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Archives for 1月 2014

クルーグマン「欧州経済の誇大広告」/「金利生活者の安楽死」

Paul Krugman, “Economic Exaggerations in Europe,” Krugman & Co., January 31, 2014. [“Running Economies Into the Sand” & “The Euthanasia of the Rentier“]


欧州経済の誇大広告

by ポール・クルーグマン

Doug Mills/The New York Times Syndicate

Doug Mills/The New York Times Syndicate

ふーむ.『フィナンシャル・タイムズ』によると,イギリス首相デイヴィッド・キャメロン政権の盟友たちは,フランス大統領フランソワ・オランドがフランス経済を「台無しにしている」と言って非難しているそうだ――おそらくは,イギリスの好調ぶりと対比してそう言ってるんだろう.

さて,実際の数字で眺めてみるとどんなもんだろう?
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タイラー・コーエン 「政府は社会規範の形成にどこまで関与すべきか? ~ボゴタを生き返らせたモックス市長のユニークな取り組み~」

●Tyler Cowen, “How much should governments influence norms?”(Marginal Revolution, December 27, 2004)


ダグラス・ノース(Douglass North)のアイデアに触発されて1コロンビアの首都ボゴタの惨状を改善するべくユニークな取り組みを進めた政治家がいる(全文はこちらを参照のこと)。

市民の交通マナーを改善するためにパントマイムの役者を雇うというまた別の革新的な取り組みも行われた。交通ルールを無視して道路を横断する歩行者を発見すると、パントマイマーはその人物の後ろを尾行したのである。違反者の後ろを付いて回る間、パントマイマーはその人物の一挙一動を真似てからかうのであった。また、無謀な運転をするドライバーもパントマイマーの嘲笑の標的となった。20名のプロのパントマイマーとともに始められたこのプログラムもやがては新たに400名のパントマイマーを追加するほどまでに大きな人気を博すことになったのであった。

これはまだ序の口に過ぎない。

アンタナス・モックス(Antanas Mockus)(数々のユニークな取り組みを推進した前ボゴタ市長)はこのような手段(アートやユーモア、創造性)を存分に活用することで生き生きとした実地の「授業」を行った。ある時彼は市民に「いいね!」(”thumbs-up”)マークと「ブーイング」(”thumbs-down”)マークを象った35万枚のカードを配布し、市民一人一人がそのカードを用いて自らの力を行使するように依頼した。誰か他の市民の称賛すべき行いを目にした場合は「いいね!」マークを差し出し、反対に非難すべき行いを目にした場合は「ブーイング」マークを差し出してほしい、というわけだ。このカードは多くの市民によって街のあちこちで積極的に――そして平穏無事なかたちで――使用されたのであった。

また別の機会においてのことだが、彼は市民に対して自主納付のかたちで10%だけ余分に税金を支払ってくれないかとお願いしたこともあった。そして驚くことに、6万3千人の市民がこの市長の依頼に応じたのである。2002年度のボゴタ市の税収は1990年度の税収の3倍以上にのぼったが、この事実はモックスが市長を務めた時期にボゴタ市民の間でいかに劇的な態度の変化が生じたかを示していると言えるだろう。

また、彼は市民に対して次のような依頼をしたこともあった。親切で正直なタクシードライバーに遭遇したらその旨を市長室にまで連絡してほしい、と。市民からは150人のドライバーについて情報が寄せられたが、市長はその優秀なドライバー全員とミーティングを持ち、「普通」のタクシードライバーの行動を改善するにはどうしたらいいか彼ら一人一人にアドバイスを求めたのであった。この優れたタクシードライバー150人は「ゼブラの騎士」という名で呼ばれ、市長のお墨付きを与えられたのであった。

このエピソードも見逃せない。

(市長に就任したばかりの)モックスの能力を疑っているボゴタ市民をボゴタ市の惨状(混沌と無秩序)の改善に向けて鼓舞するためにはどうしたらいいかと考えて彼が選んだ手段がスーパーシチズンであった。スーパーマンのコスチュームを身にまとって公の場に姿を現したモックスは自らのことを「スーパーシチズン」(”Supercitizen”)と名乗ったのである2

