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Archives for 6月 2015

タイラー・コーエン 「冬になると気分が塞ぎ込みがちになる?」

●Tyler Cowen, “Do people get more depressed in winter?”(Marginal Revolution, February 3, 2009)


冬になると(他のどの季節にも増して)気分が塞ぎ込みがちになる人も中にはいるが、一般的な傾向とまでは言えないようだ。アンドリュー・サリバン(Andrew Sullivan)経由で知ったのだが、ベン・ゴールドエイカー(Ben Goldacre)が次のように語っている

自殺は1年の中でも春と初夏に多く見られる。ジャン=エスキロール(Jean Etienne Dominique Esquirol)は1838年にそう指摘しているが、ダグラス・スウィンスコー(Douglas Swinscow)が(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドをひっくるめた) イギリス全体を対象に1921年から1948年までのデータを調査したところ、同じく自殺は春と初夏に多く見られる傾向にあることが確認されている。つまりは、「ウィンター・ブルース」(冬になると気分が塞ぎ込みがちになり、その影響で自殺も多くなる)なんて話は嘘っぱちなわけだ。イギリス全体を対象に1982年から1996年までのデータを調査したこちらの(2000年に実施された)研究によると、春と初夏に自殺が多いという季節ごとのパターン自体もかつてに比べるとだいぶ弱まってきている(特定の季節になると自殺が抜きん出て多くなるといった傾向は見られなくなってきている)ということだ。

イギリス以外ではどうなっているだろうか? アメリカのノースカロライナ州を対象に1974年に実施された研究では1965年から1971年までの間に発生したすべての自殺(計3672件)と同じ期間に退役軍人向けの精神科に入院した患者(計3258件)のデータが分析されているが、自殺や精神科への入院の動向に季節ごとのはっきりとしたパターンは見出されていない。カナダのオンタリオ州を対象に1976年に実施された研究では1年の中で自殺の数がピークに達するのは春と秋であり、うつ病での入院も春と秋が最も多いとの結果が得られている。オーストラリアを対象に2003年に実施された研究では1年の中で自殺が最も多いのは夏だとの結果が得られている。「憂鬱な1月」(Blue January)という話はどこにも出てこないのだ。

季節の変化が世間一般のごく普通の人々の気分(ムード)にどのような影響を及ぼすのか知りたいという意見があるかもしれない。806名の平均的なフィンランド人男性を対象に1986年に実施された研究によると、気分が塞ぎ込みがちになる人が一番多い季節は夏だとの結果が得られている。うつ症状の訴えが最も多くなる季節は冬だとの結論を得ている研究もあるが(Nayyar and Cochrane, 1996; Murase et al., 1995)、いや春だ(Näyhä et al., 1994)、いや夏だ(Ozaki et al., 1995)というように異なる結論に達している研究もある。つい先月(2008年12月)になって公にされたばかりの研究では双極性障害を抱える360名の患者にその日の気分がどうかを毎日自己申告させた結果が分析されているが、その日ごとの気分と季節との間には何の関係も見出せないとの結論が下されている。

他にはどんなデータを探ってみればいいだろうか? イギリスの一般開業医(GP)による抗うつ剤の処方の実態を調査した1986年の研究によると、抗うつ剤の処方件数がピークを迎えるのは春だという結果が明らかとなっている。それより少し前に実施された1981年の研究(Williams and Dunn 1981)では1969年から1975年までの期間を対象として抗うつ剤の処方の実態が調査されているが、抗うつ剤の処方件数がピークに達するのは2月、5月、10月だとの結果が得られている。一般開業医のもとにうつ病で診察に訪れた患者の数を調査した1984年の研究によると、うつ病で診察に訪れる患者の数がピークに達するのは5月~6月および11月~1月の期間だということだ(何とも奇妙なことだが、骨関節炎で診察に訪れる患者の数も似たようなパターンを辿っている1ということだ)。

ゴールドエイカーに敬礼! (デタラメ科学の糾弾を使命とする)ゴールドエイカーの仕事については過去にもこちらのエントリーで取り上げているので併せて参照されたい。

  1. 訳注;骨関節炎で診察に訪れる患者の数は4月~5月および9月~11月の期間にピークに達っしている []

サッシャ・ベッカー&ルドガー・ウイスマン「デュルケーム『自殺論』再訪 ~プロテスタント教徒はカトリック教徒よりも自殺傾向が高い?~」

●Sascha O. Becker and Ludger Woessmann, “Religion matters, in life and death”(VOX, January 15, 2012)


宗教は自殺という重大な決断に何らかの影響を及ぼすだろうか? 19世紀のプロイセンのデータを用いて検証したところ、プロテスタント教徒の割合が高い地区(郡)ではカトリック教徒の割合が高い地区(郡)においてよりも自殺率はずっと高い傾向にあり、プロテスタンティズムこそが自殺率を高めている原因であるとの結果が得られた。経済学的なモデル(合理的選択理論)の助けを借りればプロテスタンティズムがなぜ自殺率を高めることになるのかを理解する手掛かりを得ることができる。

フランスの社会学者であるエミール・デュルケームが1897年(!)に物した古典の一つである『自殺論』を紐解くと、プロテスタンティズムと自殺との間に強いつながりがあることを示唆する一連の統計数字が提示されている。プロテスタントの国ではカトリックの国においてよりも自殺率が高いというデュルケームの指摘は「社会学の分野における数少ない法則の候補として広く受け入れられるまでになっている」(Pope and Danigelis 1981)。

