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Archives for 7月 2015

スコット・サムナー 「ギリシャの独立記念日」(2015年7月5日)

●Scott Sumner, “Independence Day for Greece!”(TheMoneyIllusion, July 5, 2015)


複雑な経済問題への条件反射的なコメントは大抵間違っているのものだが、だからといって躊躇するような性質ではない。個人的にかなりびっくりしたのだが、(EUをはじめとした債権団が要求する)財政緊縮策の受け入れの是非を問うギリシャの国民投票で「ノー」(財政緊縮策の受け入れを拒否)が今のところ圧倒的多数を占めているとの速報が伝えられている1。このこと(国民投票で「ノー」が勝利を収めること)は一体何を意味しているのだろうか?

1. ギリシャ政府がEU側の現状の要求を飲むことはあり得なくなった。EU側が要求内容を多少変更してきたとしてもギリシャ政府がそれを受け入れることはないだろう。

2. EU側が大幅に譲歩するというのは想像し難いところだ。とは言っても、どんなことでも起き得る話であり、EU側が大幅に譲歩する可能性も皆無というわけではない。EU側が大幅に譲歩するかどうかは(ギリシャの運命だけではなく)例えばスペインの(急進左派政党である)ポデモス党の運命を大きく左右することにもなるだろう2。仮にEU側がギリシャに対して大幅に譲歩したとしたら、ポデモス党がスペインの次期政権の座を奪取する可能性も出てくることだろう。その一方で、EU側がギリシャに対して大幅に譲歩することがなければ、ポデモス党は苦しい立場に追い込まれることになるだろう。ここで頭にとどめておくべきことがある。ユーロ圏の各国政府は(人質にとられた同胞を救い出すために身代金の支払要求に応じることで)ISIS(イラク・シリア・イスラム国)の重要な資金源の一つとなっているという事実がそれだ3。言うなればテロリストに対する資金協力に応じる格好になっているわけだが、そうだとするとEU側がギリシャに対して大幅に譲歩して結果的に共産主義者を(債務負担の軽減というかたちで)資金面でサポートする道を選ぶなんてことは想像し難い話だと果たして言えるだろうか?

3. ギリシャ政府は密かにユーロ圏からの離脱を企てて(望んで)いたのだろうか? これまでのギリシャ政府の奇妙な行動を説明するにはそう(ギリシャ政府は密かにユーロ圏からの離脱を企てていたと)考えるのが最も妥当なように思える。とは言っても、この点については個人的に確信があるわけではない。

4. 仮にギリシャ政府がユーロ圏からの離脱を密かに企てていたとしても、ギリシャ政府としては意に反してユーロ圏から追い出されたかのように演出したいところだろう。その一方で、仮にドイツ政府がギリシャにユーロ圏から出ていってもらいたいと密かに考えていたとしても、ドイツ政府としてはシリザ側に責任があるかのように演出したいところだろう。ギリシャ政府とドイツ政府との間で繰り広げられるそのような演技合戦はしばらく続くかもしれない。

5. 国民投票で「ノー」が勝利を収めたにもかかわらず、ギリシャがユーロ圏にとどまることはあり得るだろうか? ヨーロッパではどんなことでも起き得る話だ。「ユーロ圏から離脱する」(“leaving the euro”)ということはマクロ経済学的な観点からするとユーロとは別の計算単位(medium of account)への移行を意味するという点をおさえておくべきだろう。ギリシャ国内でユーロが計算単位として使用され続ける4限りはギリシャはマクロ経済学的にはユーロ圏にとどまっていることになるのだ。ギリシャ中央銀行がECB(欧州中央銀行)の理事会にこれまで通り参加するかどうかは関係ないのだ。「代用貨幣」(“script”)が流通し出したとしても(ユーロ建てで測った場合よりも)賃金が引き下げられない限りは労働市場の回復には大して役には立たないことだろう(ギリシャは近くにある北モンテネグロのように(「公式の」ユーロ圏の一員ではないものの)「事実上の」ユーロ圏の一員に括られることになるかもしれない5)。

