経済学101は主に皆様の寄付によって賄われています。温かい支援をお待ちしています

Archives for 2月 2010

オリヴィエ・ブランシャール他 「マクロ経済政策を再考する」

●Olivier Blanchard, Giovanni Dell’Ariccia and Paolo Mauro, “Rethinking macro policy”(VOX, February 16, 2010)


このたびの世界金融危機はマクロ経済政策の運営方法に関する危機以前のコンセンサスによっては予測されないような仕方で眼前の事態に対処するよう各国の政策当局者たちに強いることになった。本論説においてIMFのチーフエコノミストとその同僚らは、(i) マクロ経済政策の運営方法に関する危機以前のコンセンサスの主要な要素を展望し、(ii) 危機以前のコンセンサスのうちで誤りであると判明した要素を特定するとともに、(iii) 今後のマクロ経済政策の新たな枠組みの輪郭を描き出そうと試みている。

「大いなる安定」(Great Moderation)(Gali and Gambetti 2009) と呼ばれる世界的なマクロ経済の平穏期の到来は、マクロ経済学者や政策当局者の間に、もはや我々はマクロ経済政策のノウハウを知悉するに至ったのだ、との信念を生み出すことになった。しかしながら、この度世界経済を襲った経済危機は、そのような信念の妥当性に対して疑問を投げかけている。我々は、最近公にしたIMFスタッフレポートにおいて(Blanchard, Dell’Ariccia and Mauro 2010, 詳しい参考文献についてはこのIMFスタッフレポートを参照されたい)、マクロ経済政策に関する危機以前のコンセンサスの主要な要素を展望するとともに、危機以前のコンセンサスのうちで誤りであると判明した要素と(危機以前のコンセンサスのうちで)危機を経てなお依然として妥当する要素とを特定し、さらには、今後のマクロ経済政策の新たな枠組みの輪郭を描き出そうと試みたのであった。

(i) 危機以前のコンセンサス(What we thought we knew)

マクロ経済政策に関する危機以前のコンセンサスを幾分か誇張したかたちで要約すると以下のようになる。

危機以前においては、金融政策は、単一の目標-低位で安定したインフレーション-の達成を目指して運営されるものであり、その目標の達成は単一の手段-政策金利-の操作を通じて実現されるものである、と見なされていた。インフレ率が安定している限りは、産出ギャップもまた小幅で安定しており、それゆえ、金融政策は期待される役割を果たしている、と見なされたのであった。また、危機以前においては、財政政策は二次的な役割を果たすものとしてしか捉えられていなかった。財政政策が限定的な役割しか期待されていなかった理由は、政治的な制約によってその有効性に限界が課せられていると見なされていたからであった。さらには、危機以前においては、金融規制はマクロ経済政策の枠組みの範囲外の問題であると見なされていた。

おそらく以上で簡潔に要約したコンセンサスは、アカデミックな世界においてより広く深く共有されていたであろうと考えられる。政策当局者たちは、アカデミックな学者と比べれば、もう少しプラグマティックであった。ただ、危機以前のコンセンサスが現実の政策や制度を形作る上で重要な役割を果たしたことは確かである。

単一の目標:インフレーション

危機以前のコンセンサスにおいては、低率で安定したインフレーション(stable and low inflation)の達成が中央銀行に課せられた第一義的な―排他的な、とまではいかないとしても―法的責務である、と見なされていた。低率で安定したインフレーションの達成が中央銀行の第一義的な目標として捉えられるようになった理由は、(1970年代当時の高インフレという経済状況を反映して;訳者挿入)実体経済活動の安定化よりもインフレーションの安定化に対する(中央銀行の)評判を確立する必要があったことに加えて、インフレ率の安定化を目標として金融政策を運営することに対してニューケインジアンモデルによる知的な面からのサポートが与えられることになったからであった。標準的なニューケインジアンモデルによれば、最適金融政策の中身は、ある一定の水準で安定した(constant)インフレ率を達成することにあり、この時同時に産出ギャップが解消される(産出ギャップがゼロになる)ことになる。経済に存在する不完全性を前提とすると、以上の最適金融政策は、考え得る限りで最善の結果を経済にもたらすことになる。この「神聖なる一致」(“divine coincidence”)の含意は、政策当局者がなし得る最善の政策はある一定の水準にインフレ率を維持することにある、ということである―この点は、政策当局者が実体経済活動の動向に関心を寄せている場合にも妥当することである―。また、インフレ率は極めて低い水準において安定させられるべきであるという点で広くコンセンサスが得られていた(大半の中央銀行は2%のインフレ率をターゲットとするところとなった)。

