マーク・ソーマ 「最低賃金の引き上げは雇用量を減らすか? ~カードとクルーガー、そしてアリン・デューベ~」(2010年10月12日)

●Mark Thoma, “Does a Higher Minimum Wage Reduce Jobs?”(Economist’s View, October 12, 2010)


アリン・デューベ(Arindrajit Dube)が最低賃金の諸効果をテーマとした自身の研究についてインタビューを受けている(論文はこちら、インタビューの模様を収めた動画はこちらを参照のこと) [1] … Continue reading。インタビューの内容のまとめを以下に引用することにしよう。

Does Higher Minimum Wage Reduce Jobs?”:

・・・(略)・・・伝統的な理論によると最低賃金の引き上げは雇用量の減少を招くと予測されることになるが、これまでに最低賃金が引き上げられたいくつかの地域ではそのような証拠は見当たらない。マサチューセッツ大学アマースト校のアシスタント・プロフェッサー(助教授)であり労働経済学を専門とするアリン・デューベはリアル・ニュースのインタビューにそう答えた。

複数の州にまたがっている郡の中には同じ郡内にもかかわらず州境のあちら側とこちら側とで最低賃金の水準が異なるケースがある。それぞれの州が定める最低賃金の水準が異なるケースがあるからだ。デューべの研究ではそのようなケースに該当する(複数の州をまたぐ)郡を対象として最低賃金の水準の違い(あるいはいずれか一つの州のみでの最低賃金の引き上げ)がレストランのようなサービス業――デューベが語るところではこの部門で雇われている従業員の大多数は最低賃金と同額の時給で働いているということだ――の雇用量にどういった効果を及ぼしたかが検証されている。デューベの研究では州境を挟んで隣り合っている郡のペアのうちそれぞれが属する州の最低賃金が異なるケースに着目した上で最低賃金の違いがそれぞれの郡内の雇用量に及ぼす効果が検証されている。具体的には、レストランのようなサービス業――デューベが語るところではこの部門で雇われている従業員の大多数は最低賃金と同額の時給で働いているということだ――の雇用量に及ぼす効果が検証されているが、その検証を通じて明らかになったところによると、最低賃金の引き上げはこれまでのところ雇用量に対して短期的に見ても長期的に見ても取るに足らない(無視しても差し支えないほどの)効果しか及ぼしていないということだ。

「政策当局者が最低賃金引き上げの可否を検討する際にはこの事実は是非とも覚えておいてもらいたい重要なポイントだと思います。」デューベはそう語る。

デューベによると、(最低賃金が引き上げられると雇用量は減るに違いない。なぜなら最低賃金が引き上げられると従業員一人ひとりに支払わねばならない賃金の額が増えることになるからだ。企業は人件費の上昇に対処するためにクビ切りに乗り出して職場で働く従業員の数を減らすはずだ、との)最低賃金にまつわる通念は1990年代初頭までに手掛けられた研究にその根を持っているという。・・・(略)・・・1990年代の初頭から中頃にかけてのことになるが、これまでの研究は大きな欠陥を抱えていることが認識されはじめ、連邦レベルの証拠ではなく州レベルといったもっとローカルな証拠に着目した研究が登場してくることになる。その中でもデービッド・カード(David Card)とアラン・クルーガー(Alan Krueger)という2名の労働経済学者が手掛けた共同研究は有名である。彼らの研究ではニュージャージー州における最低賃金引き上げの効果を調べるためにニュージャージー州だけではなく対照群として(最低賃金が引き上げられていない)隣接するペンシルベニア州にも目が向けられている。カードとクルーガーの研究ではニュージャージー州で最低賃金が引き上げられてから1年の間に両州で雇用量にどういう変化が生じたかが比較・検証されているが、ニュージャージー州における雇用量がペンシルベニア州における雇用量に比べて減ったとの証拠は見つからなかったばかりか、ペンシルベニア州に比べてニュージャージー州においての方が雇用量が増えたという部門も見られたという。

カードとクルーガーの共同研究の結果が公にされるやその他の経済学者の間から激しい批判が持ち上がったという。デューベの研究はカードとクルーガーの共同研究と同じテクニックを使っているが、複数の州をまたぐ全米中のすべての郡が対象となっているだけではなく、カードとクルーガーの共同研究よりもずっと長い期間(20年以上)がカバーされている。

「そういう意味では私の研究はカードとクルーガーのアプローチに立脚したものであり、またそれを一般化(拡張)したものだと言えるでしょう。私の研究ではカードとクルーガーの共同研究に向けられた真っ当な批判のいくつかに応えています。私の研究はカードとクルーガーの共同研究のような単一の事例だけを取り上げたケース・スタディーに付き纏う批判のいずれをも乗り越えることが可能だという点は確かにそうなのですが、私が見出した結果とカードとクルーガーが見出した結果とは驚くほど似通っているのです。」