カトリックの国々と比べるとプロテスタントの国々では自殺率が随分と高い傾向にあるというのは現在においても依然として当てはまる話であり、宗教と自殺との間にどのような関係が見られるかを探ることは今もなお極めて重要なトピックだと言えるだろう。毎年世界中でおよそ百万人もの人々が自ら命を絶っており、若者の間では自殺が死因のトップであることを考えるとなおさらそうである(World Health Organisation 2008)。あちこちで頻発する自殺は人々の感情に対してだけではなく社会全体や経済全体に対しても広範な影響を及ぼしており、政府も自殺の予防に向けて数々の対応に追われているのが現状である。 [Read more…]

ラルス・クリステンセン 「経済危機、幸福、自殺」(2012年4月5日)/ スコット・サムナー 「ギリシャの自殺率はなぜ低く抑えられているのか?」(2012年4月29日)

●Lars Christensen, “Crisis, happiness and suicide”(The Market Monetarist, April 5, 2012)


家族旅行でデンマーク西部にあるユトランド半島まで足を運んできたのだが、旅行を終えて自宅に戻るために車を運転しているとラジオからニュースが流れてきた。そのニュースでは2つの話題が取り上げられていたのだが、その2つの話題は一見無関係なようではあるが妙なかたちでつながっていると言えなくもなかった。というのは、どちらの話題も「幸福」の問題と関わるものだったからだ。一つ目の話題は世界幸福度報告書の調べでデンマークが世界で最も幸福な国に(またもや!)選ばれたことを伝えるものだった。それとは対照的に二つ目の話題は嘆かわしいものであり、アテネにある人通りの多い広場(シンタグマ広場)で77歳のギリシャ人男性が自殺した1ことを伝えるものだった。その男性は生活苦とギリシャの深刻な経済状況を憂えて自殺に及んだらしい。

(世界中に向けて情報を発信する)国際的なメディアの報道を眺めていると、アテネで起こったこの悲しい出来事は経済危機に見舞われている南欧諸国で広く一般的に見られる傾向を象徴しているかのような印象を受けることだろう。だが、果たしてそうなのだろうか? 経済危機と幸福、そして自殺という三者の間には一体どのような関係が見られるのだろうか? 

デンマーク人(私もその一人だ)は大変幸せな日々を送っている一方で、ギリシャ人は悲嘆に暮れる日々を過ごしており自殺も絶えない。そう思われるかもしれない。しかしながら、事実はそうなってはいない。少なくともデンマークとギリシャの自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)を比較する限りではそうなってはいない。デンマークの自殺率はギリシャの自殺率を3倍以上も上回っているのだ。世界保健機関(WHO)のデータによると、2011年度のデンマークでは人口10万人あたり11.9人が自ら命を絶っている計算になるが、ギリシャではその数字(2011年度の自殺率)は人口10万人あたり3.5人という結果になっているのだ2

興味深い事実はまだある。デンマークの自殺率はPIIGS諸国3のどこよりも高いのだ。ギリシャ以外のPIIGS諸国の自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)の数字を順番に挙げると、ポルトガルは7.9人4、イタリアは6.3人5、アイルランドは11.8人6、スペインは7.6人7である。実際のデータに照らす限りでは大勢の人々が経済危機の影響で絶望の淵に追いやられて自殺に及んでいるとは到底言えないわけだ。(デンマークを含む)スカンジナビア諸国と比べると南欧諸国においては自殺はそれほど多くない傾向にあるのだ。

「経済危機の影響で自殺が急増している!」といった筋書きの記事をジャーナリストは書きたがるものだ。大恐慌下のアメリカで高層ビルから身を投げた人々に関するエピソードも広く流布している。しかしながら、そういった類の話は正しくないことが多い。経済危機と国ごとの自殺率との間には概して強い相関は見られないのだ。誤解しないでもらいたいが、経済危機は自殺者の数に何の影響も及ぼさないと言いたいわけではない。経済危機以外の要因の方が(その国の自殺の動向を説明する上で)ずっと重要なのではないかと言いたいのだ(スカンジナビア諸国の冬は長くて暗いという特色があるが、そのような気候条件もスカンジナビア諸国で自殺率が高いことといくらか関係しているかもしれない)。「いや、そんなことはない」と反論する人はどうしてギリシャやイタリアよりもデンマーク(世界幸福度ランキング第1位の国)やフィンランド(世界幸福度ランキング第2位の国)の方が自殺率がずっと高いのかを説明する必要があるだろう。例えば2008年以降のギリシャでは自殺者の数が増えていることは確かだが、その主たる理由を経済危機に求めるのはこじつけのように思えるのだ。

デンマークは大変幸せな国であるらしい(世界幸福度報告書の調べによるとそうらしい)のにどうしてこんなにも多くのデンマーク人が自ら命を絶っているのだろうか?8 デンマーク国民の一人として不思議でならない。あえてその理由を探るなら生存バイアスのせい9ということなのだろうか?
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●Scott Sumner, “The absurdity of claims of cultural superiority”(TheMoneyIllusion, April 29, 2012)


ギリシャの自殺問題をテーマに取り上げている最近の記事から少し引用しよう。

2009年に入って金融危機が国内に大混乱を引き起こすようになるまではギリシャは世界の中でも自殺率が最も低い国の一つだった。人口10万人あたりの自殺者数は2.8人に過ぎなかったのだ。しかしながら、ギリシャ保健福祉省の調べによると、2010年上半期の自殺率はそれまでと比べて40%も上昇したという。

2011年に関しては今のところはまだ信頼の置けるデータは揃っていないが、ギリシャの自殺率はそれまでよりも倍増して人口10万人あたり約5人程度まで上昇しているのではないかと語る専門家もいる。とは言え、フィンランドの自殺率(人口10万人あたり34人)やドイツの自殺率(人口10万人あたり9人)と比べるとずっと低い数値である。