6. 私なら今回の国民投票で「イエス」を投じただろうが、それはともかくギリシャ国民の幸運を祈るばかりだ。ユーロ圏から離脱することには疑いようのない便益が伴う。名目GDPの回復がそれだ。その一方で、ギリシャが今後もユーロ圏にとどまった場合には国家統制色が徐々に強まって破綻国家(failed state)への道を歩むという悪夢のシナリオが付いて回ることになる。シリザが政権の座に就いたままでユーロ圏から離脱するケースと今回の国民投票で「イエス」が勝利を収めるケースの二つを比べるとどちらが好ましいだろうか? 私の意見では、短期的には後者(国民投票で「イエス」が勝利を収めるケース)の方が好ましく、中期的には前者(シリザが政権の座に就いたままでユーロ圏から離脱するケース)の方が好ましい。そして長期的には後者(国民投票で「イエス」が勝利を収めるケース)の方が好ましいだろう(アルゼンチンの例を思い出してもらいたい)。

7. 今回の国民投票の結果を受けてユーロというプロジェクトは失敗に終わったとの感がさらに強まる可能性があるが、そのような見方が広まればイギリスがEUから脱退する可能性(Brexitの可能性)も若干ながら高まることになるだろう。

8. 国民投票で「ノー」が勝利を収めるということはギリシャがユーロ圏から離脱すること(Grexit)を意味する。ヨーロッパ各国の指導者はこれまでにそう発言してきたわけだが、(国民投票の結果が判明する)明日以降になってこれまでと違う発言をしようものなら底抜けの馬鹿(complete fools)のように見えることだろう。

ユーロ圏からの離脱が何を意味しているかについて私がこれまでに読んだ中でも最も優れた説明を以下に引用しておこう。

既にユーロを導入している国にとってはユーロ圏からの離脱は痛みの緩和を意味しないかもしれない。スペインは賃金と価格の引き下げを通じて競争力の回復に漕ぎ着けている。ユーロ圏からの離脱には長期的な成長を阻害するポピュリスト的な政策の採用を伴う可能性がある。ペンシルバニア大学のヘスス・フェルナンデス=ヴィラヴェルデ教授は次のように語る。「市場志向的なスイスのようになるつもりならユーロ圏から去るべきではない。アルゼンチンのようになるつもりならユーロ圏から去るがよい。」

仮にユーロ圏から離脱する動きがギリシャだけにとどまらずその他の国々にも広がった場合、最終的にヨーロッパは(暴力を伴わない)一種の内戦状態に陥る可能性がある。自由主義的な(ネオリベラルな)北ヨーロッパと国家統制色の濃い南ヨーロッパという対立構図が生まれる可能性があるのだ。今後20年間の世界情勢がどうなりそうかを予測するためにはそれぞれの国の文化的な特徴がその国の政府の姿に色濃く反映されるようになると想定するのが最善の方法だと言えるだろう。中国やデンマークは資本主義的な(市場志向的な・自由主義的な)傾向をますます強める一方で、アルゼンチンやギリシャは国家統制色をますます強めていくことになるだろう。

  1. 訳注;ご存知の通り、最終的に「ノー」が勝利を収めた。 ●“欧州首脳、ギリシャ残留可能か決断へ-国民投票の結果受け”(ブルームバーグ、2015年7月6日) []
  2. 訳注;EU側が大幅に譲歩することに伴う効果についてアニール・カシャップ(Anil Kashyap)も同様の指摘をしている(“A Primer on the Greek Crisis: the things you need to know from the start until now(pdf)”)。「なぜ(EUをはじめとした)債権団は(債務負担の軽減をはじめとした)ギリシャ政府の要望に同意しないのか?」(“ 8) Why do the institutions disagree with the government?”)という問いに対してカシャップは次のように答えている。
    「債権団がチプラス首相の要求に応じない理由は2つある。まず一つ目の理由――そしておそらくは最も重要な理由――は、ギリシャと同様の調整を必要とする国が他にも控えていることである。イタリアやポルトガル、スペイン、アイルランドなどがそうだが、今挙げた国々はギリシャほどには景気は落ち込んでいないものの、失業率――中でも若年層の失業率――はギリシャと同じく高止まりしたままである。仮に債権団がギリシャに対して大幅に譲歩しようものなら、イタリアをはじめとした国々もギリシャと同様の処遇を求める可能性がある。急進的な政党に政権を奪取させたギリシャ国民が報われつつあると知れば、我が国の有権者も同じような行動に出るかもしれない。イタリアをはじめとした各国の政権内部ではそのような見方が広がっている。
    ギリシャを救うために必要な資金は簡単に用意できることだろう。ギリシャの対GDPで測った公的債務残高はかなり高い水準を記録しているとは言え、ギリシャの経済規模は小さい。ヨーロッパ全体の供給能力に比べればギリシャの債務残高の水準はそれほどでもないのだ。それとは対照的に、イタリアやスペインといった国々の債務を減免するために必要とされる金銭面での負担はドイツ(をはじめとした債務の減免に伴う負担を求められる北ヨーロッパ諸国)にとっては馬鹿にならないことだろう。」 []
  3. 訳注;この点についてはサムナー自身がコメント欄で言及している記事(英語)を参照されたい。 []
  4. 訳注;国内で売買される商品の値段がユーロ建てのままであったり、資金貸借をはじめとした経済取引上の契約がユーロ建てで締結され続ける []
  5. 訳注;「事実上の」ユーロ圏の一員というのはおそらくはその国ではユーロは法定通貨ではないもののユーロが計算単位としての役割を担っているという意味だと思われる。 []