この話題を教えてくれたエリック・クランプトン(Eric Crampton)に感謝3 。スペイン語が読める読者はいるだろうか? もしいたとしたらこのエッセイ(スペイン語)でモックスが自らの哲学について語っているので目を通してみたらいいだろう。

  1. 訳注;コーエンは引用していないが、記事の中から関連する箇所を以下に訳しておく。「自らの取り組みは学術的な研究成果に啓発されている面があると彼(モックス)は語る。フォーマルなルールとインフォーマルなルールとの緊張関係を探るとともに、この両者のルールがかみ合わない場合にどのようなかたちで経済発展に制約が課されることになるかを検討したノーベル経済学賞受賞者のダグラス・ノースの研究やソーシャル・キャピタルが蓄積される上で『対話』がどのような役割を果たすかを説いたユルゲン・ハーバーマスの研究などに負っている面があるという。」 []
  2. 訳注;その姿を見てみたいという場合はこちらのエントリーで添付されている写真を参照のこと。 []
  3. 訳注;モックス市長の取り組みについては、ポール・ザック著 『経済は「競争」では繁栄しない-信頼ホルモン「オキシトシン」が解き明かす愛と共感の神経経済学』やRaymond Fisman and Edward Miguel(著) 『Economic Gangsters: Corruption, Violence, and the Poverty of Nations』(邦訳 『悪い奴ほど合理的-腐敗・暴力・貧困の経済学』)などでも取り上げられている。 []

タイラー・コーエン 「スーパーマンのマクロ経済学」

●Tyler Cowen, “The macroeconomics of Superman”(Marginal Revolution, June 7, 2006)


今年の夏1スーパーマンが再び我々の前に戻ってくる

そこでスーパーマンの復帰を記念して(?)、あの利他的で清廉潔白なスーパーマンが現実に存在すると仮定して次のような問題を考えてみることにしよう。スーパーマンにはマクロ経済の活性化に向けて手を貸してもらうとしよう。さて、そのためには彼にどのような仕事に取り組んでもらうべきだろうか? 彼は強力なパワーの持ち主であり2 、物凄い速さで空を飛ぶことができ3、ひと飛びで高層ビルを飛び越せるだけの跳躍力を備えており、はるか遠くのものまで見通せる驚異の視力にも恵まれている。さらに、彼はアインシュタインの相対性理論の枠外にある存在であって、光速に近い速度で移動するにもかかわらず時間の遅れを経験することもない(スーパーマンがこれまでに成し遂げた成果の中で何が最も印象に残っているかと尋ねられたら、私は真っ先にこの点を挙げることだろう)。

スーパーマンには邪悪な狂人たちからこの世界を救う任務を遂行してもらうべきだとの意見はその通りだろう。しかし、こと日常的な犯罪に関しては彼の手を煩わせるだけの価値があるとは思われない。というのも、犯罪行為を防止するための投資(例えば、強盗を予防するための鍵への投資)は非効率的ではあるものの4 、仮にスーパーマンが犯罪の取り締まりに乗り出すことで鍵への投資が減ったとしても成長率に目を見張るほどの違いが生まれるとは思われないからである。また、(テネシー州の)メンフィス上空が飛行機で混雑している際にフェデックス(FedEx)に代わってスーパーマンに物流の仕事を務めてもらうというのも同様に馬鹿げているだろう。

ところで、スーパーマンは普段は「クラーク・ケント」として新聞社に勤めているわけだが、新聞記者という仕事は果たして普段の彼に適した仕事だと言えるだろうか? 少なくとも新聞記者はコピー(再生産)するのが容易な(reproducible)財(記事)の生産に携わる職業だと言えるが、おそらく彼はシャーウィン・ローゼン(Sherwin Rosen)の論文(”The Economics of Superstars“)を読んだことがあるに違いない5

