞われるだろうと一貫して論じ続けている.だが,その一方で,インフレ率はいまだに歴史的な低水準にある.

© The New York Times News Service

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  1. 「ところが,〈実際には〉インフレ率が」
    in factを訳してね。

    used to be told「とぼくらは考えていた」は「とぼくらは教わってきた」と直訳したほうが、「ところが実際には」との対照がでやすいかも。

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