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Archives for 1月 2015

一般社団法人経済学101第2期決算状況のご報告

一般社団法人経済学101第2期の決算のご報告を致します。

当期はニューヨーク・タイムズよりクルーグマンのコラムの提供を受けてコンテンツの充実を図りました。当期の閲覧数は85万アクセスを記録しましたが、他方で翻訳権料の支払いが負担となり財政を圧迫いたしました。このため、7月に寄付金が不足していることをお知らせしましたが残念ながら財政の改善には至らずニューヨーク・タイムズとの契約を打ち切る決定をし、ご報告いたしました。

クルーグマンコラム終了のお知らせ以降、ありがたいことに再び寄付が増加に転じ、現時点でCloud Paymentを通じた定期的な寄付が月間7万円ほどに達しています。また、いくつかの大口寄付もあり、決算時点での財政状況は大きく改善されました。寄付してくださった方々に感謝を申し上げます。

今後は毎月の寄付から翻訳者の方々への報酬の支払を開始し、翻訳へのインセンティブ増加を通じて、配信記事の充実を図っていく予定です。また、経済学101は元々翻訳記事の配信のみが目的としているわけではないので、今後は国内の経済学者に寄る記事の配信やインタビューなどを掲載していきたいと思います。

これからも経済学101へのご支援をよろしくお願い致します!(できれば寄付をお願いします→寄付のお願い)
経済学101第2期決算書類

アレックス・タバロック 「意図せざる結果の法則」

●Alex Tabarrok, “The Law of Unintended Consequences”(Marginal Revolution, January 24, 2008)


ダブナー(Stephen Dubner)&レヴィット(Steven Levitt)の『ヤバい経済学』コンビがニューヨーク・タイムズ紙に記事を寄稿している。テーマは「意図せざる結果の法則」であり、その実例として3つのエピソードが紹介されている1。「障害を持つアメリカ人法」(ADA)は障害者を雇うことに伴うコストを高め(pdf)、結果的に障害者の雇用を減らす効果を持った。旧約聖書に記された借金棒引きを認める律法は借金の返済に苦しめられる貧しい人々の救済を意図していたが、その意図に反して貧しい人々の立場を悪化させる結果につながった(pdf)。そして「絶滅の危機に瀕する種の保存に関する法律」は絶滅危惧種に指定された動物の住処(となる可能性のある生息地)を破壊する結果を生んだ(pdf)。例えば、(絶滅危惧種に指定されている)ホオジロシマアカゲラ(キツツキの一種)が自分の所有するマツの木に住み着きでもしたらたまらんということでマツの持ち主たちはマツの伐採を急いだのである。

この記事に反応するかたちでアンドリュー・ゲルマン(Andrew Gelman)がディープな質問を投げ掛けている。意図せざる結果の『法則』と言うが、それは一体どういった種類の法則なのか?、と。 [Read more…]

  1. 訳注;この話題は『超ヤバい経済学』(スティーヴン・レヴィット&スティーヴン・ダブナー(著)/望月衛(訳))の中でも取り上げられている(pp.176~178)。該当箇所はGoogle ブックスでも閲覧できる。こちらこちらを参照のこと。 []

タイラー・コーエン 「『意図せざる結果』コレクション」

●Tyler Cowen, “Department of Unintended Consequences, a continuing series”(Marginal Revolution, February 12, 2008)/“Department of Unintended Consequences?”(Marginal Revolution, September 30, 2010)/“Dept. of unintended consequences”(Marginal Revolution, March 9, 2013)