単一の手段:政策金利

危機以前のコンセンサスにおいては、金融政策は単一の手段、つまりは政策金利の操作に基づいて運営されるものと捉えられていた。危機以前には、金融政策は現在の短期金利と将来の期待短期金利に対して影響を与えることができればよく、金融政策は現在と将来の短期金利の操作を通じてその他の諸々の金利(満期がより長めの金利など)や価格(特に物価)に対しても影響を及ぼすことができると考えられていた。金融仲介の詳細についてはマクロ経済政策とはほとんど関連がないものとして軽んじられる傾向にあった。ただし、例外として、金融政策の波及経路としての「クレジットチャネル」(“credit channel”)への強調とともに、商業銀行(commercial bank)に対しては注意が向けられた。銀行取り付けの可能性に基づいて預金保険制度や中央銀行の最後の貸し手機能が正当化されることになり、預金保険制度や最後の貸し手機能の導入に伴って生じる(商業銀行が直面する)インセンティブの歪みに対処するための手段として銀行規制・監督が擁護されることになったのであった。しかしながら、これら以外の金融システムの側面に対しては、マクロ経済的な観点からはほとんど注意が向けられることはなかった。

財政政策の限定的な役割

1950年代と1960年代のケインジアンの栄光時代、そして(ケインジアンの凋落を決定づけることになった;訳者挿入)1970年代の高インフレの時代を経て以降、その後の過去20~30年間においては、マクロ経済政策としての財政政策に対しては二次的な役割しか与えられなかった。財政政策に対して限定的な役割しか期待されなかった理由は、主にリカードの等価命題に基づいて財政政策の効果に対する懐疑が生まれ、また財政政策の立案・実施の過程における長いラグの存在や政策形成における政治的な利害の影響が認識されるようになり、さらには、政府債務の水準を安定化し、累積する政府債務残高を削減する必要性が理解されるようになった、という要因が働いたからであった。ただし、政府債務の持続可能性を脅かさない範囲でではあったが、財政の自動安定化装置(automatic stabilizers)に関してはその役割が認められていた。

金融規制:Not マクロ経済政策

危機以前のコンセンサスにおいては、金融規制と金融監督は、個別の金融機関や個別の市場に対する効果に着目してその制度設計がなされており、そのマクロ経済的な意味合いに関しては大きく無視されていた。金融規制は、個別の金融機関の健全性の維持や非対称情報・(株式会社形態に伴う)有限責任に起因する市場の失敗の是正を目的として設計されていたのである。金融自由化に対する熱狂に包まれた状況の中では、プルーデンス規制(金融システムの安定性や健全性の維持を目的とした諸規制;訳者注)を景気安定化のためにも用いようとする発想は、信用市場の円滑な機能を阻害することにつながりかねないとして、不適切な発想であると見なされたのであった。

大いなる安定(The Great Moderation)

実質GDPとインフレ率の変動幅が縮小し、マクロ経済の安定化が定着したかに見えた「大いなる安定」の時代の到来は、マクロ経済者や政策当局者の間に、ついに首尾一貫したマクロ経済政策の枠組みが完成したのだ、との強い確信を生むことになった。また、1987年の株式市場の暴落やLTCMの破綻、ITバブルの崩壊といった危機的な出来事を適切な政策対応を通じて難なく切り抜けたことで、金融政策は資産バブルの崩壊に対しても何の問題もなく首尾よく対処できるのだ、との見解が説得的に感じられるようにもなったのであった。こうして、2000年代の中頃までの時期においては、マクロ経済政策の改善を通じてマクロ経済のより一層の安定化を実現することができるし、また実際にも実現してきた、と考えることは不合理でもなんでもない状況になっていた。こうした雰囲気の中、今回の危機がやってきたのである。