・・・(中略)・・・

ギリシャの自殺率は(ここのところ上昇傾向にあるとは言え)他の国と比べると依然として低いわけだが、それはなぜなのだろうか? ギリシャは家族の結び付きが極めて強いだけではなく、表現豊かで人と人のコミュニケーションが極めて盛んな(話好きな)文化という特徴を持っているが、このことが自殺率を他の国よりも低く抑える上で重要な要因となっている可能性がある。

「ギリシャでは誰も彼もがあなたに話しかけてくることでしょう。ギリシャはそういう国です。」 アテネで精神分析医として働くシデリス氏はそう語る。「あなたが苦しんでいたら必ず誰かがその苦しみをともに分かち合い、救いの手を差し伸べてくれることでしょう。」

「ギリシャで自殺率が低いのは気候に恵まれているためだけではありません。ギリシャでは苦しんでいる人を支援するための強力な人的ネットワークが張り巡らされており、そのこともまた自殺率をこんなにも低く抑える働きをしているのです。そのようなネットワークは今も健在ではありますが、今回の危機がもたらす痛みに耐え切れないでいる人々がいるのもまた事実です。」

かつて次のような持論を語ったことがある。優れた文化だとか劣った文化だとかというものはない(異なる文化の間に優劣はない)。どの文化も異なるニーズに適応すべく独自に進化してきたのであり、異なるニーズに応じて異なる文化があるだけだ、と。ギリシャが抱える経済問題(例えば、巨額に上る税金の不払い)の背後ではギリシャの文化が何らかの役割を果たしていることは疑いないが、文化的な特性のあるもの(例えば、「結び付きが強い家族」)はある面では厄介事を招き寄せることがある一方で別の面では有用な働きをしている可能性がある。上で引用した記事はそのことを思い出させてくれている。

どうもこのことがわからない人もいるようだ。自国の文化に(自然と)魅了される一方で他国の文化を客観的な立場から「間違いだ」と断罪してしまうのだ。

  1. 訳注;このニュースについては例えば次の記事も参照のこと。 ●「アテネの広場で男性が自殺-ギリシャ経済危機で借金苦か」(ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版、2012年4月 5日) []
  2. 訳注;WHOが推計している自殺率の最新のデータは2012年度のものだが、デンマークの2012年度の自殺率は8.8人、ギリシャの2012年度の自殺率は3.8人という結果になっている。 []
  3. 訳注;ポルトガル(Portugal)、イタリア(Italy)、アイルランド(Ireland)、ギリシャ(Greece)、スペイン(Spain)の計5カ国の総称であり、財政破綻の危機に見舞われている南欧の国という共通点を持っている。 []
  4. 訳注;2012年度は8.2人 []
  5. 訳注;2012年度は4.7人 []
  6. 訳注;2012年度は11.0人。2012年度に関してはアイルランドの方がデンマークよりも自殺率は高いということになる。 []
  7. 訳注;2012年度は5.1人 []
  8. 訳注;幸福度の高さと自殺率の高さが並存する(幸福度が高い国(地域)でありながら自殺率も高い)現象の謎の解明を意図した研究としては次の論文が有名である。 ●Daly, Mary C, Andrew J Oswald, Daniel J Wilson, and Stephen Wu (2011), “Dark contrasts: The paradox of high rates of suicide in happy places“(Journal of Economic Behavior and Organization, vol. 80(3), pp. 435-442) この論文の概要についてはhimaginary氏が過去に以下のエントリーでまとめてらっしゃるのであわせて参照されたい。 ●“幸せな場所では自殺が多い”(himaginaryの日記、2011年4月25日) []
  9. 訳注;ここでは(その名の通り)生存者だけの意見が聞き入れられる結果として幸福度の調査結果に歪みが生じているという意味。人生を幸せと感じられない人々が自ら命を絶ってしまっているとすれば、「幸せではない」という意見が調査結果に反映されることも少なくなってしまうことになる。 []

マーク・ソーマ 「失業に伴う経済的・社会的コスト」(2006年1月12日)/「失業は主観的な幸福度にどのような影響を及ぼすか?」(2013年12月16日)

●Mark Thoma, “The Economic and Social Costs of Unemployment”(Economist’s View, January 12, 2006)


経済学者が大学での講義の場などで失業のことについて語る際、失業に伴って発生するコストは経済的な損失だけに限られないと指摘することに気が配られるものである。失業というかたちで遊休資源(利用されないでいる生産要素)が発生すればGDPの減少というかたちで経済的な損失が生じることになるが、失業にはそれ以外にも考慮すべき人的・社会的なコストが相伴うのだ。その格好の例が以下の図に示されている。この図はダラス連銀が発行しているEconomic Letter誌の論説 “Miracle to Malaise: What’s Next for Japan?”(pdf)より転載したものだが、日本における(1953年から2003年までの)失業率(橙色の線)と男性の自殺率(緑色の線;人口10万人あたりの自殺者数)の推移が表されている。

Japan.1.12.06

・・・失業率と日本人男性の自殺率との間には稀に見るほど密接なつながりが確認されるわけだが、日本では失業に伴う負担をいや増すような特有の文化心理学的な要因が働いているのかもしれない。

1953年から2003年までの日本のデータによると、男性に関しては(景気循環に伴って)失業率が1%だけ上昇すると自殺率は5.39%だけ上昇する傾向にある。・・・男性に比べるとその効果はずっと弱いものの、女性に関しても失業率が1%だけ上昇すると自殺率は1.38%だけ上昇するとの関係が見出せる。その一方で、アメリカでは女性の失業率と女性の自殺率との間には統計的に有意な関係は見出せない。

