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Archives for 4月 2015

ラルス・クリステンセン 「ジンバブエが抱える『硬貨問題』とその解決策」

●Lars Christensen, ““Good E-money” can solve Zimbabwe’s ‘coin problem’”(The Market Monetarist, April 26, 2012)


ニューヨーク・タイムズ紙の記事がジンバブエを苦しめている「硬貨問題」について報じている。

「チェンジを求む」 ジンバブエで暮らす庶民の口からそう語られる時、政治の変革(チェンジ)が待ち望まれている場合がほとんどである。1980年代から今日に至るまでずっと同じ人物が大統領の地位に居座り続けていることを踏まえるとそれも頷けるところである。

八百屋を営むロブソン氏もまたチェンジの到来を首を長くして待っている一人だ。とは言っても、ここでのチェンジというのは「小銭」のことである。スーパーマーケットに買い物に出掛ける時やバスを利用する時、お客に野菜を売る時、モノを売ったり買ったりする機会がある度に自分の手元に「小銭」が転がり込んでこないものかと待ち焦がれているのだ。

「小銭が全然足りないんだ」。八百屋を始めて20年になるロブソン氏はそう語る。「小銭不足はジンバブエが抱える大問題なんだ」。

これまで長年にわたってジンバブエを苦しめ、ジンバブエの名を世界中に知らしめることにもなった問題は小銭不足とは正反対の性格のものだった。仰天するほどの勢いで昂進するインフレ(ハイパーインフレ)がそれである1。スーパーマーケットで買い物をするためには現金が溢れんばかりに詰め込まれた箱を持参する必要があった。2009年1月には額面が100兆ドルの紙幣(ジンバブエドル紙幣)が大量に増刷されたが、そのお札も瞬く間に価値を失った。100兆ドル紙幣を支払ってもパン一切れすら買えない有様だったのだ。

しかしながら、2009年に米ドルをジンバブエの法定通貨とする決定が下されてからというもの、これまでなら考えられないような難題が持ち上がってくることになった。かつては通貨の価値があまりにも低いことが問題だったわけだが、今ではその反対に通貨の価値があまりにも高いことが問題となっているのだ。

「平均的なジンバブエ人にとって1ドルはかなりの大金です」。ジンバブエ大学で経済学を研究するトニー・ホーキンス氏はそう語る。

「硬貨問題」(“the coin problem”)。ジンバブエ国内ではそう呼ばれている。ジンバブエ国内では硬貨(セント硬貨)がほとんど出回っていない。硬貨不足を解消するために国外(アメリカ)から硬貨を持ち込むにしてもかなりの重量となるためにその輸送費は馬鹿にならない。ジンバブエでは数百万人に上る国民が1日1ドルないしは2ドルでの生活を余儀なくされているが、モノの売り買いを1ドルちょうどに収めるにはどうしたらよいかと国全体が頭を悩ましている。

ジンバブエが抱えている「硬貨問題」は紛れも無い「貨幣的な不均衡」(monetary disequilibrium)の例の一つである。硬貨の供給が硬貨に対する需要に追い付いておらず、硬貨に対する超過需要が生まれているのだ。その結果としてジンバブエはデフレもどきの状況に追いやられてもがき苦しんでいるというわけだ。ほんの数年前の(ハイパーインフレに苦しんでいた)ジンバブエの状況を思い起こすとちょっと意外な話ではある。

貨幣の歴史を振り返ると現在ジンバブエが抱えている「硬貨問題」と似たエピソードで満ち溢れており、その解決策も多種多様である。ジンバブエ政府が硬貨の鋳造に乗り出すというのはその(解決策の)一つであり、ニューヨーク・タイムズ紙の記事でもそのことが提案されている。しかしながら、ジンバブエ政府が鋳造した硬貨を喜んで受け取るような国民は誰一人としていないことだろう。一体誰がそのことを責めることができるだろうか?