(マクロ経済の活性化のために)スーパーマンに取り組んでもらうべき仕事の候補を私なりにリストアップすると以下のようになるだろうか(ダルフール紛争など彼に解決してもらいたい問題はあるが、そのような問題はひとまず脇に置いておくことにしよう)。

1. 研究一筋の科学者になる

2. Fed(をはじめとした中央銀行)のためにデータを収集する

3. 名目賃金を引き下げるべき状況6 が到来したら空中を駆け巡ってその旨(「名目賃金をカットせよ!」)を人々に伝えて回る。

4. テレビに出演してド派手なスタントを披露し、誰もが知る超有名なセレブになる。そしてセレブとしての地位を存分に利用して経済学のリテラシーを身に付けることがいかに重要であるかを説いて回る;これはダニエル・クライン(Daniel Klein)が候補に挙げたものだ。

読者の皆さんのお考えはどうだろうか? どのような仕事を候補に挙げるかによって読者自身がどの分野で大きな見返りが見込めそうだと判断しているか7 が明らかにされることだろう。

  1. 訳注;2006年の夏 []
  2. 訳注;一説によると、機関車よりも力がある []
  3. 訳注;一説によると、弾丸よりも速いスピードで移動する  []
  4. 訳注;例えば、強盗という行為は(財産の持ち主から強盗へ向けて)強制的に富の移転を図る行為であり、それゆえ強盗という行為は富の増大に貢献することのないゼロサムゲームであると言える。しかしながら、強盗ならびに強盗を予防する行為(鍵への投資)のために用いられた資源や労力がそれとは違うかたちで行使されていたとすれば富の増大につながっていたかもしれず、そういう意味で(富の増大につながる機会が見逃されているという意味で)強盗とそれを予防するための鍵への投資は資源の非効率的な(=ネガティブサムの結果を招く)利用法ということになる。ちなみに、富の移転を狙う強盗行為とその予防に向けた行為(鍵への投資)は各企業がレント(政府によって与えられる特権)の獲得を目指して競合し合うケースと同様にネガティブサムの結果を招くという点はレントシーキングの概念を初めて提示したと言われているゴードン・タロックの論文(pdf)でも指摘されている。 []
  5. 訳注;インターネットなどのテクノロジーの発展に伴って財や(パフォーマンスを含む)サービスの追加的な生産に伴う費用が低下すると、才能のある人物が一人勝ちする状況(莫大な報酬を手にする機会)が生まれることになる(例えば、歌手のパフォーマンスをインターネット等を通じてどこにいても容易に視聴できるようになると、一流の歌手に人気と収入が集中する傾向が生まれる可能性がある)。詳しくはロバート・フランク/フィリップ・クック著『ウィナー・テイク・オール-「ひとり勝ち」社会の到来』などを参照してもらいたいが、ここではクラーク・ケントことスーパーマンはこの一人勝ち市場の構造を見抜いた上で(優れた才能に対して大きな報酬の見返りが得られる可能性のある)新聞記者という職業を選んだのだと言いたいのだろう。 []
  6. 訳注;名目賃金の下方硬直性が原因で景気後退が発生した場合など []
  7. 訳注;あるいは、マクロ経済の大きな足かせとなっている問題は何であると読者自身が判断しているか []

アレックス・タバロック 「冥銭」

●Alex Tabarrok, “Hell Money”(Marginal Revolution, June 19, 2007)


私は次のようなジョークが好きでたまらない質だ。

パディー・オブライエン(Paddy O’Brien)の死を受けて彼の葬式が粛々と執り行われていた。オブライエンの葬式に参列した人々はアイルランドに古くから伝わる習わしに従って棺の中に次々とお金を投げ入れていたが、その最中に町中のみんなから嫌われているケチで知られる男が次のように大声で叫んだのであった。「私はオブライエンを愛していた。だから、他の連中が棺の中に何をどれだけ納めようとも私はその倍を納めてやる!」。彼は少し酔っ払っているのだろうと他の参列者たちは考えたが、これは彼を懲らしめるいい機会だと捉えて手元にあるだけのお金を棺の中にすべて納めたのであった。その結果、オブライエンの棺は総額3012ドルものお札と硬貨で埋め尽くされることになったわけだが-こんなにも多額のお金が納められたことはかつてなかった-、そのけちん坊の男は棺の中のお金を数えるなり自分のポケットから1枚の小切手を取り出したのであった。そして小切手に「6024ドル」と書き入れるやそれを棺の中に納めたのであった。