失業率と自殺率との間に見られる強いつながりは日本社会が抱える次の2つの特徴を反映したものかもしれない。まず一つ目は、日本人の間では失業(職を失うこと)は経済の変動に伴って生じる普通の(ごく当たり前の)出来事というよりは個人的な失敗(その人個人の責任)として解釈されがちだという点である。そして二つ目としては、日本経済は雇用機会が次から次へと旺盛に生み出されることをその特徴とする経済とは言えず、そのためもあって日本人の失業者は他の国の失業者よりも新たな職にありつける可能性について悲観的になりがちなのかもしれない。

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タイラー・コーエン 「景気後退が誘発する社会変化」(2009年2月1日)

●Tyler Cowen, “The social changes brought by recessions”(Marginal Revolution, February 1, 2009)


「景気後退が誘発する社会変化」をテーマとした論説をニューヨーク・タイムズ紙に寄稿したばかりだ。景気後退というのは悪い面ばかりであり、そのことは目下の景気後退に関しても例外ではない。しかしながら、正当には評価されていない事実がある。景気後退下においてはフィジカル面(肉体面)の健康が(悪化するのではなく)改善する傾向にあるようなのだ(医療機関の利用が減ったり、健康保険の加入率が低下するようなことがあったとしてもそのようなのだ)。

〔景気後退や不況はメンタル面(精神面)の健康に対して好ましからぬ影響を及ぼすことは言うまでもないが、その一方でそれほど広くは知られていない事実がある。アメリカをはじめとした裕福な国に関して当てはまる話なのだが、景気後退の最中では人々のフィジカル面(肉体面)の健康は概して改善する傾向にあるのだ。〕 給料が減るとストレスを感じるのは確かだが、(仕事の量が減ったり職を失うことで)仕事のストレスから解放されることには何らかの好ましい効果が伴う可能性がある。おそらくもっと重要なこととしては、(通勤のためであったり職務上の必要から)車を運転することが減るおかげで交通事故に遭遇するリスクが低下したり、さらには(無駄な出費を抑える必要に迫られて)アルコールやタバコの消費が減るということもあるだろう。景気後退下ではエクササイズや睡眠の時間が増えたり、食事はファストフードで済ませるのではなく自分で作る(自炊する)という人が増える傾向にある。

ノースカロライナ大学グリーンズボロー校に籍を置く経済学者のクリストファー・ラム(Christopher J. Ruhm)が2003年に執筆した論文 (“Healthy Living in Hard Times”)によると、失業率の上昇に伴って死亡率は低下する傾向にあるという1。アメリカのケースを取り上げると、失業率が1%上昇すると死亡率は平均して0.5%低下する傾向にあるというのだ。2

現在進行中の景気後退下では富裕層の消費が従来(の景気後退下において)よりも急速な勢いで落ち込んでいる。

景気後退によって最も大きな痛手を被るのは貧困層の人々であり、それは過去から現在に至るまでのすべての景気後退に関して言えることだ。しかしながら、娯楽(の消費)の面で言うと目下のところ最も大きな損失を被っているのは富裕層かもしれない。現在進行中の景気後退下では富裕層の消費がいつになく急速な勢いで落ち込んでいるのだ。

このことを明らかにしているのがノースウェスタン大学に籍を置くジョナサン・パーカー(Jonathan A. Parker)とアネット・ビッシング=ヨルゲンセン(Annette Vissing-Jørgensen)の二人がつい最近執筆したばかりの論文(“Who Bears Aggregate Fluctuations and How? Estimates and Implications for Consumption Inequality(pdf)”)である。富裕層が大きな痛手を被ることになったのは不動産や株式を大量に保有していたためだというのはその通りだが、パーカーらの論文ではそれよりも重要な事実が明らかにされている。金融部門で働く人々がその典型だが、今回の景気後退下においては富裕層の勤労所得の落ち込みが過去のいずれの景気後退下においてよりも激しいのだ。

富裕層の欲望を満たすことで栄えてきたポップカルチャーもこれまでの勢いを失うことになるかもしれない。高級レストランがもてはやされることもなくなり、その代わりに例えば公共図書館が活況を呈するようになるかもしれない。過去の景気後退下においてもそれと似たような変化は見られたが、今回の景気後退下ではそのような(ポップカルチャーの世界における)変化はいつにも増して顕著なものとなる可能性がある。

