ヴォルフガング・ケラー, ハーレー・ユーター 『Brexit以後のグローバル化と二極化』 (2016年7月5日)

Wolfgang Keller, Hâle Utar, “Globalisation and polarisation in the wake of Brexit” (VOX, 05 July 2016)


 

EUメンバーシップをめぐる最近の政情変化の一部はグローバル化へのますます強まる敵意が引き起こしたものである。本稿ではデンマークの実証データを利用しつつ、グローバル化は先進国における職の二極化を、より具体的には中間所得層の職の喪失を引き起こしているのか、この点の分析を試みる。激化する輸入競合は所得格差を広めてしまう可能性を孕んでいるが、また同時に高賃金雇用の全増加のうち相当部分を担うものでもある。政策画定者の任務は、こういった増加を市民の大多数が実感させることだ。

トニー・ブレア前首相は投票翌日に自らBrexitを評じて、離脱キャンペーン成功の鍵はそれが極左勢力 (銀行家に向けられた非難) と極右勢力 (移民に向けられた攻撃) の収束点となったことにあり、突き詰めればこういった事態はグローバル化への共有された敵意が原動力になっているのかもしれないとの見解を述べた。しかし6月24日のNew York Timesに掲載された同記事の読者らが即座に指摘したように、グローバル化そのものには、高所得国におけるグローバル化に相伴うかにみえる、中間層の崩落と広がる経済格差に対する反動ほどの影響力は無いのかもしれない。ともあれ、グローバル化が二極化を引き起こすというのは事実なのだろうか?

職の二極化 – 中間層の職の空洞化に低/高賃金職の増加が付随する現象 – は近年多くの高所得国で現実のものとなっている(Goosら2014)。同じこれらの国々には対外貿易の相当な増加も見られているが、これはとりわけ2000年代を通し中国からの輸入競合が激化するという形で現れた。輸入競合の為に生じた職と収入の損失は福祉国家に難問を突き付けるものだが、その損失と対になる増分が無いのならば勝者も敗者も無く、だから二極化も無いのであり、それゆえ社会の機能それ自体を根本的に揺るがす危難というのも存在しないのである。現在のところ、二極化の原因はコンピュータ化された機械やロボットが中間的賃金で働く労働者に取って代わっている為だと見られている (AutorとDorn 2013, Goosら2014, Michaelsら2014)。

我々の新たな論文では、企業とマッチングしている全労働者を扱う行政データを利用し、輸入競合が労働者に対し職種ハイエラルキーを上昇するか、それとも下降するかの何れかに進むよう促しており、その為にデンマークにおける職の二極化の相当部分を説明するものとなっていることを明らかにしている (KellerとUtar 2016)。デンマークの例が興味深いのは、同国における職の二極化およびグローバル化パターンがその他の高賃金国の典型をとなっているにとどまらず (図1はデンマークと合衆国における職の二極化を比較したもの)、次にレファランダムを通してEU離脱 (“Dexit”) を選ぶのはここだろうと言われている国のリストで同国が上位を占めているからでもある。

図1 デンマークにおける職の二極化の展望図

我々の分析の目立った特徴は、二極化の調査にあたってほぼ百万人に昇るデンマーク労働者を対象に、彼らが初めて就いた職から始め、その後に何らかの職種・企業・部門への移行があればそこまで追跡してゆくという手法を取った点にある。図2は1999年の時点で繊維部門・製造部門・サービス部門で雇用されていた労働者それぞれについて [訳注1]、2000-2009年期間にみられた雇用シェアの変化を描き出したもの。同図は1999年に何れかの製造業で雇用されていた労働者に関してはその雇用推移に強い二極化傾向が見られることを明らかにしているが、これはサービス部門労働者雇用推移と対照的になっており、サービス部門労働者の方には 『昇級』 ないし 『技能更新』 の傾向が見られる。低賃金国との輸入競合の激化は、サービス部門でよりも貿易可能性をもつ製造部門において一際猛威を振るっていることに鑑みれば、これは貿易の重要性を裏付けるとりあえず妥当な実証データだと言えるだろう。