(ii) 危機の教訓(What we have learned from the crisis)

今回の危機から我々が学んだことを列挙すると以下のようになる。

  • インフレ率が安定していても、マクロ経済的な問題(脆弱性)が生じることがある

危機が勃発する以前の期間においては、大半の先進国におけるコアインフレ率は安定していた。現段階から危機以前の過去を振り返ってみると、当時から、コアインフレ率はインフレーションを測る正確な指標ではなく、石油価格や不動産価格も同時に考慮すべきだ、との声はちらほらと聞こえてはいた。単一の指標ですべてを知ることはできない、ということなのであろう。さらには、コアインフレ率が安定していてもその裏で産出ギャップが変動する、という可能性もあるのであって、インフレ率の安定化と産出ギャップの安定化との間にはトレードオフが存在するかもしれない。また、危機以前の2000年代におけるように、インフレーションと産出ギャップはともに安定しているが、いつくかの資産価格や信用総量1、産出量の構成2に望ましくない変動が生じている可能性もあるのである。

  • 低インフレは、デフレ不況(deflationary recessions)下において、金融政策の余地を狭めることになる

2008年に入って本格的に危機に突入し、総需要が大きく落ち込んだことを受けて、大半の中央銀行は、政策金利を即座にゼロ%近傍にまで引き下げることで対応した。もし可能であったとすれば、彼ら(=世界各国の中央銀行)は、ゼロ%以下の水準に向けてさらなる政策金利の引き下げに臨んだことだろう。しかしながら、名目金利に対するゼロ金利制約がそうすることを阻んだのであった3。危機以前の時期におけるインフレ率がもう少し高い水準に留まっていたとすれば(その結果として政策金利ならびに民間の人々が抱く期待インフレ率がもう少し高い水準に留まっていたとすれば)、実質金利の引き下げ余地にはもう少し大きな余裕が生まれていたことであろう。

  • 金融仲介はマクロ経済的に見ても重要である

金融市場は取引される金融商品ごとに細かく分断されており(segmented)、分断された市場にはそれぞれにその市場での取引に特化した投資家が存在している。分断された市場は大抵は投資家による裁定行為を通じて互いに密接に結び付けられている。しかしながら、何らかの理由によって(他の経済活動で損失を被ったり、必要な資金を調達することができないなどの理由で)投資家が一斉に市場から資金を引き揚げる事態が生じると、金融商品の価格に対して大きな影響が及ぶ可能性があるとともに、各種金利はもはや裁定を通じて結び付けられなくなってしまう。こうなると、政策金利は政策目的を実現する上で十分な手段とは言えなくなる。政策金利を操作することなしに異なる資産の価格に影響を及ぼそうとするならば、中央銀行は、資産を担保に資金を貸し出したり、あるいは資産を直接買い切ったりして、各種の金融市場へ介入する必要が出てくることになるであろう。分断された市場間の裁定を通じた結び付きが断ち切られるや、ホールセール資金(wholesale funding)と要求払い預金とはほとんど区別できなくなり、流動性を希求する態度は銀行だけにとどまらず投資家一般にまで広がることになるのである。

  • 財政政策は景気安定化を実現する上での重要な政策道具の一つである(反循環的な財政政策は、重要な政策道具の一つである)

今回の危機は財政政策をマクロ経済政策の中心的な地位に呼び戻すことになった。その理由は2つある。1つ目の理由は、金融緩和が限界に達したことである。2つ目の理由は、金融危機に伴う不況が長期化しそうであることが危機に突入した初期の段階において既に予測されており、財政政策が実行に移されるまでには長い時間を要するとしても、これから続くであろう不況の長さを考えると、財政刺激策が効果を表すまでに十分な時間的余裕がある、と考えられたからである。積極的な財政政策の行使が正当化されたのはこのような例外的な状況4ゆえであり、このことは逆に「通常の景気循環」の過程において裁量的な財政政策を行使することに伴う欠点-特に、適切な財政手段を立案・決定し、実行することに伴うラグ-を再度浮き彫りにすることになったのである。また、危機は「財政的な余地」(“fiscal space” )を確保することの重要性も明らかにした。危機に突入した段階で大規模な政府債務残高を抱えていた国は、財政刺激策を行使する能力に限界を抱えることになったのであった。