アレックス・タバロック 「ギリシャ問題の背後にある真の対立図式 ~『ギリシャ国民 vs. ドイツ国民』ではなく『ギリシャ国民 vs. ギリシャ政府』?~」

●Alex Tabarrok, “The Battle for Greece”(Marginal Revolution, July 2, 2015)


ギリシャ問題をめぐる議論は「ギリシャ国民 vs.ドイツ国民」(「財政拡大 vs. 財政緊縮」)といった対立図式に沿って展開される傾向にある。しかしながら、そのような対立図式では現実をうまく説明できない面があるのではないだろうか。今度の日曜日(7月5日)の国民投票で「イエス」(財政緊縮策の受け入れに賛成)が多数となるかどうかはわからないものの、かなりの数のギリシャ国民が「イエス」に投票する可能性があると見込まれているわけだが、「ギリシャ国民 vs.ドイツ国民」(「財政拡大 vs. 財政緊縮」)といった対立図式ではこの事実をうまく説明できないのだ。

一体何がどうなっているのかを理解するためにはナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)のロビン・ヤング(Robin Young)がアテネでレストランを経営しているニコラオス・ヴォグリス (Nikolalos Voglis)氏を相手に行ったこちらの優れたインタビューに耳を傾けてみるべきだろう。このインタビューではまず危機の現状が話題になっている。誰も手元に現金を持っておらず、お金を借り入れることもできない。そのためヴォグリス氏のレストランは開店休業状態が続いている。そしてヤングはヴォグリス氏にこう尋ねる。「今度の日曜日に国民投票が実施される予定になっていますが、『イエス』と『ノー』のどちらに投票するおつもりですか?」 この質問に対するヴォグリス氏の返答は「もちろん『イエス』です」(“Definitely, Yes”)。この答えに驚いたヤングはその意味するところをより明確にしてもう一度聞き直す。「さらなる財政緊縮が求められる可能性があっても『イエス』に投票するおつもりなのですか?」 ヴォグリス氏の答えは「ええ、そのつもりです」。

「ギリシャ国民 vs.ドイツ国民」(「財政拡大 vs. 財政緊縮」)という対立図式に縛られているためなのかヤングにはこの答えがどうもよく飲み込めない。そこでよく耳にする議論を持ち出してヴォグリス氏に反論を試みる。「経済学者のポール・クルーグマンもこう言っています。ギリシャの行動に問題があるわけではない。IMFとEUがギリシャにあまりに厳しすぎる条件を突き付けているのが問題なのだ。ギリシャ政府は既に歳出を大幅にカットしている、と」。ヴォグリス氏も切り返す。

私たちは正しい道を進んではいるのですが、残念ながらまだ道半ばなのです。ギリシャはヨーロッパの中でも最も巨大な政府部門を抱える国です。民間部門で働く一人ひとりは経済を支えるために可能な限りたくさん支出しています。ギリシャが西洋世界の真の一員となるために残されている唯一の道は・・・政府部門の改革を果たすことにあるのです。

・・・政府部門こそがギリシャが抱える主要な問題なのです。それ以外は何の問題もありません。この国の起業家たちは競争心に満ち溢れています。彼らは自由にさせておけばいい。政府部門というモンスターこそが問題なのです。正しい道を歩み続けなければいけません。最後までやり通さなければいけません。政府部門の改革こそが主要な争点なのです。

