マーク・ソーマ 「経済学者という耳障りな解毒剤」(2006年9月13日)

●Mark Thoma, “Economists, What Are They Good For?”(Economist’s View, September 13, 2006)


経済学者は社会の中でどんな役回りを演じているのだろうか? オーストラリアの経済評論家であるロス・ギティンズ(Ross Gittins)の言い分に耳を傾けるとしよう。

私は経済評論家として身を立てているわけだが、経済学者(や経済学)のやることなすことにケチをつけるのが私の仕事なのではないかとの思いが年々増すばかりだ。とは言っても、私は自分のことを経済学者のアンチだとは考えていない。いや、そんなことは断じてない。経済学者は、社会に対して計り知れないほど貴重な貢献をしているのだ。・・・よくわからない? よし。教えて差し上げよう。経済学者は、不都合な真実を指摘するという不人気な(人から煙たがられるような)役回りを演じることで、社会に対して計り知れないほど貴重な貢献をしているのだ。

・・・(中略)・・・

我々が生きている今という時代は、ポピュリズムが跋扈(ばっこ)している時代である。メディアの商業主義化が進み、メディアの人間が理想を語ることも少なくなっている。その代わり、視聴者(メディアの利用者)が持ち合わせている偏見を煽り、視聴者が聞きたいと思っていることを伝えるのがメディアの仕事になりつつある。

「ガソリンがいくらするか知ってますか? こんなに高いんですよ。これは衝撃的なニュースですよ! 政府はどうして手をこまねいているんでしょう? 中央銀行が金利を引き上げるつもりらしいですよ。血も涙もない! 政府はどうして減税しないんでしょう? このケチッ!」・・・といった具合に。

政治の世界でもポピュリズムの勢いが強まっている。政治家たちは、フォーカス・グループや世論調査をこれまでになく積極的に利用するようになっている。そのおかげで、有権者が聞きたがっていることをますます正確に突き止められるようになっているし、浮動票を獲得するための政策を練り上げる能力にますます磨きがかけられている。政治家が有権者の望みに詳しくなった結果として、政治家が無知な有権者を引っ張っるのではなく、政治家が無知な有権者に引っ張られる傾向が強まっている。政治家が無知な有権者に媚びるようになっているのだ。教え諭すのではなく。

経済学者はそうじゃない。・・・(略)・・・経済学者になるために潜り抜けてきた訓練のどれもこれもが、経済学者の心の中に(厄介な)真実を暴露したいとの衝動を生み出すのだ。そして、経済学者がそのような衝動を抑えて口をつぐむことは滅多にない。

経済学の課題は、・・・(略)・・・稀少性(scarcity)の問題と取り組むことにある。稀少性の問題が生じるのは、人間の欲望にはキリがない一方で、人間の欲望を満たすために利用できる資源の量には限りがあるためだ。経済学者が不人気な役回りを演じることになるのは、稀少性の問題を前にして、つい次のようなメッセージを口にしてしまうためである。「『機会費用』(”opportunity cost”)のことをお忘れなく」。機会費用の概念が伝えていることは、いかなる選択にも何らかのコストが伴うということである。・・・(略)・・・機会費用というのはあまりにもシンプルな概念なのだが、現実の問題に向き合う時に応用されている例を見かけることは滅多にない。・・・(略)・・・

経済学者が不人気な役回りを演じることになる二つ目の理由は、値上がり(価格の上昇)を肯定してしまうことがあるからだ。「価格が高止まりしたり価格が上昇するのは、時として社会にとって好ましいことなんですよ」なんてメッセージを口にしてしまうためだ。ガソリンがちょうどいい例だ。ガソリンの価格を引き下げるために、(価格統制のような)人為的な手段に訴えるのは馬鹿げた行いである。なぜか? ・・・(略)・・・需要が供給を上回っているせいでガソリンの価格が上昇しているのだとしたら――現状(2006年9月当時)においてガソリンの価格が高騰している理由はまさにそのせいだが――、価格が上昇するに任せておけば、問題は早晩解決に向かうことだろう。(ガソリンの)価格が上昇すれば、(ガソリンに対する)需要が抑えられる一方で、・・・(略)・・・ガソリンの増産が後押しされる(供給が増える)ことになるからである。・・・(略)・・・

経済学者が語る三つ目の不人気なメッセージというのは、「無料の昼飯なんてものはない」(”there’s no such thing as a free lunch”) [1]訳注;この言葉の意味合いについては、本サイトで訳出されている次のエントリー(の特に訳注1)を参照されたい。 ●タイラー・コーエン … Continue readingというものだ。・・・(略)・・・

経済学者が語る五つ目の不人気なメッセージは、「いいことには、必ず悪いことが付いて回る」というものである。経済の世界で起こる出来事には、プラスとマイナスの両面、得と損の双方が例外なく兼ね備わっているのだ [2] … Continue reading。・・・(略)・・・

経済学者が語る不都合な真実のラストを飾るのは、機会費用の概念から導かれる。「至る所にトレードオフあり」というのがそれである。この世には、「いいこと」が溢れている。できることなら「いいこと」を一つ残らず思う存分味わいたいと考えてしまいがちだ。

しかしながら、すべての「いいこと」を同時に追い求めることはできない。「いいこと」のうちのどれか一つを享受する量を増やしたら、残りの「いいこと」を享受する量は減らさなければならないのだ。生活の満足度をこの上なく高めるためには、対立する目標同士の間で妥協を図って、最適な組み合わせを見つける必要がある。我々の人生は、少しでもマシな妥協点を探し当てるために捧げられるのだ。

我々が生きている今という時代は、派手な売り文句が飛び交っている時代である。政治家が有権者の機嫌取りにあくせくしている時代である。視聴者に迎合してばかりいるメディアが大手を振っている時代である。そんな時代だからこそ、気難し屋で座を白けさせるのが得意な経済学者という名の解毒剤が必要とされているのだ。

ところで、(経済学者が語る)四つ目の不人気なメッセージとやらはどこだろうか? 記事を何度か読み返してみたのだが、どうしても見当たらなかった。ひょっとすると、こんな指摘をしてしまうのが(経済学者が煙たがられる)四つ目の理由なのかもしれない。

References

References
1 訳注;この言葉の意味合いについては、本サイトで訳出されている次のエントリー(の特に訳注1)を参照されたい。 ●タイラー・コーエン 「『無料の昼飯なんてものはない』の言いだしっぺは誰?」(2014年9月10日)
2 訳注;ソーマによる引用では省略されているが、本文では名目為替レートの変化が例の一つとして挙げられている。名目為替レートが増価すれば(円高が進めば)、輸入品が安く手に入るようになるので消費者にとってはありがたい話(プラスの面)だが、海外向けに製品を輸出している国内の企業だったり輸入品と競合する製品を生産している国内の企業だったりにとっては価格競争力の面で不利な立場に立たされてしまうことになる(マイナスの面)。
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