  • 金融規制はマクロ経済に対して非中立的な影響を及ぼす

金融規制は、アメリカで生じた住宅価格の下落ショックを大規模な世界経済危機へと増幅する役割を果たすことになった。規制の適用範囲に限定があったことにより、民間の銀行はプルーデンシャル・ルール(prudential rules)の適用を避け、レバレッジを高めるために、オフバランシートを作成するインセンティブを持つことになった。こうした規制間の裁定(Regulatory arbitrage)の結果として、他の金融仲介機関が従うルールとは異なるルールの下での活動をいくつかの金融機関に対して許してしまうことになった。また、ひとたび危機が勃発するや、個別の金融機関の健全性を維持することを目的として設計されたルールが、システム全体の安定性を脅かす方向に作用することになった。資産の時価評価ルールと(経済状況によらずに)固定的な自己資本規制比率とが合わさって作用することで、金融機関による投げ売り(fire sales)とデレバレッジング(deleveraging)とが生じることになったのである。

「大いなる安定」(Great Moderation)を再解釈する

以上で簡単に触れてきたように、マクロ経済政策の運営を背後で支える概念枠組みに大きな欠陥があったとすれば、どうしてこんなにも長い期間にわたってこれほどの良好なマクロ経済パフォーマンスを達成することができたのだろうか? その理由の一つとして考えられるのは、「大いなる安定」の期間に経済が直面したショックのどれに対しても(かつて似たようなショックを経験したこともあって;訳者注)どのような政策で対応すべきかがよく理解されていたからということであるのかもしれない。例えば、1970年代のサプライショックに関する経験から学んだ教訓-インフレ期待にアンカーを与える(あるいはインフレ期待を安定化させる)ことの重要性-は、2000年代において再び生じた石油価格の高騰に対処するにあたって助けとなったことであろう。また、マクロ経済の安定化に成功した事実それ自体が今回の危機の種を播くことになったのかもしれない。「大いなる安定」は、(政策当局者や規制当局者も含む)多くの人々のリスク評価を歪ませ-具体的には、マクロ経済リスクの過小評価やテールリスク(tail risk)の無視を生み-、その結果として規制の緩和を後押しすることになり、そして事が生じてはじめてどれだけ大きなリスクを抱えていたかが明らかとなるような投資上のポジションをとらせることにつながったのかもしれない。

(iii) マクロ経済政策の新たな枠組みの輪郭(Implications for policy design)

今回の危機が伝える悪いニュースは、マクロ経済政策に対しては、低位で安定したインフレ率だけ(=単一の目標;訳者注)ではなく、それ以外にも数多くの目標を割り当てるべきであった、ということである。一方、今回の危機が伝える良いニュースは、マクロ経済政策の道具箱の中には数多くの手段-「風変わりな」(“exotic” )金融政策から財政政策、そして規制政策に及ぶまでの-が収められているということを思い出させてくれたことである。 どの政策手段をどの目標の達成に割り当てたらよいか、という問題に答えが出るまでには、しばらく時間がかかるであろうし、多くの研究が必要となることであろう。 マクロ経済政策の新たな枠組みの輪郭を描くにあたってまず最初に指摘しておくべき重要なことは、産湯とともに赤子を流すべからず、ということである。危機以前のコンセンサスのうち大半の要素は、危機を経たのちにおいてもなお依然として妥当するのである。(危機以前のコンセンサスのうちで)危機後においても依然として妥当する要素をいくつか挙げると、産出ギャップの安定化とインフレーションの安定化はマクロ経済政策に課せられる目標であり続けるし、また、自然失業率仮説は少なくとも現実の一次近似として今後も受け入れられるべき仮説であり、それゆえ、政策当局者はインフレーションと失業率との間における長期的なトレードオフを想定すべきではないし、さらには、低位で安定したインフレーションは今後においても金融政策の主要な目標であり続けなければならず、 政府債務の持続可能性は、長期的な観点においてのみではなく、期待に及ぼす影響を通じて短期的な観点からも重要となってくるであろう。