  1. 訳注;ラムの論文を嚆矢として失業率と死亡率との間の関係を探る研究がその後いくつも続いたようだが、こちらの論説(“In Some Cases, a Sick Economy Can Be a Prescription for Good Health” by Rubén Hernández-Murillo and Christopher J. Martinek)で手際よくまとめられているように、特にアメリカにおいて失業率と死亡率との間に負の相関関係が成り立っている(失業率の上昇に伴って死亡率が低下する)理由は(エクササイズの習慣が身についたり食事内容が見直されるなどといった)ライフスタイルの変更や(仕事の量が減ったり職を失うことで仕事のストレスから解放されるといったように)仕事上のストレスの変化によるものというよりは景気変動に応じた自動車事故の発生件数の変化による(景気が低迷すると自動車事故が減り、景気が拡張すると自動車事故が増える)ところが大きいということのようだ。また、次の指摘には注意しておく必要があるだろう。「しかしながら、失業率と死亡率との間に負の相関関係が成り立つのは景気後退や景気回復のプロセスが短い期間で済む場合だけに限られるということを強調しておくのは大事だろう。景気後退の期間が長引いたり、景気の落ち込みが激しい場合には失業率と死亡率との間にはどうやら負の相関関係は成り立たないようなのだ。現在進行中の景気後退はまさにそういったケースに当たるかもしれない。というのも、今回の景気後退は過去のケースと比べてもいつになく深刻だからである。以下のチャートに示されているように、2007年に入ってから失業率が上昇を続ける中で死亡率もここにきて大幅に上昇する様子を見せている。」 今回のいわゆる大不況(グレート・リセッション)とその後の足取りの鈍い景気回復局面ではメンタル面(精神面)だけではなくフィジカル面(肉体面)の健康状態も悪化傾向にあり、死亡率も高まっているという点についてはこちらの記事(“How Losing a Job Can Be Bad for Your Health” by Claire Cain Miller)でも話題になっている。その理由としてはいくつか挙げられているが、その中から一つだけ触れておくとこの度のアメリカ経済では建設業のような肉体労働に従事する人々に失業が集中していることも原因の一つではないかとの指摘がなされている。肉体労働の職を失った人々は働いていた時よりも若干ではあるがエクササイズに費やす時間を増やし、喫煙量も少々抑え、ファストフードに通う事も控えるようになってはいるが、体を動かすことが大幅に減ってしまうことになった。仕事現場で体を動かす機会が無くなったからである。その結果、結局のところは肉体労働の職を失った人々の間では体重は若干増加傾向にあるという。 []
  2. 訳注;この後も関連する話題がもう少しだけ続くのでそれも以下に訳しておく。「また、2006年に出版されたデヴィッド・ポッツ(David Potts)執筆の『The Myth of the Great Depression』は1930年代のオーストラリアの社会情勢を歴史的に跡付けた本だが、この本によるとオーストラリアでは1930年に自殺率が急激に上昇した一方で健康状態は全般的に改善が見られ、死亡率は低下の方向に向かったという。そして自殺率も1930年以降は低下に転じたということだ。この本に収録されているインタビューでは大恐慌を身をもって体験した多くの人々が当時の思い出を好意的に物語っているが、だからといって大恐慌は至福の時だったのだとの結論に安易に飛びつくべきではないだろう。というのは、そのような思い出の多くは錯覚である可能性が高いからだ。ハーバード大学の心理学者であるダニエル・ギルバート(Daniel Gilbert)がベストセラーの『Stumbling on Happiness』(邦訳 『明日の幸せを科学する』)の中で証拠立てているように、人は(極貧生活や戦争といった)大変な苦難を経験した過去についてバラ色の記憶を形作る(過去を美化する)ことがままあるのだ。」 []

マシュー・カーン&マシュー・コッチェン 「景気後退に備わるクラウディング・アウト効果 ~失業率が高まると環境問題への関心は低下する?~」

●Matthew E. Kahn and Matthew J. Kotchen, “Trends in environmental concern as revealed by Google searches: The chilling effect of recession”(VOX, August 21, 2010)


環境問題に対する世間一般の人々の関心は奢侈財(ぜいたく品)のような性質を持っているのだろうか? Googleで「失業」と「地球温暖化」という2つのキーワードがどれだけ検索されているかを時系列に沿って追ったところ、景気後退は気候変動問題への関心を低下させる一方で失業問題への関心を高める効果を備えていることが判明した。さらには、景気後退には人をして地球温暖化否認論(「地球温暖化なんて起こってない!」)に向かわせる効果までもが備わっている場合もあるとの結果も得られている。

Googleインサイト1はGoogleのネット検索サービスで特定のキーワードが地域別にどれだけ検索されたかを時系列に沿って追うことを可能とする誰もが気軽に利用できるオンラインツールである。これまでの一連の研究によると、Googleの検索データは病気の流行(Pelat et al. 2009, Valdiva and Monge-Carella 2010)や経済活動(Choi and Varian 2009, D’Amuri and Marcucci 2009〔拙訳はこちら〕, Varian 2009)の予測に役立てることができる強力なツールであることが明らかとなっている。アメリカ経済は2007年の終盤頃を境にして1930年代の大恐慌以来最も深刻な景気後退に見舞われることになったわけだが、今のこのような経済状況はGoogleの検索データを使って景気循環と世論との間にどのような関係が成り立っているかを探る上でまたとない機会を提供していると言えるかもしれない。

もう少し具体的に言うと、ここ最近のアメリカでは景気が大きく低迷しているだけではなく、環境問題に対する国民の関心も大いに薄れつつある様が確認できる。景気の悪化(景気後退)は環境問題に関する世論の動向に一体どの程度の影響を及ぼすことになるのだろうか?

我々二人がつい最近行ったばかりの研究(Kahn and Kotchen 2010)はまさにこの問題の解明を意図したものだが、環境問題――その中でも現在最もホットな争点の一つである気候変動の問題――に関する世論の変化を跡付けるためにGoogleの検索データの助けを借りている。Googleインサイトのサービスを利用して2004年1月から2010年2月までの間に「地球温暖化」(“global warming”) と「失業」(“unemployment”) という2つのキーワードがアメリカ国内のそれぞれの州でどれだけ検索されたかを週次データとして集計したのである。そしてその上でこう問うたのである。ある州で失業率が変化するとその州でのこれら2つのキーワードの検索状況にはどのような影響が及ぶだろうか?、と。

さて、その答えは? ある州で失業率が上昇するとその州では「地球温暖化」というキーワードの検索は減る一方、「失業」というキーワードの検索は増える傾向にある。これが我々の研究を通じて明らかになった答えである。ネット検索(という実際の行動)を通じて顕示された人々の選好に照らす限りでは、景気後退は失業問題に対する人々の関心を高める効果を持つ一方で(このことは特段驚くことでもないだろう)、環境問題に対する人々の関心をクラウドアウトする(弱める)効果を備えている可能性があると言えそうである。さらには、これら2つの効果の量的な大きさはほぼ同等であるとの興味深い結果も得られており、失業問題に対する関心は環境問題に対する関心をクラウドアウトする効果がある2との解釈も無理なく成り立つと言えそうである。 [Read more…]