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  1. 訳注;ジンバブエを襲ったハイパーインフレの実状については本サイトで訳出されている次のエントリーも参照されたい。 ●アレックス・タバロック 「ジンバブエのハイパーインフレ」/タイラー・コーエン 「ファインマンの言葉」(2014年4月15日) []

アレックス・タバロック 「硬貨の起源 ~産業革命黎明期のイギリスにおける硬貨不足はいかにして解消されたか?~」

●Alex Tabarrok, “On the Origin of Specie”(Marginal Revolution, August 23, 2012)


エコノミスト誌の記事(本エントリーのタイトルはこの記事のタイトルを拝借したものだ1)が語るところによると、貨幣――その中でも特に硬貨(コイン)――は「取引に伴うコストをできるだけ低く抑えるための手段として民間部門において自生的に発展してきたわけではなく、政府がその発行を引き受けることを通じて発展してこざるを得なかった」ということらしい。しかしながら、過去の歴史を振り返ると民間部門において硬貨(私鋳銭)が鋳造された例は数多い。かつてジョージ・セルジン(George Selgin)の傑作である『Good Money』を話題にしたことがあるが、その時のエントリーの一部を以下に引用しておこう。テーマは産業革命黎明期のイギリスにおける私鋳銭の鋳造である。

産業革命の到来とともに多くの人々は生まれ故郷(の農地)を離れて都市部の工場で労働者として働き始めることになるが、それに伴って交換手段に対する需要が劇的に高まることになった。それまでは労働の報酬は現物(農作物)で支払われていたが、都市部で働く労働者たちは生活必需品を購入するための手段を得るために労働の対価を現金で支払うよう求めたのである。しかしながら、民間の銀行が独自の銀行券(小額の銀行券)を発行することは法律で禁じられており、硬貨を鋳造する独占的な権限を付与されていた英国王立造幣局(Royal Mint)は労働者や雇用主が求める質の高い硬貨(銅貨)を十分に供給できずにいた2

王立造幣局は工場で働く労働者たちの求めに応じる(十分な量の硬貨(銅貨)を鋳造する)意思もなければそのために必要な能力(技術)も欠いていた。とある歴史家が当時の王立造幣局が直面していたインセンティブについて次のように説明しているが、旧ソ連時代の製釘工場(釘を製造する工場)が置かれていた状況を彷彿とさせるものがある。

王立造幣局は硬貨の鋳造を受け持つ公的な機関だったが、王立造幣局に課せられていた年間のノルマは枚数単位(何枚の硬貨を製造するか)ではなく総額単位(総額でいくらの硬貨を製造するか)で決められていた。50万4千枚の半ペンス銅貨を鋳造するよりは1000枚のギニー金貨を鋳造する方がずっと簡単で楽な作業だ3ということはその当時の先端科学の知識がなくとも容易に理解できたことだった。タワーヒル地区の(働き過ぎとは決して言えない)住民たち4はこのことに気付いて大喜びした。・・・(中略)・・・仮に王立造幣局がもっと協力的であり、それゆえ(工場で働く)賃金労働者たちの求めに応じる意思をあともう少しだけ持ち合わせていたとしても銅貨不足の解消に一役買うことは困難だったことだろう。それというのも王立造幣局が硬貨の鋳造に用いていた機械は遠い昔から受け継がれてきた時代遅れの代物だったからである。