多くのギリシャ国民は大きく膨れ上がった政府部門に嫌気が差している。汚職や非効率、ムダに彩られた政府部門に愛想を尽かしている。つまりは、「ギリシャ国民 vs.ドイツ国民」(「財政拡大 vs. 財政緊縮」)」ではなく「ギリシャ国民 vs. ギリシャ政府」こそが真の対立図式なのかもしれないのだ。「ドイツ国民」は「ギリシャ国民」を決定的な瞬間(kairotic moment)に連れ出すための乗り物の役割を果たしていたに過ぎない可能性があるのだ。共産主義に別れを告げた後のポーランド国民がそうだったように、ギリシャ国民も正常(normalcy)への回帰を希求しているのかもしれない。日曜日の国民投票で仮に「イエス」が多数を占めた場合、それは現政権(チプラス政権)に対する「ノー」を意味するだけにとどまらない。現在の国家機構のあり方それ自体に対するギリシャ国民の異議申し立てを意味してもいるのだ。

マーク・ソーマ 「過去をコントロールするものは・・・ ~ギリシャは『困難な決断』を下し損ねた?~」(2015年3月22日)

●Mark Thoma, “‘Controlling the Past’”(Economist’s View, March 22, 2015)


サイモン・レン=ルイス(Simon Wren-Lewis)が歴史を書き換えようとする試みに異を唱えている。

Controlling the past” by Simon Wren-Lewis

ジョージ・オーウェル(George Orwell)の小説『一九八四年』の中に次のようなスローガンが出てくる。「過去をコントロールするものは未来をコントロールし、現在をコントロールするものは過去をコントロールする」(“Who controls the past controls the future: who controls the present controls the past”)。 今のところはまだオーウェル的な世界は到来していない。歴史を書き換えようとする試みがあれば少なくともそれに対して異を唱える自由が認められているからだ。数日前のことだが、イギリスの首相を務める人物〔キャメロン首相〕がブリュッセルで次のように語っている

「私が5年前に首相としてはじめてこの地を訪れた当時、イギリスとギリシャは同じボートに乗っていると言っても過言ではありませんでした。5年前までは両国が抱える財政赤字の規模は同じくらいだったのです。今では両国は異なる立場に置かれているわけですが、その理由はどこにあるのでしょうか? 我々イギリス人は長期的な取り組みが求められる困難な決断(difficult decisions)を下しましたが、私たちはそのために欠かせない勤勉さとたゆまぬ努力を惜しまない芯の強さのすべてを持ち合わせていました。絶対に後戻りしない。そう固く誓います。」

言い換えるとこういうことだ。怠惰なギリシャ人もイギリス人に倣って「困難な決断」を下してさえいれば、今頃はギリシャも現在のイギリスと同じような状況にたどり着けていたかもしれないというわけだ。

これはギリシャ人に対する大いなる侮辱であるだけではない。真実の捻じ曲げもいいところなのだ。あまりにも真実からかけ離れているので一体どこから手をつけたものか悩むところだ。

・・・(中略)・・・

しかしながら、正真正銘の(真実の)歪曲は別のところにある。イギリスは「困難な決断」を下したのにギリシャは「困難な決断」を下し損ねたという仄めかし(ほのめかし)がそれだ。「困難な決断」というのは財政緊縮(austerity)のコードネーム(別名)だ。財政緊縮の程度を測る格好の指標の一つが基礎的財政収支(プライマリー・バランス)である。OECD(経済協力開発機構)が算出しているデータによると、イギリスの2009年度のプライマリー・バランスの対GDP比はマイナス7%だったが、2014年度にはその値はマイナス3.5%にまで低下している。ということは、2009年から2014年までの間にイギリスでは対GDP比で3.5%分相当の財政引き締めが行われた計算になる。一方で、ギリシャの2009年度のプライマリー・バランスの対GDP比はマイナス12.1%だったが、2014年度になるとその値はプラス7.6%と黒字を記録している。ということは、2009年から2014年までの間にギリシャでは対GDP比で19.7%分相当の財政引き締めが行われた計算になるのだ! ギリシャのほうがイギリスよりもずっと財政緊縮に前のめりなのであり、そのことを踏まえるとギリシャのGDPがこの間に(2009年から2014年までの間に)25%も落ち込んだのも当然の話だと言えよう。キャメロン首相の発言をもう少し正確に言い直すことにしよう。イギリスもギリシャと同じく「困難な決断」に踏み出しはしたが――とは言っても、ギリシャと比べるとずっと恐る恐るではあったが――、途中でその愚かさに気付いて手を引いた。その一方でギリシャはイギリスに倣わずに「困難な決断」を続けたというわけだ。これまでの話の中では通貨同盟(ユーロ圏)に参加するかしないかという些事(?)が持つ効果については考慮していない点は注意してもらいたい。・・・(略)・・・