  1. 訳注;Googleインサイトのサービスは現在ではGoogleトレンドに統合されている []
  2. 訳注;失業問題に対する関心が高まる分だけ環境問題に対する関心は低下するという関係にある []

フランチェスコ・ダムーリ&ジュリ・マルクッチ 「Googleトレンドの予測精度はいかほど? ~Googleトレンドの検索データを使ってアメリカの失業率の行方を予測する新たな試み~」

●Francesco D’Amuri and Juri Marcucci, “The predictive power of Google data: New evidence on US unemployment”(VOX, December 16, 2009)


タイムリーな経済指標を求める世間の声が高まっている。そのような世間の要求に応えるために研究者たちは時系列モデルの予測精度を高めようと躍起になっており、ついにはGoogleに助けを求めるに至ったのであった。Googleトレンドの検索データ(「Googleインデックス」)を利用することでアメリカだけではなくイタリアに関しても失業予測の精度を大幅に高めることができるのだ。

Googleトレンド(の検索データ)を予測に役立てることそれ自体が一つのトレンド(流行)となっている。例えば、つい最近ネイチャー誌に掲載されたばかりのGinsberg et al(2009)ではインフルエンザに関係の深いキーワードがGoogleでどのくらいの頻度で検索されているかに目をつけた上で(Googleの検索エンジンに保管されている検索データはほぼリアルタイムで週ごとに利用できる)、その情報だけを使ってインフルエンザ様疾患の患者数を予測するシンプルなモデルが開発されている。

求職活動にインターネットを活用することも当たり前となりつつある昨今だが(Stevenson 2008)、そのような世の流れを背景としてGoogleの検索データを失業予測にも役立てようとする試みが散見されるようになってきている。これまでの研究結果によると、職探しに関わりの深いキーワードの検索数が全キーワードの総検索数に占める割合を表す「Googleインデックス」にはドイツやイスラエルにおける失業率(Askitas and Zimmermann 2009、Suhoy 2009)やアメリカにおける失業保険の新規申請件数(Choi and Varian 2009)の動向を高い精度で予測できる力が備わっていることが明らかになっている。

Googleトレンドの検索データを使ってアメリカの失業率の行方を予測する

今般の経済危機がインターネットを使った求職活動に及ぼした影響を浮き彫りにしているのが以下の図1である。この図は今般の危機が発生する前と後とで「Googleインデックス」の値がアメリカ国内においてどのような推移を辿ったかを跡付けたものだが、この「Googleインデックス」を失業率の行方を予測するための先行指標の一つとして用いるとアメリカ(D’Amuri and Marcucci 2009)だけではなくイタリア(D’Amuri 2009)に関しても予測の精度が大幅に高まることが我々がつい最近行ったばかりの二つの研究を通じて明らかとなった。

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図1 今般の危機が発生する前と後におけるGoogleインデックスの推移1

具体的に言うと、総数で500を超える線形・非線形の代表的な時系列モデル2の中でどのモデルが1ヶ月先、2ヶ月先、3ヶ月先の失業率の行方をより正確に予測できるかを競わせたところ、「Googleインデックス」を説明変数に含むモデルはそうではない(「Googleインデックス」を説明変数に含まない)モデルよりも予測の精度が高かったのである。

「Googleインデックス」はアメリカ全体で測った(連邦レベルでの)失業率だけではなく州ごとの失業率を予測する上でも優れた力を備えている。実にアメリカ国内の70%の州に関して当てはまることなのだが、その州の失業率の行方を予測する上で最も精度が高かったモデルは「Googleインデックス」を説明変数に含むモデルだったのである。さらには、「Googleインデックス」を説明変数に含むモデル〔緑色の線〕は次の四半期の失業率を予測する上でフィラデルフィア連銀発表の専門家予測調査(SPF)〔青色あるいは赤色の線〕よりも高い精度を誇っており、(予測誤差を測る尺度の一つである)平均二乗誤差(Mean Squared Error)の値は(専門家予測調査(SPF)のケースと比べて)1桁違いで小さい結果となっているのである(以下の図2をご覧になられたい)。

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図2 予測誤差 ~時系列モデル vs 専門家予測調査(SPF)~3

「Googleインデックス」に備わる高い予測精度は(アメリカだけではなく)イタリアにおいても確認されている。イタリアのケースでも「Googleインデックス」を説明変数に含む時系列モデルはそうではない(「Googleインデックス」を説明変数に含まない)モデルよりも失業率の行方を予測する上でずっと高い精度を誇ったのである。この発見は政策の立案にとっても重要な意味を持ち得る。というのは、イタリアでは四半期ごとの失業率のデータが公式に発表されるまでに大体2ヶ月ほど待たねばならない(四半期ごとの失業率の公式データはおよそ2ヶ月遅れで発表されることになっている)のが現状だが、Googleの検索データはほぼリアルタイムで利用できるからである。アメリカではもう少し早めに失業率の公式データが手に入る(発表される)ことを考えると、「Googleインデックス」を失業予測に役立てることで得られると期待される見返りはアメリカにおいてよりもイタリアにおいてのほうが大きいと言えるだろう。

結論

「Googleインデックス」を失業予測に役立てることにはいくつか難点もある。その中でも主たる難点は、インターネットを介した求職活動の中には失業者による職探しだけではなく在職しながらの転職活動も含まれている可能性があるところである。別の難点はサンプルの偏りが生じる可能性があるところである。すべての人がインターネットを利用しているわけではなく、そのためインターネットを使って職探しを行う求職者というのは求職者全体の中から無作為に選び出されたわけではない可能性があるのだ。しかしながら、経済を襲ったショックの影響がインターネットを使って求職活動を行う失業者とインターネットを使わずに求職活動を行う失業者との間で違うかたちをとるということにでもなれば話は別だが、求職活動にインターネットを活用することが今や当たり前となりつつあることも考えるとこの点は大した問題とはならないだろう。