・・・(中略)・・・

公の機関が投げ出した問題の解決に乗り出したのは民間の企業家たちであった。

銅貨不足の解消に乗り出したのはバーミンガムを拠点とするボタン製造業者たちだった。ボタン製造業者たちが鋳造した銅貨(私鋳銭)はやがて幅広い範囲で流通するようになったものの、偽造が至るところで蔓延る始末だった。質の高い銅貨(良貨)が不足していることに不満を募らせていたマシュー・ ボールトン(Matthew Boulton)はある時妙案を思い付いた。ビジネスパートナーであるジェームズ・ワット(James Watt)が発明した蒸気機関の力を借りたスチームプレス機なら質の高い銅貨が鋳造できるのではないかと考え、そのアイデアを実行に移したのである。蒸気機関を利用したこの新たなプレス機は従来機よりもずっと大きな圧力を加えることができ、硬貨の縁を正確に整えたり硬貨を正確にくり抜くことが可能であった。こうしてボールトンは偽造が困難な銅貨の製造にこぎつけたわけだが、この銅貨は大量生産することも可能であった。ボールトンの物語についてはセルジンの件の本の中で大変巧みに跡付けられているが、ここではボールトンが製造した銅貨はイギリス国内においてだけではなくインドやシンガポール、バミューダ諸島といったその他の至る地域を含めてそれまでに製造されたいずれの銅貨よりも優れたもの(最高品質の銅貨)であったと指摘しておくだけで十分であろう。民間部門において硬貨(私鋳銭)が鋳造された例というのはボールトンのケースだけに限られるわけではない。セルジンが自らのブログで指摘しているように、アメリカや日本をはじめとしたその他の国でも私鋳銭が鋳造された例を見出すことは可能なのだ。

ボールトンがソーホー鋳造所で製造した硬貨の写真をいくつか掲げてエントリーの締め括りとしよう。

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  1. 訳注;原題は“On the Origin of Specie”となっているが、このタイトルはダーウィンの『種の起源』(“On the Origin of Species”)を意識してつけたものと思われる。 []
  2. 訳注;言い換えると、銅貨が不足する事態が続いたということ。当時の労働者の賃金は低く、そのため賃金は額面の小さな硬貨(=銅貨)で支払う必要があった。 []
  3. 訳注;1ギニー=21シリング、1シリング=12ペンス。総額で1000ギニーの硬貨を製造する場合、1ギニー金貨であれば1000枚で済むが、半ペンス銅貨だと50万4千枚(2×12×21×1000)もの枚数を製造しなければならない。硬貨の鋳造に関するノルマが総額単位で決められていたために王立造幣局は額面の大きな硬貨(金貨)を鋳造してできるだけ仕事量を減らそうとする(硬貨の製造枚数をできるだけ少なく抑えてノルマの達成を図ろうとする)インセンティブに直面していたという趣旨のことが言いたいのであろう。 []
  4. 訳注;王立造幣局の所在地はタワーヒル地区。「タワーヒル地区の住民たち」というのは王立造幣局で硬貨の鋳造を担当していた役人のことを指している。 []

タイラー・コーエン 「ルピー製の剃刀と厚紙製のコイン」

●Tyler Cowen, “All monies are commodity monies”(Marginal Revolution, July 13, 2007)


インド政府の高官は次のように語る。「何百万枚にも上る硬貨が剃刀(かみそり)の刃に変造された上で隣国のバングラデシュに密輸されています。その結果としてインド国内の多くの地域で硬貨が大幅に不足する事態になっているのです」。

つい先日発覚した事件がこの問題の根深さを浮き彫りにしている。食料雑貨店を営む男性がカルカッタ警察に逮捕された事件がそれだが、この男性が隠し持っていた巨大な機械が押収されたのである。逮捕された男性はこの機械を壊れかけのぼろ小屋の中に持ち込んで大量の硬貨を溶かしていたという話だ。

「1ルピー硬貨1枚から剃刀の刃が5~7枚は作れるんだ。それを売れば35ルピーにはなる。1ルピー硬貨は35ルピーの価値があるというわけさ」。逮捕された男性は警察の調べに対してそう語ったという。

硬貨不足の問題に対する一時しのぎの対策として私的通貨(private money)を発行するというケースも見られるようだ。

アッサム州の北東部にあるティーガーデン(茶園)の中には硬貨不足の問題に対処するために従業員に対する給与の一部を厚紙でできたコインで支払うところも出てきている。

厚紙製のコインの表面には金額が刻み込まれており、ガーデン内でモノを売買する際に使用されているということだ。

詳細はこちらを参照されたい(www.geekpress.com経由)。

アレックス・タバロック 「サバ本位制 ~囚人同士の交換を仲介するサバという名の貨幣~」/タイラー・コーエン 「誘発的技術革新の実例 ~刑務所内における発明の数々~」

●Alex Tabarrok, “The Economic Organization of a Prison”(Marginal Revolution, October 2, 2008)