以下に掲げるいくつかの質問は、マクロ経済政策の新たな枠組みの輪郭を描くにあたり、今後経済学者が精力を注いで取り組むべき重要な質問である。

目標インフレ率は具体的にはどのくらい低い水準に設定されるべきなのか?(Exactly how low should inflation targets be?)

今回の危機は大規模なネガティブショックが実際に生じ得ることを明らかにした。政策当局者はいつまたやってくるともわからない大規模なネガティブショックに備えるために、言い換えるならば、大規模な経済危機に対する金融政策の有効性を確保するために5、平時における目標インフレ率を現在よりも高めの水準に設定すべきであろうか? 例えば4%のインフレ率に伴う純コストは2%のインフレ率-現在、大半の中央銀行がターゲットとするインフレ率の水準-に伴うそれよりも大きいだろうか? 期待インフレ率が4%の水準で安定するようにアンカーを提供することは、期待インフレ率が2%の水準で安定するようにアンカーを提供することよりも難しい仕事なのであろうか? 中央銀行の独立性の確立を通じて低率のインフレーションを達成してきた事実は歴史的な偉業であったと言える。それゆえにこそ、先の一連の質問に答えるにあたってはインフレーションの便益とコストとを注意深く再検討する必要がある。そしてまた、以上の議論と関連する問題として、インフレ率が極めて低い水準に留まっている状況においては、デフレーションが生じる可能性を最小化するために-その対価として、予測しないかたちで総需要が盛り上がる結果としてインフレの加速につながる危険性を引き受けつつも-、金融政策を緩和気味に運営すべきであろうか、という問題も存在する。この問題は、2000年代初期においてFedのセントラルバンカーたちの心を支配していた問題であり、我々自身もいつの日か取り組まねばならない問題である。

金融政策と規制政策とをどのように組み合わせるべきなのか?(How should monetary and regulatory policy be combined?)

危機以前においては、政策金利の設定ルール-明白なルールであれ、暗黙的なルールであれ-の中に資産価格の動向も組み込むべきかどうか、という問題が金融政策論議を騒がせた話題の一つであった。今回の危機は、政策金利の設定ルールの中に組み込むべき経済指標として、資産価格の他に、レバレッジ比率からシステミック・リスクを測る指標にわたるまでのいくつかの新たな候補を加えるべきではないか?との議論を後押しすることになった。しかしながら、このような発想は問題への間違ったアプローチであるように思われる。政策金利は過剰なレバレッジや民間経済主体によるリスクテイキング、そして資産価格のファンダメンタルズからの明白な逸脱といった問題に対処するにあたって適当なツールであるとは言い難いのである。さらには、過剰なレバレッジやリスクテイキング、資産バブルへの対処を意図して政策金利を引き上げたとすれば、産出ギャップを拡大させることにもなってしまうだろう。

政策当局者の道具箱の中には、過剰なレバレッジやリスクテイキング、資産バブルに対処するにあたって適当な性質を備えている(政策金利以外の)政策手段が収められている。ここではその政策手段を一括して循環的な規制ツール(cyclical regulatory tools)と呼んでおこう。循環的な規制ツールの使用法を例示すると以下のようになろうか。

レバレッジが過剰であるように見えれば、自己資本規制比率を引き上げればよい。バランスシート上の流動性が低下しているように見えれば、流動性規制比率を導入し、必要とあればその比率を引き上げればよい。住宅価格の高騰を抑制したければ、借入金比率6を引き下げればよいし、株価高騰を抑制したければ、証拠金率(margin requirements)を引き上げればよい。