失業問題に対する世間一般の関心が高まりを見せるにつれてタイムリーで正確な失業予測の必要性も高まっている。Googleの検索データの助けを借りればそのような必要性に応じることも可能となるかもしれないのだ。


<参考文献>

●Askitas, Nikoa and Klaus F Zimmermann (2009), “Google Econometrics and Unemployment Forecasting(pdf)”, IZA Discussion Paper (4201).
●Choi, Hyonyoung and Hal Varian (2009), “Predicting Initial Claims for Unemployment Benefits(pdf)”, Google technical report.
●D’Amuri Francesco (2009), “Predicting unemployment in short samples with internet job search query data”, MPRA WP 18403.
●D’Amuri, Francesco and Juri Marcucci (2009), ““Google it!” Forecasting the US unemployment rate with a Google job search index”, ISER WP 2009-32.
●Ginsberg, Jeremy, Mathew H Mohebbi, Rajan S Patel, Lynnette Brammer, Mark S Smolinski and Larry Brilliant (2009), “Detecting Influenza epidemics using Search Engine Query Data”, Nature (457), pp.1012-1014.
●Stevenson, Betsy (2008), “The Internet and Job Search”, NBER Working Paper (13886).
●Suhoy, Tanya (2009), “Query Indices and a 2008 Downturn(pdf)”, Bank of Israel Discussion Paper (06).

  1. 原注;左の画像は危機が発生する前の2007年5月~8月中におけるGoogleインデックスの推移を表しており、右の画像は危機の最中にあたる2009年5月~8月中におけるGoogleインデックスの推移を表している。青色が濃いほどGoogleインデックスの値も高い(インターネットを介した求職活動が盛んな)ことを示している。いずれの画像もGoogleトレンドよりキャプチャしたもの。詳細はD’Amuri and Marcucci(2009)を参照のこと。 []
  2. 訳注;自己回帰移動平均(ARMA)モデル []
  3. 原注;この図は専門家予測調査(SPF)と時系列モデルのそれぞれによる次の四半期の失業率の予測誤差を比較したものである。サンプル外予測の対象となる期間は2007年2月~2009年6月である。SPF_meanは専門家予測調査(SPF)における(およそ30人の専門家によるそれぞれの)予測の平均値(の予測誤差)、SPF_medianは専門家予測調査(SPF)における(およそ30人の専門家によるそれぞれの)予測のメディアン(中央値)(の予測誤差)である。○○_Combは○○を説明変数に含む時系列モデルの(次の四半期の失業率の)予測誤差を表したものであり、次の四半期(例. 第3四半期)の失業率の予測値を求める際には当該四半期(例. 第2四半期)の最初の月(例. 4月)の終わりの時点で1ヶ月先(例. 5月)の予測値と2ヶ月先(例. 6月)の予測値をそれぞれモデルから弾き出し、それに当該四半期の最初の月(例. 4月)の現実の失業率の値を加えた上で平均をとることにする。G_Combは「Googleインデックス」を説明変数に含む時系列モデルの中で最も予測精度の高いモデル(の予測誤差)、IC_Combは「Googleインデックス」は説明変数に含まない一方で失業保険の新規申請件数(Initial Claims;IC)を説明変数に含む時系列モデル(サンプル期間長め)の中で最も予測精度の高いモデル(の予測誤差)、IC_Comb_sは「Googleインデックス」は説明変数に含まない一方で失業保険の新規申請件数(Initial Claims;IC)を説明変数に含む時系列モデル(サンプル期間短め)の中で最も予測精度の高いモデル(の予測誤差)をそれぞれ表している。SETAR、LSTAR、AARはラグ数が2の一連の非線形自己回帰モデル(の予測誤差)である。詳細はD’Amuri and Marcucci(2009)を参照のこと。 []

マーク・ソーマ 「Googleトレンドを使って『今』を予測する」(2009年4月7日)/「ナウキャストの可能性とその限界」(2014年4月28日)

●Mark Thoma, ““Can Google Queries Help Predict Economic Activity?””(Economist’s View, April 07, 2009)


Googleのチーフエコノミストであるハル・ヴァリアン(Hal Varian)が現在取り組んでいる研究の概要について論じている。その研究ではGoogleトレンドを利用して経済の成り行きを予測することがテーマとなっているとのことだが、一般の人々も含めた読者の一人ひとりに対して研究への協力が仰がれている。

Predicting the Present with Google Trends”(「Googleトレンドを使って今を予測する」) by Hal Varian and Hyunyoung Choi

Googleが手にしている検索クエリのデータを経済活動の予測に役立てることはできるだろうか?

その答えは「予測」ということで具体的に何を意味するかで違ってくる。GoogleトレンドGoogleインサイト(Google Insights for Search)では検索ボリューム(特定のキーワードが検索された回数)の結果をリアルタイムで(即座に)手にすることが可能だが、月次ベースの経済データはその月が終わってから数日経ってから発表されるのが一般的である。つまりは公式のデータが発表されるまでには若干のラグ(遅れ)があるわけだが、そのことを踏まえるとGoogleが手にしている検索クエリのデータを経済活動の予測に役立てる術はあると言えるかもしれない。例えば、3月の新車販売台数の公式のデータが発表されるまでには4月の半ば頃まで待つ必要があるが、3月の最初の数週間の間にGoogleで「自動車(クルマ) 購入」(”Automotive/Vehicle Shopping”)というキーワードがどれだけの回数検索されたかがわかれば(公式のデータが発表されるのに先立って)3月中の新車販売台数の予測に役立てることができるかもしれないのだ。