ラルス・クリステンセン 「現在のドイツとギリシャの関係は1930年代のフランスとドイツの関係を彷彿とさせる」(2015年2月13日)

●Lars Christensen, ““Now the enriched country merely declares it is insolvent and spits on Its victims.””(The Market Monetarist, February 13, 2015)


経済・金融問題を報じるメディアの見出しを目にするたびに1930年代の出来事を思い出さずにはいられない日々が続いている。国家間の地政学的な関係にしてもギリシャ新政府とEUとの間の債務交渉にしても1930年代の出来事とオーバーラップするのだ。

現在のギリシャが置かれている経済的・政治的な状況を眺めていると1930年代初頭にドイツが置かれていた状況とあまりにそっくりでびっくりするばかりだ。その一方で、現在のドイツで見られる光景――ドイツ国内のメディアの論調やドイツ政府の姿勢――は1930年代初頭にフランスで見られた光景と瓜二つときているのだ。

1931年当時のドイツはデフレを伴う深刻な危機の最中にあり、民間部門においても政府部門においても債務は日増しに増えるばかりだった。縛りのきつい通貨レジーム――金本位制――のおかげでドイツ経済は息も絶え絶えとなっており、ドイツ国内では左右両翼の過激派政党が国民の支持を徐々に集めてその勢力を伸ばしていた。そのような中でフランス政府は強硬な姿勢を貫き、妥協の余地を一切見せないでいた。ドイツが抱える問題は自ら招いたものだ〔それゆえ、自分の力で解決せよ〕というのがフランス政府の立場だった。フランス政府がドイツ政府に突き付けた答えはさらなる財政緊縮1であり、債務条件の見直しをめぐって交渉が持たれる余地はなかった。金融政策の変更という解決策の存在は誰の頭にもよぎらなかったようである。

ユーロ危機の解決策を見出したければ1930年代の出来事をつぶさに調べることだ。そうすれば多くのことを学べるに違いない。ドイツの新聞記者は1930年代初頭にドイツ国内の新聞でフランス政府の姿勢についてどう報じられていたかを見返してみるといいかもしれない。そしてその次にここ最近のギリシャ国内の新聞を手にとってドイツ政府の姿勢についてどう報じられているかを確認してみるといい。その上で両者の論調を比べてみるといいだろう。

あるいは1931年当時のフランスのメディアがドイツについてどう報じていたかを調べてみるという手もある。ほんの一例を以下に引用しておこう。

ドイツ政府は不誠実極まりない破産を企てている。(フランス国内で発行されている)ラントランシジャン(L’Intransigeant)紙はドイツ政府の姿勢をそう報じている。「ドイツ政府は1923年に債務を一旦完済した後に海外からの短期借り入れを増やし、その借金を元手に長期投資に乗り出した。そして借りたお金は返せなくなったという。借りたお金で富を築いた矢先に『支払い不能に陥りました』と声高に宣言して犠牲者たち(債権者)につばを吐きかける始末ときているのだ。」

最近のビルト(Bild Zeitung)紙を開けばギリシャに関する似たような記事がきっと見つかるはずだ。

1931年当時の状況と今現在の状況がいかに似通っているかを知りたければ新聞のアーカイブを漁って1931年当時の記事を眺めてみることをお薦めする。1931年当時のフランスとドイツとの関係が今現在のドイツとギリシャとの関係と重なって見えてくることだろう。そういう記事を見つけたら是非とも教えて欲しい(メールはlacsen@gmail.com宛てに送って欲しい)。喜んで紹介させてもらうことにしよう。

  1. 訳注;財政赤字の削減に向けた歳出カットないしは増税 []

ラルス・クリステンセン 「アハメドの慧眼 ~現在のヨーロッパが置かれている状況は1930年代当時のヨーロッパが置かれていた状況に奇妙なほどよく似ている~」(2012年6月23日)

●Lars Christensen, “Liaquat Ahamed should write a book about Trichet, Draghi, Weidmann & Co.”(The Market Monetarist, June 23, 2012)