計量経済学の手法を用いて厳密な実証分析を行ったところ、アメリカ国内で施行された禁煙法(バーでの喫煙を禁止する法律)は飲酒運転を原因とする交通死亡事故の件数を増やす効果を持ったとの結果が判明したということだ。バーでの喫煙が禁止されたらタバコを吸いながらお酒を飲みたいと思う人はもうバーには立ち寄らなくなり、その分だけ酒気帯び運転で(バーから自宅までの)帰路に就く人の総数も減るのではないか。そのように読者は思われるかもしれない。しかしながら、問題は次の点にある。禁煙法はアメリカ全土のあらゆる地域で施行されているわけではなく、禁煙法が施行されている地域とそうではない地域が隣接しているケースがあるのだ。それに加えて、法律の目をかいくぐってお客に喫煙を許可するバーも存在する。禁煙法が施行されている地域に住んでいたとしてもバーでタバコを吸いながらお酒を飲む術は残されているわけだ。禁煙法が施行されていない近隣地域のバー(ないしは違法営業を行っているバー)まで足を運べばよいのである。しかしながら、そのための移動手段として車を使えば(バーから自宅に戻るために)酔っ払った状態で車を運転する距離も長くなることになる。タバコを吸う層とお酒を嗜む層とは重なる部分がかなり大きい(タバコもお酒もどちらも嗜む人の数は相当数に上る)ことが知られているが、そのことを踏まえるとバーで喫煙しながらお酒を飲めるのであれば(禁煙法が施行されていない近隣地域まで)車で遠出しても構わないと考える人の潜在的な数は相当数に上ることになり、車の運転距離が長くなることに伴う危険性は全体として無視し得ないことになる。さて、それでは禁煙法はどのような効果を持ったのだろうか? 論文の著者らの推計結果によると、禁煙法が施行されたことで飲酒運転を原因とする交通死亡事故の件数は(各地域のデータを平均すると)年あたりおよそ13%(およそ2.5件)だけ増えることになったということである。

引用文中で紹介されている論文は近々Journal of Public Economics誌に掲載される予定1とのことであり、以上の推計結果はかなり信頼が置けるようだ。引用元はこちらの記事だが、他にもいくつか興味深い研究が紹介されている。一読の価値ありだ。
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交通事故損害データ研究所(Highway Loss Data Institute;HLDI)に在籍する研究者たちは車の運転中に(携帯電話等を操作しての)テキストメッセージのやり取りを禁止する法律が施行される前と後とで(交通事故による)損害賠償請求の件数にどのような変化が見られるかを検証した。検証の対象となった地域はカリフォルニア州、ルイジアナ州、ミネソタ州、ワシントン州の計4つの州だが、そのうち3つの州では法律の施行後に(損害賠償請求のデータから求められる)交通事故の発生件数が増えたことがわかったという。研究者たちの推測によると、警察の目を逃れるためにドライバーたちが携帯電話を低い位置で操作するようになったのがその原因ではないかということだ。携帯電話の位置が低くなればテキストメッセージのやり取りをするたびに道路から大きく目を離さざるを得ず、その分だけ脇見運転の時間も長くなる。

引用元はこちらである。ところで、上記の研究結果を発表した研究者たちは実証分析を行う際に一体何をコントロール変数に置き、タイムトレンドの問題はどう処理したのだろうか?
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・・・付近の住民たちは役所の役人とともに知恵を出し合い、性犯罪の前科を持つ人物を近隣から立ち退かせるための妙案の一つを思い付いた。その妙案というのはミニ公園を造成するというものだ。

カリフォルニア州の法律では性犯罪の前歴者は学校や公園の周囲2000フィート(およそ600メートル)以内に居住することが禁じられているが、ミニ公園の造成に乗り出しているのは(カリフォルニア州の)ロサンゼルスに住む(小さな子供を持つ)親たちだけに限られない。マイアミのような大都市から(オクラホマ州にある)サパルパのようなごく小さな町にまでいたる数多くの地域で性犯罪者を追い払う術としてポケットパーク――あまりに狭くてブランコを置くスペースさえ見つからないケースもある――が続々と建設されているのだ。ヒューストンで遊び場の設計・提案を行っている会社の一つは地域の管理組合に向けて「性犯罪者を遠ざける術として遊び場はいかがでしょう」との売り文句を掲げているほどである。

性犯罪の前歴者たちは(ミニ公園があちこちに造成されたおかげで)住む場所(法的に居住が認められるスペース)を見出すのがますます難しくなっており、公園の少ない地域に固まって生活するようになっているということだ。この記事は全編にわたって興味深く、一読に値する。

  1. 訳注;掲載済み。次の論文がそれである。 ●Scott Adams and Chad Cotti, “Drunk driving after the passage of smoking bans in bars”(Journal of Public Economics, Volume 92, Issues 5–6, June 2008, pp.1288–1305) []