お金を死者とともに埋葬する習わしは中国にも伝わっているが、Big white guyがこの興味深いエントリー-このエントリーはMises Economics Blog経由で知った1 -で説明しているように、上に出てくるけちん坊と同様に中国の人々も貨幣経済学のことをよく理解しているようである(シグナリング理論についてはどうだかわからないが)2

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  1. 訳注;Mises Economics Blogで引用されているBig white guyの文章を以下に訳しておく。「中国では人が没した後にその人の魂は死後の世界で生き続け、死者は死後の世界でこの世とまったく同様の生活を送るものと信じられている。この世に残された近親者たちは死者が死後の世界でできるだけ快適な生活を過ごせるようにと願って死者とともにギフトを埋葬する。ギフトの例としては、紙でできた家や車、衣服、時計、携帯電話、家電製品、そしてメイド(お手伝いさん)などが挙げられるが、中でも最も人気なのは冥土銀行券(Hell Bank Notes)である。冥土銀行券を燃やすことで死者の許にそれが届けられると信じられている。・・・(中略)・・・私の興味を引いてやまないのは、この銀行券の額面の種類が多岐にわたることである。米ドルに換算すると、1セント札から数十億ドル札にわたるまで何でも揃っているのだ。このことは次の2つのうちどちらかのことを意味していると考えられるだろう。死後の世界では死者たちは想像がつかないほど豊かで贅沢な生活を送っているか、あるいは死後の世界ではハイパーインフレーションが発生している-そのため、1923年のドイツにおけるレンテンマルクの例のように、死後の世界ではパン1つ買うのに10億ドル札が必要な状況に置かれている-かのどちらかなのであろう。」 []
  2. 訳注;ちなみに、「世界でただ一人のお笑い経済学者」を自称するヨラム・バウマン(Yoram Bauman)が2013年に開催されたアメリカ経済学会の年次総会(のユーモアセッション)でこの冥銭をテーマとした報告(タイトルは「死後の世界におけるハイパーインフレーション」(”Hyperinflation in Hell”))を行っている。その時の様子を収めた動画はこちら。 []

ポール・クルーグマン「オランドの政策転換は間違いだ」

Paul Krugman, “Hollande takes a wrong turn,” Krugman & Co., January 24, 2014. [“France by the Numbers” & “The Glittering Crises“]


オランドの政策転換は間違いだ

by ポール・クルーグマン

The New York Times Syndicate

/The New York Times Syndicate

「金のクロワッサンで人類を苦しめてもらっちゃこまるね.」 フランス大統領フランソワ・オランドがセイ法則をたたえたのに対して経済学者アラン・テイラーが返した言葉がこれだった(私信).オランド氏は記者会見で文字通りにこう言ってのけた:「供給は需要をつくりだすのです」――発言だけでなく,政策もサプライサイド経済学に移してしまった.しかも,やっぱり自分で「サプライサイド経済学」っていいながらね.
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ノア・スミス「ロバート・バロー:音に聞こえしニュー・ケインジアンディス」

Noah Smith “Robert Barro’s famous polemic against New Keynesians” (Noahpinion, January 24, 2014)

訳者補足;一連のロバート・バロー関連の話題に続いたもの。クルーグマンによるバローディス→保守派の反論→サムナーのクルーグマン擁護[邦訳]→コーエンのバロー擁護[邦訳]→サムナーの再反論[邦訳]→ノア・スミス(今ココ)という流れ。また、本サイトでは今のところ紹介できないが、グラスナーなども本件に関して記事を書いている