出色の一冊である‘Lords of Finance: The Bankers Who Broke the World’(邦訳『世界恐慌(上)・(下):経済を破綻させた4人の中央銀行総裁』)の著者であるライアカット・アハメド(Liaquat Ahamed)がフィナンシャル・タイムズ紙にユーロ危機に関する記事を寄稿しており、その中で今現在のヨーロッパ各国のセントラルバンカーの振る舞いと1930年代当時のセントラルバンカーの振る舞いの類似点に言及している。我々は1930年代当時とまったく同じような過ちを犯しつつある――特にヨーロッパにおいてそうだ――と私自身これまでに何度も指摘してきているが、アハメドも同意見というわけだ。

アハメドの言葉を聞こう。

今現在のヨーロッパが置かれている状況は1930年代にヨーロッパが置かれていた状況と奇妙なほどよく似ている。何とも皮肉なことだが、1930年代にドイツが置かれていた状況は今現在ヨーロッパ周辺国が置かれている状況とそっくりである。1930年代当時のドイツはヴェルサイユ条約によって課された賠償金のためもあって莫大な債務を抱え込んでおり、1920年代初頭のハイパーインフレーションの結果として銀行部門は過小資本の問題に苦しめられていた。海外からの借り入れに大きく依存している状態でもあった。厳格な固定為替相場制――金本位制――に自らを縛り付けることをよしとしてもいた。金本位制からの離脱を宣言しようものならマーケットからの信頼を大きく失うことになってしまうのでないかと恐れて金本位制からの離脱に踏み出せずにいたのである。そうこうしているうちに大恐慌が到来し、国際資本市場が実質的にその機能を停止することになる。ドイツは過酷な財政緊縮策に乗り出さざるを得なくなり、その結果として(ドイツ国内の)失業率は最終的に35%にまで達することになったのであった。

現在のヨーロッパにおいてと同様に、1930年代のヨーロッパでも経済が極めて好調な国が例外的に存在していた。その国とはフランスである。ヨーロッパの他の国々がもがき苦しんでいる一方で、当時のフランスの失業率は一桁台に過ぎなかった――現在のドイツと同じである――。当時のフランスは――現在のドイツと同じように――大規模な経常収支黒字を抱えており、ヨーロッパ経済の機関車役を務められるだけの能力を持ち合わせていた。しかしながら、フランスの政策当局者らはその役目を果たすことを拒み、緩和策の採用を渋ったのであった。それだけではなく、ドイツに対する貸付も拒んだ。ドイツに貸し付けたところで損の上塗りをするだけに終わるのではないかと恐れたのである。フランスのこのような行動の結果として西ヨーロッパの金融システムは瓦解への道を辿ることになったのであった。

まったくもってその通りだ。現在のPIIGS諸国1は1930年代のドイツそっくりであり、現在のドイツは1930年代のフランス2そっくりだというわけだ。ここで銘記しておくべきことがある。大恐慌が発生した当初のうちはフランスが被った損害はそれほど大したものではなかったものの、しばらくして1931年~32年に入るとフランスも大恐慌の波に巻き込まれることになったということである。ドイツのメルケル首相やヴァイドマン(ドイツ連邦銀行)総裁はこのことを教訓として覚えておくべきである。1930年代と似たような過ちが繰り返されつつあるにもかかわらず、政策当局者たちはそのことにまったく気付いていないようだ。何とも遺憾なことである。

アハメドは今日の金融界を牛耳る支配者たち(Lords of Finance)――ヨーロッパ経済の息の根を止めつつあるセントラルバンカーたち――をテーマにもう一冊書くべきなのかもしれない。
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私が1930年代の出来事をテーマに書いたエントリーの一覧をこちらにまとめてある。併せて参照してもらえたら幸いだ。

今週のお薦めの一冊:メールを確認していたら大変面白そうな本の情報が届いていた。その本とはトビアス・ストローマン(Tobias Straumann)執筆の“Fixed Ideas of Money”である。20世紀のヨーロッパで小国の数々が採用していた為替レートレジームがテーマとなっており、スカンジナビア諸国やベルギー、オランダ、スイスといったヨーロッパの小国がなぜ固定相場制に引き寄せられる傾向にあったのかについて論じられている。まだ途中までしか読んでいないが大変面白い。ヨーロッパを舞台とする貨幣の歴史の中から興味深いエピソードが数多く紹介されている。大変緻密に調査されており、著者のストローマンは1930年代のデンマークやベルギーの金融政策の実態をはじめとしてローカルな情報にも通じていることがわかる。

  1. 訳注;ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペインの五ヵ国 []
  2. 訳注;リンク先ではダグラス・アーウィン(Douglas Irwin)の論文 “Did France cause the Great Depression?”(pdf)の内容が紹介されている。この論文については本サイトでも訳出されている次の記事でその概要が紹介されている。併せて参照されたい。 ●ダグラス・アーウィン 「大恐慌の原因はフランスにもあり?」(2014年9月17日) []