第二次世界大戦中の戦争捕虜収容所でタバコが交換手段(貨幣)の役割を果たすことになった経緯についてはこの有名な論文1で詳しく論じられているが(赤十字によるタバコの配給の多寡によって収容所内でブーム(好況)やスランプ(停滞)が発生するなんてこともあったようだ)、タバコはアメリカ国内の刑務所内でも長い間にわたって貨幣の役割を務めていた。しかしながら、ウォール・ストリート・ジャーナル紙のこの優れた記事によると、今現在においてはタバコではなくサバ(鯖)が囚人の間で交換手段(貨幣)として通用するようになっているということだ。

元囚人や囚人向けのコンサルティング業務を手がける業者が語るところによると、連邦刑務所内では2004年頃からサバを貨幣とするサバ本位制がその姿を露にし出したという。2004年というのは連邦刑務所内での喫煙が禁止され、タバコ――それまで貨幣の役割を務めていた商品――を刑務所内に持ち込むことができなくなった時期にあたる。

囚人たちにはドルの代わりとなるものがどうしても必要だった。というのは、刑務所内に現金を持ち込むことは禁じられているからである。刑務作業で得た給与(連邦刑務局によると、時給は最高で40セントということである)や家族からの仕送りは特別な口座に振り込まれることになり、囚人たちが刑務所内の売店で食料や日用品を購入するとその口座から代金が引き落とされる決まりになっている。刑務所内での喫煙が禁じられて以降、囚人たちは売店で購入できる商品の中からタバコに代わる貨幣を探し始めることになったが、・・・(中略)・・・、連邦刑務所の多くではサバ(サバ缶)が貨幣として選ばれるに至っている。

個人的に次の文章はお気に入りだ。サバを納入する業者の手に莫大なシニョリッジ(貨幣発行益)が発生しているらしい。

ムンツ氏が語るところでは、連邦刑務所内の売店に納入したサバ(サバ缶、真空パックに詰められたサバ)の総額は昨年1年間で100万ドルを超えるという。サバの売り上げはツナ缶やカニ缶、チキン缶、カキ(牡蠣)缶のいずれの売り上げをも上回っており、ムンツ氏が連邦刑務所内の売店向けに納入した商品の売り上げ総額のおよそ半分はサバの売り上げで占められているという。

ツナ缶をはじめとした少々値が張るご馳走とは違ってサバはドルの代わりにもってこいの品だと語るのは元囚人の一人である。その理由はというと、サバは1缶(あるいは1パック)あたり1ドル程度で購入でき、サバを好き好んで食べたがる囚人なんて――重量挙げにはまっていてプロテインに飢えている人物を除けば――ほとんどいないからだという。

この記事の存在を教えてくれたBrandon Fullerに感謝する。
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●Tyler Cowen, “Induced innovation in prisons”(Marginal Revolution, September 6, 2003)


Wiredのこちらの大変興味深い記事で創意工夫に満ち溢れた囚人のエピソードが紹介されている。刑務所というのは資源が極めて限られている環境だが、囚人たちは珍奇な道具の発明を通じて乏しい資源を最大限に利用しているのだ。

アンジェロはカリフォルニア州の刑務所に収監されている囚人の一人だが、コーヒーが飲みたくてたまらなかった。しかしながら残念なことに、インスタントコーヒーを作るために使われる電気ヒーター(浸漬ヒーター)は刑務所内への持ち込みが禁止されている。その時、同じ監房に入っていた仲間の一人が奇妙なモノを作り始めた。しばらくして出来上がったその代物は熱で溶けた歯ブラシ数本と輪ゴム、そしてノートのバインダーとして使われていた金具を素材とする電気ヒーター・・・のようなものだった。