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このところロバート・バローについてブログ上でちょっとした議論があった(タイラー・コーエンスコット・サムナーを参照)。バローはハーバード大学の著名な経済学者であると同時に、いま一般に僕たちが「リカードの等価定理」の開発者でもあり、時折ウォール・ストリート・ジャーナルで財政刺激に反対するオープンエディションの記事を書いたりする。争点となっているのは、「総需要」が景気変動を引き起こすという考えをバローが支持しているか否かというものだ。この論文についてはほとんどの人が知っているところだけど、ニューケインジアンモデルに対するバローの勇敢なまでの論駁、ただし1989年のそれを取り上げてみるのにいい機会だなと思ったんだ。その題名は、「新しい古典派とニューケインジアン、あるいはいい奴らと悪い奴ら」だ。 [Read more…]

ポール・クルーグマン「機会が失われたら起こること」

Paul Krugman, “What happens when opportunities are lost,” Krugman & Co., January 23, 2014. [“A Hammock In Kentucky?“]


機会が失われたら起こること

by ポール・クルーグマン

Keith Meyer­s/The New York Times Syndicate

Keith Meyer­s/The New York Times Syndicate

『ナショナル・レビュー』が実に面白い記事を掲載してる.ケヴィン・ウィリアムソンがアパラチアの現状について書いた文章で,アパラチア地域の苦境を伝える有益な描写になっている――あと,フードスタンプを交換可能にする方法も述べている.フードスタンプをいったんケースいっぱいの炭酸飲料に交換して,それをさらに現金その他と交換するんだって(記事はここで読める).

ただ,そればかりじゃなくて,この記事には教訓も1つある:ウィリアムソンによれば,大問題なのは政府が依存をつくりだしている方法なんだそうだ.この言い分は,ポール・ライアン的な「セーフティネットは『ハンモック』で貧困者の人生をあまりに安易なものにしてしまう」という考え方だ.

でも,アパラチアに関するもろもろの事実は,ほんとにこの見解を支持してるんだろうか? いいや.それどころか,まさにこの記事で紹介されている事実からして,この見解を支持しちゃいない.

ウィリアムソン氏が知らんぷりしているのは,この地域では経済要因が社会の崩壊を突き進めているかもしれないっていう徴候だ:「この地域を低迷させている破局はなにかと探し求めていくと,やがて,おそるべきストーリーが明らかになる:なにもおきてはいなかったのだ.」

でも,そう言ったそばから彼は矛盾したことを言い始める.炭坑や同地域にかつてあった小規模な製造業の落ち込みにともなってケンタッキー東部の雇用が減少したと言うんだからね.たしかに,あるとき突如としてこの街の主な雇用主が店じまいするようなことはなかった.このプロセスは徐々に進行してきたんだ.

でも,だからどうだっての? アパラチアの現状の土台にあるのは,機会の減少というストーリーだ.ケンタッキーのオウスリーで失業率がどうなっているか,グラフをみてみよう:

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これで人々がフードスタンプをたよるのって意外ですかね?

それに,もしフードスタンプがなかったら彼らはどうするだろう? ウィリアムソン氏は記者として有能なので,さすがにケンタッキー東部では働く意欲さえあればみんな雇用を見つけられてますよ,とは言えずにいる.そのかわりに,彼は言外に「施し」のせいで人々は外にでずに郷里の郡にとどまって依存するようになってしまっていると主張してる.でも,彼が書いているように,郷里から出て行ってる人は多い.それどころか,人々は大挙して出て行っている.(住民人口に関するグラフをみてほしい)

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だから,この地域のモラルハザードはそんなやばそうには見えない.この件は,主に,「地域が経済的な機会を劇的に失ってしまったときどんなことにぶちあたってしまうのか」という話に見える.