図2 1999年時点で労働者がいた部門毎にみた2000年から2009年までの雇用シェア変化

中国の台頭は、デンマークなどの富裕国における製造業生産者の全てが大きな競合ショックとして実感しているが、これは繊維産業や衣服産業といった労働集約的な部門について特に当てはまる、というのはこれら部門では従来から低賃金国がもっていた比較優位に加えて、2001年の中国WTO加入を介しての輸入割当て (所謂『多角的繊維協定クオータ』) 削除という形をとった貿易自由化がさらに圧し掛かってきたからだ。図3はデンマークの繊維部門における機械操作者・組立作業者の動向を示している。なお、これら職種は典型的に中間的賃金を受け取る同産業において、重要な役割を担っているものである。

図3 貿易の影響に曝されたか/曝されなかったかでみた繊維機械操作者の推移

先ず初めに図上部に在る2つの線分だが、これは2001年以降に割当ての削除を受けたのと同じ8桁コード生産物を製造している企業で働く繊維機械操作者 (点線)、そしてこれに対し、同割当て削除に由来する輸入競合激化に曝されずに済んだ企業における繊維機械操作者 (実線) についての継続雇用確率 [cumulative employment probabilities] を示したものである。両線分は下に傾いており、1999年における機械操作者の全体集合に含まれる多くの者が続く10年の間に別の職種に移動したことを示唆している。しかしながら、割当て削除の影響に曝された企業で働く機械操作者の方ではその23%が2009年時にも依然として同一業種に留まっているのに対し、割当て削除の影響に曝された企業の機械操作者についてはたった15%という数字なっている点には注意されたい。この8%の差は基本的に、機械操作者という中間賃金雇用に対し輸入競合が及ぼしたネガティブな影響を表すものだといえる。

次に図の下方に位置する2つの線分だが、これは機械操作者が旅行案内者人・家事代理人・児童養護人・理容師・守衛といった個人サービス業また保護サービス業へと移行する累積確率を示している。図3は激化する輸入競合の影響に曝された機械操作者が他との釣り合いを崩す形で今あげたような職種へと移行していることを示しているが、そのような業種が典型的に低賃金である為に、輸入競合が賃金分布の下端における雇用増加の説明となる可能性が示唆されるのである。さらに輸入競合の激化には、他との釣り合いを崩す形で一部労働者を専門職や管理職といった高賃金職種へと押し上げる効果もみられる。

我々はこういった研究結果を操作変数法による分析を用いて経済全体についても確認し、輸入競合がデンマークにおける中間賃金職損失のほぼ5分の1、並んで低賃金雇用増加の相当部分を説明するものであることを明らかにした。重要な点だが、輸入競合の激化は本期間中のデンマークにおける高賃金雇用の10分の1の背後にあった原因であり、したがって中国との競争に由来するデンマーク雇用の二極化というのには明確な実証データが存在することになる。

我々はまた、技術変化とオフショアリングの双方が職の二極化に関する重要ファクターであることも明らかにしている。輸入競合とは対照的に、これらファクターは単独では説明因の役割を果たさない。オフショアリングが中間賃金労働者に職種ハイエラルキーを下降させる誘因となる一方、技術変化に由来する需要減少が有る職種の中間賃金労働者はこの職種ハイエラルキーを上昇してゆく傾向が有る。

デンマークは大方の国と比べると平等な所得分布をもち、これが同国の特徴となっているとはいえ、所得格差は近年拡大の一途を辿っている。回帰分析の結果に基づき、我々は中国に由来する輸入競合の激化は1999年から2009年のあいだのデンマークにおける収入格差拡大の16%を説明するものだと推定している。その大半は職種の変化に由来し、労働者に支払われる時給の変化に由来するものではない。貿易が誘因となった職の二極化傾向は諸部門間の移行の形をとって出現しているのだ。中間的賃金を支払う製造業職が失われているまさにその時、サービス部門労働者の方は雇用機会の高まりを見ている。低賃金雇用の増加は専らサービス部門にみられるが、他方で高賃金職の増加はサービス部門と製造部門に分かれている。したがって製造業の内部には職の二極化の傾向はみられない、何故なら製造業における低賃金職の雇用機会が無くなってきているからだ。

中間賃金雇用の衰退に繋がる輸入競合を傍らすれば、所得分布の中間に位置する労働者をターゲットにした教育政策の検討というのがごく自然に思い浮かぶ。職業教育というのは、正規教育と企業での企業実習を組合わせたものだが、長きに亘りヨーロッパにおける教育システムの一端を担ってきたばかりでなく、現在は合衆国などの国でも職の二極化への1つの対応として検討されている。職業教育は果たして中間賃金雇用損失の可能性を減らし、低賃金職に対する高賃金職獲得の見込みを相対的に高めてくれるだろうか?

