ポール・クルーグマン「格差をよくよく見てみると」

Paul Krugman, “Taking a Closer Look at Inequality,” Krugman & Co., March 21, 2014. [“The French Comparison,” The Conscience of a Liberal, March 9, 2014]


格差をよくよく見てみると

by ポール・クルーグマン

Andrew TestaThe New York Times Syndicate
Andrew Testa/The New York Times Syndicate

IMF の研究者ジョナサン・D・オストリー,アンドリュー・バーグ,カラランボス・G・タンガリーディスの3名が書いた,再分配と成長に関する論文 (pdf) について,ずっと頭をはなれない懸念についてぼくも何か書くと約束しておいた.著者たちの結論によれば,少なくとも普通に行われている範囲の再分配政策にはマイナスの効果はなく,格差を減らすことから,プラスの効果をもたらすことも大いにありえるそうだ.

ぼくの懸念を言い表すには,こうした問題についてお気に入りの比較をもちだすのが便利でいい.その比較とは,アメリカとフランスの比較だ.

「なんでこの2国なの?」 なぜなら,いま問題にしているのは,明らかに同じくらいの技術力水準にある先進国でありつつ,すごく異なる社会政策を選択してきた社会だからだ.とくに,フランスはたんに再分配をより多くやってきただけでなく,時がたつにつれてその再分配を拡大して全体の格差拡大を制限してきた国であるのに対し,アメリカはそうしてこなかった国だ.

さて,この新たな金ぴか時代に,両国の運命はどうわかれているだろう? 経済成長は,フランスの方がいくぶん遅かったけれど,新聞でひっきりなしに伝えられる悪評からみんなが予想しそうな破滅的状況からはほど遠い.(一人当たり国内総生産のグラフを参照)

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でも,さらに驚くことに,成長率とちがって,フランスの1人当たりGDP水準は,アメリカのそれと比べて大幅に低い.

オストリーらの研究についてぼくが主に懸念しているのがこれだ.「強力な再分配主義政策は産出水準を減らす」と誰かが考えているとしよう――ただし,「減らす」と言ってもこれは一度きりのシフトであって,永続的に成長を抑制するわけじゃない.で,この人は,成長への影響がないという研究結果を受け入れつつ,産出に対する深刻な効果は信じ続けるわけだ.

さて,この論文を書いたIMFの研究者たちは,この反論に対して,回帰分析に一人当たり GDP の現在の水準を含めることで答えていると言えるだろう.彼らの分析は,一人当たり GDP がアメリカより低い国は,他の条件が同じならアメリカよりはやく成長しているはずだ,ということを示している.ということは,再分配が〔GDP〕水準を抑制する効果は,そういう早い経済成長が実現しないというかたちで現れるはずだ.でも,その議論で十分いいのかどうか,どうもぼくは心配になってる.

興味深いことに,フランスの伸び悩みは,低い生産性の問題よりも低い労働投入の問題だってことだ(2つ目のグラフ参照).この低い労働投入の事情をじっくり見てみると,再分配全般じゃなくてある特定の政策がもたらした結果らしいのがだんだん見えてくる:その政策とは,早期の退職をうながす年金制度だ.フランスの年金制度の規制により,フランス国民はぼくらアメリカ人よりも短い労働時間とずっと長い休暇をとっている.

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全体として,ぼくはいまでもこの IMF 論文にほぼ説得されている.でも,リベラルが好んで考えそうなほどには,きれいなスラムダンクを決めたってわけじゃない点は,認めておく必要があると思うな.

© The New York Times News Service


【バックストーリー】ここではクルーグマンのコラムが書かれた背景をショーン・トレイナー記者が説明する

富をひろめる

by ショーン・トレイナー

国際通貨基金 (IMF) は,2月26日にレポートを公表した.所得格差と富の再分配が経済成長におよぼす効果に関するレポートだ (pdf).この論文の著者は IMF の研究部門の責任者であるジョナサン・オストリーと経済学者アンドリュー・バーグとカラランボス・タンガリーディスで,彼らはこう結論づけている――より平等な社会の方が,より急速な成長を経験する傾向があるし,穏当な再分配政策は経済の拡大を阻害しない.

この研究の過程で,著者たちは世界各国で新しい税制が施行される前後の格差データを研究している.平均で見ると,格差の度合いが大きい国ほど成長は遅くなっているし,そうした国の経済が成長を見せているときにも,総じてもっと不安定だったのを著者たちは見いだしている.

また,著者たちによれば,大半の再分配政策施行はいかなるかたちでも経済成長に直接の効果はもたらさなかったのがわかったという.他方で,今月,『フィナンシャルタイムズ』に寄稿した論説で,オストリー氏はこう述べている――「穏当により再分配的な」税制は,時間が経つにつれて「より平等な所得分配をもたらす――そして,それが今度はより高い成長率につながるのだ」

彼はつづけてこう記す:「場合によっては,格差の拡大に対して敗北主義的な態度で対応がなされたこともあった.しかし,格差を前にしてなにもしないでいることが標準的な政策対応として正当化されるとは,ありそうにないと思われる」

『エコノミスト』誌は,最近,「すべての船をもちあげれば上げ潮になるのか?」と題した記事で,この IMF の研究を検討している:「のぞましい再分配の水準を達成するのに,おおむね馬鹿げている方法がある.無作為に財産を没収し,そのお金を無条件に中流所得の家庭にばらまくのに使うのは,新興市場経済の政府運営に好んで使われる方法だ.だが,これは,経済成長を促進しようとするのにはダメな方法だ.インフラ整備や投資,家計収入の調査にもとづくセーフティネットの拡充,働いている貧困者への賃金援助といったことの資金に使われた累進的で効率的な税制改革は,それと話が異なる.」

© The New York Times News Service

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