そうそう,あと炭酸飲料の話ですがね:すごく貧しい人たちに現物支給で援助しようとすればああいうことは起こるものなんだ.やや貧しいだけの人にフードスタンプをあげれば,その人はその分をぜんぶ食べ物に使おうとするだろう.すごく貧しくて他のほとんど所得がない人にフードスタンプをあげると,その人はその一部をどうにかして現金にして他のことに使おうとする.だからって,別にこの人が助けをもらいすぎているってことにはならない.たんに,食費にかぎらず,なにからなにまでギリギリの状態になっているってだけのことだ.

もっと広い論点に話をもどそう:ウィリアムソン氏の記事をぼくなりに読み解くと,この文章が言ってるのは,ようするに社会学者のウィリアム・ジュリアス・ウィルソンは正しかったってことだ.広く知られているように,ウィルソン氏はこう論じた――都市に暮らす黒人の社会的な困難が生じたのは,彼らの文化になにかその性質からしてわるいものがあったからじゃあなく,都市中心部〔貧しいスラム街〕で雇用機会が干上がってしまったためだ.当然ながら,神を恐れる(そして確実に白人の)アパラチアの人々が雇用機会の喪失に直面したとき,同地域はウィリアムソンが言う「大白人ゲットー」に転じてしまったんだ.

そして,そこからさらにわかるのはこれだ――問題点は,アメリカがいま「たかり屋」の国になりつつあるってことじゃあなくって,同胞の下半分に十分な経済機会を提供しない国になりつつあるってことだ.いや,「下半分」どころか,もしかすると下8割かもしれない.

© The New York Times News Service

アレックス・タバロック 「経済学者も『機会費用』のことがよくわかっていない!?」

●Alex Tabarrok, “Opportunity Cost”(Marginal Revolution, September 2, 2005)


ロバート・フランク(Robert Frank)がニューヨーク・タイムズ誌に論説(“The Opportunity Cost of Economics Education”)を寄稿している。この論説では経済学者の経済学に関する知識(経済学者が本業である経済学についてどれだけ正確な知識を備えているか)を調査した最近の研究(pdf)が取り上げられているのだが、読後にしばし頭を抱え込まざるを得なかった。

ジョージア州立大学に籍を置くポール・フェラロ(Paul J. Ferraro)とローラ・テイラー(Laura O. Taylor)の2名の経済学者が2005年に開催されたアメリカ経済学会(AEA)の年次総会でおよそ200人の経済学者――そのうちの多くは一流大学でPh.D(博士号)を取得している――に次のようなシンプルな質問を投げ掛けた。

エリック・クラプトンのコンサートのフリーチケットが手に入ったと考えてください(ただし、そのチケットは転売できないものとします)。クラプトンのコンサートが行われるその同じ時間帯に別の場所でボブ・ディランもコンサートを行う予定になっています。ディランのコンサートに行くことはあなたにとってクラプトンのコンサートに行くことの次に(2番目に)ベストな選択だとします。ディランのコンサートチケットの価格は40ドルであり、あなたはディランのコンサートを観るためならば最大50ドルまで支払ってもいいと考えているとしましょう――ディランのコンサートがいつ行われようとも最大50ドルまで支払う気があるという点に変わりはないものとします――。どちらのコンサートに足を運ぶ場合であっても他にコストはかからないものとしましょう。さて、これまでに与えられた情報に照らして考えた場合、クラプトンのコンサートに行くことの機会費用はいくらになるでしょうか? 次の4つの選択肢の中から正しいと思うものを選んでください。

(a) 0ドル, (b) 10ドル, (c) 40ドル, (d) 50ドル

何とも信じ難いことだが、この質問に回答した経済学者のうち何と78%が誤った答えを選んだというのである。この質問は特段難しいわけでもなく引っ掛け問題でもない。機会費用は経済学の分野において中心的な概念であり、質問に回答した人々は世界的に見ても最も優れた経済学者たちである。彼らの大半は経済学入門の講義を受け持った経験もあることだろう。にもかかわらず、正しい選択肢が(4つの選択肢の中で)最も人気がなかったのだ1