アレックス・タバロック 「体系の人」

●Alex Tabarrok, “The Man of System”(Marginal Revolution, May 17, 2013)


(差別撤廃に向けた)バス通学制度を支持したり、私立学校の存在(あるいは学校選択の自由)を批判したりする際にその論拠の一つとして時に次のような意見が語られることがある。「優れた生徒は同じクラス(あるいは同じ学校)の他の生徒たちに対して様々な恩恵をもたらす。他の生徒たちのためにも優れた生徒が今いる学校を去って別の学校に移るのを防がなくてはならない。」、と。こういった意見を耳にするたびに不快な気持ちにさせられるものだ〔拙訳はこちら〕。というのも、人間を「手段」として扱うべきではないと考えるからだ。常日頃からそういう思いを抱いていたこともあって、カレル(Scott E. Carrell)&サチェルドーテ(Bruce I. Sacerdote)&ウェスト(James E. West)の共著論文(“From Natural Variation to Optimal Policy? The Importance of Endogenous Peer Group Formation(pdf)”)で報告されている実験結果を目にするや正直言って思わず快哉を叫びたくなったものだ。

本論文では米国空軍士官学校の新入生の半数を特定のアルゴリズムに従って編成された部隊に振り分け、ピア効果の意図的な活用を通じて生徒の学業成績を高めることが可能かどうかを検証した。米国空軍士官学校では入学してきたばかりの新入生をおよそ30名からなる部隊にランダムに振り分けているわけだが、我々が実験を行う前のデータを分析したところ、非線形のピア効果の存在が確認された1。その分析結果をもとにして開発されたのが「最適」部隊の編成を意図したアルゴリズムであり、このアルゴリズムに従って部隊の編成を行えば(ピア効果が最大限に発揮されることで)「能力が低い生徒」の学業成績がこれ以上ないほど高まることが期待された2。しかしながら、実験の結果はその期待に反するものであった。「最適」部隊に振り分けられた(「トリートメントグループ」に振り分けられた)「能力が低い生徒」は従来通りのやり方で振り分けられた(「コントロールグループ」に振り分けられた)「能力が低い生徒」よりも学業成績が悪化したのである。どうしてそのような結果になったのだろうか? 我々が開発したアルゴリズムに従って「最適」部隊に振り分けられた生徒たちは(我々の狙いとは裏腹に)能力が異なる相手との交流を避けて似た者同士でつるんだ(「能力が高い生徒」は「能力が高い生徒」同士で仲良しグループを作り(頻繁に接触し)、「能力が低い生徒」は「能力が低い生徒」同士で仲良しグループを作った)のである。集団の構成に外部から手を加えればピア効果の働きを通じて社会的に望ましいとされる目標を達成することが可能となるかもしれないが、集団の構成に外部から手を加えた結果として集団内部での人と人との交流の形態(付き合い方)に変化が生じ、そのために社会的な目標の達成が遠ざかる可能性がある点にも留意すべきであろう。

アダム・スミスが『The Theory of Moral Sentiments』(邦訳『道徳感情論』)の中で語っている次の言葉を思い出さずにはいられない3

それとは対照的に、「体系の人」(The man of system)は自惚れ(うぬぼれ)やすい性質であり、自らが理想とする統治計画の外見上の美しさの虜となるあまりに、その計画からのほんの些細な逸脱でさえも我慢がならない。彼(体系の人)は自らが理想とする計画を完璧に、その細部にいたるまで取りこぼすことなく徹底的に実現しよう試みる。現実の社会に生きる人々がその計画と対立する強固な利害や強い偏見を持っていたとしてもそのことには一切注意を払わないのだ。この偉大な社会に暮らす種々雑多な人々はチェス盤の上のさまざまな駒のようなものであり、駒を手で動かすのと同じくらい簡単に(好き勝手に)動かすことができる。どうやら彼(体系の人)はそのように考えているようだ。チェス盤の上の駒は手によって加えられる力の他には何らの(運動)原理にも従わない一方で、人間社会という巨大なチェス盤の上の駒の一つ一つは立法府が押し付けようとするのとは異なるそれ自らの(行動)原理を持ち合わせているのだが、彼(体系の人)はこの事実を考慮しようとしない。立法府が押し付けようとする原理と駒の一つ一つが持ち合わせている原理とが一致し、同じ方向を向いているようであれば、人間社会で繰り広げられるゲームは調和を保ちながら滞りなく進行し、社会には幸福と実りある結果がもたらされるに違いない。その一方で、それら二つの原理が対立したり異なる方向を向いている場合には、人間社会で繰り広げられるゲームは見るも無残な様相を呈し、社会全体は無秩序極まりない状態に置かれることだろう。4