かの有名な「経済学者」のヨギ・ベラ(Yogi Berra)はかつて次のように述べた。「予測というのは難しい。未来の予測となるとなおさらそうだ。」(”It’s tough to make predictions, especially about the future.”) 我々の研究はヨギ・ベラのこの言葉にヒントを得ている。未来の予測が困難だとすればもう少しハードルを下げて「今」を予測してみよう、というわけだ。

我々のこれまでの研究成果は“Predicting the Present with Google Trends”(pdf)の中でまとめられているが、Googleトレンドの検索データを使えば多岐にわたる経済時系列データ――新車販売台数住宅販売戸数小売売上高旅行・観光消費動向など――の今(現在)の値がどうなっているかを少しでも正確に予測する上で役立てることができるとの結果が得られている。

今を予測するということでさえも有益な作業である。というのも、時系列データの中から「ターニングポイント」(転換点、転機)をいち早く見つけ出す手助けとなるかもしれないからだ。ある地域で「不動産仲介業者」(”Real Estate Agents”)という単語の検索数が一気に増え出したとしたら、その地域で近々住宅の販売が上向きに転じようとしている兆しなのかもしれないのだ。

我々の論文では短期の経済予測を行うためのアプローチの一つが例示されているわけだが、他にも興味深いアプローチはいくつもあり得ることだろう。そこで予測が趣味だという読者にお願いである。Googleトレンドの検索データをダウンロードして、その検索データと様々な時系列データとの間に何かしらの関係が見つからないか自分で試しに探ってもらいたい。もし仮に面白いパターンを見つけ出すことができたとしたら、その発見を自分のサイトにアップしてecon-forecast@google.com宛てにリンクを送って欲しい1。「これは面白い!」という発見があれば後日このブログで紹介させていただくつもりだ。

百万匹の猿にそれぞれ一台ずつコンピューターをあてがって経済予測をさせれば、現実とピッタリ一致する予測を手にすることができるという話がある。その通りにいくかどうか確かめてみようではないか。

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  1. 訳注;今はもう受け付けていないかもしれない []

ラルス・クリステンセン 「グーグルノミクス ~経済の成り行きをリアルタイムで跡付けることは可能か?~」

●Lars Christensen, “Use googlenomics to track NGDP”(The Market Monetarist, November 11, 2011)


金融機関のトレーディングフロアで働いたことがある人間なら誰しもが経験したことがあるだろうが、主要なマクロ経済データ――例えば、米国労働省が発表している非農業部門雇用者数のデータ――が公表されるたびに脳内のアドレナリンが一気に吹き出すような感覚を味わうものである。ディーラーやアナリストの大半もそのような体験をしたことがあるだろうし、この感覚にはちょっとした中毒性があるという点についても広く賛同が得られることだろう。しかしながら、テクノロジーの進歩のためにそれももう過去のものとなろうとしているのではないかと私には思われるのだ。

大半のマクロ経済データは月ごとないしは四半期(三ヶ月)ごとに公表される慣わしになっている。しかしながら、現実の経済というのは月ごとないしは四半期ごとといったように飛び飛びの間隔(離散的な時間間隔)で変化するわけではない。現実の経済は絶え間なく流れゆく時間の進行にあわせて連続的な変化を遂げていくものなのだ。

テクノロジーの進歩のおかげで経済の成り行きをリアルタイムで(間を置かずに)跡付けられる可能性が広がっている。インターネット上で展開される経済活動が増えるにつれて、あるいは現実の世界での出来事が何らかのかたちを通じてインターネット上に敏感に反映されるようになるにつれて、経済の成り行きをリアルタイムで跡付けることがますます容易になっているのだ。

例えば、Googleトレンドで“crisis”や“recession”、“Roubini1といったキーワードを検索してみるといい。これら一連のキーワードの人気度の推移を観察してみると、世界経済全体の景気の成り行きをピッタリとなぞっている2ことがわかるだろう。その他の例としてはマサチューセッツ工科大学(MIT)が手掛けているいわゆる「ビリオン・プライス・プロジェクト」(Billion Prices Project)がある。このプロジェクトでは数多くの小売業者のウェブサイトを通じて幅広い消費財の価格データが収集されているわけだが、「ビリオン・プライス・プロジェクト」作成の消費者物価指数と(米国労働省労働統計局が作成している)公式の消費者物価指数(CPI)との間には極めて強い相関が見られるのだ3

言うまでもないだろうが、私自身もその一員であるマーケット・マネタリストの面々は何よりも名目GDPの動きに興味がある。そこで読者に課題を与えておこう。Googleトレンドでどんなキーワードを入力すれば名目GDPの動きを最も正確に跡付けることができるだろうか(名目GDPの動きを最も正確に跡付けることができるキーワードは何だろうか)?

(追記)今回のエントリーの内容に興味がある読者はGoogleのチーフエコノミストであるハル・ヴァリアン(Hal Varian)も著者の一人に名を連ねているこちらの論文(pdf)も併せて参照されるとよいだろう4

  1. 訳注;“Roubini”というのはこの度の世界金融危機を予見していたとされるヌリエル・ルービニ(Nouriel Roubini)のこと。 []
  2. 訳注;世界経済全体が停滞に向かうにつれてキーワードの人気度は上昇し、世界経済が復調するにつれてキーワードの人気度は低下している []
  3. 訳注;「ビリオン・プライス・プロジェクト」については本サイトで訳出されている次の記事(optical_frog氏による翻訳)も併せて参照のこと。 ●ポール・クルーグマン「アルゼンチンのインフレの真相」(2014年11月23日) []
  4. 訳注;本サイトで訳出されている次の記事も参照のこと。 ●マーク・ソーマ 「Googleトレンドを使って『今』を予測する」(2009年4月7日)/「ナウキャストの可能性とその限界」(2014年4月28日) []