今回の事例は、専門家への疑惑が原因で一般国民が困惑させられる格好の例だと言うしかない。

あなた自身でも世界的に優れた経済学者の誰かしらを捉まえて試しにこの質問をしてみたらいいだろう。正しい答えについてはエントリーの一番最後に触れることにしよう。ところで、経済学をキチンと学びたいとお考えの人がいるとしたらジョージ・メイソン大学2 へ進学することをお勧めする。ジョージ・メイソン大学で経済学を教える教授たちは機会費用についてちゃんと理解しているはずである。彼らは稀少性やインセンティブについてもよく理解していることだろう。

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正しい答えは(b)の10ドル。クラプトンのコンサートに行くことの次にベストな選択はディランのコンサートに行くことであり、ディランのコンサートに行くことで得られる便益は50ドル、ディランのコンサートに行くために要するコストは40ドルである。それゆえ、「ディランのコンサートに行く」という選択はあなたにとって10ドル(=50ドル-40ドル)だけの純便益(=便益-コスト)を持つ選択ということになる。この純便益こそがクラプトンのコンサートに行くことであきらめざるを得ない価値――すなわち、機会費用――なのだ。

  1. 訳注;正しい選択肢を選んだ人の割合が一番低かったということ。ちなみに各選択肢を選んだ人の割合は以下の通り。(a)と回答した人の割合;25.1%、(b)と回答した人の割合;21.6%、(c)と回答した人の割合;25.6%、(d)と回答した人の割合;27.6% []
  2. 訳注;タバロックも勤めている大学 []

スコット・サムナー「続 ロバート・バロー」

Scott Sumner “Further thoughts on Robert Barro” (TheMoneyIllusion, January 21, 2014)

訳者補足;失業保険に関してクルーグマンによるバローディス→各保守派の批判→サムナーの擁護[邦訳]→コーエンの反論[邦訳]→本エントリという流れ。


クルーグマンが批判した、2011年のロバート・バローの文章の最初のほうには次のように書いてある。

ふつうの経済学による一般的な予測は、フードスタンプなどの所得移転の拡大が雇用、ひいては国内総生産(GDP)を減少させるというものだ。ふつうの経済学では、インセンティブが経済活動の動力源であるということが中心的な考えの一つとなっている。収入が低い水準にある人々への追加的な所得移転は、働くことによる報酬を減らすため、仕事量を減らすよう働きかける。

つまり「ふつうの経済学」とは、インセンティブに基づいた、「サプライサイド」経済学や新しい古典派、RBCとか何とかであるということのようだ。だから私はそのまま読み進め、「正確に言えば、需要ショックも重要なのだ」という文が出てくるのを待った。しかしそうしたものは見つからなかった。また、需要ショックが重要でないということをはっきりと述べているところも見つからなかった。しかし、需要ショックが重要でないと思っている経済学者たちが使う類のレトリックは何度も繰り返されているのだ。 [Read more…]

タイラー・コーエン「ロバート・バローと総需要」

Tyler Cowen “Robert J. Barro on aggregate demand“(Marginal Revolution, January 21, 2014)

訳者補足;失業保険についてのクルーグマンVSバロー(と保守派)の対立に関するスコット・サムナーのエントリ[邦訳]に反応したもの。コーエンはサムナーのコメント欄でも「バローが総需要を理解してないなんて証拠がどこにあるの?」といの一番にコメントを付けている(それに対するサムナーの返答は「バローは総需要を非常によく理解しているけど、それが実質GDPに影響するとは考えていない」というもの)。


ロバート・バローが総需要という概念を否定しているかどうかについて騒がれているけども、彼が括弧付きで「総需要」と書いたのもその一因となっている。スコット・サムナーが全体を概説している

バローが本当のところどう考えているかを見つけるためにグーグルなんかを使ってみたんだけど、彼は実のところこの点についてピタリとはまるものを書いているんだ(jstor)。「総供給・総需要モデル」という1990年半ばのものがそれで、以下はその要約だ1[Read more…]

  1. 訳注;全文はここから読める。 []