スミスのこの言葉はカレルらの論文を批判するつもりで語られたわけでは当然ないが、それにしても非常に鋭い指摘である。

  1. 訳注;この研究では学業成績(GPAの値)に応じて生徒を「能力が高い生徒」「能力が中くらいの生徒」「能力が低い生徒」の3タイプに分類している。これら3タイプの生徒の間でのピア効果の大きさや向きにはそれぞれ違いが見られるが、とりわけ重要なのは「能力が高い生徒」が「能力が低い生徒」に及ぼすピア効果である。「能力が高い生徒」は「能力が低い生徒」に対してかなり大きなプラスのピア効果を及ぼしている(「能力が低い生徒」は同じ部隊の「能力が高い生徒」と日常的に触れ合うことで学業成績(特にSAT Verbalテストのスコア)の向上というかたちで恩恵を受けている)との推計結果が得られている。 []
  2. 訳注;実験の対象となったのは2011年度の新入生(1314人)と2012年度の新入生(1391人)。まずはじめに新入生全体を「コントロールグループ」と「トリートメントグループ」の2つのグループにランダムに二分する。そして「コントロールグループ」に振り分けられた生徒に関しては従来通りのやり方でランダムに各部隊(1つの部隊はおおよそ30名からなる)に振り分ける(全部で20の部隊からなる)。一方で、「トリートメントグループ」に振り分けられた生徒に関してはピア効果の推計結果に依拠して開発されたアルゴリズム(「能力が低い生徒」の学業成績をできるだけ高めることを意図して開発されたアルゴリズム)に従って各部隊に振り分ける(全部で20の部隊からなる)。「トリートメントグループ」内の各部隊は2つのタイプに分類することができ、一方のタイプは「能力が高い生徒」と「能力が低い生徒」だけからなる(「能力が高い生徒」が過半数を占める)部隊、そしてもう一方のタイプはほぼ全員が「能力が中くらいの生徒」からなる部隊という格好となっている。 []
  3. 訳注;以下は拙訳 []
  4. 訳注;堂目卓生(著)『アダム・スミス-『道徳感情論』と『国富論』の世界』(中公新書、2008年)ではこの言葉の意味するところについて次のように解説されている。「しかしながら、統治者は、しばしば拙速に事を運ぼうとする。そして、この傾向は、統治者が、自分の掲げる理想の美しさに陶酔すればするほど強くなる。スミスは、1789年頃に書いた『道徳感情論』第六版の追加部分において、「体系の人」(man of system)について論じた。体系の人とは、現実の人びとの感情を考慮することなく、自分が信じる理想の体系に向かって急激な社会改革を進めようとする統治者のことである。・・・(中略)・・・めざす理想が、いくら崇高なものであっても、そこに至るまでの道が、あまりにも大きな苦難をともなうものであれば、人びとは、統治者の計画についていくことができないであろう。体系の人は、このことをわかろうとしない。体系の人は、理想を正しく理解さえすれば、すべての人は、理想の達成に対して、自分と同じ情熱と忍耐をもつはずであると信じて疑わない。しかし、人間はチェス盤の上の駒とは違う。指し手の理想や行動原理とは異なった、独自の理想や行動原理をもつ。人びとは、統治者と同じ理想をもつとはかぎらないし、もったとしても、そのために自分が犠牲になることを受けいれるとはかぎらない。どのような社会改革の計画も、人びとがついていくことができなければ、失敗に終わるだけでなく、社会を現状よりも悪くするであろう。」(pp.242~244) []

アレックス・タバロック 「限界原理をめぐる混乱 ~所得が増えると可処分所得は減る?~」

●Alex Tabarrok, “A failure to think on the margin”(Marginal Revolution, September 6, 2011)