マーク・ソーマ 「ピケティの慨嘆 ~ヨーロッパはユーロ圏という名のモンスターを生み出してしまったのです~」(2015年3月10日)

●Mark Thoma, “Thomas Piketty on the Euro Zone: ‘We Have Created a Monster’”(Economist’s View, March 10, 2015)


トマ・ピケティ(Thomas Piketty)がドイツのシュピーゲル誌のインタビューに応じている。そのほんの一部を以下に引用しておこう。

Thomas Piketty on the Euro Zone: ‘We Have Created a Monster’”, Interview by Julia Amalia Heyer and Christoph Pauly:

シュピーゲル誌: ・・・得体の知れない政治的な手段(impenetrable political instruments)と仰いましたが、もう少し具体的にお願いできますか?

ピケティ:ヨーロッパでは計19カ国が共通通貨であるユーロを採用しています。しかし、それぞれの国の間では税制も違いますし、各国の財政政策の間で調和が保たれた試しなどありません。ユーロはうまくいきようがないのです。ヨーロッパはユーロ圏という名のモンスターを生み出してしまったのです。ユーロという共通通貨が導入される以前はどの国も為替レートの減価を通じて価格競争力を高めることができました。しかしながら、ギリシャはユーロ圏のメンバーとなることを選んだおかげで為替レートの減価というその有効性が立証されている手段に最早頼ることができなくなってしまったのです。

シュピーゲル誌:何だかアレクシス・ツィプラス首相を彷彿とさせますね。ギリシャ政府は債務を返済する必要などない。ギリシャに落ち度があるわけではないからだ。彼はそう語っていますが。

ピケティ:私はスィリザ党の党員でもなければスィリザ党を支持しているわけでもありません。ヨーロッパがどういう状況に置かれているかを分析しようと試みているだけにすぎません。そしてヨーロッパの状況を観察する中で明らかになってきたことがあります。経済成長なくして財政赤字を削減することなどできないというのがそれです。経済成長が伴わなければ財政赤字を減らすことはできないのです。是非とも記憶しておくべきことがあります。ドイツ(政府)もフランス(政府)も第二次世界大戦が終わった直後(1945年当時)の段階ではかなりの規模に上る債務を抱えていましたが、どちらの国もその債務を完済してなどいないのです。それにもかかわらず、南欧諸国に対して債務をすべて返済せよと迫っているのがこの両国なのです。「歴史の健忘症」とはまさにこのことです。そしてそれに伴って悲惨な結果がもたらされているのです。

シュピーゲル誌:アテネにある政府(ギリシャ政府)は何十年にも及ぶ不始末に自分でけりをつける必要はない。他の者たちがその尻拭いをすべきだというわけですか?

ピケティ:ヨーロッパに住む若者たちのことを考えるべきです。彼らの多くは職を得ることが極めて困難な状況に置かれています。「申し訳ないけれど、君たちが仕事を見つけられないのは親や祖父母の世代のせいなんだ」 若者たちにそう伝えるべきでしょうか? 世代間の連座(集団的懲罰)をヨーロッパにも持ち込むべきだとでも言うのでしょうか? ナショナリズムの後ろ盾を得たこの種のエゴイズムこそが何にも増して私をうろたえさせるのです。

ラルス・クリステンセン 「フリードマンの警告 ~無理な通貨統合は政治的な不和を招く~」(2013年4月1日)

●Lars Christensen, ““The Euro: Monetary Unity To Political Disunity?””(The Market Monetarist, April 1, 2013)


ユーロ危機の再燃は経済・金融面の問題を悪化させるだけにとどまらない。おそらくもっと重要な問題としてヨーロッパ内部において深刻な政治的な不和を招き寄せる恐れがあるのだ。スペインの大手新聞であるエル・パイス(El Pais)の記事でドイツのメルケル首相が(幾分不当にも)ヒトラーになぞらえられているのがいい例だが、既にその兆候は表れている。ドイツ人がスペインやギリシャ、キプロスといった国々に旅行に出かけてもこれまでと同じような待遇は期待できないだろうことは確かである。