デューベの研究結果によると、最低賃金の引き上げはサービス業の分野で働く従業員の離職を抑制し、そのことを通じてその職場の生産性を改善する効果を持っている可能性 [2] … Continue readingがあるという。また、例えばレストランのうちいずれか1社だけが従業員に支払う賃金を引き上げる場合にはそのレストランはクビ切りに乗り出す(従業員の数を減らして対応する)可能性が高いが、(最低賃金が引き上げられることで)同業他社の多くも同様に従業員に支払う賃金を引き上げる場合にはそのコスト(人件費の上昇)は(従業員の数を減らして対応するのではなく)顧客(消費者)に転嫁される可能性が高いという。つまりはメニューの価格が引き上げられることになるわけだが、そうなっても販売量が減るとは限らないということだ。

デューベの研究結果はあくまでもサービス業――特定の地域に住む顧客をターゲットとしており、製造業のように場所を移動することが困難な部門――だけに当てはまるものである。とは言え、デューベが語るところでは、アメリカ国内では製造業の分野で働いている労働者のうちでその時給が最低賃金と同額というケースはごく少数だということだ。

・・・(中略)・・・

彼はまた「スピルオーバー効果」――最低賃金の引き上げがその他の賃金に及ぼす波及効果――についても語った。最低賃金が引き上げられると(最低賃金だけではなく)最低賃金を若干(25%程度)上回る水準の賃金も押し上げられることになるとの研究結果が得られているという。

デューベはインタビューの最後にFRBのエコノミストのチームが手掛けている研究 [3]訳注;おそらくは次の論文がそれだと思われる。 ●Daniel Aaronson, Sumit Agarwal and Eric French(2012), “The Spending and Debt Response to Minimum Wage Hikes”(The … Continue readingを紹介している。その研究によると、最低賃金の引き上げは耐久消費財の購入を大幅に増やす効果があるという。「総需要を刺激するにはどうしたらいいかという話ですが、最低賃金が引き上げられると最低賃金と同額の時給で働く労働者の購買力が高められ、その結果として総需要が刺激される傾向にあると言えるようです。」

References

References
1 訳注;デューベは2013年3月に米上院委員会(上院保健・教育・労働・年金委員会)で最低賃金をテーマに証言(pdf)を行っている。興味のある向きはデューベがニューヨーク・タイムズ紙に寄稿している次の記事とあわせて参照されたい。 ●Arindrajit Dube, “The Minimum We Can Do”(New York Times, Great Divide Series, November 30, 2013)
2 訳注;従業員の離職が抑制されるとその分だけ欠員が生じにくくなるが、そうなると欠員を埋めるために求人を出して新たに従業員を募集したり新人に訓練を施したりする費用が節約されることになる。
3 訳注;おそらくは次の論文がそれだと思われる。 ●Daniel Aaronson, Sumit Agarwal and Eric French(2012), “The Spending and Debt Response to Minimum Wage Hikes”(The American Economic Review, vol.102(7), pp.3111-3139)
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  1. 「複数の州にまたがっている郡の中には同じ郡内にもかかわらず」の部分はいずれの部分の訳でしょうか?Dubeが分析で用いているのは「contiguous counties, counties on either side of a state border, where one side the minimum wage is higher than the other」で示されるように,「一方の側の最低賃金が他方よりも高いような州境のいずれかの側に位置する『隣接郡』」のことであり,郡そのものが州境をまたがっているというわけではないかと思います。また米国の地方自治制度上そのような郡は寡聞にして聞いたことがありません。

    1. コメントありがとうございます。

      私もインタビュー記事をはじめて読んだ時は「州境を挟んで隣り合っている郡」のことだろうと思ったのですが、念のために論文を確認すると”straddle a state border”という表現が目に付いたので「1つの郡が複数の州に跨っているということか?」と考えて、読者の便宜を考えてこちらの判断で「複数の州にまたがっている郡の中には同じ郡内にもかかわらず云々」という文章を挿入したのですが、umedamさんの仰るとおりのようですね(インタビューでも『隣り合う郡』の具体的な事例を尋ねられて、「ワシントン州のスポケーン郡」と「アイダホ州のコー・ダリーン(クートニー郡)」をあげていますね)。どうやら余計なお世話をしてしまったようです。

      というわけで、ご指摘を参考にして修正させていただきます。間違いに気付かせていただき感謝いたします。今回の記事に限らず何かお気付きの点がございましたら心置きなくご指摘いただけたらと思います。そうしていただけたら幸甚です。

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