この電気ヒーターもどきのおかげでアンジェロはフォルジャーズのインスタントコーヒーをちびちび飲む楽しみを享受できたのだった。

アンジェロによる刑務所内の事細かな観察記録を基にして制作された『Prisoners’ Inventions』〔この本のオンラインサポートサイトも大変興味深いものであり、チェックすることをお薦めする。アンジェロが紙に描いた発明品の絵をはじめとして様々な情報が提供されている;コーエンによる挿入〕では即席の電気ヒーターをはじめとしたおよそ80品に及ぶ(刑務所内で生み出された)発明品が紹介されている。この本はシカゴを拠点とするアート集団であるTemporary Servicesとアンジェロ(というのは本名ではなく仮名だが)が協力して制作されたものだが、この本の中では囚人たちが砂糖水とトイレットペーパーを原料としてサイコロを作り上げる様や刑務所内の照明を使ってビーフジャーキーを乾燥させる姿、タバスコが入っていた瓶をシャワーヘッドに様変わりさせる見事な手際、監房内の机の上でグリルドチーズサンドイッチをこしらえる手腕が描き出されている。

Temporary Servicesのメンバーの一人は次のように語っている。「囚人が発明するものといえば、脱走(脱獄)に役立つものか、気分がハイになる手助けとなるもの、あるいは気に入らない相手(囚人)を殺す上で役立つものくらいに限られている。巷の映画ではしばしばそのように描かれるものです」2

それにしてもこの話を読んでいると旧ソ連時代のエンジニアのことを思い出さずにはいられない。

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『Prisoners’ Inventions』のオンラインサポートサイトより転載

  1. 訳注;この論文については本サイトで訳出されている次の記事でその概要を知ることができる。 ●フランシス・ウーリー 「戦争捕虜収容所の経済学」(2013年11月22日) []
  2. 訳注;しかし、アンジェロがその目で見た現実の刑務所内の光景は映画の中で描かれている光景とは違っている・・・という意味の発言。 []

タイラー・コーエン 「貨幣を介した間接交換と肥満気味の象」

●Tyler Cowen, “Elephants engage in Mengerian indirect exchange”(Marginal Revolution, December 18, 2012)


インドのポンディシェリにある寺院ではお金と交換に象があなたを祝福してくれる。お金をいくらか支払えばその見返りとして象が長い鼻であなた(寺院を訪れた参拝客)の頭をトンと軽く叩いてくれるのだ。

寺院で飼われているこの象は同時にメンガー(Carl Menger)の教えに忠実な象でもある。もちろん象にとってお金それ自体は無価値な代物である。しかしながら、象はわかっているのだ。お金というのは誰もが受け取ってくれる交換手段だ1ということを。あなた2から受け取ったお金を住職に手渡し、その見返りとして食事を用意してもらう。象はそのようにして食事にありついているのだ。

象は取引を行っているだけではない。貨幣を介した間接交換3に従事しているのであり、そういう意味で貨幣経済学(金融論)の検証に日々取り組んでもいるのだ。

以下の写真では貨幣を介した間接交換を禁止する張り紙が写っているが、どうやら象は張り紙の存在に気付いていないようである。

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この話にはまだ続きがある。タミル・ナードゥ州にある多くの寺院では象が健康上の問題に悩まされているという。寺院で暮らす象たちは貨幣を介した間接交換のおかげもあってかなり裕福な生活を謳歌しているだけではなく、野生の象に比べると体を動かす機会も少なくて運動不足になりがちだ4。その結果として寺院で暮らす象たちは栄養失調・・・ではなく肥満に悩まされているというのだ。

  1. 訳注;それゆえお金があれば(お金を支払うことと引き換えに)自分の欲しいものを容易に手に入れることができる []
  2. 訳注;象にその長い鼻で頭を軽く叩いてもらった参拝客 []
  3. 訳注;参拝客を祝福する(参拝客の頭を鼻で軽く叩く)見返りにお金を手に入れ、そのお金を住職に支払うことで食べ物を手に入れる。一方で物々交換(直接交換)の場合は住職の頭(おそらくは坊主頭)を鼻で軽く叩くことと引き換えに食料を手に入れるということになるが、この取引が成り立つためには住職が象に祝福してもらいたがっている(象による祝福を欲している)必要がある(いわゆる「欲望の二重の一致」が成立している必要がある)。 []
  4. 訳注;原文は”[temple elephants have] been able to consume so much leisure”(寺院で暮らす象たちは余暇にかなり多くの時間を割くことが可能となっている)となっているが、リンクが貼られている記事の内容に即して本文中のように訳した。 []