このようなかたちで金融政策と循環的な規制ツールとが組み合わせて用いられるようになれば、伝統的な金融規制やプルーデンス規制の枠組みはマクロ経済的な視点をも備える必要が出てくることになるであろう。そしてまた、金融政策と循環的な規制ツールとが組み合わせて用いられることになれば、金融政策当局と金融規制当局との間における政策協調をいかにして実現したらよいか、という新たな問題が生じることにもなるだろう。この問題に取り組む過程においては、近時においてますますその傾向が明らかになりつつある金融政策と金融規制・監督業務とを分離しようとするトレンドが反転させられ、金融政策と金融規制(その中でも特にマクロプルーデンス規制)の両業務の担当を単一の機関に委ねるという結果になるかもしれない。マクロプルーデンス規制の担当機関としては、中央銀行が第1の候補となるであろう。

中央銀行による流動性供給の役割をもっと拡充すべきであろうか?(Should liquidity be provided more broadly?)

今回の危機は、中央銀行に対して、その伝統的な役割である最後の貸し手機能の拡充-範囲と規模の両面における-を促すことになった。中央銀行は、非預金取扱金融機関に対しても潤沢に流動性を供給するとともに、様々な範囲の資産市場に対して、直接(資産の買い切りを通じて)、間接に(資金の貸出にあたり、資産を担保として引き受けることを通じて)、介入したのであった。このようなかたちでの中央銀行による流動性の供給を、危機時における例外的な緊急策というにとどまらず、平時における中央銀行業務の一部とするべきではないかとの提案は、魅力的であるように映る。市場における流動性不足の原因が、豊富な資金を持つ民間投資家が特定市場から退出したためであったり、投資規模の小さい市場参加者の間での協調の失敗のため-まさしく伝統的な銀行取り付けのケースのように-であったりするようであれば、こうした流動性不足の問題を解決するためには権威ある存在が市場に介入する必要があり、中央銀行こそはまさにそのようなユニークな地位に置かれている存在なのである。

平時において、いかにして(危機に備えて)財政的な余地を確保することができるであろうか?(How can we create more fiscal space in good times?)

今回の危機の重要な教訓の一つは、必要に迫られた時に大規模な財政赤字に打って出ることを可能とする財政的な余地をあらかじめ確保しておくことの望ましさである。将来を見据えるならば、つまりは、高齢化という時代の波が投げかけるいくつもの挑戦(例えば、年金やヘルスケアの整備)に抗いながらに政府債務の削減に臨む必要があるということになれば、財政的な余地を確保するための調整(調整が必要になるのは、景気回復がしっかりと定着した後のことであるが)には、非常に大きな困難が伴うことであろう。しかし、危機が教訓として伝えるところによれば、ターゲットとすべき政府債務の水準は、今回の危機に突入する以前の時期に観察されていた水準よりも低めに据えられるべきである、ということである。今回の危機がこれから10年、20年先の財政運営のあり方に対して示唆するインプリケーションをまとめると以下のようなになるであろう。

マクロ経済環境が許すようであれば、財政的な余地を確保するための調整に大胆に打って出ることが必要であり、また、経済成長が急速に進んで(経済の拡大に伴う税収の伸びによって)収入の面で余裕が表れてきた場合には、政府支出をファイナンスしたり、減税のためにその余裕を利用するのではなくて、政府債務残高のGDP比率を削減するためにこそ利用すべきである。

経済のブームに依拠して財政状況を好転させる手段は目新しいものではないが、今回の危機を受けてそういった手段の現実に対する関連は一層増す結果となっている。財政的な余地を確保するために必要となる調整を促す上で、中期的な財政の枠組みの作成、政府債務残高のGDP比率の削減に向けた信頼のできるコミットメント(credible commitment)、財政ルール(不況期における例外規定を盛り込みつつ)の設計、財政上のデータの透明性を高めること、といった手段はその助けとなり得るであろう。

財政の自動安定化装置の機能を高めることはできるであろうか?(Can we design better automatic fiscal stabilizers?)

