ポール・クルーグマン「時期尚早の利上げに反対」

Paul Krugman, “The Case Against Raising Rates Too Early,” Krugman & Co., October 10, 2014.
[“Wages and the Fed,” The Conscience of a Liberal, October 3, 2014.]


時期尚早の利上げに反対

by ポール・クルーグマン

Brandon Dill/The New York Times Syndicate
Brandon Dill/The New York Times Syndicate

予想以上に事態がよくなってることを示す最新の雇用レポートがでてから,ぼくのメールボックスにいっぱいメールがきてる.見てみると,連銀は「正常化」の速度を速めるべきだという声や,もうすぐ正常化がはじまるはずだという予測が書かれてる.でも,「まだまだ待つべし」説はいままでどおり強固だし,それどころか,ちょっとばかり強くなってすらいるかもしれない.

前にも説明しようとしたことがあるけど,連銀の政策には大事なポイントが2つある.1つは,アメリカの労働市場がいまどれくらい人余りでゆるいのかってこと.もう1つは,労働市場のゆるさを過大評価して「まだまだ」と待っている間に利上げのタイミングが遅くなってしまった場合に生じる影響は比較的に小さい一方で,労働市場の人余り状況を過小評価して時期尚早に利上げした場合の影響はとてつもなく大きくなりうるってことだ.

1つ目のポイントについて:労働市場がどれくらい人余りになってるのか,実はよくわからない.新しい推定値を見せて,「ほら,x パーセントの人余りがありますよ」なーんて言わないでほしい.大勢のおりこうな人たちがおりこうな推定をあれこれとやってるけど,その人たちの意見は一致していないし,自分が聞きたい話を数字が語ってくれるまで,どんな経済統計だろうと本気で信じる人なんていない.(ごめんよ,だけどこれが現実なの.) 事後にふたを開けてみるまで,労働市場のゆるさについては大してわかりゃしない.インフレ率の伸びや,とくに賃金の伸びが顕著に現れてるのを見てみるまで,ホントのところはわからないんだ.

2つ目のポイントについて:連銀が動き出すのが遅くなりすぎてしまった場合,しばらくの間,インフレ率は勢いを増してしまうかもしれない.高めになってしまったインフレ率を下げるのには,痛みをともなう(でも,ほんとはインフレ目標はいまよりもっと高い方がいいんだけどね).だけど,利上げを時期尚早にやってしまう場合と比べたら,その痛みはささやかなものだ.早すぎる利上げでデフレの罠に突入してしまったら,そこから抜け出すのはほんとにほんとに難しい.自分が連銀当局にいると思ってみてよ.一晩あけてみたらコアインフレ率が3パーセントになってましたって場合と,目覚めたら欧州中央銀行総裁のマリオ・ドラギになっちゃってましたって場合をくらべたら,前者の方がいいでしょ?

〔ここから配信記事で省略されていた部分/〕
さて,最新の雇用レポートからインフレについてなにがわかるだろう? 賃金の伸びはこんな具合:

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[▲全従業員の1時間あたり平均賃金を示す.タテ軸は前年からの変化(%).金融危機後に2%前後のままであることから賃金の伸びが加速していないことがわかる]

賃金と物価のスパイラルがビンビンきてるでしょー(棒)
〔/ここまで〕

失業率が下がってきてるのに賃金の伸びが加速してないのがフシギだって人がいるかもしれない.この点は,まさに「労働市場がどれだけゆるゆるなのかホントのところはよくわかんない」って論点をいっそう強化するんだよ.

2008年の金融危機前に,賃金の伸びがすさまじかったと思う人はいるかしら? 「そうは思わないよ」って言うなら,労働市場の人手不足がきびしい状況をしばらく続けて,2008年の水準にまで戻す必要があると考えなくちゃいけない.

今回の雇用レポートを見ても,すぐさま利上げすべきと考える材料はひとつもない.

というか,今年じゃなく2015年であろうと,利上げすべきって考える理由がぼくにはてんで理解できない.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

いい知らせ,わるい知らせ

by ショーン・トレイナー

9月に,アメリカの失業率は 5.9 パーセントにまで落ちた.国内経済で,従業員総数に 24万8,000件の雇用が加わったおかげだ.今回の低下で,無職者の率は2008年以降で最低にまで達している.これを見て,アナリストたちのなかには,連銀にすぐさま,未消化の債券購入プログラムを停止して金利引き上げの検討をはじめるべきだと提唱する人たちもいる.だが,多くの経済学者たちは,労働市場にはいまも低調さを示すしるしが見られると警告している.

経済学者たちは,よく,労働市場を「締まり」と「ゆるみ」で語る.この用語は,経済で労働者がどれくらい超過して余っているかを表すのに使われる.「ゆるい」市場では,失業中の労働者や,しかたなくパートタイムに甘んじている不完全雇用の労働者たちがたくさんいて,企業側はより低い賃金を提示できる.ゆるい労働市場では,従業員の代わりを見つけやすいからだ.「締まった」労働市場では,あぶれている労働者の数が少なくなっているために,企業どうしでより高い賃金を提示して競争する必要がある.

アメリカでこのところ失業率は下がっているものの,賃金は9月も横ばいで,景気後退以来かんばしく伸びていない.インフレ率の高まりに追いつけないでいることも多い.名目ではなく実質で見ると,下から90パーセントの労働者たちの賃金は2009年以来下がり続けている.コレを見て,経済学者たちは労働市場が締まってきていると言って意味があるのかどうか,疑問視している.

それに加えて,労働市場のきびしさに求職意欲をなくして,仕事探しをやめてしまっている潜在的労働者たちは,公式の失業率に含まれていない.また,できることならフルタイムの仕事につきたいがパートタイムの仕事に就いている人たちも,公式の失業率には入っていない.たしかに公式の失業率は下がっているが,就労率はほんの 62.7 パーセントにすぎない.景気後退前の 66 パーセントから少なくなっていて,1978年以来で最低の数字となっている.ここから,仕事に就きたいと思っている多くの労働者たちは労働市場から完全に撤退してしまっているらしいのがうかがえる.

「雇用が減るよりは増えた方がいいし,じりじりと減少に転じてしまうよりは,やや伸びるのを維持できた方がいい」と,『ニューヨーク・タイムズ』(10月3日)の論説欄にテレサ・トリッチは書いている.「だが,9月の雇用レポートをみても,それ以前のレポートを見ても,安定したよい給料のいい仕事がたくさんあるというしるしは,まったく見えない.大半のアメリカ人にとって,状況は意味のあるような改善を見せていないのだ」

© The New York Times News Service

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