3分の1を超えるデンマーク労働者が職業的学位を保持しているが、我々は3000を超える多種多様な職業的学位を見渡すと、労働者の業績に関して巨大な不均一性がみられることを実証している。溶接や工具制作といった製造業特化職業教育は中間賃金職を喪失する可能性を減らしてくれるが、高賃金職獲得の見込みを低賃金職のそれより高めるような効果は全く無いのだ。

対照的に、調剤師や財務管理者といったサービス業にフォーカスした職業教育は輸入競合に由来する低賃金職への移行リスクを削減する働きが有る。最後に、情報技術分野の職業教育は労働者の高賃金雇用への移行可能性を大きく向上させる。まとめると、高賃金所得プロファイルを目指す前向きの戦略は、技術関連の、コンピュータ志向サービス部門業種の職業教育にフォーカスを合わせたものとなる。

結論を述べると、グローバル化の影響に関する我々の発見は多義的なものとなった。確かに、グローバル化が輸入競合の激化という形で高所得国にける二極化と格差拡大の一因となっている旨を示す実証データは存在する。しかし同様に、グローバル化は物価の引き下げることで全てのひとの購買力増加に繋がるだけでなく、高賃金雇用増加の相当部分を – その10分の1を – 説明するものでもあるのだ。この先現実のものとなるかもしれない離脱 (DexitやNexitまたFrexitなどなど) との関連で述べれば、政策画定者の任務はこの増加を投票権者の大多数にまで実感させることにあると言える。

 

参考文献

Autor, D, and D Dorn (2013), “The Growth of Low-Skill Service Jobs and the Polarization of the US Labor Market”, American Economic Review, 103 (5), 1553-1597

Autor, D, D Dorn, and G Hanson (2013), “The China Syndrome: Local Labor Market Effects of Import Competition in the United States”, American Economic Review, 103 (6), 2121-2168

Autor, D, L F Katz, and M S Kearney (2006), “The Polarization of the U.S. Labor Market”, American Economic Review: Papers and Proceedings, 96 (2), 189-193

Ebenstein, A, A Harrison, M McMillan and S Phillips (2014), “Estimating the Impact of Trade and Offshoring on American Workers using the Current Population Surveys”, The Review of Economics and Statistics, 96 (3), 581-595

Goos, M, and A Manning (2007), “Lousy and Lovely Jobs: The Rising Polarization of Work in Britain”, The Review of Economics and Statistics, 89 (1), 118-133

Goos, M, A Manning, and A Salomons (2014), “Explaining Job Polarization: Routine-Biased Technological Change and Offshoring”, American Economic Review, 104 (8), 2509-2526

Keller, W, and H Utar (2016), “International Trade and Job Polarization: Evidence at the Worker-level”, CEPR Discussion Paper No. 11311

Michaels, G, A Natraj and J Van Reenen (2014), “Has ICT Polarized Skill Demand? Evidence From Eleven Countries Over Twenty-Five Years”, The Review of Economics and Statistics, 96 (1), 60-77

Pierce, J R, and P K Schott (2015), “The Surprisingly Swift Decline of U.S. Manufacturing Employment”, American Economic Review, forthcoming

Utar, H (2015), “Workers beneath the Floodgates: Impact of Low-Wage Import Competition and Workers’ Adjustment”, Bielefeld Working Papers in Economics and Management, No.12

Utar, H (2014), “When the Floodgates Open: “Northern” Firms’ Response to Removal of Trade Quotas on Chinese Goods”, American Economic Journal: Applied Economics, 6(4): 226-250


訳注1. 元論文では、繊維部門労働者が製造部門労働者の下部集合であると明示されている (“…and third, the subset of manufacturing workers who in 1999 were textile workers.”)。

 

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