裁量的な財政政策は通常の不況への対処策としては不向きである。というのも、裁量的な財政政策は、実際に実施されるまでに長い時間を要するからである7。そこで財政の自動安定化装置に期待が寄せられることになるのであるが、財政の自動安定化装置の機能を高め、その機能を改善することは可能であろうか? この問題について考えるにあたっては、自動安定化装置を真正の自動安定化装置8-所得の上昇(あるいは景気の拡大)につれて自動的に移転支出の減少と税収の増加がもたらされるような財政の仕組み-とルール型(あるいは条件付きルール型)の自動安定化装置9-あらかじめルールを作成しておき、ルールで想定されている状況が実際に生じればルールの規定通りに移転支出や税金を変動(発動)させる10-とに区別しておく必要がある。
自動安定化装置<パート1>は、①硬直的な政府支出11と税収の弾性値がおよそ112であるような税体系との組み合わせを通じて、②失業保険等の社会保険制度の存在を通じて、③累進的な所得税の体系を通じて、その機能を表すことになる。自動安定化装置<パート1>のマクロ経済的な効果は、政府規模の拡大や所得税の累進度の強化、社会保障制度のさらなる拡充を通じて高められることになるだろうが、このような財政上の制度改革は、マクロ経済的な効果の観点からだけではなく、公平性や効率性といったより広範な観点からもその是非が判断されるべき性格のものである。自動安定化装置<パート1>のマクロ経済的な効果を高めるための上述のような制度改革は、公平性や効率性の観点からも支持が得られるようになってはじめて、着手することが可能になるだろう。
(今見たように、自動安定化装置<パート1>の機能改善に向けた制度改革の説得活動に伴うであろう煩わしさを考えると;訳者挿入)自動安定化装置<パート2>の方が見込みがありそうである。自動安定化装置<パート2>の税収サイドの仕組みとしては、例えば、低所得層を対象とした時限的な税-一律の給付付き税額控除(a flat, refundable tax rebate)、税負担額の何%かを減額-の導入や企業を対象とした景気連動型の投資税額控除の採用といった手段を考えることができるだろう。自動安定化装置<パート2>の支出サイドの仕組みとしては、例えば、低所得層あるいは流動性制約下に置かれている(借り入れが困難な)家計を対象とした時限的な移転支出の導入を考えることができるであろう。このような税制措置や移転支出は、何らかのマクロ経済指標13があらかじめ設定された閾値(threshold)をまたぐと発動される(実行に移される)ことになる14

<参考文献>

●Blanchard, Olivier, Giovanni Dell’Ariccia and Paolo Mauro (2010). “Rethinking Macroeconomic Policy(pdf)”, IMF Staff Position Note, SPN/10/03, February 12.
●Gali, Jordi and Luca Gambetti (2009). “On the Sources of the Great Moderation(pdf)”, American Economic Journal: Macroeconomics, 1(1): 26–57.

  1. 訳注;credit aggregates 金融機関による貸出残高、あるいはその(フローで測った)変化 []
  2. 訳注;composition of output 産業レベルでの生産量の変動 []
  3. 訳注;政策金利はゼロ%以下の水準に引き下げることはできないという意味 []
  4. 訳注;不況の長期化 []
  5. 訳注;名目金利の一層大きな引き下げ余地を確保するために []
  6. 訳注;LTV比率=借入金額÷担保となる資産の価値 []
  7. 訳注;財政政策が実際に実行される段階においては既に景気が回復しているかもしれない []
  8. 訳注;以下、自動安定化装置<パート1>と呼ぶことにする []
  9. 訳注;以下、自動安定化装置<パート2>と呼ぶことにする []
  10. 訳注;「〇〇といった経済状況が生じれば××といったタイプの移転支出(税金)を**だけ増やします(あるいは××といったタイプの移転支出(税金)を時限措置として導入します)」というように []
  11. 訳注;政府支出の規模が名目GDPの動きに左右されることなくある程度独立して決定される []
  12. 訳注;名目GDPが1%増加すると税収がおよそ1%増加する []
  13. 訳注;名目GDP成長率や失業率など []
  14. 訳注;例えば、名目GDP成長率が2%を下回ると(あるいは失業率が4%を超えると)あらかじめ設計されたルールが規定するところにしたがって時限措置が実行に移される、というように []