ミルトン・フリードマン(Milton Friedman)が通貨同盟や固定為替相場制をテーマに書いた記事なり論文なりをこれまでに読んだことがある人ならヨーロッパ内部で政治的な不和が招かれつつあると聞いても大して驚きもしないことだろう。中でもフリードマンが1997年に執筆した記事である“The Euro: Monetary Unity To Political Disunity?”(「ユーロ:政治的な不和を招く通貨統合?」)は先見の明に溢れている。

なぜユーロがダメなアイデアだと言えるのかについてフリードマンは次のように語っている。

それとは対照的なのがヨーロッパ共同市場である。ヨーロッパ共同市場は共通通貨の導入に不向きな条件が揃っている例の一つなのだ。ヨーロッパ共同市場を構成する異なる国々の間では言語も違えば慣習も違う。どの国の住民も共通市場あるいは「ヨーロッパ」という理念に対してよりも自分が生まれ育った国に対してずっと大きな忠誠心と愛着を持っている。ヨーロッパ共同市場の域内では財や資本の自由な移動が認められてはいるものの、財の移動にしても資本の移動にしてもアメリカ国内の異なる州の間においてのほうがずっと盛んである。

ブリュッセルにある欧州委員会が支出する予算の額は加盟国政府すべてをひっくるめた予算総額に比べるとごくわずかなものである。欧州連合で働く官僚たちではなく加盟国政府一つ一つこそがヨーロッパ共同市場の域内で重要な役割を担う政治的なプレイヤーなのだ。さらには、アメリカよりもヨーロッパにおいてのほうが財市場や労働市場に対する規制は多く、規制の中身にしても域内の国ごとに違いがある。その違い(規制の中身の違い)はアメリカ国内の州ごとに見られる違いよりもずっと大きい。そういった事情もあってヨーロッパではアメリカと比べて価格や賃金の硬直性が高く、労働力の(国境を越えた)移動も乏しい結果となっている。こういった条件の下では柔軟に変動する為替レートが極めて有用な調整メカニズムの役割を果たすことになるのだ。

例えば、ある国が負のショックに襲われて他の国よりも賃金を引き下げる必要に迫られたとしよう。とは言っても、国内の無数にわたる職種の賃金を実際に引き下げる必要も労働力の国外移動に頼る必要もない。為替レートという価格の変化(名目為替レートの減価)を通じて賃金の引き下げと同様の効果を生み出すことができるのだ。フランスは「強いフラン」(“franc fort”)政策を堅持したために東西ドイツの統一に伴うショックを和らげる手段として為替レートの変化に頼ることができなかった。その結果としてフランスは大きな困難に見舞われることになったわけだが、この例は「為替レートの変化を許さない」との政治的な決定に伴うコストがいかに大きなものであるかを物語っている。また、イギリスは数年前に欧州為替相場メカニズム(ERM)から離脱して再び変動相場制に戻ったが、イギリス経済はその後順調な成長を遂げることになった。この例も為替レート(の変化)が調整メカニズムとしていかに有用なものであるかを物語っている。

ユーロ圏の一部の国が負のショックに襲われた場合、価格や賃金の下方硬直性のためにユーロ圏全体に厄介な問題が引き起こされる可能性がある。フリードマンは正しくもそう指摘しているわけだ。

そのようにして引き起こされる問題は決して無視できないものだ。仮に無視されるようであればヨーロッパ内部に(政治的な分裂とまではいかなくとも)政治的な不和が招き寄せられる可能性が高い。フリードマンの言葉に耳を傾けよう。

(共通通貨である)ユーロの導入を求める声の背後には経済学的な理屈ではなく政治的な思惑が控えている。ドイツとフランスの結び付きを強めてヨーロッパでこの先二度と戦争が起こらないようにしよう。ヨーロッパ合衆国の実現に向けて足場を固めよう。そのための手段としてユーロを導入しよう、というわけだ。しかしながら、ユーロの導入はそれとは正反対の効果を生むに違いないというのが私の意見だ。ユーロの導入は(域内の国々の間での)政治的な緊張を高める可能性がある。為替レートの変化を通じて容易に対処可能であったはずのそれぞれの国に特有なショックをヨーロッパ内部で不和を引き起こす政治的な争点に変えてしまう恐れがあるからだ。政治的な統合が前もって保たれていれば通貨統合も速やかに進む可能性がある。それとは対照的に、適当な条件が揃っていない中での通貨統合は政治的な統合を阻む障害となることだろう。

喜ばしいこととは言えないが、過去数週間の間に起こった出来事はフリードマンの正しさをまたもや証明してしまったようだ。