タイラー・コーエン「音楽ジャンルは有名ミュージシャンの寿命にどう影響するか」

[Tyler Cowen, “How a genre of music affects life expectancy of famous musicians in that genre,” Marginal Revolution, March 30, 2015]

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〔死因は左から事故死,自殺,殺人,心臓関連,癌.〕
赤:死因の全体平均を大幅に上回っている.
青:死因の全体平均を上回っている.
緑:死因の全体平均を大幅に下回っている.

出典は Dianne Theodora KennyTed Gioia 経由.Kenny はこう記している:

あらゆるジャンルにわたって,男性ミュージシャンでは事故死(車両事故や過失による薬品過剰摂取を含む)が死因全体の 20 パーセントほどを占めている.だが,ロック・ミュージシャンの事故死はこれよりも高く(24.4%),さらにメタル・ミュージシャンはそれすら上回る(36.2%).

自殺は標本全体の全死因のうち 7 パーセントほどを占める.だが,パンク・ミュージシャンをみると自殺は死因の 11 パーセントにのぼる.メタル・ミュージシャンでは 19.3% という驚愕の数字となっている.ゴスペル・ミュージシャンはほんの 0.9% という数字で研究対象のジャンル全体で自殺が最低の率となっている.

殺人は標本全体で 6.0 パーセントを占めるが,現時点で,ラップ・ミュージシャンでは死因の 51 パーセント,ヒップホップ・ミュージシャンでは死因の 51.5 パーセントにのぼる.

選択〔のバイアス〕に注意しよう.ラップ・ミュージシャンの大半はまだ死んでないからね.この問題は,ジャンルが若ければ若いほど極端になるだろう.また,他にも選択効果はありうる.殺されたり異例な死に方をすることで有名人になることもあるだろう.

〔訳者の註記:使用したデータについては,Kenny による別の記事に記載がある: “Stairway to hell: life and death in the pop music industry” これによると,「1950年から2014年6月までに死亡した全ポピュラー・ジャンルのミュージシャン(n=12,665)」を対象として,死亡時の年齢・状況・死に方のデータは 200のソースから得たそうだ.〕

アレックス・タバロック「ラップトップPCではなく手書きでノートをとるべき理由」

(Alex, Tabarrok, “Why you should take notes by hand — not on a laptop,” Marginal Revolution, April 1, 2015)

Vox が,ノートを手書きでとった場合とラップトップPCでとった場合を比較した研究を伝えている.

〔3つ行われたうちの〕第一の研究では,学生たちが 15分の TED トークを視聴しながらノートをとり,30分後に同じトークについてテストを受けた.テスト問題には,特定の数字や事実を尋ねる単純なものもある一方でアイディアどうしを比較したり分析したりするよう学生に求める概念的な問題もある.

ラップトップPC利用と手書きにわけられた学生たち2グループは,事実に関する質問ではかなり似通った結果を見せた.だが,ラップトップPCユーザーは概念的な問題に関して大幅に劣る結果となった:

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問題は,ラップトップPCを使っているとき学生たちは速記者になってしまう点にあるようだ.つまり,聞いたままをなにもかもできるかぎりすばやく書き留めるようになってしまう.だが,手書きでノートをとる学生は,書き留めるときに素材を加工して重要なアイディアを記せばすむようにする.いちばん決定的な情報を引き出すよう脳に強いるときにこそ,実際に学習がなされる.

実際にノートをとる研究条件のもとですら,ラップトップPCの結果は劣った.現実世界では,ラップトップPCは注意をそらそうと誘惑する要因だ.うちの息子がクラスにやってきたときのことを思い出す.後ろに座っていた息子は,授業後にこう言った.「父さんがなんでオンライン教育にあんなに関心を寄せてるのかわかったよ.父さんの学生の半分は,授業中からもうオンラインにいたもの.」