「限界的な変化に着目して考える」(いわゆる限界原理)というのは経済学の基本とも言える考え方であり、コーエンと2人で執筆したテキスト(Modern Principles)でも経済学における「ビッグアイデア」の一つに数えている(そう考えているのはどうやら我々だけではないようだ)。さて、悲しいお報せである。USA Todayの記事(“Math tips for the rest of us”)で所得税の話題が取り上げられているのだが、「限界税率」という概念を理解できているのかどうか何とも怪しいのだ1

所得が増えるというのは一見したほど好ましいことではないかもしれない。かつてよりも稼ぎが増えるというのはハッピーな出来事だ。しかしながら、所得が増えた結果として新たな所得階層区分(ブランケット)に仲間入りすることになり、そのおかげで以前よりも高い所得税率が課されることになるかもしれない。そのために場合によっては所得が増えたおかげで税引き後の所得(可処分所得)がかつてよりも少なくなってしまうという結果が待ち受けているかもしれないのだ。

アイタタタ・・・。ディーン・ベイカー(Dean Baker)の怒りの声に耳を傾けることにしよう。

何じゃそりゃ!!!!!!!! 違う。違う。そうじゃない×286,000! 所得税法で定められている(所得階層区分ごとの)税率というのはあくまでも「限界的な」税率を意味しているのだ。所得が増えたためにそれまでよりも高い税率が適用される所得階層区分に仲間入りしたとしてもその高い税率が適用されるのは閾値2を上回る金額に対してだけなのだ。例えば、20万ドル以下の所得に対する税率は25%であり、20万ドルを上回る所得に対する税率は33%だとしよう。そしてあなたの所得が19万5000ドルから20万5000ドルに増えたとしよう。その場合、33%の税率が適用されるのは閾値である20万ドルを上回る金額、すなわち5000ドル(=20万5000ドル-20万ドル)に対してだけなのだ。20万5000ドルすべてに33%の税率が適用されるわけではないのだ3。というわけで、稼ぎが増えたためにそれまでよりも高い税率が適用される所得階層区分に仲間入りすることになったとしても(稼ぎが増える前よりも)税引き後の所得(可処分所得)が減るなんてことは絶対に(そう、絶対に!)あり得ないのだ。

  1. 訳注;おそらく各方面から指摘が相次いだのだろう。現在では記事の内容は訂正されている。 []
  2. 訳注;新たな税率が適用される所得の下限額 []
  3. 訳注;所得税額の計算をする際に「速算表」が使われることがあるが(詳しくはこちらを参照)、税額の計算の過程を詳しく辿ると次のようになる。例えば所得(「課税される所得」)が700万円だとしよう。700万円ということは「695万円超~900万円以下」の区分に入るので税率は23%。それゆえ、支払うべき所得税額は700万円×0.23で・・・というのは間違い。23%の税率が適用されるのは(閾値である)695万円を上回る金額、すなわち5万円(=700万-695万円)に対してだけである。それでは残りの695万円すべてに20%の税率(「330万円超~695万円以下」の所得階層区分の税率)が課されるかというとそうではない。20%の税率が課されるのは(閾値である)330万円を上回る金額、すなわち365万円(=695万円-330万円)に対してだけである。そして残りの330万円すべてに10%の税率(「195万円超~330万円以下」の所得階層区分の税率)が課される・・・わけではなく、10%の税率が課されるのは(閾値である)195万円を上回る金額、すなわち135万円(=330万円-195万円)に対してだけである。そして残りの195万円に対して5%の税率(「195万円以下」の所得階層区分の税率)が課されるということになる。これまでの話を式のかたちでまとめた上で計算すると以下のようになる(一番最後の式が速算表に掲げられている計算式(所得が700万円の場合)と同じものであることを確認されたい)。
    (700万-695万)×0.23+(695万-330万)×0.20+(330万-195万)×0.10+(195万-0)×0.05
    =700万×0.23-695万×(0.23-0.20)-330万×(0.20-0.10)-195万×(0.10-0.05)
    =700万×0.23-{(695万×0.03)+(330万×0.10)+(195万×0.05)}
    =700万円×0.23-63万6千円 []